衛星写真による発展途上国における
農地の賦存量などの解析例 1.はじめに 平成時代も30年近くを経た現代においては、航空写真や衛星写真といった画像情報は、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の急速な発展と普及によって、特定の技術者だけではなく、人々の暮らしのなかで、ごく普通に利用される情報となった。とくにスマートフォンやタブレットなどの移動体通信による民間サービスの農村地域の画像情報は、従来の地形図や住宅地図に代わり、農地の区画情報に加え、作付情報まで把握できるようになり、また都市部の農地から中山間地の棚田に至るまで、ゲートなどの水管理施設や水利系統の末端に配される用排水路、農道と耕作道の位置関係など、細かいインフラ施設に対しても、どこでも誰もが周囲の土地利用状況を含めて、直観的に把握できる時代となってきた。 一方、上記の安価なサービスにあっては、都市部に比べデータ整備の進捗が遅かった農村地域も、今では島嶼部に至るまで地形情報(陸域観測技術衛星「ALOS」搭載のパンクロマチック立体視センサによる全球数値地表モデルDSMなどの地形データ)とGIS(Geographic Information System:地理情報システム)の3D機能を相乗させ、画像情報をさまざまな方向から鳥瞰することを可能にしている。これによって、中山間地においては、傾斜規模と一体となった複雑な棚田の面的な配置状況や、農地の利用状況などを、周囲の林相や渓流、集落などと併せて、小流域として一体的に評価することができる。 さらには、熊本地震でもみられたように、土砂災害現場の被災直後の画像を活用することによって、市販地図では把握不能であった災害箇所の状況、その影響範囲などが、短時間で具体的に掌握できるなど、減災分野においても、新たな適用が拡がりをみせている。 また、ここ数年でUAV( Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機)、通称ドローンは、その機体やバッテリなどの付帯機器も廉価になり、画像調達のコストが、航空機撮影や人工衛星と比較して低く、さまざまな局面での活躍ぶりも目覚しい。ドローンでは、スマートフォンによるプログラミング飛行を通じて、4Kカメラ(たとえば、横4096×縦2160で合計画素数884万7360)で撮影された高解像度のオルソ画像*が容易に取得できる。 こうしたことから、比較的広域に集約された圃場を対象に、大規模経営の農業生産法人などが、農作物の生育管理や自然災害・病虫害の被害調査に活用している事例も見受けられる。また、前述のように、近年、多発する大規模災害においては、二次災害の危険が伴い調査者が近寄れないような場所に対しても、ドローンを通じて画像や動画が容易に取得できるため、調査者は短時間で被災状況(写真1、図1:筆者ら, 2016)が把握できるなど、安全管理やさまざまな調査の省力的な手法として、その活用の場が一段と拡大している。 写真1 ドローンによる棚田崩落状況の画像図
図1 収穫前の水稲の3Dモデル(DSM点群データ)
本稿では、このような農業・農村分野における、最近の国内外の画像活用事例を紹介する。 2.農業・農村分野の画像の活用事例 (1)タイの好天特異領域による水稲抽出 1)特定技術の背景 衛星写真を利用して、広域な農作物の分布を把握することが、食料問題や生態系、環境問題の原因を知る手がかりになることは周知のとおりだが、合成開口レーダー(SAR:Synthetic Aperture Radar)による画像を除き、一般的に衛星写真は雲の影響で地表の農作物の観測が困難な場合があり、収穫期に先駆けて農作物の生育状況の変化(時系列変化)を把握することは難しいとされている。とくに雨期にあっては、人工衛星が撮影するタイミングで農地の上空に雲がある場合が多く、画像から作物情報を取得できない場合が多い。 そこで、タイにおける雲域頻度画像を利用し好天特異領域を抽出して、高い時間分解能での水稲の正規化植生指数(NDVI:Normalized Difference Vegetation Index)の抽出を試みた(木村ら, 2011・2012)。 2)調査の概要 タイの気候は、熱帯性に分類されモンスーンの影響が大きい。5月半ばから10月ころにかけては、スコールなどを特徴とする雨期であり、タイ北部および中部では、しばしば洪水が引き起こされる。その後、11月ころから3月半ばまでは雨が少なく、比較的に涼しい乾期となる。 そこで、解析領域とする調査対象を、タイ北部・中央部・東北部に選定し、とくに、稲作の植生量の時系列変化に着目するため、チャオプラヤ川周辺のアジア有数の水田地帯であるタイ中央部に重点を置いた(図2)。 図2 調査区域
表1に、タイの水稲農業の現状を示す。わが国に比べ水稲作付面積は約8倍、生産量は約5倍、農業従事者は約2倍の規模だが、単収はとくに雨期において、わが国より劣る。また、乾期は灌漑によって栽培されるため、作付面積は雨期に比べ7割減少するが、高度な水利用による栽培体系から、単収は5割ほど増加するという特徴を有している。 表1 タイと日本の水田農業の比較
好天特異領域とは、長期間でとらえた場合に好天の割合が高い領域のことであり、衛星画像から雲頻度画像を作成し、12年間の低雲頻度領域の抽出について検討した(図3)。 図3 時間分解能による水稲NDVI抽出の検討フロー
3)使用データ ①EOS-Terra/Aqua 調査では、 EOS-Terra / Aqua衛星に搭載されているMODIS(Moderate Resolution Imaging Spectroradiometer:中分解能撮像分光放射計)センサの地表面反射率データ、バンド1とバンド2を使用した。バンド1は可視域である赤の波長域、バンド2は近赤外域で、空間分解能はそれぞれ250mである。 Terra/Aquaは、地球環境システム(大気、雲、雪氷、水、植生など)のメカニズムの解明を目的として、アメリカ航空宇宙局(NASA :National Aeronautics and Space Administration)によって開発された地球観測衛星である(表2)。 表2 Terra/Aqua諸元
②MODIS Surface Reflectanceデータ Terra/Aquaに搭載されているMODISは、NASAのゴダード宇宙飛行センターによって開発された光学センサである。0.4〜14μmの範囲を36バンドで観測し、雲、土地被覆、土地利用変化、植生、地表温度、火災、噴火、積雪、気温、湿度、海氷などの観測に利用されている。観測頻度が高いために、観測周期が短いデータが得られ、解像度は、250m(バンド1〜2)、500m(バンド3〜7)、1000m(バンド8〜36)である。 調査で使用したのは、MODIS Surface Reflectance画像の8日間のデータのうち、雲の影響が少ない領域を合成したコンポジット画像である。なお、ここで使用した画像データは2000年1月1日から2011年12月31日まで、12年間分552シーンである。 4)好天特異領域抽出の検討 好天特異領域抽出の設定値が大きければ大きいほど、好天特異領域抽出面積が広くなるが、雲に覆われる頻度が高くなるので、正確な好天特異領域だとはいえない。そこで、調査はそれぞれの好天特異領域画像と面積を比較し、NDVI抽出に適した、それぞれの3年、6年、12年分の好天特異領域を探索した。そのうち、12年分の好天特異領域を図4に示す。 図4 2000〜2011年の好天特異領域抽出画像
5)農地領域の特定 作物の作付、生育、刈り取りなどによる約0.2〜0.8のNDVI値の変化によって農地領域をとらえる従来の手法ではなく、この調査では年の終わりと始まりの乾期作のNDVI値の変化によって農地領域を探索した。具体的には、乾期作初期(2010年11月半ば〜12月)のNDVI最大値と乾期作中期(2011年1月〜3月半ば)のNDVI最大値の変化から農地領域を抽出した(図5)。 図5 2011年乾期作中期のNDVI画像
6)好天特異領域と農地領域における植生指標の変遷 4)で検討した好天特異領域抽出と5)で作成した農地領域を合成し、その抽出領域をNDVI抽出領域として、各年のNDVIの変遷を算出した(図6)。 図6 NDVI経時変化の平均
以上のように、衛星画像から好天特異領域を抽出し、NDVI値から特定した農地領域と合成することによって、乾期作・雨期作ともに、作物の植生指標の変化をとらえることができた。このことは、同国の両時期の作付面積や単収の特徴(前掲表1)を示している。 今後は、時系列が連続していなくて、任意の期間に雲が無い時期の画像を入手した場合でも、その画像データの範囲に対するNDVI値を抽出することによって、入手時期の水稲の作付範囲を容易に推定することが可能となる。 (2)インド・コシ川の氾濫による農地災害 コシ川(図7)の堤防決壊による氾濫の被害状況を把握するために、合成開口レーダー(TerraSAR-X)で下記のような諸元の撮像を実施した。 図7 調査区域
・観測日:2008/9/5 堤防決壊前のコシ川は、C字型に湾曲して、北から南西方向に流れていた。図8の河川氾濫の解析結果では、堤防決壊に伴い、コシ川から大量の水が南に流下して、扇状地の農地に広く氾濫している状況が示されている。 図8 コシ川の氾濫被害
(3)パキスタン・フンザ川の土砂崩れ・洪水 2010年1月4日に、パキスタン北部のフンザ地方(図9)で発生した土砂崩れで、インダス川の支流であるフンザ川が堰止められ、巨大な堰止湖が形成された。この堰止湖(アッタバード湖:Ataabad Lake)は、フンザ川沿いの村およびパキスタン北部と中国西部を結ぶ幹線道路(カラコルム・ハイウェイ)を水没させた。また、堰止部の決壊に伴う洪水の危険性から、周辺住民1万3000人が避難した。 図9 調査区域
この堰止湖の水位は、6月上旬まで上昇し続け、その後に安定したが、さらなる流入量増加などによる堰止部の決壊が危惧された。そこで、XバンドSAR衛星のTerraSAR-Xを用いて、2010年3月23日と2010年6月8日の2回にわたり、被災地の撮像を行い、2時期の画像から湛水量の算出を試みた。なお、その撮像諸元は次の通りである。 ・撮像モード:StripMapモード 図10は、パスコ・サテライト・オルソ(ALOS/PRISMとAVNIR-2画像にパンシャープン処理を行ったオルソ画像)を背景に、地形と湛水範囲に基づき試算した湛水量を、マッピングしたものである。この試算では、湛水量は2010年3月23日で1億100万㎥に、同年6月8日には4億1500万㎥まで達すると推定された。現地の観測データによると、6月4日をピークに安定したとされている。しかし、堰止湖は、予期せぬ提体の侵食速度の増加、流入量増加に伴う侵食、さらなる地すべり・斜面崩壊による衝撃波および地震などによる決壊の可能性があり、危惧されている。 図10 湛水量マップ(2010年6月8日)
本事例は、災害前のALOS衛星で捉えたPRISM画像で元地形を把握し、災害後のSAR画像によって湛水範囲を把握し、これらを組み合わせることで湛水量を把握したものである。このような方法で、継続的に堰止湖を監視することは、減災につながるであろう。 3.おわりに わが国の農業・農村分野での衛星画像利用は1990年代末までは、データ取得の不確実性や低分解能の要因により、ごく一部の事例に留まっていた。平成10年代に入り、航空機やヘリコプターなどに搭載するハイパー・スペクトル・センサーの登場により、良食味米の区分出荷や日本型精密農業に関する研究が各地で本格化したが、その後の米価低迷などによって、良食味米の市場価格差が顕著にならないこともあり、現在は一部の産地の取組に留まっている。 一方、イギリスの離脱に揺れるヨーロッパ連合(EU)では、農業者への直接支払制度において、衛星画像を用いた作付確認が1990年代から開始され、現在ではEU全域で実施されている。わが国でも、作物統計調査に衛星画像が適用され、今後はリアルタイムな画像情報の活用が強く望まれているところである。遊休農地の把握にも、今後、さらなる活用が見込まれるなか、人工知能(AI:Artificial Intelligence)技術による不作付地の画像判読など、将来的にも発展する技術領域であり、今後の利用場面の拡大が期待される。 <参考文献>
三谷ら(2016), 2016, 小型無人航空機(ドローン)の活用調査, 株式会社パスコ
木村ら, 2011, 2012, MODISデータによる植生モニタリングに関する研究, 株式会社パスコ
式会社パスコ, 空間情報による災害の記録, 2012, 日本写真測量学会(編集), 鹿島出版会
洲濱ら, 2010, ハイパースペクトルデータによる米粒タンパク含有率推定に関する研究, 写真測量とリモートセンシングVOL.49,NO.6,2010
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