「等身大」に理解する −モザンビーク−

元モザンビーク大使 橋本栄治


1.はじめに キーワードは「等身大」

 「モザンビーク共和国」と聞いて何を連想するか、人さまざまであろうと思われます。バスコ・ダ・ガマの東洋航路発見(1498年)、天正少年遣欧使節団(1582−1590年)のモザンビーク島滞在、宣教師ヴァリニャーノと織田信長、そしてモザンビーク人弥吉を思い浮かべられる方は中世の歴史の好きな方でしょう。

 近・現代史に通暁されている方は、ロレンソ・マルケス(首都マプトの旧名称)と聞いて第二次世界大戦時の在留外交官などの戦時交換(1942−1943年)の地を思い浮かべるかもしれません。1974年の旧宗主国ポルトガルの「大尉たちの革命(別名:カーネーション革命)」とモザンビーク独立(1975年)、その後の内戦(1977−1992年)と少年兵の問題、日本の自衛隊のPKO派遣(1993−1995年)、21世紀になってからのナカラ回廊開発、天然ガスの存在とエネルギー開発最前線、地球温暖化と想像を絶する巨大サイクロン災害を思い浮かべる方は、アフリカの開発問題やビジネスに携わっている方かアフリカ・ウォッチャーの方ではと想像します。

 ここでは東日本大震災のあった2011年にモザンビークに赴任した当時の記憶を呼び起こし、モザンビークの過去・現在・未来を、「等身大」をキーワードに紡いでみたいとの筆者の無邪気な挑戦に、お付き合い頂きたいと思います(写真1)。

写真1 同僚と浅草寺の雷門にて
写真1 同僚と浅草寺の雷門にて

2.等身大の日常語「可にマンボ!」って、何?

 この国は広大なアフリカ大陸の南部に位置し、南アフリカ共和国、エスワティニ(当時はスワジランド)、ジンバブエ、ザンビア、マラウィ、タンザニアと国境を接し、東に広がるインド洋とモザンビーク海峡を隔てて、マダガスカルおよびコモロの8か国と接しています。モザンビーク海峡は「シーラカンス」の生息で有名で、2600㎞に及ぶ海岸線にはかつて日本の水産会社の拠点もあり、エビ、マグロ、カツオなどの水産資源に恵まれています。国土面積は80万km2、日本の2.1倍強で、本州3つ分プラス北海道と表現した方が、その大きさを実感しやすいかもしれません。

 人口は約3000万人と日本の1/4で、民族も言語も多様性に富んでいます。たとえば、日本語の「ありがとう」は公用語のポルトガル語では「オブリガード」ですが、首都マプト周辺の現地語シャンガナ語では「カニマンボ」、北部のマクワ語では「コシュクロ」、マコンデ語では「アッサンテ」と表現します。因みに、ポルトガル語を日常的に話している国民の割合は10%程度(第2言語とする者の割合を含めても35%程度)との統計もあり、諸言語が混在しており、各地に派遣される日本の青年海外協力隊員は、着任直後に現地語による住民との会話・コミュニケーションに当惑し、冷や汗を流すことになります。


3.「等身大」を理解するとは?琵琶湖の100倍!

 アフリカ大陸の広さは3031万km2で日本(37万km2)の約82倍です。アフリカには54の国がありますので、単純平均すれば1か国当たりの面積は日本の1.5倍になります。また、たとえば、「東アフリカにあるビクトリア湖の広さは?」との問いに、読者はどう答えますか?湖の面積は6万8800km2なのですが、「日本一の琵琶湖(671 km2)の100倍」「東北6県の面積(6万6833km2)と大阪府の面積(1886km2)の合計とほぼ同じ」といっても、なかなか実感は湧かないのも無理からぬことです。ケニア在勤中の20年ほど前、プロペラ旅客機で湖を横切るのに要した時間はなんと2時間でした。

 もう1つの比較は、大陸北部を流れる国際河川ナイル川(全長6690km)で、日本最長の信濃川(327km)の20倍です。国際河川のザンベジ川(2735km)とリンポポ川(1600km)は、いくつかの国を流下して、最下流の数百kmでモザンビークを流れ、恩恵と時には洪水被害をもたらしインド洋に注いでいます。水力発電にも利用されているザンベジ川のカホラバッサ・ダムは、ダム湖の最大幅が30km、長さは300kmで面積は55.8km2にも及び、発電量は2075MWを誇ります。因みに、黒部第四ダムの発電量 (335MW)の6倍強となりますが、黒四ダムの堤高186mはカホラバッサの171mを凌駕(りょうがしています。全ての比較を例示するものではないのですが、「等身大」を理解することの意味を感じて頂けたでしょうか?


4.モザンビークのコイン、正七角形?

 通貨は、「メティカル(metical)」、補助通貨は「センタボ(centavo)」で、複数形は、それぞれ「メティカイス(meticais)」「センタボス(centavos)」となります。メティカル・コインは、「1」「2」「5」「10」の4種類で、それぞれ「本を読む少女」「シーラカンス」「ティンビラ(木琴)」、そして「中央銀行本店」と、この国を代表する図柄が採用されています。因みにセンタボスは、「1」「5」「10」「20」「50」の5種類で「サイ」「チータ」「トラクター」「綿花」「カワセミ」の図柄で、日本の硬貨が5円は「稲穂」、10円は「平等院」、100円は「桜」と、国家を代表し国民に親しみ深い図柄が選ばれていることが共通しています(写真2)。

写真2 コインの図柄
右上から時計回りに、10メティカイス/2メティカイス/ 50センタボス/10センタボス/1センタボ/5センタボス/ 20センタボス/1メティカル/5メティカイス
写真2 コインの図柄

 ただし、1メティカルのコインは「本を読む少女」という図柄で、教育の重要性を示していると理解できますが、コインの形が七角形なのです。『正七角形』というものが存在するのかどうか、またコインの原図はどのように作図したのかという疑問が、今もって解消されていません。この疑問の答えを、是非ともご教示いただければ後顧の憂いが消滅するのですが。


5.モザンビークの天然ガスがやってくる

 北部カーボデルガード州の沖合ロブマ海盆において、世界有数の天然ガスの存在が確認され、その埋蔵量は75兆立方フィート(TCF: Trillion Cubic Feet)と2018年の日本の液化天然ガス(LNG)輸入量(約8200万t)18年分に相当するといわれています。この開発事業に日本企業も関与しており、当初予定より6年遅れの2024年から順次LNGを生産する予定です。天然ガスはマイナス162℃まで冷却すると気体のガスが液化し、体積は約1/580になりLNGとして貯蔵・輸出され、再ガス化されて環境負荷の少ないエネルギー供給源として活用されます。2024年以降、モザンビークから輸入されるLNGが日本人の生活に活用されることは間違いないでしょう。


6.おわりに

 いくつかのキーワードを引用して「等身大」の理解を深めようとの試みは、いかがでしたでしょうか?モザンビークの国の成り立ちやそこに住む人々の文化や生活を「等身大」に理解すること、とりわけバーチャルに理解することは情報化社会にあっては、さほど困難なことではありません。さりながら、国際化と異文化理解が求められる社会の到来を迎えた今日、リアリティーに裏打ちされた理解を深めることが、もっとも大事であると確信します。

 最後に、33年以上も前のエピソードを紹介し、無邪気な挑戦に終止符を打つことにいたします。1986年5月、来日中のサモラ・マシェル大統領(当時)が国際協力機構(JICA)の東京国際センター(TIC)を訪問されて、アフリカ各国からの研修生と交流し、最後に「適切な科学知識は(国家の)繁栄と進歩に不可欠。TICにモザンビーク研修員を送りたい」と語られたことが、脈々と引き継がれています。「国づくり、人づくり、心のふれあい」の要諦と国際協力の意義を、サモラ大統領は瞬時に看破されたという逸話です。

前のページに戻る