ベトナムにおけるSRI農法
─ 農民組織による有機SRI稲作の実践 ─

 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授 山路永司
宮崎大学地域資源創成学部 講師 井上果子

1.SRIとは何か

 SRIという言葉はSocially Responsible Investment(社会的責任投資)の略語として使われることが多いが、この記事で紹介するSRIは、System of Rice Intensificationと呼ばれる稲作法である。この稲作法は、フランス人のロラニエ牧師がマダガスカルの農村において1983年に発見・実用化したものであり、93年に論文を発表した。ノーマン・アポフ教授(コーネル大学)はもともと発展途上国の農村の社会関係資本などを研究していたが、この農法を知って以降、SRIの研究・普及に尽力し、また各国の賛同者を得て、SRIは現在40か国以上で実践されている。

 SRIは世界に広まって以降、各地域の気候・水環境・農民意識に合った方法が模索されているが、当初の提案は、以下のようであった。すなわち、①出芽後1週間程度の乳苗(にゅうびょうを、②30cm程度の広い間隔で、③1本植えし、④栄養成長期に連続湛水(たんすいせず間断灌漑(かんがいを行う。くわえて、⑤有機肥料を原則とすることも多い。これらの方法によって、種籾(たねもみ量と灌漑用水量を大幅に削減できることは異論のないところであろう。くわえて、収量が大幅に増えるという報告が多くあり、SRIの宣伝文句となった。


2.SRIに対しての議論

 SRIはこのような特徴を持っているが、SRI普及が広がり始めた2000年代前半には、「収量は増えない、むしろ減る。SRIは科学的に検証されていない。」という論文が国際誌に掲載され、雑誌上で激しい論争となった。その後も、SRIの増収効果に肯定的な論文、否定的な論文が報告されている(図1)。

図1 SRI増収効果に関する肯定的・否定的論文数(2003〜13)
図1	SRI増収効果に関する肯定的・否定的論文数(2003〜13)
出所:Styger, 2014.

 増収以外の論点は、除草作業、移植方式、有機肥料、そして機械化である。
 SRIでは連続湛水を行わないため雑草が繁茂しやすく、除草作業回数が増加する。これを補える、あるいはそれ以上の収量増が見込める場合には、SRIが採用されるが、そもそも労働量が増加することを嫌う農民に対しては説得力が弱い。

 移植方式については、「乳苗」、「疎植」、「1本植え」という方式は、これまでの稲作経験とあまりにもかけ離れており、抵抗が非常に大きいため、SRIを理解し導入する農民と、導入に踏み切れない農民とが並存している。そこで、「乳苗でなく、稚苗あるいは成苗でもよい」、「1本植えでなく、2本植えでもよい」といった方式で普及している場合も多い。

 化学肥料から有機肥料への転換は、購入経費が不要、コメの品質が向上するという利点はあるが、同時に有機肥料(堆肥(たいひ)の材料調達と肥料作りの労力とが必要である。

 これまでSRIが普及してきた国・地域では、多くの農作業が手作業によって行われている。しかしSRIを省力的に実践するためには、機械化が不可欠である。機械による乳苗の疎植は概ね可能となっているが、除草機械は開発が始まったばかりである。減農薬・無農薬の流れのなかでは、除草は合鴨や生物農薬も考えられるが、大規模での実施は機械的に行うしかない。また大区画水田での実践のために、圃場(ほじょう内の溝や用排水方式の検討も必要である。

 以上のような議論はあるが、筆者は「地域に合ったSRI方式を開発し、それをきちんと実践すれば、多くの効果が期待できる。」と考えている。


3.ベトナムのSRI

 ベトナム(ベトナム社会主義共和国)では、SRIは2002年に導入され、07年の政府見解以降、爆発的に普及し、10年末時点で、北部地域を中心に78万人の農民が29万haで実践し、現在では50万haを超えたものと推定されている。

(1)導入

 ベトナムでのSRI導入の経緯は以下の通りである。農業農村開発省植物保護局(PPD:Plant Protection Department)では、1992年以降、国連食糧農業機関(FAO)の支援のもとIPMプログラムを実施している。IPM(Integrated Pest Management:総合的病害虫管理)とは、①健康な土壌と作物をつくること、②害虫の天敵となる生物を理解し保護すること、③農地を定期的に観察すること、そして④農民が農業の専門家となることを原則としている。このプログラムを通じてPPD管轄のIPMトレーナーが養成され、そのIPMトレーナーは、各地域における農民学校(FFS:Farmers Field School)で農民トレーナーを育成する。ベトナムの全ての省にIPMトレーナーは配置され、2010年末時点で、97万人の農民が稲作に関する農民学校を卒業している。

 PPDの幹部であったゴー・ティエン・ズン氏は、1999年にインドネシアのSRIを知り、2002年に非公式に試験栽培を実施し、その成功をもとに03年から実証試験を北部5省で行い、05年にはSRI技術ガイドラインを作成し、05年06年の結果を報告書に取りまとめ、農業農村開発省の科学技術評議会に提出した。それを受けて、農業農村開発省は、「SRIは先進技術である」との決定文書を07年10月に発行した。SRIは、ベトナム政府が06年に打ち出した「3減3増プログラム(種・化学肥料・農薬を減らし、生産性・品質・収益を増加させる)」の目的に合致していて、08年には、IPMトレーナー養成時に使われる教材にSRIが加えられた。

(2)普及面での課題

 ベトナム北部での慣行稲作では、葉数4.5〜5枚まで成長した成苗を3〜4本束ねて1株とし、10〜15cmの密な間隔で田植えし、いつも田に水を張る状態を保つ。一方、ズン氏が主導して取りまとめたベトナムのSRIには、以下の5原則がある(PPD, 2010)。すなわち、①健康な若い苗を使う(葉数2〜2.5枚、播種(はしゅ 後8〜15日の苗)、②1本苗を間隔を空けて移植する、③水田の土を湿らせておくが、湛水させない、④早い段階で除草する(除草剤は使わない)、⑤なるべく化学肥料の使用量を減らし、有機肥料を使うようにする(PPD/Oxfam作成パンフレット)。

 この方式は、農民にとって容易には受け入れがたいものであるが、これに理解を示し、納得する農民もいる。しかしベトナムにおいては、地域の農民が全員一致で合意しなければ、新しい稲作法を始めることができない。というのも、社会主義国であるベトナムでは土地は全て国家に属し、農家世帯に平等に農地の使用権が分配されている(改定土地法、1993)。北部の紅河デルタ地域では1世帯当たり0.3〜0.4haの農地が3〜4か所に分散された形態で分配されて、1枚の水田を多くの農民が使っているため、水管理を自分勝手に行うわけにはいかないのである。そこで水管理を担う農業組合、そのリーダーたちに理解してもらうことがまず必要で、そのリーダーが組合員である農民を納得させられないと、SRIを始めることはできない。

(3)SRIの効果

 ベトナムでSRIが受け入れられた要因は、植物保護局の報告書によると、次の5つにまとめられる(PPD, 2010)。①種籾コスト節減効果:農民は農民学校で株間を30cm程度にすることが望ましいことを学ぶ。しかし、株間を広く空けることに対する「心理的」抵抗は大きい。②病害虫被害軽減効果:ベトナムの水田では紋枯病・黒葉枯病・コブノメイガ・トビイロウンカが多く見られるが、SRIを採用した水田ではこれらの発生量が少ない。③増収効果:ベトナムのコメの単収は、もともと東南アジアでもっとも高いため、その増収効果は平均で10%程度と、それほど大きくはない。④節水効果:代表的なSRIの水管理は、移植後約1週間湛水し、以降、栄養成長期は湛水ではなく湿った状態としている。このことによって、30〜50%の節水効果があったと見積もられている。⑤経済的効果:強いイネが育つことにより、化学肥料および農薬の使用量を削減させる効果がある。

(4)SRIの課題

 前項までは、ベトナムのSRIの肯定的な面を述べてきたが、困難な状況や課題も多く残されている。農民学校や国際NGOであるOxfam America、FIDR(Foundation for International Development/Relief:公益財団法人 国際開発救援財団)などの活動によってSRIの周知は進んだが、それは北部および中部山岳部に限られていて、ベトナム全体から見ると、まだまだである。南部メコンデルタの水田では、大区画に整備され、機械化が進み、直播栽培も多い。このような地域に適したSRI技術は、まだ研究も実践も不足している。


4.SRIによる農村活性化

(1)ハノイ近郊農村での取組

 井上は2009年以来、ベトナム紅河デルタ、ハノイ近郊の異なる集落営農体制を有する3つの集落で、地域社会研究を行ってきた。この研究の進展と現地での農民意識の醸成を背景に、東京大学農業環境学研究室は、JICA草の根資金を得て「ハノイ市農村部における環境保全米の生産・管理強化計画(PAMCI-SAFERICE事業:Production and Marketing Capacity for Sustainable Agriculture, Farmer Empowerment, Rice Improvement, and Cleaner Environment)」に取り組んだ(図2)。具体的には、当該3集落において、①低投入型稲作技術としてのSRI農法の技術移転、②トレーサビリティ確保・品質管理・消費者への直売を含む集落ビジネス能力向上、を目標としたアクションリサーチ事業である。

図2 PAMCI-SAFERICE 事業
図2 PAMCI-SAFERICE 事業
出所:Inoue et al., 2016.

(2)対象農村の概略

 事業実施地域を選定するにあたり、農業協同組合(以下、「農協」)に注目した。1996年協同組合法制定以降の農協は、農家(組合メンバー)のために灌漑水路の管理・運営、病虫害対策、農産品販売促進など、農業活動に必要なサービス全般を行うための組織となった。紅河デルタの農村には、強固な自治性を有する集落を基礎単位とする農村社会が形成されてきた歴史があり、対象地の農協は、複数の集落によって構成されている。

 対象地であるハノイ市チュオンミー郡A集落、ミードゥック郡B集落およびC集落は、2008年にハノイ市に統合されるまで紅河デルタでも最大の水田面積を有した旧ハタイ省に位置する。それぞれの対象集落の農協、SRI導入時期、地域農業自治上の主体、集落概要、事業開始前の状況などの概要を表1に示す。A集落は「集落が主体的に技術移転を行う体制が取られていた」のに対し、B集落は「農協から個別農家への情報共有」、C集落は「農協よりも行政から個別農家への指導が主」であった。また、対象地の農家は、事業開始前は、自給を主目的とした稲作を行い、余剰分を仲買人や農協に籾の状態で販売していた状況にあった。

表1 事業開始前の各集落の状況
表1 事業開始前の各集落の状況
 注: 2011年、2012年、2014年に行ったインタビュー調査結果に基づく。
出所:Inoue et al., 2016

(3)対象農村での事業の展開

 紅河デルタ地域では、春作と夏秋作の2作期に稲作ができる。PAMCI-SAFERICE事業実施期間は、2012年夏秋作から14年夏秋作までの合計5作で、事業実施体制として、日本人の東京大学農業環境学研究室構成員(井上ら)がベトナム国家農業大学関係者に技術移転を行い、その後、両者が共同で対象地受益者に対して技術移転を行い、徐々に集落が単独で独立・継続実施できるような出口戦略を見据えた事業展開を図った。

 また、事業実施プロセスとして、①毎期播種前に事業参加者の意志確認、②収穫・計量後の収量や販売状況確認のためのフィードバック会合開催、を3つの集落を管轄する農協、集落リーダー、個別農家とともに行った。くわえて、事業開始前までに行っていた自治体制に関する研究成果を踏まえ、営農や販売に関する活動については、農協のなかでも「集落」を単位として組織化を図ることを予定していた。

 しかし、想定通りに対象地関係者によって進められたのは、A集落のみであった。B集落では、農協執行部が集落単位で独立した活動を行うことを許さない政治的圧力がみられ、農協が参加を認める個別農家の集まりで事業を行うも、農地再分配が2014年にあったこともあり、参加農家の組織化が不可能となり、それ以上の展開が見られることはなかった。C集落については、行政・農協ともに新しく導入するSRI農法に対するリスクを回避する意志が見られたが、採用意欲のある農家が個別に参加し、成果を見せるようになると、行政・農協ともにSRI農法を率先して普及させる取組を行うようになった。

 また、農法の採用と普及については、販売価格から多大な影響を受けた。事業開始当初は、無農薬と化学肥料について50%削減した「低投入SRI」と無農薬・無化肥の「有機SRI」の技術移転を行ったが、販売価格が高い「有機SRI」に需要が集中した。その結果、労働コストが高く、収量も比較的低いにもかかわらず、農家が有機SRI農法を好むようになった。表2は事業実施結果をまとめたものである。

表2 収量および販売価格の推移
表2 収量および販売価格の推移
注:1) 時期 春:春作 夏:夏秋作
  2) 農法  SRI(w):SRI農法 (施肥半減、販売に関する技術移転活動付き) Org.(w):有機SRI農法(無農薬、無化肥・堆肥あり) SRI(w/o):SRI農法(施肥半減)の技術移転活動付き、販売活動なし。
  3) 単収(kg/ha) 高品質・低収量品種BT7を栽培した農家に対して行ったインタビュー結果の平均値。
  4) 価格(ドン/kg) 農家が籾を(仲買人・農協・消費者に対して)販売する際の価格。精米を消費者に販売する場合は、籾重量と精米重量とのおおよその換算係数である0.68で除した(25,000ドン/Kg)が販売価格。
  5) 収入(100万ドン/ha) 収量×価格で算出。
出所: Inoue et al., 2016

 集落単位でまとまった活動を行ったA集落では、集落全体でのトレーサビリティ確保体制、販売活動が可能となった。このために、集落を単位とする農家グループから消費者への直売方式をとることができて、集落内における雇用機会の創出と増収が実現した。こうして、販売が円滑に進むにつれて、集落内での参加農家数が飛躍的に伸びる結果となった。

(4)事業終了後の展開

 本事業は2015年に終了したが、終了以降も活動は定着し、むしろA集落とC集落では広がりを見せている。図3には、A集落の販売参加農家数と販売対象作付面積とを示したが、事業実施期間は2015年2月までであり、同年春作以降は事業外である。

図3 A集落での展開
図3 A集落での展開
出所:Inoue et al., 2016

 なお、事業終了以降、本論執筆時までに5回の作付けが行われているが、やはり隣接集落からの参加者も得て、広がりを見せている。A集落では、2017年の春作期に22haの水田で約90農家が取り組んでいる。収穫は9月下旬から10月上旬の予定で、出荷量は100tを想定している。その25%はハノイ市の個人からの注文で、残り75%は、ホーチミン市およびダナン市の会社などに販売予定である。

 以上を簡単にまとめると、栽培面では有機SRIによって収量が減ったが、販売価格は2倍以上となり、収益性は向上した。また化学農薬を使用しないことによって、 コメの安全性が向上するとともに、農民自身の健康にも心配がなくなった。さらに、農家集団のマーケティング能力も大いに向上した。


5.ベトナムにおけるSRIの展望

 ベトナムの2大穀倉地帯のうち、北部に位置する紅河デルタ農村部では、小規模零細農家が自給を主目的に、小規模水田において移植方式で田植えを行っていて、病虫害被害の軽減につながるSRI農法が注目され、普及するようになった。SRI農法の採用・普及プロセスに注目すると、心理的抵抗があった農家についても、安定した収量を得ることができることを農民学校で実際に確認した地域や農家が、次々と採用する展開がみられた。

 ベトナム北部の稲作は、小規模農家が多く、自給を主目的に稲作を行っていることもあり、その普及は農家世帯とその家族の食料保障に直接的に貢献しているといえる。その普及が進むタイミングにおいて、新たに挑戦したのが、SRI農法の技術移転と合わせて行った高付加価値化されたコメの販売である。この取組は、市場に出回る農作物の安全性が疑問視され、農作物が価格のみでしか評価されないベトナムの農作物市場において、唯一の差別化しうる表記としての「有機」の側面が評価され、需要増につながり、「有機SRI農法」が生産者と消費者の双方から好まれる結果となるものであった。

 同国は世界有数のコメ輸出国となるほど生産性の面では安定してきているが、コメの価格は世界的に見ても比較的低い価格帯で取引されており、高品質のものが高く評価されているわけではない。農薬や化学肥料に依存せずに安定した収量を確保できるSRI農法は、品質改善に向けた努力とも親和性の高い農法とも認識されつつある。

 ベトナム国内においては、とくに病虫害被害軽減、農薬使用の削減を期待して導入・普及されたSRI農法から、品質の向上を期待して化学肥料から有機肥料への転換を進める取組で進化するSRI農法導入・採用の展開が注目される。


<参考文献>
井上果子 (2011):ベトナムのSRI、稲作革命SRI、pp.169-187、日本経済新聞出版社
Kako INOUE, NGYUEN Thi Nga, PHAM Tien Dung, Eiji YAMAJI (2016):The Reality of Rural Communities Revealed in a Rural Development Project – A Comparative Study on Three Rural Communities in the Red River Delta, Vietnam, Journal of Rural Planning Association, 35, special issue, pp.266-273
PPD, MARD/OxfamによるSRIプロジェクト作成パンフレット
Plant Protection Department (2010):SRI application in rice production in the North of Vietnam, Ministry of Agriculture and Rural Development(未公表)
Styger, Erika (2014):System of Rice Intensification research: A review, presentation at the 4th International Rice Congress, Bangkok, Thailand

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