『「未解」のアフリカ─欺瞞のヨーロッパ史観』
はじめに 私たちは、「アフリカ」を知っているのか。本書は、読者に語り掛ける。書名は「未解」であり、アフリカは理由なき「未開」の地ではない、と説く。 「歴史と正義は勝った者が書く」これまでのヨーロッパ史観では決して語られることのなかったアフリカの歴史の事実を描き、本物のアフリカの国家、文化、奴隷、宗教、言語、教育、病、女性、農業、経済、発展を切れ味鋭く、色鮮やかに語る。 海外農業農村開発に携わる読者に是非推薦したい一冊、といえよう。 著者の紹介 序章および第10章を執筆した小浜裕久氏は、静岡県立大学名誉教授であり、財団法人国際開発センター主任研究員、静岡県立大学評議員、同大学大学院国際関係学研究科長を歴任した開発経済学者である。 本書の第1章から第9章を執筆した石川薫氏は、川村学園理事、同大学特任教授、国際教養大学客員教授であり、外務省国際社会協力部長、経済局長、駐エジプト大使、駐カナダ大使を歴任した元外交官である。とりわけ、駐エジプト大使時代には、「水は命」「農は国の礎」の信念の下、小生を含む官民の農業土木技術者を率い、多くの灌漑・農業に関するプロジェクトを成功に導くことにより、日本-エジプト両国の関係強化に尽力した。 また、石川元大使は本誌の前59号においてInformation「水は命」を執筆しており、その博識に驚いた読者も少なくないだろう。わずか4ページに、豊富な海外開発の経験と幅広い世界史の知識・教養から、水で繋がる古今東西の史実、信じられない程の距離、時間、セクターを超えて、「水は命」である世界観を丁寧に紡いだ玉稿であった。 著書の概要 以下に、本書の内容を概観しつつ、とくに興味深いと感じられた点を紹介する。 ・第1章「私たちの知らないアフリカ」では、アフリカの“一般的な”イメージについて、「遅れた」「未開の」「暗黒の」「野蛮な」大陸とされていたが、その背景は、ヨーロッパ人の攻撃性、人種優越主義、奴隷制度の歴史が結びついたアンフェアなものであると指摘している。 ・第2章「砂漠の向こうの王国」では、日本の飛鳥から関ケ原までの時代に栄えた、ガーナ王国(8〜13世紀)、マリ帝国(13〜16世紀)、ソンガイ帝国(11〜16世紀)の例を挙げ、サブサハラ・アフリカもかつては繁栄し、高い文化と平和を手にしていたことを証明している。 ・第3章「四百年続いた拉致と社会の崩壊」では、15世紀から19世紀まで続いたヨーロッパ人によるアフリカ人に対する残酷な奴隷貿易・奴隷制について、その成り立ちと終焉について、考察している。 ・第4章「神々の大陸アフリカ」では、古来の神々による「伝統宗教」と、イスラム教、キリスト教を中心とした「伝来宗教」の混淆やruby>棲分<を示し、広大なアフリカ大陸の宗教勢力図を整理している。 ・第5章「ウェストファリアの呪縛-言語と国家」では、同条約により国の形としての「民族国家」の概念が生まれたが、アフリカ諸国は多言語・多民族国家であるにも関わらず、形ばかりの「国」として独立せざるを得なかったことに国造りの困難があり、既存王国の境などを無視した、ヨーロッパによる身勝手な「分獲り」の結果であると訴えている。 ・第6章「教育は大事だと言われても」では、アフリカでは貧しさ故に教育の機会が奪われている実態に触れつつ、教育とりわけ職業訓練の重要性を示し、我が国からの支援とアフリカ諸国のポテンシャルに期待を寄せている。 ・第7章「病との闘い」では、エボラ出血熱、エイズ・結核・マラリアの三大キラー、デング熱や狂犬病などの熱帯病といった疾病について、さまざまなデータを提示しつつ、その根絶に向けて、アフリカ諸国独自の対策と共に、日本が世界をリードして「水と衛生」の取組を継続する重要性などを述べている。 ・第8章「立ち上がる女性たち」では、アフリカ諸国の女性の就学率の低さ、妊産婦死亡率の高さなどのジェンダー格差の一方、新しいことに果敢に挑戦するのは、むしろ女性が多いことに言及し、女性のさらなる活躍が今後のアフリカの発展を支えることを示している。 ・第9章「ニュー・インダストリーの隆盛」では、アフリカの園芸農業、酪農などの「農業」が外貨獲得に貢献する「ニュー・インダストリー」であり、かつて公害に苦しんだ日本こそ、アフリカ諸国の経済成長と環境保全の両立を支援すべきと提言している。 ・第10章「サブサハラ・アフリカの経済発展-Africa Rising?」では、サブサハラ・アフリカは確実に人口増加しているが、経済発展について着実に進んでいくとはいえず、複雑に絡み合った「対外要因(世界経済との関係)」と「国内要因(内政状況)」次第、と期待を寄せつつ論じている。 以上が、本書の概要であるが、その全てを通じて、また両共著者に共通して、「ヨーロッパ史観」に基づいた世界史教育に影響された我々読者に対し、これまでの常識や偏見を一度排除して、アフリカ諸国への愛情を深めることを促しているように思える。 おわりに 石川元大使の著作について関心を持った読者に、さらに一作を紹介したい。 『アフリカの火-コンゴの森 ザイールの河』である。これは、著者がザイール大使館の若手書記官として赴任した際の中部アフリカ体験記である。この頃から、著者はアフリカへ深い愛情を抱き、大いなる自然と真に豊かなる人々を実感していたと考えられる。終章に著者の妻(家族の戦い)と長女(幼な子の眼)が執筆した部分もあり、かつて同様に幼い娘同伴でアフリカ勤務を経験した者として、共感を覚えた。最後に、同著のあとがきの一節を、今後、アフリカに赴任する友人と分かち合いたい。 「この本は、(中略)思い出と、そして、これからアフリカに行かなければならない人のためを少々思って綴ったものである。あの土地に憧れて行く人はよし、さにあらずサラリーマンとして社命で仕方なく行く人には、この本の気持ちを一言そっと伝えさせて頂きたい。『人間 “人事” 塞翁が馬』」 著者の人柄を表した、温かい一節である。 *「未解」のアフリカ-欺瞞のヨーロッパ史観 勁草書房刊 本体価格=3,456円 *アフリカの火-コンゴの森 ザイールの河 学生社刊 本体価格=1,748円 |