特集解題

ARDEC 企画委員長 松浦良和

 「緑の革命」を簡潔に述べるのは簡単ではないが、「1960年代から80年代にかけて、イネやコムギなどに高収量品種が導入され、化学肥料や農薬の投入とあいまって、東南アジア(イネ)、メキシコ(コムギ)、インド(コムギ、イネ)などで大増産が達成された。その開発・改良・普及の中心となったのは、IRRI(国際稲研究所)やCIMMYT(国際トウモロコシ・コムギ改良センター)などである」との表記が大方の捉え方ではあるまいか。

 一方、「緑の革命」の影響や功罪に関しては、インターネット上でも見解は多様である。たとえば、多投する肥料・農薬のコストや環境への影響、増産でも豊かにならない個々の農家、増産による市場価格の暴落、増産効果の経年的な頭打ち、灌漑(かんがい設備など生産環境の優劣による所得格差の拡大…などなど。

 そうしたなか、視点や捉え方の差異はありながらも、「こうした緑の革命の重要性にもかかわらず、わが国ではそれが正当に評価されていないように思われる(大塚啓二郎、『東アジアの食糧・農業問題』、2003)」という指摘は正鵠(せいこくを得ているように思われる。

 今号のKey Noteのなかで野口明徳氏らも述べているが、世界のコメ生産量は、1960年が1.5億tで2015年が4.8億tと約3倍に増加し、「緑の革命」なかりせば、到底達成しえないレベルであることは容易に想像がつく。

 他方、農業研究の将来方向を見渡せば、「新しい知見や知恵というものは、世界で驚異的に増えるデジタルデータの山に埋もれていて、適切に探し出すソフトウエアと十分な人材があれば、10年以内に我々の研究の80%は、データセットの分析に依存することになろう(ビッグデータの賢い活用;Getting wise to big data ; Wageningen World 2016年第2号)」のような考え方が非現実的とは思えないほど、昨今のデジタルデータの蓄積には目覚ましいものがある。

 さて、今号の特集は「多様な農業技術の多彩な展開─第二の「緑の革命」への道─」としている。そのKey Noteでは、AI(人工知能)やICT(情報通信技術)などの先端技術、小規模農家の問題、貧困・栄養問題、人口問題、環境問題、地球温暖化などを見すえた新しい農業技術・農法、国際農業研究グループとして活動してきたCGIARの動向、他分野との連携など、幅広く取り上げている。

 「多様な農業技術の多彩な展開」のためには、農業技術や農法のみならず、利益や成果が確実に小農に届く仕組みや、栄養・貧困・環境問題などでの他分野との相互交流・連携がなければ、成功は覚束ない。そして、こうした新しい動きが大きな推進力となって、アフリカをはじめとする世界の食料・農業問題が、改善へと向かうことを期待するものである。

 次に各Key Noteにつき、所載順に言及していく。


植物工場

─その現況、背景、特徴、課題および可能性─

 通常、農業生産はそれを行う地域や環境と切り離しては論じられないが、植物工場ではそうした「地域性」を、まず排除することが必要なようだ。執筆者は、植物工場の現況、背景、特徴、課題などを明快に切り分けている。

 生産対象の植物は、野菜、ハーブ・薬草、各種苗などで、コメ、コムギ、トウモロコシなどは対象外である。本報では、人工光型植物工場について説明している。

 植物工場の経営的利点は、通常は不利な条件とされる日陰地、土壌不良地、空き地などを活用し、多段栽培、密植栽培、連続栽培などによって、土地生産性を高め、販売価格を20〜30%高めに設定でき、さらに通年安定生産が可能なので短時間就労の機会を増やすことが可能で、生産技術が確立されれば、国際標準化や高品質化が可能となると説明している。一方でこの実現のためには、合理的な生産計画と生産から物流までの体系的生産管理が必須としている。

 現在、日本の植物工場は約200あり、そのうち安定した黒字経営のものは20〜30%といわれているが、今後、植物工場では、①初期設備コストと運転コストが高いこと、②進展の著しい人工知能、ロボット、情報通信、バイオテクノロジーなどの技術がまだ活用されていないこと、③安価で使いやすいソフトウエアがなくスキルの高い植物工場管理者や作業者が不足していること、④多方面に需要が見込まれる個人用など小型植物工場の研究を進めていく必要があること、などが克服すべき課題とされている。植物工場の進展を期待したい。


コロンビアの等高線畝灌漑稲作における
水と窒素の利用効率向上への取組

 コロンビアの水稲作は、アジアとは異なり「等高線(うね間断灌漑方式」が主流で、灌漑は上部からの掛け流しで、圃場(ほじょう下部まで到達すると灌水(かんすいを停止し、土壌が乾燥したら再び灌水するということを3〜7日間隔で繰り返す。等高線畝は収穫の際に壊れ、毎回新たに作られるが、この方式が大型機械化にも適し、草地・ダイズ・トウモロコシなどの畑作との輪作にも適していることが大きな理由と説明している。

 掛け流しのために水や肥料の利用効率が低いことが最大の問題で、①適切な水管理方法、②それに適した新品種の開発、③さらに最先端のIT技術・センシング技術を活用した精密農法の導入ができれば、新しい省資源型稲作モデルとして、この地域に留まらぬ広範な普及が期待されているという。

 「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」の1つとして、「遺伝的改良と先端フィールド管理技術の活用によるラテンアメリカ型省資源稲作の開発と定着」プロジェクトが、2014年から、有望品種の育成など4つの課題を設定して東京大学が研究代表機関となって、日本国内の大学・研究機関やコロンビアの国際研究機関・生産者連合会などとの緊密な連携をもって取り組まれている。

 プロジェクトは、①「ラテンアメリカ型新稲作技術」の確立、②コロンビアの稲作地帯での展示・普及、を目標とし、さらには③ラテンアメリカ諸国への技術移転などを通じた地球規模の食料安全保障も視野に入れている。


ベトナムにおけるSRI農法

─農民組織による有機SRI稲作の実践─

 SRI(System of Rice Intensification)と呼ばれる稲作法が、現在40か国以上で実践されているという。SRIは、各地域によって若干の差異はあるが、出芽後間もない乳苗(にゅうびょうを、広い間隔をあけて1本植えし、間断灌漑を行い、肥料は有機を原則とする、というのが基本のようだ。連続湛水をしないので除草作業が増えるが、それを補える収量増が見込める場合にSRIは採用されるとしている。

 ベトナムは従来から屈指のコメ輸出国であるが、南部のメコンデルタ地帯を除く北部や中部山岳部を中心に、国が実施する総合的病害虫管理(IPM)と呼ばれるプログラムの実施と相まって、農民の理解が得られた地域からSRIが受け入れられ始め、現在、50万haを超えたと推定されると説明している。

 東京大学農業環境学研究室はJICA「草の根資金」により、ハノイ近郊の3集落を対象に、①SRI農法(低投入型稲作技術)の技術移転、②トレーサビリティの確保・品質管理・集落ビジネス能力向上を目指した研究事業を実施し、良好な結果を得ている。


地球規模の農業と食料システムの改善に向けて

─CGIARの挑戦─

 「農業研究を長期的かつ組織的に支援して、とくに途上国の人々の生活向上を図ること」を目的に1971年に設立されたCGIAR(Consultative Group on International Agricultural Research)は、当初、CIMMYT、IRRIなど4つの研究センターと18の出資者の協議グループであったが、組織・予算・研究分野の「拡大期」、各国機関との「連携強化」、内部の「組織体制強化」などを経て、2016年に現在のCGIARシステムが形作られたという。

 この新たなCGIARシステムでは、11の研究プログラム(CRP)とそれをサポートする3つのプラットフォームが設定されたが、2017年には11の研究プログラムが、農業・食料システム(AFS-CRP)と地球規模連携(GI-CRP)に整理されている。

 AFS-CRPでは基礎研究・技術開発・普及・農村開発活動まで「上流から下流」を一体的に行うことにより効果的な成果の実現を目指す一方、GI-CRPでは栄養と健康、気候変動、政策、天然資源とエコシステムといった地球規模の課題に対し、AFS-CRPと連携しながら対応をする枠組を目指すとしている。

 最近のCGIARの動向として、オランダ、フランス、ドイツ、日本など各国のパートナー機関(日本はJIRCAS)との連携が強化されていることも大きな特徴で、「世界規模の農業研究ネットワーク」、「農業研究の成果を必要とする小規模農家に届ける」という役割の強化が図られていると説明している。


世界の人口動態とコメの需給、
そして国際稲研究所(IRRI)の新戦略

 国連の世界人口推計によれば、2017年の世界人口76億人が、50年には98億人になるとされている。地域ではアフリカの増加が際立ち、全地域で都市部への人口移動が進むと予測されている。

 コメ消費の動向としては、生産・消費のトップ3の中国、インド、インドネシアの「個人消費」に大きな増量は見られないが、人口増加が総消費量を押し上げているという。さらにサブサハラ・アフリカでの人口増加やコメ嗜好(しこうの高まりなどを考慮すると、コメの需要は今後も増え続け、新たな取組が必要になっていると述べている。

 このような予測に対し、IRRIの新戦略が紹介されているが、執筆者はこれに加えて、コメの新たな利用形態として「米粉」の一段の活用を提案している。小麦粉に比べ、米粉利用があまり進まない理由を明示しつつ、最近の食生活の変化などに伴って、米粉が製造しやすいコメ遺伝資源の探索や品種開発が解決の一方策になるのではないかと指摘している。


食料安全保障と栄養改善

─農業の起源的な目的に向けて─

 「緑の革命」は、アジアでのコメ、中央アメリカ・アジアの一部地域でのコムギの増産に大いに貢献したが、アフリカでは幾つかの理由により、十分な成果は得られていない。栄養摂取も大きくは改善されず、発育阻害の発生率は高止まりし、その絶対数はむしろ増えているという。このことは、政府支援や世帯収入の増加、教育の改善など食料増産以外の取組が必要と説明している。

 さらに国連児童基金(UNICEF)の分析によれば、不十分な食料入手、保健サービス・衛生環境の不備、子供と女性のケアの不適切さなどが、子供の低栄養と関連し、その改善には食料供給に加えて、保健、水、衛生、社会保護(貧困救済)、経済開発など多くの分野での改善が必要とされているという。

 JICAの農業・農村開発分野の協力は、食料安定供給と貧困削減が中心的課題であったが、現在は、持続可能な開発目標(SDGs)への貢献策として、「摂食」までを見据えた「農業と食」を通じた栄養改善にあるとしている。


SALIBU農法

─貧しい小農たちへの第二の「緑の革命」─

 「緑の革命」が、必ずしも小規模農家(小農)の利益に結びついていないのではないかという疑問を持つ執筆者は、肥料の多投、灌漑設備、機械化などには簡単に手を出せない小農にとって、どのような農法技術がベターかを考え、SALIBUと呼ばれる、インドネシア・スマトラの研究者が開発し、現地で導入されている農法に行き着いた。

 SALIBU農法技術(熱帯多年生イネ栽培システム)は、これまで熱帯などで小農が行ってきた慣行農法や、収穫後のヒコバエを活用するヒコバエ農法をベースにしつつ、それを改良・発展させたものだという。

 ①熱帯地方、②土壌中に一定の水供給が可能、という付帯条件はあるが、1回の播種(はしゅ・収穫の後、2年でヒコバエを6回連続して収穫することが可能という。しかも「株出し」と呼ばれるヒコバエの根の強化を図る作業によって、従来のヒコバエ農法のように2世代目の収穫が減量することなく、各世代の収穫時に1世代目と同様の収穫が期待できるという。

 持続可能で、地球環境にも優しく、夢のような農法・技術であるが、品種の選定、連作障害、病虫害など、未着手の研究課題があることを指摘している。


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