国際協力の「かたち」の変化
─ARDEC創刊から今日まで─
1.はじめに ARDECの創刊号から第59号までの25年間の内容に目を通し、取り上げるトピックスの先取性、あるいは定点観測的に同じトピックを継続して取り上げる視点など、的確な編集方針に深い感銘を受けた。本稿では、表1に示した国際協力にかかる第59号までの主なトピックス/キーワードを軸にして、ARDECにおいて取り上げられた内容のレビューをしたうえで、国際協力の「かたち」の変化について述べる。 表1 国際協力における主要トピック/キーワード(ARDECからの概観)
2.創刊時の時代背景 冷戦終結後の世界の平和と繁栄を実現するためには、開発途上国の安定と発展が不可欠であり、わが国としては国際社会における地位にふさわしい国際貢献を果たすことが重要な使命となっております。 国際情勢としては、冷戦の終結から間もないこともあり、冷戦終結後の平和と繁栄のための「持続的な開発」に世界が目を向け始めた時期である。国際協力の分野では、1980年代から始まった構造調整がサブサハラ(サハラ砂漠以南)・アフリカ諸国の低い経済成長と貧困層の増大という結果をもたらし、「貧困削減」がキーワードとして挙がり始めた時期でもある。 一方、我が国の経済状況をみると、1990年代前半というのは、国民総生産(GDP)においてアメリカに次ぐ世界第2位のポジションについてから久しく、また戦後に受けた援助の債務を完済(1990年)していたので、日本が国際社会に対して貢献すべきことはなにか、そして、どのような具体的行動に取り組むのかが、国際社会から注視されるようになった時期である。 (前略)冷戦構造の崩壊や新興工業国の台頭など国際的な政治経済環境の変化に伴って、先進諸国の援助政策に新しい動きがみられる。援助国の間ではいわゆる援助疲れがみられ、また、今年の5月にパリで開催されたOECDの開発援助委員会(DAC)上級会合では、限られた援助資金を最大限に有効活用するとの観点から、高所得ラインに達している被援助国を援助対象から除外する旨の決定がなされた。 米国では反共支援という援助理念が失われたこともあり、大幅な予算削減は必至とみられている。(中略) わが国は、ここ4年間、政府開発援助(ODA)の額で世界最大の貢献を行ってきているが、平成7年度ODA予算は国の厳しい財政事情も反映して、4%台の低い伸び率にとどまった。また、国民世論においては援助の効果的な実施や一層の透明性を求める声が大きくなっている。(後略) ─第4号(1995年7月)Opinion「わが国の海外農業農村協力の展望」より抜粋─ 我が国のODA拠出額は、1989年に世界第1位となり、それは1991〜2000年まで維持された。援助の効果的実施という観点からロジカル・フレームワーク(PDM:プロジェクト・デザイン・マトリクス)の技術プロジェクトへの導入、いっそうの透明性確保の観点から、資金協力のアンタイド化の検討が進められたのも、この時期である。また、「4%台の低い伸び率」とされているが、ODA予算額はその後、1997年度(1兆1687億円)をピークに減少し、現在はピーク時の半分以下の額まで減少している。 3.我が国の国際協力にかかる政策の変遷 創刊の1994年当時、ODA第5次中期目標期間(1993〜97年)にあたり、第4次まで掲げていた「前中期計画期間のODA総額の倍増」との目標は継続せず、増加傾向が鈍化している。中期目標の設定は、この第5次が最終となった。 1992年に旧ODA大綱が策定されたのち、2003年にODA大綱改定、そして、2015年2月に開発協力大綱が策定されるというかたちで、我が国のODAの基本理念や重点事項などを示すODA政策にかかる大綱は変遷してきている。 旧ODA大綱は、我が国のODAの方向性を定めた初めての政策大綱であり、「自助努力」「アジア地域重視」が掲げられている。改定されたODA大綱では、「平和の構築」が重要な柱の一つとして掲げられるとともに、一人ひとりの人間を重視する「人間の安全保障」の考え方が盛り込まれた。開発協力大綱では、質の高い成長が重点的な課題として取り上げられている。なお、それぞれの概要は表2にまとめた。 表2 ODA大綱と開発協力大綱の概要
量的な目標設定から、政策目標の設定がなされるようになり、また、「平和構築支援の拡充」「人間の安全保障の主流化」がなされてきた。そして、アジア地域重視から各地域重点戦略の策定へと重点地域も多様化された。こうした変化は第52号(2015年3月)「ODA大綱から開発協力大綱へ」特集にて、詳しく扱われている。多様化した課題の解決のためには、新興ドナーを含む国際協力機関、民間セクターなどの多様な主体による協働が重要であり、それについては次項で触れる。 4.国際協力の担い手の多様化 創刊当時、国際協力の担い手は限られていた。第4号(1995年7月)では、「途上国間協力」「先進国間の協力による途上国支援」「地方自治体からの参加を含めた地方との連携」についても進める必要があるとしている。その後のプロセスを国際協力の担い手の多様化に向けるという芽が、具体化され始めた時期に当たる。各取組の定着には、その後の紆余曲折などをみると、それ相応の時間とプロセス(試行錯誤)が必要であると実感する。 (1)新興ドナー 現在、東南アジア・中東・中南米において新興ドナーとなっている各国においては、この時期からJICAによる第三国研修(TCTP:Third Country Training Programme)が開始された。新興ドナー機関(あるいは新興ドナーとなることが期待されている機関)にとって、能力強化支援を行うというアプローチは、今では一般的なものとなっているが、こうした取組は、長年にわたって培われてきた我が国の国際協力の一つの特徴でもある。 新興ドナーとの連携・協調は、多様な課題に効果的に対応していくためにも、また、これまでに培った我が国の経験・価値の共有という観点からも、今後、一段と重視されていくものと考える。 (2)NGOや地方自治体など 草の根技術協力事業の前身である「開発パートナー事業」や「開発福祉支援事業」などが創設され、2003年からは草の根技術協力事業が開始され、その後、実施団体の規模・能力などに応じた形で、いくつかのタイプが追加され、現在に至っている。 同事業創設当初にコンサルテーションをした際、活動内容をPDMに整理できているNGOの数が少なかったこと、あるいは経理処理などにおける体制などが脆弱であった団体も多かったと覚えている。現在、主要なNGOにはノウハウが蓄積され、体制も整備されていることを考えると、よりスケールの大きな事業展開を進めていくことが可能なのではないかと判断されることが多い。NGOや地方自治体などによる活動を支援するスキームは、年度によって多少の変動はあるものの一貫して増加傾向にあり、担い手の裾野も一定程度まで広がり、今後もより拡充されていく傾向にあるものと期待される。 (3)民間企業 第58号(2018年3月)では、フードバリューチェーンと農業農村開発が特集されている。「グローバル・フードバリューチェーン(GFVC)は民間ビジネスと国際協力が官民の連携のもとに一体となりながら、相手国とわが国の双方がwin-winの関係を持つ戦略の枠組みといえる(Opinion:グローバル・フードバリューチェーンと農業農村開発)」とあるように、途上国におけるFVC構築支援が東南アジアにおける農業農村開発の柱の一つとなっている。 2009年度に協力準備調査(PPPインフラ事業)が創設されて以降、協力準備調査(BOPビジネス連携促進)から、途上国の課題解決型ビジネス(SDGsビジネス)調査、さらに民間技術普及促進事業が順次開始され、また、中小企業を対象として、2012年度に中小企業海外展開支援事業(基礎調査、案件化調査、普及・実証事業)が開始された。2018年7月には、これら民間企業提案型事業制度が図1のように改善されたところである。 図1 民間の協力的展開への支援制度
民間連携事業における農業農村分野の事業数は、全体に占める割合が約20%程度と比較的に高い割合で推移しており、また、案件の多くが東南アジア地域を対象としたものとなっている。 開発協力大綱にも「我が国の中小企業を含む企業などとの連携を強化し、開発途上国の経済発展を効果的に促進し、日本経済の成長にもつながるよう官民連携による開発協力を推進すること(要旨抜粋)」が盛り込まれており、当面の間、民間連携事業にかかる重要性は変わらないと思われ、これまでも推進してきた、政策アドバイザー、技術協力プロジェクトといった他スキームとの連携についても、いっそう強化をしていく方向性である。 5.アジアからアフリカなどへの重点の分散 図2は、農業分野における地域別の協力実績額推移を示したものである。創刊時から現在までの間に、農業分野における協力の中心がアジアからアフリカにシフトした。 図2 農業分野における地域別協力実績額推移
1993年、第1回アフリカ開発会議(TICAD I)が開催された後もしばらく、農業分野における対アフリカ援助実績は20%程度で推移していたが、2000年を過ぎた頃から農業分野におけるアフリカシフトは進み、2014年度になると45%程度と約半分を占めるまでになった。 フードバリューチェーンの構築支援などを中心にアジアにおけるニーズも増加しているが、これらは民間セクターがビジネスとして担う部分も多く、ボリューム的に割合が大きく変化する程ではない。また、アフリカ諸国においては、各国の食料安全保障、栄養改善といった観点での協力が引き続き継続していくものとみており、アフリカにおけるアフリカ稲作振興のための共同体(CARD:Coalition for African Rice Development)、食と栄養のアフリカ・イニシアティブ(IFNA:Initiative for Food and Nutrition Security in Africa)などのようなプラットフォーム形成・運営などにおいて、JICAが多様な担い手をリードしていくべき場面は引き続き、多く見られるものと考える。 6.「食料増産」「食料安全保障」から「栄養改善」へ 第9号(1997年3月)の「Overseas Organization」の項において、「世界食料サミット」を、食料安全保障をテーマとする初めての首脳レベルの会議として取り上げている。この頃から、キーワードが「食料増産」から「食料安全保障」に置き換わった。 1999年9月のIMF・世界銀行合同開発委員会での総意に基づいて始まった、貧困削減戦略書(PRSP :Poverty Reduction Strategy Paper)の策定は、アフリカのみならず、世界各地で進められた。貧困削減については、ミレニアム開発目標(MDGs)において、目標1「極度の貧困と飢餓の撲滅」として掲げられた。CARDの開始は、この時期にあたる。 持続可能な開発目標(SDGs)においては目標1「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」、および目標2「飢餓を終わらせ、食料安全保障および栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する」として引き継ぎ、国際社会が解決すべき課題の筆頭に掲げられている。目標2においては、「栄養改善」がキーワードとなっているが、栄養改善の取組が注目されるようになった背景などについては、第51号(2014年)のKey Note「農業分野における栄養改善への貢献」に詳しい。その後、JICAは、第58号(2018年3月)の「福祉(well-being)の向上に向けたフードシステムの役割について」においても取り上げられている通り、TICAD VIの場において創設されたIFNAを推進しているところである。 7.さいごに ここまで言及してこなかった「地球観測衛星技術の活用」と「人材の育成」について、今までの特集テーマなども踏まえて、今後の展望を整理しておきたい。 (1)地球観測衛星技術の活用 本技術の農業農村開発への活用については、創刊頃から現在まで、継続的に取り上げられている。第5号(1995年)「インドのリモセン技術利用の現状」に掲載されたのに始まり、第8号(1996年)「農地水資源管理モニタリングシステム構築調査」、第9号(1997年3月)「地球オゾン層の全球的観測」(日本の地球観測プラットフォーム技術衛星にかかる記事)、同号「食料需要と地理情報システムの利用−タイでの試み−」(リモセンとGPSを活用した地上調査などを融合した取組)が紹介されている。 また、第13号(1998年)では、「ランドサット打ち上げから26年、途上国の農業開発への利活用」、「R/S,GISの農業農村開発への利活用」として、取り上げている。森林火災早期モニタリングシステムに関する内容以外は、土壌図や農業的土地利用図などの計画策定や調査用途の事例紹介となっており、今後、人工衛星の数が増え、精度が向上し、センサーの多様化が進むことにより、衛星データの農業利用への可能性が高まるとしている。 それから約20年後の第56号(2017年)「国際援助における先端技術利用の現状と課題」特集における「地球観測衛星によるグローバルな農業気象監視」では、東南アジアにおける水田稲作の作付け・生育モニタリングに関する事例が取り上げられている。 20年前に期待されていた、衛星データによる数値標高モデル(DEM)の作成、光学衛星データによる地形図作成などはすでに実現しており、R/S・GISの活用は農業分野において欠かせないツールとなっている。また、農業活動のモニタリングツールとしての地球観測データの活用は、すでに実用化されており、今後はビジネスとして進めることができる領域を如何に拡張していくか、という段階にある。ODAの分野では、水田稲作地域における作付面積(二期作など)の経年モニタリング、灌漑事業効果の評価などはほぼ実用化されており、また、農業統計調査への活用はより広がっていくと想定される。 (2)人材の育成 第57号(2017年12月)Opinion「Feeding the World−イネの育種技術を生かした国際協力−」では、2008年度から開始された地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)が取り上げられている。食料問題、気候変動などのグローバルな課題解決のためには、途上国が自らの課題を解決するための更なる研究能力の向上が不可欠である。 また、現在、JICAでは、途上国の未来と発展を支えるリーダーとなる人材を日本に招き、欧米とは異なる日本の近代化の開発経験と、戦後の援助実施国(ドナー)としての知見の両面を学ぶ機会を提供するJICA開発大学院連携を進めている。「研究分野」および「行政分野」の双方における人材育成支援は、当面の間、強化・促進していく方針であり、今後も注視していただきたい。 第28号(2003年11月)「アフリカの食料・農業・経済」特集に載っている曽野綾子氏の「綺麗事で済まぬアフリカの自立支援(白人社会に頼らざるを得ぬ現実)」は、約15年前のアフリカの現状を端的に示したものである。現在、農業分野においてもアフリカへの民間投資を促進している状況を踏まえると、その15年間の変化の大きさを実感する。途上国の発展にとって、どのようなアプローチが最善であるかは、相手国の経済発展の現状によって異なることであり、また、我が国の立ち位置、ODAと民間投資の役割などの変化により変遷してきた。最近の国際協力の「かたち」の変化はより早く、そして、予測がつきにくい傾向にある。その変化を的確にとらえるための情報源として、今後もARDECには期待したい。 |