編集後記 「食は足りるのか」―このテーマでの公開シンポジウム が、2016年3月に東京大学農学部のキャンパスにて開催されて、定員300名弱の会場に入り切れない人が訪れました。印象的だったのは、乳飲み子を背負った母親が聴衆のなかにいたことです。「この子は、どのような食環境を生きてゆくのだろうか」。周囲の人が、「どうぞ、お掛けください」と椅子席を譲ろうとしても、「座ると、むずかるので」と立ったまま、最後まで耳を傾けていました。 「ミレニアム開発目標」は、「飢餓や栄養不足の改善」 において、それなりの成果を上げました。後継ともいえる「持続可能な開発目標」も発進しました。しかし、栄養不足人口は8億人を上回り、5歳の誕生日を迎えることなく生を終える子は、およそ560万人に及んでいます。世界人口はすでに76億人に及び、さらに2050年には98億人に増加するものと予測されています。 しかし、日常の眼前は「あふれる食料」です。日本の食品廃棄物は、年間621万tと推計されています。デパートの地下食品売り場は、グルメ商品のオンパレードです。 世界に目を向ければ、国連食糧計画(WFP)による世界の食料援助は320万tでした。また、カロリーベースでみた食料自給率は、たとえばアメリカの130%、ドイツの95% に対して、日本は38%と先進国にあっては最低です。 地球温暖化は作物の生育環境に影響を与えつつあり、 農産物の生産量は不安定化しています。世界的に農地を拡大する余地がなくなる一方、先進国の単位面積当たり収量の増加はガラスの天井に達し、発展途上国でも20世紀後半のような増加は期待できないでしょう。農業用 水管理・土壌保全・生産基盤整備・栽培技術改善やフー ドバリューチェーン構築において、先進世界が主導し、新興諸国も加わって、国際協調を強化してゆくことができれば、それが、あのお母さんに「食は足りるでしょう」と伝えられる道筋なのでしょう。
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