植物工場
─ その現況、背景、特徴、課題および可能性 ─

千葉大学 名誉教授       
植物工場研究会 理事長 古在豊樹

1.はじめに

 気候変動下の食料と環境と資源の三竦(さんすくみ問題の解決に、植物工場が貢献できると考える人々が増えている。ただし、生産対象植物は野菜、ハーブ・薬草、各種の苗などである。コメ、コムギ、トウモロコシなどの単位乾物重量当たりの価格(単位生体重量当たりの価格ではない)が、野菜などの1/100前後の主食用作物は対象外である。なお、植物工場は人工光型と太陽光型に分類されるが、本稿では、前者のみについて、その現況、背景、特徴、課題および可能性について述べる。


2.世界の現況

 高圧ナトリウムランプを光源とした植物工場は、ヨーロッパやアメリカでは1960年代から、日本では70年代から始まったが、80年代で消えた。90年頃から、蛍光灯を光源とした植物工場が日本で現れ、2010年頃から急増した。13年頃からLEDを光源とする植物工場が増え始め、15年以降に建設された植物工場の光源は大半がLEDである。

 2017年前半の日本における植物工場の数は約200である。最大規模の植物工場でも年間野菜生産高は10億円程度、200工場全体での年間野菜生産高と植物工場システム販売品の合計はせいぜい数百億円と推定されるので、期待値は高いが、現状では、1つの産業分野を形成しているとはいえない。安定した黒字経営をしている植物工場は、16年時点で200工場のうち20〜30%のみといわれている。

 台湾、韓国、中国における植物工場の数も2010年以降に増え、なかでも台湾での数は約100といわれている。15年以降、中国では無農薬野菜への関心が高く、植物工場に関する研究開発・投資・商業生産化が急増している。ほぼ並行して、アメリカやオランダでも、同様なことが盛んに行われている。パナマやフランスなどにも植物工場が少数ある。上述の国々から植物工場システムを導入・輸入して、野菜を生産・販売している国として、モンゴル、ロシア、シンガポール、ベトナムなどが挙げられる。また、18年以降に植物工場システムの建設・導入を計画している国にとして、タイ、マレーシア、中近東諸国などが挙げられる。最近では、電気メーカーや建設会社だけでなく、情報産業・LEDメーカー・種苗会社からの参入がある。大学や研究所の工学系・理学系研究者の参入も目立つ。植物工場技術は、産業技術としては未だ黎明(れいめい期段階にある。

写真1 各種の人工光型植物工場
写真1 各種の人工光型植物工場

1)ジャパンドームハウス(株):生産販売用  2)(株)レイズ (株)PlantX:生産販売用
3)パナソニック(株):家庭・学校用  4)(株)三菱化学ホールディングス:苗生産用

Aは上記1)、Bは上記2)の外観。2017年5月に千葉大学柏の葉キャンパス内で筆者撮影

Aは上記1)、Bは上記2)の外観。2017年5月に千葉大学柏の葉キャンパス内で筆者撮影


3.社会経済的背景

 多くの国で植物工場への関心が高まっている根本的な背景は、以下のとおりである。

(1)農業就業人口の急激な減少と高齢化

 とくに、日本、中国、韓国、台湾などで顕著である。世界人口の増加は都市人口の増加によるものであり、農村人口は世界的に減少している。日本での農業就業人口は2010〜15年の間に20%減少し、16年には200万人を切った。さらに17年でみれば、農業従事者の平均年齢は67歳であり、65歳以上が約65%を占め、39歳以下は7%に満たない。まさに、農村での労働力不足が深刻になりつつある。

 植物工場が野菜農家経営を圧迫するとの懸念も存在するようだが、今後、減少する野菜農家数だけで、増大する都市住民の野菜需要を賄うことは相当に困難である。他方、野菜農家が植物工場を経営することは大いに期待できよう。

(2)野菜の作柄・価格の不安定化

 世界的な気候変動・異常気象による水不足・干害・豪雨・強風・高温・病害虫発生が、農家の人手不足をさらに深刻にしている。価格と入荷量の不安定さの影響を大きく受けるのは、食生活の変化に伴って成長している外食・中食産業である。こうした業界では、野菜が高値でも買い控えができないので、価格が変動せず、安定購入できる植物工場野菜に注目している。また、需要が増大している反面、野生のものが枯渇し、高価格となっている薬用植物の生産用にも植物工場は注目されている。

(3)市民の健康・無農薬野菜、鮮度、美味しさ・地産地消・環境への志向

 極寒(極東地域など)・乾燥(中近東地域など)・熱帯諸国の都市住民が、輸入野菜よりも地産地消の新鮮・安全・安心・健康野菜を好み始めている。自然エネルギーによる発電比率が増大している北ヨーロッパでは、「冬期の施設野菜生産に消費する大量の暖房用化石系燃料」と「夜間の余剰電力を利用する植物工場での消費電力量」との比較が、関心を呼び始めた。

 自然で無料の太陽光を利用するために、北ヨーロッパや北アメリカの施設園芸では、数多くの環境制御機器と化石系エネルギーを消費しているのである。それでも、無料の太陽の光量は冬期の野菜生産には圧倒的に不足するので、必要光量の約半分はランプで「補光」している。

 アメリカの東海岸側で消費されるレタスの約75%は西海岸側のカリフォルニアで生産され、コストの30%は輸送費が占めるとされている。そこには、輸送のための燃料費・冷却費・人件費・トレーラーの償却費・輸送途中の野菜の傷みなどが含まれる。公共的には、輸送用トレーラからの二酸化炭素排出量と高速道路の損傷を無視し得ない。産地から消費者までの数日間に及ぶ長距離輸送に耐えるために品種改良されたレタスは、葉が固く・大きく(約250g/株)、食味・食感に難がある。そこで、スーパーマーケットの屋上や隣接した植物工場で、夜間の余剰電力を利用してレタスを生産し、収穫後数時間という新鮮・高品質のレタスの販売を検討する人も出てきている。


4.原理的な特徴と現実の植物工場

 植物工場には、園芸施設や畑作栽培と比較して、特徴(利点と欠点)に原理的相違点がいくつかある。しかし、現存の植物工場では、その特徴を必ずしも利点としては実現していない。また、欠点を理解、認識してもいない。しかしながら、黒字経営をしている20〜30%の植物工場は、赤字経営の植物工場よりも、当然にその利点を数多く実現させている。さらに、植物工場には今後、開発・導入しうる革新的技術のタネがいくつもある。したがって、現状の植物工場の経営状態や生産コストから、5〜10年後の植物工場の経営状態を予測することは難しい。むしろ、原理的利点の妥当性とその実現の可能性から、今後の植物工場の技術や経済性を判断する方が妥当である。なお、原理的利点の詳細は、古在(2012)1) 、Kozai et al. (2015)2)、 Kozai et al. (2016)3)などを参照されたい。

(1)経営的利点

1)土地面積当たりの年間生産量は畑作栽培の100倍以上であること

 この土地生産性の高さが都市では切り札になる。日陰の土地、土壌不良地、空き地・空き部屋は植物工場になるのである。土地生産性が高い理由は、「多段栽培」「環境制御による栽培日数の半減」「収穫直後に同じ場所に苗定植」「密植栽培」「異常気象や病虫害による収量減がない」などによる。

2)販売単価が20〜30%高いこと

 その理由は、「無農薬で、さらにゴミ・虫などの混入がなく、したがって購入後の殺菌洗浄・検査が不要」「生産量・納期が安定し、生産コストが安定しているので年間契約が可能」「品質(食味・食感、見た目、栄養成分濃度)が高い」などである。

3)年間安定生産なので、周年雇用が可能なこと

 軽労働・安全・室内環境なので、都市での高齢者、障がい者、子育て主婦などにとっての短時間就労の機会が増大する。

4)生産技術の国際標準化と需要に応じた品質管理が可能なこと

 生産技術が確立すれば、その技術の多くは世界中で通用するので、国際標準化が可能である。環境制御と品種選択によって、需要に応じた品質の野菜生産が可能になる。たとえば、野菜サラダ・サンドイッチ・ハンバーガー・煮物などに、それぞれ適した品質のレタスを生産できる。また、現在は山野での採取に頼っている薬草などを高品質で周年生産できる。品質が安定している薬草は、漢方薬だけでなく、健康食品・化粧品などの添加物に適している。
 ただし、以上の利点を活かすのには、合理的な生産計画と栽培・衛生・人事・物品・物流を含めた体系的生産管理が必須である。現状では、上述の利点の多くは活かされてない。

(2)原理的利点

 植物工場の最大の利点は、栽培室がほぼ密閉で、壁と床が断熱されていることにある。この特徴によって、栽培室に投入する資源と栽培室から搬出される産出資源(生産商品)と廃棄物が、正確にほぼ自動的に計測できる。主たる投入資源は、電力(照明・空調など) 、水 、二酸化炭素 、肥料 、種子・苗、作業者、栽培資材(包装袋、培地など)である。生産物の数と重量は出荷前に正確に計測され、廃棄物(野菜ごみ、使用済み培地、排水など)も計測される。一般の産業用工場では上記の計測が行われているが、畑地や園芸施設での生産で、投入資源・産出資源・廃棄物のすべての量の時間変化を、正確に自動計測するのは相当に困難である。

(3)資源利用効率の連続測定とその利用

 上述の計測値に基づいて、先に挙げた投入資源の利用効率を自動的に算出できる。つまり、電力生産性、作業生産性、栽培面積生産性が自動的に算出される。資源利用効率とは、「投入資源量に対する、その資源の商品(植物体)への変換割合」である。たとえば、光利用効率は「投入光エネルギーの何割が、植物の光合成によって、植物体内の化学エネルギーに変換されたか」を意味する。二酸化炭素利用効率は「投入二酸化炭素量の何割が光合成によって、植物体内の炭水化物に変換されたか」を意味する。

 それぞれの資源の購入コストと廃棄物の処理コストも自動算出できるので、生産物の販売価格をその種類毎に入力すれば、金額ベースのコスト・パフォーマンスを算出できる。

 毎時または毎日の資源の消費量とコスト、資源利用効率およびコスト・パフォーマンス、さらにはそれらの算出根拠のデータを「見える化」すれば、資源利用効率とコスト・パフォーマンスの向上方策が自ずと明らかになる。これらの利点を活かした生産管理・経営管理を実施している植物工場の数は、極めて限定されている。上述の方法の今後の普及が期待される。

(4)克服すべき課題と可能性

1)初期設備コストと運転コストが高いこと

 詳細を述べる紙幅はないが、初期コストと運転コストは、技術的には、5〜10年以内に半減しうる(Kozai et al, 2015 2), 20163); Kozai, 20184))。初期設備コストは、土地面積当たりと生産能力当たりの両方で考える必要がある。植物工場の土地面積当たり初期設備コストは、極めて概略的に述べると、畑地栽培の初期コスト(圃場(ほじょう整備、用水・排水設備、耕耘(こううん播種(はしゅ・定植、収穫、運搬、選別・梱包(こんぽうなど設備・機器コスト)の100倍程度、環境制御機器付き園芸施設の10倍程度である。他方、植物工場の土地面積当たりの生産能力は畑地栽培の100倍程度、環境制御機器付き園芸施設の10倍程度である。したがって、生産能力当たりの初期設備コストは、3者間で差異はないことになる。

 現状では、植物工場では生産能力の60〜70%しか達成していないことが多いのが、赤字経営の植物工場が多い主な理由である。稼働率が60〜70%でも、生産コストはその割には低下しない。稼働率が低いのは、主に、植物工場の設計・施工不備、工場長の生産管理経験不足、商品企画・営業・販売力不足などによる。

2)植物生産がエネルギー的・資源的に持続的でないこと

 生産物量当たりの資源利用量、あるいは資源利用効率が、園芸施設のそれらよりも高い植物工場も、すでに存在はしている。エネルギー的・資源的に自立した植物工場の設計・建設・運営は、原理的には可能なので、それに向けての産官学の協力が必要である。

 実際、これら技術者・研究者の参入が相次いでいるので、数年以内に多くの植物工場がこれらの技術を利用することになる。仮想現実・拡張現実、ゲノム解析、ビッグデータ解析、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)も、利用されることになるであろう。

3)適切な研修、使いやすいソフトウェア、インターネット経由でダウンロードできる無料または格安のアプリケーション・ソフトウェア(アプリ)、オープン・データベースなどが不備で、スキルが高い植物工場管理者や作業者が不足していること

 これは、現状ではもっとも深刻な問題である。この問題に関する打開策がない限り、植物工場は普及し得ない。

4)従来の農業とあまりにも異なりすぎて、どのように受け止めてよいか理解できていないこと

 今後、植物工場で生産される植物は、現在、園芸施設で生産されている植物か、山野で採取されている薬草や野草が大半である。先にも述べたように、主食用作物が施設生産・工場生産されるわけではない。ただし、樹木・果樹、畑作物、工芸作物の苗生産・育種・採種に特化した種苗工場は今後、増加しうる。

 現在、シイタケやマツタケを除いたキノコの大半は工場生産されている。また、最近の主要市販魚類は養殖されているものが多く、日本では、養殖業(養殖魚)生産額は漁業(天然魚)生産額を上回っている。養殖は、採卵から成魚までを施設内で行う完全養殖が増大してゆく。そうしたなか、都会人が従来の農林漁業に郷愁を感じ、それを存続させて欲しいと願う気持ちは十分に尊重すべきである。他方、過酷で不安定な労働環境と相応しない低い年収のゆえに、現在の農林水産業従事を止めざるをえない、あるいは子供たちが後継者となることを躊躇(ちゅうちょする親が多い現状も直視せざるを得ない。

5)アフリカ、アジア、南アメリカなどの食料・資源・環境問題への有用性について

 これらの地域では長年にわたり、数多くの先進国が、食料・資源・環境問題の解決に向けた援助を、多様な政治・社会経済状況のなかで行ない、それが一定の成果を得てきた。

 他方、それらの地域における、上述の援助なしでの、スマートフォン(スマホ)の普及には目を見張るものがある。スマホを利用した教育・自習、ビジネス、コミュニティ形成が広がっている。利用者の多くは、固定電話・有線電話の使用経験がない。商用電源がない地域でも、小さな太陽電池だけで充電・利用できる。スマホの普及を支えているのは、直接的には、その低価格とマニュアルなしでも利用できる無料のアプリである。

 ここで、注目すべきは、スマホの普及が地域固有の文化を破壊せずに、むしろ強化していることである。スマホのハードウェアと基本ソフトは世界共通だが、そのなかのアプリと個人データは、個人、仲間、地域固有なのである。他方、これらの個人、仲間は、希望すれば、世界中の人々とインターネットを介してつながることができる。

 さて、植物工場では小型冷蔵庫サイズや本棚サイズのものが、個人、家庭、学校、レストラン、企業内・公共的厚生福利施設、福祉・介護施設で注目され始めている。これは従来の家庭菜園やベランダ園芸、あるいは園芸療法とは異なる可能性を秘めている。

 これらの小型植物工場が、アフリカ、アジア、南アメリカなどの地域的グループに、NGOやNPOを通じて提供されたならば、グループメンバーは無料アプリを世界中から集めて、地域独自の利用法を開発しよう。小型植物工場の設計図が無料で公開され、自作も可能である。また、開発されたアプリはインターネットを介して世界中から閲覧・ダウンロードできる。そして、これらの活動メンバーのなかから、大型植物工場経営者・教育者・研究者・地域活動家が現れてきて、地域の食料・資源・環境問題に対して、地域の実情に即した創造的な解決方法を見出し、実践することを期待している。

6)山間地農村での有用性について

 都市から離れた山間地農村などで、露地や施設で生鮮野菜を自家用に生産するのは可能だが、販売用に生産するのは無理である。他方、自宅内または自宅に隣接した小型植物工場ならば、健康食品・健康飲料、漢方薬用の原料となるハーブや薬用植物を、個人あるいは家族で栽培し、収穫後は直ちに乾燥・保存し、数週間から数か月毎に、需要先に搬送してもらうことも可能である。生産・乾燥・保管方法で困った場合には、インターネットを介して相談できよう。

 こうした生産形態は、雪深い山間地、極寒地の小集落、酷暑・乾燥の地でも導入しうる。実際、南極大陸の越冬観測隊が以前から実施している。プレハブのコンテナ式植物工場であれば、世界各地の被災地などで設置後1〜2週間で生鮮野菜を超節水で供給できる。


5.おわりに

 植物工場に関するいくつかの話題に関して、筆者の知見を述べた。植物工場研究の歴史は浅く、研究者の数は圧倒的に少ない。その研究開発や商業的普及は初期段階にある。関係者の幅広い視点と鋭い意見、および豊かな創造性が期待される。植物工場を含めて、いかなる技術も、その開発者・運営普及者の理念・使命感・目標および方法によって、利用場面およびその社会での有用性が異なってくる。「志のある人々」の参加が、期待される次第である。


前のページに戻る