農学の振興を通じて
地球規模問題への農学的対応を創生する

東京大学 名誉教授         
公益財団法人 農学会 会長 長澤寛道


 社会の急速な変化のなかで、とくに世界の人口増加や生活様式の変化に起因する食料・環境・エネルギー問題が顕在化している。いずれも、農学と密接に関係している重要な問題である。公益財団法人農学会は農学の発展を通じて、このような地球規模の問題を解決するための研究および教育を支援している。

1.公益財団法人農学会とは─設立から今日まで

 公益財団法人農学会は新公益法人3法が平成20年(2008年)に施行されたことによって、平成22年4月に旧財団法人から公益財団法人に移行したが、それ以前には長い歴史がある。その前身である農学会は明治20年(1887年)、札幌農学校と駒場農学校の卒業生が中心になって、日本で最初の農学分野の学会として設立された。

 当時の農学は今ほど細分化されておらず、人数も少なかったことから、農学全体の研究成果の発表の場としての役割を担っていた。その後、農学校は農科大学あるいは帝国大学の農学部、さらには農学部を有する私立大学や高等農林学校が設立されて多様化し、教員・学生数も増えて、農学会の規模も大きくなった。

 一方、専門化も進み、農学会という1つの組織のなかには収まらなくなった。大正3年(1914年)には林学会が、大正7年には日本植物病理学会が、大正12年には園芸学会が、大正13年には日本農芸化学会が、また大正14年には農業経済学会が個別に設立された。その後も水産学会、農業土木学会、畜産学会、日本作物学会、日本土壌肥料学会などが次々に設立され、農学会は総合農学としての役割は徐々に果たせなくなっていった。

 このような状況下、昭和4年(1929年)に農学会から分かれて、新たに日本農学会が設立され、旧農学会は昭和7年には財団法人農学会として形を変えたが、農学奨励資金などを日本農学会に委譲したため、それまで果たしていた総合農学としての性格はほとんど消滅した。なお、旧農学会は発足から昭和6年まで、毎年、農学会会報(後に農学会報)を刊行し、最終刊は327号に達した。

 一方、日本農学会は、現在では農学系の50を超す学会を束ねる連合体としての役割を有し、平成29年に任意団体から一般社団法人になった。
 (たもとを分かった財団法人農学会の活動は昭和56年(1981年)の寄附行為の改正を機に、役割を変えて少しずつ復活し、今日に至っている。

 このように、農学会の歴史は、明治以来の日本の農学の発展の歴史そのものといえよう。

2.公益財団法人農学会の目的と事業内容

 本財団は、農学に関する研究教育組織並びに学協会などとの連携により、農学に関する研究および教育を振興し、持続的な農林水産業の発展を図ることによって、人類福祉の向上に寄与することを目的としている。具体的な推進事業は以下の5つである。

(1)若手研究者の表彰

 公益財団法人に移行する以前の平成14年(2002年)に日本農学進歩賞が創設され、毎年、40歳未満の将来を嘱望される農学分野の若手研究者10名程度に授与している。

 農学は非常に専門分野が広いので、それに対応できる幅広い分野から選考委員を委嘱している。日本学術会議に登録されている農学系学協会の長、国公私立大学農学系学部の長、農学に関する産官学いずれかの研究所の長、あるいは日本農学アカデミー会員が、毎年、男女各1名をこの賞に推薦できる。なお、女性研究者を推薦しやすくするために、昨年まで単に1名の推薦であったものを、男女それぞれ1名推薦できるように規定を変更した。

 この事業には、全国農学系学部長会議、日本農学アカデミー、日本農学会、(国立研究開発法人)農業・食品産業技術総合研究機構、(同)国際農林水産業研究センター、(同)森林研究整備機構、(同)水産研究・教育機構、 全国農業協同組合中央会に共催をお願いしている。授賞式および受賞者講演会は、毎年、11月の第4金曜日に開催している(写真1)。

写真1 日本農学進歩賞授賞式および受賞者講演会
写真1 日本農学進歩賞授賞式および受賞者講演会

 平成29年度は第16回に至り、受賞者は累積で164名を数える。受賞者は、オープンアクセス形式の電子ジャーナルであるAgri-Bioscience Monographs(AGBM:http://www.terrapub.co.jp/onlinemonographs/agbm/)に英文原稿を無償で投稿する権利があり、毎年、平均して2篇が同誌に発表されている(編集費用は本財団が負担)。これは、日本の優れた農学研究を世界に発信することを意図しているものである。

(2)農学分野における技術者教育などの推進

 本財団は、日本技術者教育認定機構(JABEE)の会員として、農学一般分野の技術者のための教育プログラムの審査を行っている。このプログラムを大学の学部教育に組み込んだ学部や学科を卒業すると、技術士になるための一次試験が免除される。二次試験に合格すると技術士の資格が得られ、世界で技術士として認められる。したがって、教育プログラムは世界標準を満たしている必要があり、その教育プログラムの内容を審査している。その審査を行うために、毎年、審査員の養成や勉強会も行っている。

(3)学術講演会などの開催

 農学関連の研究成果や農林水産業における世界および日本の今日的課題について広く市民に話題を提供し、ともに考えることを目的にして、日本農学アカデミーとの共催で、毎年度、2回(11月と3月)東京大学農学部弥生講堂一条ホールで公開シンポジウムを開催している(参加費は無料)。参考までに、過去6回のシンポジウムのテーマを示す。

・平成30年3月 「陸と海の豊かさを守り育てる─持続可能な発展を目指して」

・平成29年11月 「鳥獣害─野生鳥獣による農林業被害とその対策」

・平成29年3月 「食は足りるのか 2─生産を支える新技術」

・平成28年11月 「食と健康─消費者の選択」

・平成28年3月 「食は足りるのか」

・平成27年11月 「転換期の日本社会と食料・農業・農村基本計画2015」

写真2 公開シンポジウム
写真2 公開シンポジウム

 毎回5、6名の演者を厳選し、背景を含めて問題点を分かりやすく解説するように努めている。当日は簡単な要旨を配布し、後日、財団のサイトに講演で使用したスライドの図を可能な限りアップロードすることによって、理解を深めていただく一助としている。

 上記のシンポジウムとは別に、農学関連の大学や学協会が主催する公開シンポジウムや公開セミナーを協賛・後援している。

(4)学協会などへの協力並びに支援

 農学関連の学協会は多数存在するが、比較的規模の小さい学協会は事務組織を維持することが難しいところもあり、本財団が事務の一部あるいは全体を支援したり、サイトの維持管理を手伝ったりしている。平成29年度には、初めて農学関連の国際シンポジウムの事務支援を行った。

(5)機材などの貸出し

 東京大学農学部弥生講堂でのプロジェクターやポスターパネルの貸出しを行っている。これは、農学を含む学術活動支援の一環でもある。

 

 以上、公益財団法人農学会の設立時からの歴史、目的および事業内容について概説した。地球規模の問題の農学的解決に資するという趣旨に、ご賛同いただければ、活動への支援をお願いしたい

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