レジリエンス
─理論から実践へ向けて─
1.生き残りをかける戦略とレジリエンス 「生き残ったのは、もっとも強いものではなく、もっとも賢いものでもなく、変化に柔軟に対応したものである」―かのダーウィンが、こういったかどうかの真偽はさておき、この一文は本稿の主テーマである「レジリエンス(Resilience)とは、何か」を論じる際に極めて有用である。本稿では、レジリエンスに関する重要な用語については、カッコ内に英語表記をした。 アフリカのとある国の、このような話を聞いたことがある。―ある農家が砂漠のなかで、オアシス農業を営んでいた。気候変動の影響か、オアシスの水資源が枯渇し始めたことを契機に、その農家は不毛な砂漠を観光資源と捉え直し、ラクダやデザートバイクで砂漠を回るデザートツアーを考えた。デザートツアーを楽しんだ観光客は、その農家の小さくなったオアシス農園で収穫されたナツメヤシを楽しんだ。農家は、農家であり続けながら収入を増加させることに成功した。 この話のポイントは、農家が水資源枯渇というショックを的確に吸収し、同時に農業以外のデザートツアーを運営するという生業の複業を実現した点にある。もし、この農家が農業を完全に止めてツアーのみを行ったとしても、それはレジリエンスと非常に強い関係があることを強調しておきたい。 さてここで、レジリエンスとそれに関する用語の一般的な定義について述べておこう。レジリエンスとは、あるシステムにショックが加わったとき、システムの構造や機能を維持し、なおかつショックから元の状態に戻る能力のことである。表1に、それらを簡単にまとめてある。 表1 レジリエンスと関連用語の定義
先の農家は、水資源枯渇というショックを受けた。レジリエンスの視点から、その際に重要なのは、農家が農家としてあり続けることができるかどうかという点である。また、砂漠のなかにおいて、無理な水資源開発をすることなく、他の道を探す、すなわち変化に対応するべくデザートツアーを運営するという生業オプションを見出したことも、重要なポイントである。 この農家は、ある特定のショック(水資源枯渇)に対して規模を縮小するなどの工夫によって、農業を続けることを可能にした。これは、何の何に対するレジリエンスかということが明確であることから、「特定レジリエンス(Specified resilience)」と呼ばれる。 また、新たな生業手段としてのデザートツアーを運営することができたのは、ショックを契機として、主たる生業以外によって収入を増加させるオプションを創造し、実行する能力を持ち合わせていたことによるものであり、これを「一般レジリエンス(General resilience)」と呼ぶ。この事例では、変化に柔軟に対応し、素早く収入を回復・増加させたと考えられるので、この農家のレジリエンスは高いということができるだろう。 そして、もう一つ、ここで「変容可能性(Transformability)」についても、簡単に紹介しておく。変容可能性とは、レジリエンスと密接に関係しており、システムが別の状態にスムースに移行するための能力のことをいう。この農家のケースでは、たとえば農業に見切りをつけ、生業をデザートツアーの観光業へとスムースに移行した場合、それを可能にするための能力が「変容可能性」である。 これら「特定レジリエンス」「一般レジリエンス」「変容可能性」をまとめて、システムを理解してより持続的にしていく考え方を「レジリエンス思考(Resilience thinking)」(Walker and Salt, 2006)と呼ぶ。 2.身近なものにみるレジリエンス 先の例では、砂漠のなかにある農家におけるレジリエンスをみたが、ここでより身近なモノからレジリエンスのイメージを、さらに膨らませてみる。 柳の木、ゴムボール、スポンジなどのモノには、何か共通する性質がないだろうか。「柳に雪折れなし」というように、柳には高い柔軟性があり、雪の重みが加わっても折れることなく耐え、重みがなくなると元の状態に戻ることができる。ゴムボールやスポンジも、同様に外から力が加えられると変形するが、力が取り除かれると元の形に戻ることができる。このように、モノには、外力が加えられ変形したのち、その外力がなくなると元の形に戻る能力を持つものがある。レジリエンスの日本語訳には、しばしば弾性力があてられるが、これらのモノから、そのイメージが把握できるのではないだろうか。 一方、鉄の棒やコンクリートブロックなどは、どうだろうか。これらのモノは、外力が加えられても見かけ上は変形せず、柳の木やゴムボールのような柔軟性を持ち合わせていない。頑強なイメージはあるが、柔軟性や弾性力といった柔らかいイメージは感じられないだろう。これらのモノはある点を超えると、ポキっと折れるイメージであり、形を変えながらショックを吸収し元の姿に戻るイメージとはほど遠い。 このように、レジリエンスは身近なモノから農村システム、のみならず地球システム全体のそこかしこに見出すことができる。ここで、農業農村工学の観点からみると、システムとは、「社会生態システム(Social-ecological systems, 以下SES)」(Berkes and Folke., 1998)と定義されるものとほぼ同じと考えてよいだろう。SESとは、人間が自然の一部である複雑かつ統合的なシステムをいう。このシステムは、人間と自然が相互作用し、フィードバック構造を持つ複雑適応系であり、また回復力を持つ。農村は人と自然が相互に作用し、さまざまなフィードバック構造を持ち、自然条件の変化に適応するシステムであり、SESそのものであるといえる。以下、SESを含むすべてのシステムを“システム”と表記する。 心理学、生態学、そして災害からの復旧・復興の分野など、さまざまな分野において、活発に議論され、適用されていることからも分かるように、社会はレジリエンスを必要としている。これらの分野においてレジリエンスが必要とされる背景には、「教育や労働環境に関する複雑な社会事情」「生物多様性などに代表される環境問題」、そして近年頻発する「大規模な自然災害」などへの対応があり、いずれもシステムが何らかのショックを受けたとき、元の状態に素早く戻る能力が必要である。すなわち、高いレジリエンスが求められているのである。 「世界は常に変化している」というのが、レジリエンス思考における重要な世界観の一つである。その変化が非常に緩慢であり、システムに大きなショックを与えなければレジリエンスはさほど重要ではないだろう。しかし、近年、ハリケーン・洪水・地震・津波・干ばつなど、システムに大きなショックを与えるような自然災害が世界中で頻発している。大きく急激な変化が、ショックによってもたらされているのである。これは、何も自然システムだけではない。たとえば、インターネットの世界でもひとたび障害が発生すれば、システム全体がダウンするなどの影響を受ける。システムの維持・存続が脅かされるとき、レジリエンスがもっとも必要とされるのである。 3.レジリエンス思考の中身 ここからは、レジリエンス思考の中身である「特定レジリエンス」「一般レジリエンス」、そして「変容可能性」について詳しくみていこう。 「特定レジリエンス」を考えるとき、何の(どのようなシステムの)何に(どのようなショックに)対するレジリエンスかを、明確にすることが必要となる。たとえば、農村の水田における干ばつに対するレジリエンス、都市における道路の洪水に対するレジリエンスなどである。このとき、もう一つ重要なのが「コンサーン変数(Variable of concern)」と「コントロール変数(Controlling variable)」の関係性を明確にすることである。たとえば、それらは、それぞれコムギの収量と土壌pHに相当するようなものである。多くの人々の関心事は、コムギの収量である。しかし、それは長期にわたり徐々に変化し続ける土壌pHによって、急激な変化を余儀なくされることがある。一般に、これは非線形な関係である(図1)。 図1 特定レジリエンスを考える際のコントロール変数とコンサーン変数からなる非線形モデル(Walker and Salt, 2012)。図中の黒丸と白丸が閾値である。システムが状態 Aの時、コントロール変数の値が増加し閾値(黒丸)に達するとシステムは一気に状態 B にジャンプする(図 a については逆に状態 B から状態 A にジャンプすることもある)
この図に示されているように、両変数の関係は非線形性系を示す。ここで、重要なのは閾値(図中の黒丸と白丸)である。もし、閾値を観測や解析によって求めることができれば、コントロール変数の値を注意深くモニタリングし、閾値に近づかないようにすることで、システムが短期間のうちに望ましい状態からそうでない状態に移行することを防ぐことができるだろう。逆に、望ましくない状態から望ましい状態に移行する際にも、コントロール変数が一つのキーとなる。すなわち、システムが閾値を超えると別の状態に移行(ジャンプするともいう)することから、もしシステムを現在の状態に保ちたければ、この閾値を超えないことが重要となる。 特定レジリエンスは、何の何に対するレジリエンスかを明確にすることから、比較的に分かりやすい変数間の関係性をみることで、それを可視化することができることにその特徴がある。 次に、「一般レジリエンス」についてである。一般レジリエンスは、特定レジリエンスとは異なり、特定のショックを想定しない。より幅広いショックに対して、回復力を発揮するレジリエンスである。すなわち、想定外を含む、さまざまなショックに対するシステムの回復能力である。たとえば、洪水頻発地域で、通常では起こりえない干ばつに対し、何らかの形でシステムがそのショックから迅速に回復できたとき、そのシステムは高い一般レジリエンスを有するといえることになる。同様に、農家が想定外のショックによって家計に影響を受けた際、生業複業による農業外収入の手段を持つことによって、家計を素早く回復させることも一般レジリエンスである。 一般レジリエンスの範囲はとても広い。あるシステムが持つ思いもよらない特性が、予測できないショックに対して有効に働いていることがある。一般レジリエンスを考える際には、予想できる範囲を極力広げること、逆にいえばシステムに影響を与える予想不能な範囲を、いかに狭くすることができるかが重要となる。 これら特定レジリエンスと一般レジリエンスとは異なり、システムを別の(できれば望ましい)状態にスムースに移行させようとする能力が変容可能性である。レジリエンスは、それ自体が良いとか悪いとかいうことではない。一般に、現状に満足している人(々)ないしシステムは、レジリエンスを強化して閾値を超えないようにしようとするだろう。また、現状におけるシステムの状態が望ましくない場合は、望ましくない状態を保とうとするレジリエンスを低下させる必要がある。 4.変容可能性によるシステムの質的な状態変化 変容可能性は、初期のレジリエンス理論では論じられておらず、比較的新しい能力として注目されているものである。レジリエンスによってシステムを維持しているものの、どうしてもシステムをその状態に保つことが困難な場合がある。たとえば、国際的な価格競争に負け経営体系を変更する、いったん農業から離れ別の生業によって家計を支える必要が生じる場合などである。このような場合に、変容可能性が必要とされる。 変容可能性の要素としては、変化するための準備、変化に関するオプションを複数持つこと、変化するために十分なシステムの容量(Capacity:能力や余裕と表現してもいいだろう)が必要であるとされている。ときとして伝統・習慣・世間体、そして思い込みなどが、システムの変容を阻害することがある。システムがひどく悪化する前に、できるだけ早く決断し、別の状態へスムースに移行できるように、備えておかなければならない。 たとえば、先ほどのオアシス農業からデザートツアーに生業を変容させる、逆に都市でのサラリーマン生活をやめUターンで農家になるなどの状態変化が、個人レベルでは変容可能性の具体的な例となる。また、スケールを個体レベルから農村のようなシステムにまで広げると、たとえば植林による砂漠の緑化がある。これらは、システムにおける質的変化ということができる。 また、個体レベルでは、飛べないイモムシが空を飛ぶチョウになる、えら呼吸のオタマジャクシが肺呼吸のカエルになる例があげられる。これらの非線形な質的変化は、特定レジリエンスにおける閾値を超えて、別の状態に移行する現象を表す具体的な事例といえる。 これらの例から分かるように、変容可能性は、システムがスムースに望ましい状態に移行する、言い換えればシステムが質的変化をするときに必要な能力であるといえる。 このように、レジリエンスとは単独で成立するものではない。それは、特定レジリエンス、一般レジリエンス、変容可能性、適応能力、またそれらに付随するさまざまな属性(たとえば多様性、モジュール性、接続性など)からなる。このほかにもレジリエンスの管理に関わる適応能力(Adaptability)といった重要な概念もある。レジリエンスを高めるためには、特定レジリエンスによってショックとシステムの関係(閾値)を明確にし、想定外のショックに対してシステムが柔軟に適応する一般レジリエンスを備え、さらにはシステムを他の状態にスムースに移行させる変容可能性を備えることが場合によっては必須条件になる。 5.レジリエンス強化の実践に向けて ここからは、これまでのレジリエンス思考をもとに、自然災害に対する農村のレジリエンス強化、レジリエンスの視点から考える農村開発、そして変化に直面している農村の変容可能性などについて考えてみよう。 地震時においては、沿岸域の農村の大きな脅威の一つは津波であろう。また、気候変動による海面上昇も、沿岸域の農村にとっては大きな問題である。これら津波や海面上昇が農村に与える影響は、土壌および地下水の塩類化また塩水遡上である。実際、2004年のインド洋スマトラ島沖地震時や東日本大震災時において発生した津波によって、沿岸域の農地は塩類化、海生土砂の堆積、がれきの散乱などの被害を受けている。 ここでは、そのインド洋スマトラ島沖地震時において発生した津波による沿岸農地のレジリエンスについて、拙論(久米ら, 2010)から一部引用しながら再検討してみたい。 筆者が調査した南インドのタミルナドゥ州における沿岸農地の大半は水田であり、スマトラ島沖地震の際に、もっとも大きな津波被害を受けた地域である。同州では、この壊滅的被害を受けるまで、津波という現象の存在が知られていなかった。つまり、津波に関しては、何の何に対するレジリエンスかを明確にする特定レジリエンスについての検討ができなかったことを意味する。このような場合には、過去に受けた自然災害をショックとして扱い、それに対する特定レジリエンスを検討し、対応策や適応策を講じることが重要となる。 津波、その想定外のショックへの適応は、一般レジリエンスが高かったかどうかがポイントとなる。タミルナドゥ州は、干ばつと洪水による農業被害を繰り返し受けてきた地域である。ここでは津波後に、幸運にもモンスーンによる降雨が600mmあり、その降雨によって、透水性の高い砂質土壌を通じて津波がもたらした海水塩は海へ排出された。しばしば洪水を引き起こすモンスーンの降雨が、思いもよらない形で除塩用水へと転じた結果であるといえる。これは、降雨の新しい効果の発見である。そして、透水性の高い砂質の水田土壌もまた同様に、除塩を促す大きな要因の一つである。これらの事実から、津波被害を受けた水田では、モンスーンによる降雨と透水性の高い土壌が、結果として一般レジリエンスとして、想定外の津波による農地の塩類化被害に対し有効に働いたと判断できよう。 この事例から、レジリエンスの高い農村開発の在り方について検討してみたい。レジリエンス研究では一般に、「ある特定レジリエンスを強化することは、他のレジリエンスを低下させる、ないしは失うことを余儀なくされる」といわれている。たとえば、タミルナドゥ州の水田土壌に粘土質土壌を客土することによって保水性を向上させることで、水田の干ばつに対するレジリエンスを高めようとしたとする。すると、土壌の透水性は低下し、除塩を促すための水田の津波に対するレジリエンスが低下する。この場合、津波被害を受けにくい海岸から遠い水田には客土を施し、海岸付近の水田は高い透水性を確保しておくというように、バランスをとった土壌改良が有効になるだろう。 スマトラ島沖地震によって壊滅的被害を受けたのは、水田だけではない。家屋・道路、その他の施設の多くも壊滅的ないしは部分的な損壊被害を受けた。タミルナドゥ州は世界各国から援助を受け、建築工事や土木工事が活況であった。 歴史的に職業的身分制度であるカーストが存在しているインドでは、一般的に職業選択の自由は限られている。しかし、この被災時には、耕作する水田が壊滅的被害を受けた小作人たちが、土木工事の労働者に変容した。この点については、筆者らは十分な調査ができていないので、はっきりしたことは分からないが、個人レベルで迅速に変容した者が多くいたのだろうか。それとも、津波という未知のショックによって、社会またはコミュニティが変容を余儀なくされたのであろうか。いずれにせよ、小作人が土木作業員になることができたのは、変容可能性によるものであると考えられる。 先にも述べたように、レジリエンスは、それ自体が良いとか悪いとかいうことではない。たとえば、貧困から抜け出せない社会のレジリエンスは極めて高いといえる。なぜなら、短期的な単なる資金援助(=ショック)を行っても、その社会はまたすぐ元の貧困状態に戻ることができてしまうからである。レジリエンスとは、何かの特効薬ではない。ケースバイケースでレジリエンス自体も適応・変容していく。本稿では、そのような具体的な事例をできるだけ多く示して、読者がレジリエンスをイメージ・理解して、システムとそのレジリエンスの強化を実践できるように努めたつもりである。 ショックを最小限に抑え、多様なショックからできる限り早く回復するための方策を練り、さらには、より望ましいと思われる社会へと変容する際に、システムを精査するためのツールがレジリエンスである。レジリエンスとはシステムを広く深く理解するためのレンズであり、その理解の過程で明らかになる知られざる能力を発見する驚きの科学なのである。 <参考資料>
Berkes F. and C. Folke, eds. 1998. Linking Social and Ecological Systems: Management Practices and Social Mechanisms for Building Resilience. Cambridge, UK: Cambridge Univ. Press.
Walker, B. and Salt, D. (2006) : Resilience Thinking - Sustaining Ecosystems and People in a Changing World, Island Press.
Walker, B. and Salt, D. (2012) : Resilience Practice - Building Capacity to Absorb Disturbance and Maintain Function, Island Press.
久米 崇 , 梅津 千恵子 , Palanisami K., 2004年12月の巨大津波によるインドタミルナドゥ州の農地における塩性化被害と回復評価, 農業農村工学会論文集 78(2), 83-88, 2010-04-25
久米崇、山本忠男、清水克之、自然災害に対する沿岸農地のレジリエンス:—農業農村整備へのレジリエンス概念の適用に向けて—, 農業農村工学会論文集 84(3), I_301-I_306, 2016
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