発展途上地域で役立つ
衛星リモートセンシング技術とは何か 1.はじめに 「宇宙から地球を見る」ということは、現在では、気象衛星の画像やグーグルアースの画像がメディアや個人の端末からも見られるようになり、とくに意識もしない日常的な行動の一部となった。これらの画像を見ると、地域の自然環境や土地の状態に関し、地図を見るよりもリアルな印象を持つため、衛星リモートセンシング(RS)技術によって、農業や農村開発に対する有用な情報が効率的に得られると期待された。 RSによって測定されるものは、太陽を光源とする地表からの反射波、地表面などから放出される電磁波、地表に向け照射後に地表物により散乱された電磁波などであり、一定の大きさを持つ面を空間的な単位とする放射量を不連続的に取得している。こうした特性は、RSのセンサやプラットフォームによって異なる。 そこで、RSを用いた土地の状況把握に関する過去の解析事例においては、必要とする条件をできるだけ満たすようなデータの選択が行われてきた。ただし、量的・質的に必ずしも十分なデータが存在しなかったために、視覚的にインパクトのある結果は得られたが、「精度としては十分ではなく、実際に使えるかどうかは疑問」といった指摘も受けてきた。そこで本稿では、筆者の経験や知見に基づき、発展途上地域の農業・農村開発問題に対して、どのようなRSの活用が有効であるか、また活用上の注意点について説明する。 2.農業的土地利用の判別 RSは、広域にわたる均質な情報を短時間で取得できることから、さまざまな地域を対象に土地利用の現況把握を目的として適用されてきた。ことに、発展途上地域を対象とする場合、土地利用に関する統計情報が未整備であるとともに、森林伐採、都市的土地利用や商業的農業用地の拡大といった土地利用の著しい変化が見られるケースがあり、迅速かつ時間的変化が追えるという点において、RSが有効と考えられてきた。 このため、従来はマルチスペクトル光学データのバンド毎の値の特性が類似するグループと土地被覆項目とを対応させ、季節的な土地被覆変化のパターンを考慮して、土地利用の分類を行う手法が一般に用いられてきた。その後、高空間分解能のスペクトル情報に画像のテクスチャ情報を組み合わせた分類、天候に関係なく観測できるマイクロ波の地上からの散乱波を組み合わせた分類、多数の波長データや時系列データを組み合わせた分類などが試みられてきている。 このように、利用できるRSデータの種類や量は増えてはいるが、RSによる土地利用分類手法が体系化されたわけではなく、実際の適用に当たっては、どのような仕様の情報が求められているかを判断し、手法の選択と調整を行っている。ここで重要な点は、データ解析者が現地の状況を実際に観察し、土地利用に係る活動について理解することである。換言すれば、分類結果を数字のうえで精度検証するだけでなく、土地利用の分類基準や分布が妥当かどうかを現地感覚で判断できることが解析者の要件となる。以下では、筆者による解析事例を紹介する。 第一の事例は、MODIS*データによる中国・黒竜江省を対象とする水田分布の抽出である。同省は中国におけるジャポニカ米の主産地として知られるが、水稲作付面積は、近年、急速に拡大してきて、水田分布の実態を把握する手段としてRSを適用することにした。省の面積は、45.4万平方キロと日本全土より広いため、MODISのように空間分解能は高くないが走査幅が広いデータが有効と考えられた。ただし、空間分解能が低いことによる水田面積算出精度の低下を補うため、画素内面積率を推定する手法を開発した(内田, 2008)。これは、黒竜江省は高緯度に位置し、イネの移植時期が限られること、および、イネの移植期に畑地はほぼ裸地化することにより可能となったものである。本手法で算出された同省における2003年と06年の水田分布を図1に示す。 図1 MODISデータから算定した中国・黒竜江省における水稲作付分布
黒竜江省における水稲作付分布(2003年) 黒竜江省における水稲作付分布(2006年)
第二の事例は、多時期のLandsatデータを用いたインドネシア・ジャワ島西部を対象とする土地利用判別手法の開発である。黒竜江省のケースとは対照的に、ここでは水稲に関しても年1作から3作が混在し、しかも作付時期は多様であって、時点毎の土地被覆分類から土地利用を推定することが困難であるばかりか、雲の被覆の影響が少ない光学センサデータが得られる確率も低い。 そこで、こうした地域にも適用できるよう、多時期のLandsatデータから求められる地表状態に関わる複数の指数値に関し、全ての時点での最大値を代表値として用いることによって、土地利用を判別する手法を開発した(内田, 2009)。本手法にて判別された土地利用分布を図2に示す。 図2 多時期Landsatデータによる土地利用分類(ジャワ島西部)
この事例における手法は、さまざまな作付パターンが混在する場合を含む多くの地域に有効ではあるが、雲の影響が極めて大きい場合にはSAR(Synthetic Aperture Radar:合成開口レーダー)の多偏波情報を組み合わせることが、とくに水田の抽出において有効であることが報告されている。また、農業的土地利用を対象に判別精度を向上させるための有効な手段の一つは、各筆の境界ポリゴン*データを作成し、ポリゴン単位で判別を行うことである。 ただし、発展途上地域においては、1筆内に複数種の作物が混作され、あるいは、筆の境界が不明瞭であることが多く、こうした手法は有効でないケースもある。一方、高空間分解能データを用いることで、個々の樹木などに着目して、その空間配置、生長、消滅などを把握することが可能となり、RSによる土地利用解析の新たな対象となっている。 3.作物作付・生育状況の把握 RSの特徴の一つは、同一地点を観測できる点にある。これにより、作付状況の年々の変化、あるいは、フェノロジー*のパターンや水ストレスの状況などを平年値と比較するなどした農作物の生育状態の把握が可能となる。対象となる作物が作付されているかの判定に関しては、播種から収穫までの期間の地表状態の特徴的な変化をRSから捉えられるかが鍵となる。 たとえば、水稲の場合、移植時には地表は水面となり、植生が次第に活発となり極大を超えた後に収穫期を迎え、植生活動は急減する。こうした変化は、水面の存在に関しては、光学センサであれば近赤外や中間赤外域において、他の地表状態に比べて明瞭に反射率が低くなり、SARであれば散乱波の強度が低くなることで把握できる。植生が活発になることは植生指数の変化などから捉えられ、両者の条件が満たされることで水稲の作付の有無と時期とが算定される。 筆者は、時系列MODISデータを用いたインドネシア・ジャワ島を対象とし、2000年から2010年の期間の水稲作付時期の変動パターンを分析した。ジャワ島は前述したように、水稲の作付パターンが多種多様に混在する地域であり、それを図化することは容易ではなかった。水稲作付時期を求める手法は、16日間合成データセットから水および植生に関する指数値を得て、水に関する指数値が極大を示した約2か月後に植生に関する指数値が極大を持ち、かつ、水の指数値の極大時点に比べて一定以上の増加があった場合、水の指数値の極大時が水稲移植期に当たるとした(内田, 2012)。 図3 インドネシア・ジャワ島における水稲作付時期の分布
図3は、水稲第1作(6月から9月が乾期に当たるため、乾期の終盤以降の1作目)の解析期間平均の移植時期の分布を表したものである。また、移植時期の経年的な変化を調べたところ、灌漑施設が整備された地域であっても、作付時期は年により月単位で前後する場合があることが判明した。さらに、移植期の降水が過大になるために移植が遅れることによって洪水リスクが高いと推測される地域と、降水が過少になるために移植が遅れることによって干ばつリスクが高いと推測される地域が判別され、それらがどのように分布するかを示した。 作物の生育状況に関してRSを用い準リアルタイムでモニタリングし、順調に生長して収穫を迎えられるか、また、どの程度の生産量となるかを的確に予測することは、食料安全保障の観点からも重要なテーマである。このため、衛星観測による植生指数、干ばつ指数、土壌水分、降水量、日射量などの値の時間変化を、作物成育期間において、平年値と比較することによって推定する手法が適用されるが、本特集号の宇宙航空研究開発機構(JAXA)による記事において、わが国における事例が紹介されている。 同様の取組は、他の国や機関においても実施されているが、使用データの多くは全球をカバーするとともに、分析された情報に関しては一般のユーザが利用することを念頭に置き、発信が行われている。したがって、こうした情報に基づく農作物生産の変動を広域的に把握して、国や地域レベルで農業開発や食料需給のための施策に活用することは有効であるといえる。 一方で、農家レベルの作物管理に適用しようとする場合、こうした情報の空間分解能は粗すぎる。そこで、現場での具体的な作業に適用できる情報を提供するため、高空間分解能の衛星データやUAV(Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機、通称ドローン)、地上観測データ、作物モデルなどを組み合わせ、収穫最適化を目的とした作物生育モニタリング、施肥管理システムなどの開発が試みられてきている。発展途上地域を対象とする場合、現状では投資に見合う効果が得られるかは疑問ではあるが、ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の普及を考えると、農村部においてもRSを含む観測データに基づく作物生育状況の把握と最適管理に関する情報利用システムの構築が、今後、重要な開発ターゲットになることが予想される。 4.農業開発適地評価図の作成 発展途上地域を対象とするRS技術を用いた農業開発適地評価図作成は、1980年代以降、多数の実施例がある。筆者も、国際協力事業団(当時)のインドネシア・農業開発のためのリモートセンシング計画フェーズⅡプロジェクトに、1989年から91年にかけて長期専門家として参加し、開発適地評価図作成技術開発に携わった。 当時、適用された代表的な手法は、以下の通りである。 RSデータ(主としてLandsat/TM)から土地被覆・土地利用現況図を作成し、一方で他の情報源から作成した、自然立地環境要因である地形、土壌、気象条件などに関する地理情報を開発目的(たとえば水田としての適地性)に従って、各々点数化し、掛け合わせることで総合的な適地度を評価し、土地利用現況との比較で開発による効果を見積もるといったものであった。その後、幾つかの環境要因に関してRSから取得する技術が開発され、また、空間精度の向上によって以前に比べて精緻な評価図作成が行えるようになってきてはいるが、適地評価手法に関する基本的なスキームに大きな変化はない。 近年、筆者が取り組んだ一例として、ブルキナファソおよびガーナの半乾燥地域を対象に、保全農業適用評価図を作成したケースを紹介する。保全農業とは、土層が薄く土壌侵食危険度も大きい地域において、耕起を最小限にするとともに、残渣などを利用したマルチによって、土壌資源の保全を図ろうとするものであり、アフリカのように大規模インフラへの投資が困難な地域において、有効な技術の一つと考えられている。 この保全農業にはいくつかのバリエーションがあり、土壌侵食の危険の程度やマルチ資材の利用可能性によって対応技術が異なってくる。そこで、USLE(Universal Soil Loss Equation:汎用土壌流亡予測式)に準じた土壌侵食危険度を第一要素、残渣の利用可能性に関連する作物成育可能期間を第二要素とし、両者の組み合わせによる保全農業適用ゾーニングマップを作成した(図4)。このなかで、標高と降水量に関しては、衛星観測データから作成・提供された情報を用い、土壌侵食の抑制に関わる土地被覆に関しては、MODISによる植生指数値を適用した。本例では、デジタル標高データから求めた小流域を単位とし、その地域に適用すべき有効な保全農業の手段は何かを判断する根拠を提供している。単位となる小流域のスケールは任意に調整できるため、評価に用いる各要素に関する地理情報を整備しておけば、現地でのニーズに従って、評価単位を変更することが可能である。 図4 ブルキナファソおよびガーナの半乾燥地域を対象とする保全農業ゾーニングマップ
開発適地評価に関連するRS技術として、上記の他に土地の劣化や被災状況などを把握して地理情報として提供することが期待されている。たとえば、洪水により湛水したエリアの抽出の解析事例などが報告されている(たとえば、秋山ら, 2007、秋山ら, 2014)が、これらは災害後の復興計画やハザードマップ作成に寄与するものであり、発展途上地域においてもニーズは高い。 さらに、高空間分解能データの活用例の一つとして、筆者によるフィリピン・カガヤン川沿い丘陵地におけるガリ侵食の発生状況の把握について紹介する。同地域では、丘陵部の頂部まで開墾された年2作のトウモロコシ畑が広がっているが、近年、ガリの発生と発達が顕著になったとの報告があった。地上での測量によって、ガリの上部幅は2m程度であり、太陽が真上でなければガリに沿った陰影部が存在する。空間分解能が0.5mのWorldViewパンクロマティックデータの画像においても、ガリは黒い線状として判読できる。そこで、画像のエッジ検出によってガリ候補を抽出し、エッジは存在するが非ガリの領域を除外する手法を適用したガリ侵食域抽出手法を開発した(内田・南雲, 2015)。 図5 WorldViewデータを用いたガリ侵食域の抽出
図5は、抽出したガリをWorldView画像上に重ねたものである。ガリの形状に関しては、UAVなどを用いた測定がより高精度となるが、広域にわたる分布の状況をまず把握したいといった場合には、本例のような手法は有効と考える。また、ガリの発達は、地表面が裸地化した状態時に高強度の降水があった場合に一挙に進行する傾向があることを、過去の森林伐採の経過をRSで解析し重ねることにより示した。 5.RS技術適用の指針援 RS技術は発展途上地域の農業・農村開発問題に対して有益な情報を与えると期待され、種々の取組が実施されてきた。それでは、実際に役に立ったのかといえば、最初に述べたように、ストレートに肯定はできないのが実情である。精度が十分でないという指摘はあるが、それは地上での計測や個別農家調査などに比較したものであり、どのように利用するかを明確にすれば、これまで開発されてきた技術は十分に実利用化につなげることが可能である。 世界各地で開発・適用されてきたRSを用いた土地や農業に関する情報抽出のための解析・評価手法は多数あるが、いずれも汎用性という点では完全ではなく、実際の適用において、地域毎の特性による調整が必要である。また、役立つ成果とするための要点は、アウトプットの利用者・受益者を明確にし、RS技術の特性を理解したうえで、具体的な活用の場面を想定しておくことである。そのためには、RS関係者からの一方向的な情報発信ではなく、利用目的とニーズの把握のために、ユーザサイドとの意見交換を密に行うことが重要である。 <参考文献>
秋山侃・石塚直樹・小川茂男・岡本勝男・齋藤元也・内田諭(編著),2007.『農業リモートセンシング・ハンドブック』,システム農学会.
秋山侃・冨久尾歩・平野聡・石塚直樹・小川茂男・岡本勝男・齋藤元也・内田諭・山本由紀代・吉迫宏・瑞慶村知佳(編著),2014.『農業リモートセンシング・ハンドブック増補版』,システム農学会.
内田諭,2008.MODISデータを用いた中国黒竜江省を対象とする水田面積算定手法の開発,システム農学,24(4),207-215.
内田諭,2009.熱帯湿潤気候帯に適用可能な多時期Landsatデータを用いた土地利用の判別手法,写真測量とリモートセンシング,48(6),348-356.
内田諭,2012.多時期MODISデータを用いた熱帯地域における水稲作付時期と変動特性の把握-インドネシア・ジャワ島を対象として-,システム農学,28(4),123-135.
内田諭・南雲不二男,2015.高空間分解能衛星データを用いたガリ侵食域抽出手法の開発,システム農学,31(1),11-20.
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