農林水産省の
グローバル・フードバリューチェーン
構築に向けた取組

 農林水産省 大臣官房国際部 海外投資・協力グループ 課長補佐 北村浩二

1.はじめに

 世界の「食」の市場規模は2009年の340兆円から、20年には680兆円に倍増すると見込まれている。とくにアジア地域では、経済発展に伴う食生活の多様化などによって、食市場の成長が著しく、同期間でみれば82兆円から229兆円へと、約3倍の増加が見込まれている。

 一方、わが国の食産業には、ユネスコ無形文化遺産である日本食を基盤とした産業展開、ICT(情報通信技術)、省エネ・環境技術、植物工場などの高度な生産・製造・流通技術、コールドチェーン、POS(販売時点情報管理)、コンビニなどの先進性・利便性の高い流通システムなどの「強み」があり、この日本の「強み」を活かして、急速に拡大する世界の食市場を取り込み、農林水産業を含む食産業の成長を達成していく必要がある。くわえて、食産業は中小企業が多くを占める地域に密着した産業であり、その成長を通じて地域経済の発展に貢献していく必要がある。

 また、途上国の支援ニーズは、単なる貧困撲滅から、民間セクターの資金や技術も活用した経済成長に変化しており、農林水産分野においても経済協力による生産体制の整備に加え、民間投資と経済協力の連携による、生産から加工、流通、販売に至る付加価値の高いフードバリューチェーンの構築への支援が求められるようになっている。

 フードバリューチェーンを構築する食のインフラは、灌漑(かんがい施設、農業機械、植物工場、食品製造設備、コールドチェーン、物流センター、小売・外食などの流通販売網、道路、電力など多岐にわたり、これらをつなげてパッケージで海外に展開することができれば、大きな経済効果が期待できる。

 一方、食関連企業の新興国などへの海外展開に当たっては、投資回収に長期間を要する、現地政府の影響力が強いなどの事業リスクがあるなかで、進出先国の投資などの規制・制度、食品の規格・基準、現地の人材確保、流通販売ルートの確保、資金調達などのさまざまな課題を解決し、厳しい国際競争を勝ち抜く必要がある。

 そのため農林水産省では、2014年6月にグローバル・フードバリューチェーン(Global Food Value Chain)戦略(以下、GFVC戦略という)を策定し、わが国食産業の海外展開を推進するとともに、途上国などの経済成長と世界の食料安全保障の確立などにも貢献するため、官民連携によるフードバリューチェーンの構築を推進している(図1)。

図1 フードバリューチェーンの構築
図1 フードバリューチェーンの構築

 GFVC戦略では、基本戦略として①産学官連携による戦略的対応、②わが国と相手国の産学官連携の枠組の構築、③経済協力の戦略的活用、④コールドチェーンなどの食のインフラ整備、⑤ビジネス投資環境の整備、⑥情報収集体制の強化、⑦人材の育成、⑧技術開発の推進、⑨資金調達の円滑化、⑩関係府省・機関の連携強化と推進体制の整備などについての10項目を掲げている。また、①東南アジア諸国連合(アセアン:ASEAN)、②中国、③インド、④中東、⑤中南米、⑥アフリカ、⑦ロシア・中央アジアに分けて、地域別戦略を整理している。


2.GFVC官民協議会の取組

(1)官民協議会の概要

 GFVC戦略に基づき、産学官が連携し、今後、急速に拡大する世界の食市場を獲得し、日本の食産業の海外展開などによるフードバリューチェーンの構築を推進するため、2014年6月20日、グローバル・フードバリューチェーン推進官民協議会(以下、官民協議会という)が設置された(写真1)。官民協議会の構成メンバーは食品企業のほか、農業機械や冷蔵・冷凍施設を扱う企業、小売企業、商社、コンサルなども含まれ、食品産業のみならず、さまざまな業種の企業が一堂に会して、海外展開を推進する機能を果たしている。官民協議会では、全体会合のほか、特定の地域を対象とした地域別部会や、特定の技術や分野に焦点を当てた分野別研究会を開催している。

写真1 GFVC推進官民協議会
写真1 GFVC推進官民協議会

(2)官民協議会のこれまでの取組

 2017年11月末現在、363企業・団体が官民協議会に参加し、協議会などの場における交流や後日の個別の面談を通じて、メンバー同士の横のネットワークが広がってきている。

 これまでの開催状況としては、2016年度までに全体会合を9回、地域別部会を7回(ASEAN;2回、インド;2回、 ASEAN・豪州、アフリカ、ロシア)、分野別研究会を7回(IT農業、ハラール、コールドチェーン、輸出環境整備、国際標準、TPP協定、海外への輸出・投資に関する規制緩和)開催している。17年度は、11月末現在、全体会合を2回、地域別部会を2回(ロシア)開催している。

 官民協議会の全体会合においては、主に官民合同で行っている各国の取組状況を共有し、関係者との意見交換を行っているほか、二国間政策対話や官民ミッション派遣など、今後、実施する取組を説明し、民間企業に関心を持ってもらい、取組への参加を促すことによって、官民合同によるフードバリューチェーンの構築に向けた取組を加速させている。

 また地域別部会においては、重点地域のうち、とくに民間企業などの関心や要望のある地域を取り上げ、民間企業の進出状況やそれに伴う課題やニーズなどについて発表するとともに、対象国のニーズの把握に努めている。

 さらに分野別研究会においては、フードバリューチェーンの構築において支障となるテーマを取り上げ、具体的な課題や対応などについて、それぞれの立場から議論している。たとえば、地域別部会のインド部会では駐日インド大使館の担当参事官やアンドラ・プラデシュ州工業連盟会長、分野別研究会でハラールをテーマとした際には駐日マレーシア大使館の担当参事官からの説明を実施している。


3.二国間政策対話などの実施

(1)二国間政策対話の意図

 わが国の食産業の海外展開を促進するためには、民間企業のニーズは無論のこと、相手国の実情などを適切に把握したうえで対応する必要がある。具体的には、民間企業が海外展開する際の課題について、相手国と協議し、解決していくことが重要である。このため農林水産省では、民間企業同行の下、新興国などとの二国間政策対話を実施し、さまざまな課題などについて議論を行っている。

(2)東南アジアにおける取組

 ベトナムでは、GFVC戦略に基づく最初の具体的な取組として2014年6月、両国農相を共同議長とした第1回日越農業協力対話ハイレベル会合を開催し、15年8月に開催した第2回日越農業協力対話ハイレベル会合では、フードバリューチェーン構築のための日越農業協力中長期ビジョン(以下、中長期ビジョンという)を策定した。

 中長期ビジョンは、ベトナム農業の中長期的な課題解決を目的に、モデル地域における5年間(2015〜19年)の行動計画などについて策定したもので、具体的には①生産性・付加価値の向上(ゲアン省)、②食品加工・商品開発(ラムドン省)、③流通改善・コールドチェーン(ハノイ・ホーチミンなど大都市の近郊)、④分野横断的取組について、両国の具体的な取組を記載している。

 2016年9月に開催された第3回日越農業協力対話では、中長期ビジョンのフォローアップを行い、農業生産基盤やコールドチェーンの整備がビジョンに基づき進捗していることを確認した(写真2)。

写真2 第3回日越農業協力対話
写真2 第3回日越農業協力対話

 今後も、日本とベトナム双方が中長期ビジョンの取組を着実に実施することによる、ベトナム農業の発展および日本食産業の海外展開の促進が期待されている。

 また、アジア最後のフロンティアと呼ばれるなど、企業の海外展開先としても、最近、注目を浴びているミャンマーでは、これまでに、「日ミャンマー農林水産業・食品協力対話第1回ハイレベル会合(2014年9月)」、「日ミャンマー農林水産業・食品協力対話SOM(Senior Officials Meeting:高級事務レベル会合)(2015年7月、17年1月)」を開催し、「ミャンマーにおけるフードバリューチェーン構築のための工程表」について議論を重ね、2017年3月に、山本有二農林水産大臣(当時)とアウン・トゥ農畜産灌漑大臣の間で、同工程表の合意議事録に署名を行った(写真3)。

写真3 日ミャンマー両大臣による合意議事録への署名
写真3 日ミャンマー両大臣による合意議事録への署名

 同工程表は、日ミャンマー両国の官民の取組を有効に連携させてミャンマーのフードバリューチェーンを構築・高度化することを目的に、今後5年間に取り組むべき項目を取りまとめたものである。

 両国が、工程表に基づく具体的な取組を進めることが、ミャンマー農業の包括的発展に大きく寄与することが期待される。

 これまでにベトナム、ミャンマーのほか、インドネシア(2015年6月、16年11月)、カンボジア(2015年12月、17年1月)、タイ(2016年10月)、フィリピン(2016年3月、17年6月)でも、二国間政策対話を実施し、相手国農業・食産業の発展と日系企業海外進出の課題解決に向け、両国の官民が連携して取組を推進している。

(3)ロシアにおける取組

 首脳レベルでの対話も活発なロシアについては、2013年5月に第1回日露農業対話を開催し、それ以降、両国の農業政策や農産物の需給などの情報や意見交換などを計3回にわたって実施している。

 また、2016年12月の日露首脳会談の際に農林水産省とロシア農業省との間で結ばれた「農業及び水産分野の協力強化に関する覚書」に基づき、17年6月に第1回次官級対話を東京で開催し、①日露両国の最近の農業政策に関する意見交換、②16年5月の日露首脳会談において安倍総理が提示した日露協力プランに基づく農水産業関連プロジェクトの推進などについて議論を行った。

 くわえて、日露協力プランの推進については、ロシア極東地域などの農林水産・食品関連ビジネスに関心を有する企業などの支援を目的とした、ロシア極東など農林水産業プラットフォームを2017年2月に設置(同年11月末現在170以上の企業・団体がメンバー)し、ロシア極東地域における農林水産・食品関連の調査や情報提供、国内セミナーの開催や官民ミッションの派遣などを実施している。

(4)その他の地域における取組

 その他に、ブラジル(2014年12月、16年2月、17年7月)、南アフリカ共和国(2015年5月)、インド(2015年9月、17年11月)、ウズベキスタン(2016年3月、17年2月)、ケニア(2016年2月)との間でも、二国間政策対話を実施している。なお、アルゼンチンとも二国間政策対話の実施を予定している。

 また、二国間政策対話以外にも農林水産省では、日系企業が直接に相手国政府や相手国企業・団体などと交流を持つことが重要と考え、官民ミッション派遣を実施し、同行企業と相手国政府・企業・団体との交流フォーラムやセミナーの開催、現地の工場や圃場(ほじょうの視察を行い、両国官民で現状認識を共有するとともに、進出を希望している企業が国内外の関係者とつながりを持つ場を提供している。

 これまで、ブラジルでは穀物輸送インフラ改善についてのセミナーの開催、インドでは重要州であるアンドラ・プラデシュ州への官民ミッション派遣(写真4)、デリー近郊の青果市場視察およびインド進出日本企業を講師としたセミナーの実施、日豪合同で市場ニーズ調査を目的としたタイへのミッション派遣などを実施し、現地企業も含めた多くの企業が参加している。

写真4 インドへの官民ミッション派遣
写真4 インドへの官民ミッション派遣

4.国際会議における議論

(1)東南アジア諸国連合(ASEAN)における議論

 ASEANは日本企業の関心度もとくに高く、企業の進出も進んでいるため、GFVC 戦略の重点国・地域としても位置付けられ、最初の二国間政策対話対象国であるベトナムを筆頭に、ASEAN各国との間で、さまざまな取組が進められている。

 また、ASEAN各国からの関心も高く、日・ASEAN首脳会談やASEAN+3首脳会談でもフードバリューチェーンについて言及され、2016年9月の日・ASEAN首脳会談で、わが国の協力が域内のフードバリューチェーン強化に重要であると、議長声明にも盛り込まれた。

 このほか、ASEAN+3外相会議やASEAN+3農林大臣会合でも日本の代表からフードバリューチェーンの構築に関して発言しており、2017年9月のASEAN+3農林大臣会合で、官民連携によるフードバリューチェーンの構築の重要性について言及されている。

(2)アフリカ開発会議(TICAD)における議論

 アフリカは高い経済成長や人口増加が見込まれ、日系企業の進出先として有望視されている地域であるが、2013年に開催されたTICAD Ⅴ以降、国際資源価格の下落、エボラ出血熱の流行と保健システムの脆弱性、平和と安定に関する問題など、広域的に対応すべき、広範な課題が山積している。このような状況の下で、TICAD Ⅵは、16年8月27日から28日に初めてアフリカ(ケニアの首都ナイロビ)で開催され、アフリカ53か国から35名の首脳級、国際機関および地域機関の代表並びに民間セクターや市民団体など、約1万1000名以上が参加した。

 経済に関しては、資源価格や一次産品価格の下落を背景として「経済の多角化・産業化」について議論され、農業・食品業に関するものとして「フードバリューチェーンの構築」、「栄養改善」、「食料安全保障」、「気候変動対応」を推進することが「ナイロビ宣言」および「ナイロビ実施計画」に盛り込まれた。

(3)その他の会議における議論

 先進国においても、世界の食料安全保障の確立に向けた取組は重要事項として認識されており、主要国首脳会議(G7)やアジア太平洋経済協力(APEC)などの場で食料安全保障の確立に向けた議論が行われている。

 フードバリューチェーンの構築は、食品ロスの削減につながるため、食料安全保障の確立に向けた取組としても注目され、2017年10月のG7農業大臣会合においても、フードバリューチェーンへの農業者の参加拡大などについて言及されたほか、同年11月のAPEC閣僚会議の閣僚宣言でフードバリューチェーン構築の重要性に言及されている。


5.その他の取組

 また、フードバリューチェーンの構築を進めるため、GFVC推進官民協議会における企業の要望や、二国間政策対話で出た課題などに関して、現状の把握や今後の事業実施の可能性について検討することも重要である。

 農林水産省では、農業や食品加工業の事業性に関する調査を新興国などで実施している。具体的には、今年度はインドネシアにおいて農業・食産業などの生産・流通・投資環境調査、インドにおいて日本企業進出に関する課題・投資可能性調査、カンボジアにおいてCam-GAP(ASEAN-GAP をガイドラインとするカンボジアのGAP制度)マニュアル(案)に基づく認証プロセスの実証調査などを実施している。


6.おわりに

 これまで新興国を中心に対話などの取組を進め、ベトナムにおける中長期ビジョンの策定やミャンマーにおける工程表の作成などの具体的な成果を上げてきたが、今後は、これまで二国間政策対話を行ってきた他の国においても取組をさらに深化させ、具体的な成果に結びつけていく必要がある。

 そのためには、引き続き官民協議会における民間企業の具体的ニーズの把握や、そのニーズに対応した官民ミッションの派遣や事業化可能性調査の活用、課題克服に向けた二国間政策対話における相手国政府との積極的な協議などが重要である。

 こうしたことを踏まえ、引き続きフードバリューチェーン構築の取組を積極的に推進していきたいと考えており、関係機関や民間企業の皆様の更なるご支持をお願いしたい。
 なお、GFVC戦略の推進について賛同される関係企業・機関・地方自治体などにおいては、ぜひ、GFVC官民協議会への加入をお願いしたい


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