発展途上国の農業・農村で
フィールドモニタリング技術を活かす
東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授 溝口 勝

1.はじめに

 最近、海外の空港に到着して私が最初にすることは、到着ロビーにある携帯電話会社のカウンターでSIM (Subscriber Identity Module:加入者識別モジュール)を購入することである。購入したSIMをその場でアクティベイトしてもらい、自分のスマートフォンのSIMと交換するか、ポケットWiFiに挿入する。こうすると発展途上国のどこの田舎に行っても、日本と同じ環境でスマートフォンが使え、メールを読んだりWebページを見たり、TwitterやFacebookなどのSNSで情報発信できるようになる。まさに私にとって、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)が社会に浸透してきていることを実感する瞬間である。しかし、電池が切れたら、そのスマートフォンも使えない。このとき、フィールドで長時間にわたってICTを利用し続けるためには、電源が不可欠であることを思い知らされる。

 一方で、最近は農業の現場や国内外のフィールドで、土壌水分計や水位計などのセンサーが利用されるようになってきた。フィールド研究では通常、これらのセンサーをデータロガーと組み合わせて現地に設置し、一定期間経過後に定期的にその地に赴いてデータを回収し、機器をメンテナンスしている。しかし、最近ではデータをリアルタイムにクラウドサーバに送り、そのデータに基づいて農業生産を最適化する意思決定支援システム(DSS;Decision Support System)の研究1)が進められている。

 本稿では、こうした時代のなかで、文部科学省や科学技術振興機構などのプロジェクト1, 2)を通して、私が開発してきた「フィールド・モニタリング・システム(FMS;Field Monitoring System)」の原理と発展途上国における活用事例を紹介する。

2.フィールドモニタリングシステム3) (FMS)

 インターネットを利用してフィールドから画像を含むセンサデータを収集する機器には、平藤雅之(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)らによって開発されたフィールドサーバ(FS)がある。著者は、2006年頃からFSを使って、国内のキャベツ畑から画像・土壌・気象データを収集する実験を繰り返し、2008年には東北タイの天水田のセンサデータを小学校のインターネット経由で自動収集する実験に取り組んできた。当時のFSは、安定した電源と通信を常時必要としていた。そのため、現地で停電が発生するたびにFSが停止し、頻繁にデータを失った。また、英語が話せるはずの現地の小学校の先生に、日本から電話をして、インターネット機器のリセットを何度も依頼したが、なかなか通信が復旧せずにイライラする日々の連続だった。そこで、私はICT系のベンチャーに勤めていた研究室卒業生と一緒に「フィールドルータ4)(FieldRouter®)」を開発し、「フィールドモニタリングシステム(FMS)」として運用を始めた5)

 FMSを一言でいえば、任意のフィールドに「インターネットの臨時ポスト」を設置するシステムである。すなわち、現地のデータロガーに通信機能を付加することで、インターネット経由でデータをクラウドサーバに転送し、そのサーバからユーザがPCや携帯端末にデータを取り出す一連のシステムである。このシステムは、フィールドルータ(FR)、ネットワークアダプタ(NA:オプション選択)、データサーバ(DS)で構成される(図1)。

図1 フィールドモニタリングシステムの概略図
図1 フィールドモニタリングシステムの概略図

(1)フィールドルータ(FR)

 FRは、現地に設置されたデータロガーのデータをインターネット経由で、クラウドサーバに1日に1回転送する機器である(図2)。何らかの理由でデータ転送に失敗しても、データロガーにデータが保存されている限り、データを失うことがない。

図2 フィールドルータの概略図
図2 フィールドルータの概略図

 FRはMicro-PC、USBモデム、シリアルコネクタ、USB Bluetoothドングル、小型バッテリ、チャージコントローラ、太陽パネル、タイマー、ステータス・ランプ、Webカメラで構成される。これらの部品が、防水・防塵加工された箱に収納されている。FRはタイマーによって、1日に30分間だけ本体の電源がONになる。これにより消費電力を節約でき、6W程度の太陽パネル1枚で稼動する。FRの電源がONになると、Webカメラの現地画像と各データロガーのデータがクラウドサーバに送信される。携帯電話の電波が入る場所であれば、途上国のいかなる地域でもFRは稼働する。ユーザは現地で携帯電話用データ専用SIMを購入し、アクティベイトした後にUSBモデムに挿入するだけでよい。ただし、電話料金を払わないとSIMを止められるので、現地のカウンターパートに毎月の携帯電話料金を支払ってもらうよう確認しておくことが重要である。


(2)ネットワークアダプタ(NA)

 NAは、シリアル通信ポートを持つデータロガーに通信機能を付加するオプション機器である。NAは、シリアル接続可能な全てのデータロガーに対応している。FRの周りに複数台設置すれば面的なデータも取得でき、通信対応のカメラを増設すれば、現地の様子を複数の角度から見ることも可能になる。現状では、通信方式をBluetoothにしているため通信距離は見通し距離100m程度に制約される。


(3)データサーバ(DS)

 FRで転送されるデータは、クラウドデータサーバ(DS)に保存される。そのため、ユーザはWebブラウザからDSにアクセスするだけで、いつでもどこからでもデータを見ることができる。サイトごとの現地データに加えて、データロガーの電池の消耗具合など、機器の稼働状況も確認できる。この機能によって、現地機器の不具合を発見した場合には、現地のカウンターパートに電話して、FR本体のスイッチをON/OFFするなどの簡単なメンテナンスを依頼できるようになった。それでも問題が解決しない場合にのみ、想定される解決策を用意して現地に行けばよいので、交通費を含むメンテナンス費用を大幅に節約できる。

(4)FMSの設置方法

 FMSの標準的な利用法は気象モニタリングである。私は、データロガー(Em50;Decagon社製)に5つのセンサー(気温・湿度、降水量、日射量、風向風速、土壌センサー/水位センサー)を繋いでいる。センサーやデータロガーは、ユーザのニーズや予算によって自由に変更できる。NAを使えば、気象以外のセンサデータも取得できる。図3は、水田水位モニタリングのために、気象と水位センサーを取り付けたFMSの設置例である。

図3 標準的なFMSの設置イメージ
(愛知県半田地区における水田モニタリング)
図3 標準的なFMSの設置イメージ(愛知県半田地区における水田モニタリング)

 FRの設置は、きわめて簡単である。慣れれば、1時間程度で機器を現地に設置できる。まず、専用の道具を使って直径5cm・深さ80cm程度の孔を掘り、現地近くのホームセンターで購入した単管(長さ2-3m、直径5cm)を立て、そこに気象計・データロガー・FRを取り付ける。草刈りなどの農作業の邪魔にならないように、あるいは動物などにかじられないように、各種センサーの線を地中に埋設したり、支柱に束ねたりするのがちょっとしたコツである。


3.海外におけるFMSの活用例

 2017年2月現在で数十台のFMSが、タイ、インドネシア、フィリピンなどの東南アジアやインド、アフリカなどの国内外で稼働している(図4)。本稿では、インドネシア、タイ、フィリピンにおける活用事例を紹介する。

図4 FMSの設置マップ

出所:http://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/edrp/fukushima/monitoringsite.html 「Map表示」


(1)インドネシアにおけるSRI水田モニタリング

 現在、東南アジアを中心にSRI(System of Rice Intensification:稲集約栽培法) という稲作法6)が普及しつつある。SRIは、一本の若い苗を広い間隔で植えて、間断灌漑(かんがいを繰り返すことでイネを強くする方法で、少ない種子で収量が増え、通算で1作当たりの湛水期間も短いので節水になり、湛水下で助長されるメタン発酵による温室効果ガスのメタンの放出量も抑制されるといわれている。そのため、インドネシアでは政府を挙げてSRI稲作を推奨している。

 私たちは、インドネシア中部ジャワ州山間地の灌漑可能な棚田地帯において、SRIによって多収を挙げている農家の水田にSRI間断灌漑区(SRI区)と慣行湛水区(湛水区)を設けて栽培試験を行い(写真1)、気温・日射量などのイネの生育環境とイネの生育画像データをFMSによって取得した。

写真1 インドネシア中部ジャワ州山間地の棚田におけるSRI水田モニタリングサイト
(写真撮影:鳥山和伸氏@JIRCAS)
写真1 インドネシア中部ジャワ州山間地の棚田におけるSRI水田モニタリングサイト(写真撮影:鳥山和伸氏@JIRCAS)

 2013〜15年の3年間の観察で、SRI区では農家が水稲生育ステージに応じた一定パターンの水位調節していること、すなわち栄養成長期には浅水、生殖成長期には間断灌漑で地下水位を田面下約10cmまで落とし、イネに水分ストレスを与えずに好気的管理を行っていることを確認した。また、現地の農家が収穫から3週間ぐらいで、次の田植えをする様子もFMS画像から確認した(図5)。

図5 インドネシアの棚田における現地農家の作業パターンの検出
図5 インドネシアの棚田における現地農家の作業パターンの検出

出所:http://data01.x-ability.jp/FieldRouter/vbox0121/から「カレンダ形式」をクリック


 こうした一連の成果は、私の研究室でFMSの技術をマスターし、学位を取得して帰国した留学生の協力によって得られた。彼は帰国後、大学で教鞭を執りながら、同年代の技術者と共にFMSに関する会社を立ち上げ、最近ではSIMカードを販売する電話会社とも提携してインドネシア国内でFMS事業を展開している(http://www.100integrity.com/)。

(2)タイの洪水モニタリング

 2011年にタイで起こった洪水は7月から3か月以上続き、チャオプラヤー川流域に甚大な被害をもたらした。このとき、著者らは宇宙航空研究開発機構(JAXA)のプロジェクト7)に協力して流域内の水田にFMSを設置していた。

 図6は、その時のモニタリング画像である。10月3日までの画像は普通にイネの成長をとらえていたが、10月5日頃に洪水でイネが倒れ、その上に水鳥が集まっている様子をとらえた。おそらく、洪水から逃れて水面に出てきた昆虫などを、水鳥が餌にしていたのであろう。さらに、11月5日以降になると水田が湖のようになり、水位の上昇と共にクモが上方に移動していく様子をとらえ、11月8日を最後に画像が途絶えた。

図6 タイの洪水時の水田モニタリング
図6 タイの洪水時の水田モニタリング

出所:http://data01.x-ability.jp/FieldRouter/vbox0039から「カレンダ形式」をクリック


 また、電圧と気温のデータは11月6日0:00頃に異常値を示し、11月7日を最後に通信が途絶えた(図7)。これは、FR本体よりも低い位置に設置してあったデータロガーが先に水没したためと考えられる。残念ながら、FRとデータロガーは水没で壊れてしまったが、クラウドサーバに集められた画像とセンサデータは生き残っているので、これらを比較することによって、現地で生じている現象を分析できた。今後、FRを水中用に改良すれば、地上のみならず水中のフィールドモニタリングも、できるようになるかも知れない。

図7 タイの洪水時のセンサデータ(上:気温、下:電圧)
図7	タイの洪水時のセンサデータ(上:気温、下:電圧)

(3)フィリピンにおける現地気象モニタリング8)

 フィリピンは多くの島々から構成され、険しい山岳地帯の合間で稲作をはじめとする多種多様な熱帯作物が栽培されている。これらの農作物は、気候変動の影響を受けやすい。地元の農家は、農作物管理のためにラジオの天気予報を利用している。しかし、この地域は高低差が大きくて、その天気予報が当たらないことが多い。

 ルソン島の中央に位置するヌエヴァ・ヴィスカヤ(Nueva Vizcaya)州では、州立大学(NVSU)と地方自治体ユニット(LGU) との間で合意書(MOA)を交わし、5つの市町村にFMSを導入した。そして、2014年12月にヌエヴァ・ヴィスカヤ気候変動センター(NVCCC)を設立し、独自に開発した気象データの視覚化・解析ソフトウェアを使って、地元農家に①天気情報と②標準主要作物カレンダーを提供するサービスを始めた。

 こうした地域ぐるみの取組が始まる前の2011年12月に、私は研究室で学位を取得した留学生に懇願されて現地を訪問し、地元ラジオ局のインタビューでFMSの有用性を説明すると共に、大学と地域のスタッフにFMSの設置方法と活用法を直接指導した(写真2)。これが功を奏して、FMSは地域に根づいたようである。

写真2 フィリピンでの現地農家と大学スタッフによるFMS協働設置作業
写真2 フィリピンでの現地農家と大学スタッフによるFMS協働設置作業

4.おわりに

 フィールドモニタリングシステム(FMS)は、いまや途上国の農業・農村を変える最先端技術の一つになりつつある。FMSを導入すれば、海外のフィールドから画像・気象・土壌・水のデータが自動的に毎日クラウドサーバに届き、インターネットを使える環境にある人々ならば、日本国内外を問わず、いつでも、どこからでも、データを見ることができるようになった。また、フィールドに設置されたセンサーの異常や電池の消耗状況をリモートでチェックできるので、従来に比べて機器のメンテナンスが各段に楽になった。

 「新技術の普及」は「人」に依存する。大切なのは人材育成である。その技術の価値を正しく理解し、そのスキルを熱心に習得し、その利用法を丹念に地元の人々に伝えていく人や組織が重要である。本稿で紹介したインドネシアとフィリピンの例でいえば、著者の研究室に滞在していた留学生がFMS普及のキーパーソンになってくれた。帰国後、彼らは同僚や地元農家と協力しながら、地域の特色に応じてFMSを活用している。私は彼らが困ったときに、時々、メールで相談に乗っただけである。FMS開発に関係するプロジェクトが一通り終了し、私の予算もなくなった現在、彼らにとっての課題は、壊れたセンサーの交換やメンテナンスにかかる維持費の確保である。

 途上国におけるFMSの利用は、今後、ますます増えていくものと思われる。本稿を読んで興味を持った方が、FMSを活用して、途上国の農業・農村開発に貢献することを期待したい。


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