地球観測衛星による
グローバルな農業気象監視
1.食料安全保障の課題とリモートセンシング FAO(2015)のレポートによると世界全体での飢餓人口は約10%であり、地域別にみればアジアでは12%、アフリカでは20%に及んでいる。2050年の世界全体の食料需要を満たすには、2006年の食料生産量を60%増加させる必要があるとの予測もある。さらに、気候変動による農業生産への影響は、極端気象現象を通じて、すでに顕在化しつつあり、適切な適応策を取らない場合には、新たに数百万人規模で飢餓・貧困のリスクにさらされるものと想定されている(FAO, 2016)。 図1 IGC(International Grains Council)による穀物価格指標
図1に示す通り、国際的な穀物価格が上昇傾向にあることに加えて、大規模な干ばつなどが発生すると、突発的に食料価格が2〜3倍になることもあり、気候変動に伴う極端現象の増加は食料価格の乱高下をまねく。こうした食料価格の乱高下は、貧困層の食料入手、および長期的視点に立った農業分野への投資を阻害することが懸念されている。 このような背景により、2011年のG20農業大臣会合および首脳会合(サミット)では、「食料価格乱高下および農業に関する行動計画」が採択され、国際的な農業市場の不透明性が乱高下の一つの要因であるとされた。本行動計画では、農業市場における需要・供給量、価格などの情報の質や信頼性の向上を目的としたAMIS (Agricultural Market Information System)や、地球観測衛星を活用したリモートセンシングによって、客観的かつ適時に作物収量や農業気象情報を提供することを目的としたGEOGLAM(Group on Earth Observations Global Agricultural Monitoring)イニシアチブが採択された(祖父江, 2016)。 他方、日本では担い手の減少・高齢化の進行などによる労働力不足が懸念され、作業の省力化、負担の軽減が必要となっている。そうしたなか、ロボット技術やICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を活用したスマート農業によって、超省力・高品質生産を通じて、農林水産業の競争力や産業としての魅力の強化が推進されている(農林水産省, 2014)。また、農林水産省によると(2016)、日本の食料自給率は平成27年度においてカロリーベースで39%であり(生産額ベースでは66%)、とくにコムギ・トウモロコシ・ダイズの輸入依存は90%以上に及んでいるので、わが国の安定的な食料供給を確保するためには、世界の食料需給の動向を把握することが重要である。 平成27年に閣議決定された「気候変動の影響への適応計画」においては、頻発する干ばつや豪雨などによる食料供給への影響を鑑み、「海外における食料供給動向に関する情報の補完・強化を図るため、土壌水分などの衛星による地球観測データ(解析画像を含む)を、 JAXA と連携して入手・蓄積を図り、分析・活用の可否を検討する」ことが記載されている(気候変動の影響への適応計画, 2015)。 2.地球観測衛星による、宇宙からの全球の農業気象観測 人工衛星による宇宙からの地球観測は、世界各地の耕作地の作付状況や生育状況、農業気象をほぼリアルタイムで把握することができ、地球規模での作況や作物生産量を推定するために有用である(大吉ら, 2014)。人工衛星による地球観測には、次のような利点がある。 ①広域にわたり面的な観測が可能、②政治的・物理的にアクセスが困難な地域も観測が可能、③物理観測であり一貫性を有した客観的な観測が可能、④ほぼリアルタイムでの観測が可能、⑤過去のアーカイブを用いた経年比較が可能。 観測方式も太陽光の地表面での反射を観測するセンサ、地表面からの放射を観測するセンサ、衛星自体から電波を照射してその反射を観測するセンサなど、多種多様である。 どれくらい細かく観測できるかを示す指標である空間分解能についても、数十センチから数十キロメートルまでと広いが、分解能が高いデータは有償で販売されていることが多い。センサの特性によって観測できる物理量は異なり、データを単独もしくは組み合わせて解析することによって、降水量や日射量、作物の作付面積などの情報を作成することが可能である。 JAXAでは、衛星の開発・運用、観測データの配布、高次情報の作成・配布を行っている。現在は、陸域観測技術衛星2号(ALOS-2)、全球降水観測計画/二周波降水レーダ(GPM/DPR)、水循環変動観測衛星(GCOM-W)、温室効果ガス観測技術衛星(GOSAT)といった、地球観測衛星を運用している。さらに、気候変動観測衛星(GCOM-C)、温室効果ガス観測技術衛星2号(GOSAT-2)なども開発中である*。 農業気象は作物の生育を決定する重要な要因の一つであり、全球の農業気象を高い頻度で観測できれば、世界の主要耕作地の作況の判断に有用である。JAXAではさまざまな地球観測衛星を活用し、全球を対象として、降水量*、土壌水分量・積算水蒸気量*、光合成有効放射量・地表面温度・植生指標・植生乾燥度**などのデータセットの作成、および公開・配布を行っている(図2)。 図2 地球観測衛星から推定した農業気象情報の例
光合成有効放射量
降水量
その他にも、植物の葉の量と相関の高い植生指標と呼ばれる指標、農業気象データを組み合わせて算出される干ばつ指数、さらには地表面の湛水状態を推定する指標なども、大学などの研究機関と連携して作成している。これらのデータセットについて、農業分野での活用を促進するため、農業気象に関連するデータセットを一元的に閲覧できるウェブサイトを構築し、情報の利用者(エンドユーザー)と共同で利用評価を行っている。次節以降では、これらの農業気象情報の活用事例を紹介する。 3.GEOGLAMにおける東南アジアの水稲作況情報の作成とFAO/AMISへの情報提供 先に述べたAMISはFAOなどにより運営され、コムギ・トウモロコシ・ダイズ・コメに関する国際市場の概況や各国の作況に関わる情報を収集し、Market Monitorと呼ばれるレポートも年に10回発行している。GEOGLAMでは地球観測衛星データを活用して、AMISに客観的かつ適時の作況情報を提供することを目的の一つとしていて、各国の宇宙機関や農業関連機関が協働して作況情報を作成している。 とくにコメに関しては、全世界での生産・消費の約9割をアジアが占めるため、JAXAが中心となって、GEOGLAMのなかでAsia-RiCEイニシアチブを立ち上げ、アジアの宇宙・農業関連機関と連携し、地球観測衛星データを活用した水稲監視手法の開発や水稲作況情報の作成を実施している。水稲作況情報の作成については、バンコクに事務所があり、日本が支援を行っているAFSIS (ASEAN Food Security Information System)と連携して、取りまとめをしている。 JAXAでは、ウェブ上で農業気象を閲覧できるシステム(JASMIN:JAxa's Satellite based MonItoring Network system for FAO AMIS Market Monitor)を開発・運用し、本システムを通じて、各国の農業統計官に当該国の農業気象情報を提供している(大吉ら, 2016)。AFSISと連携して、これまでに東南アジア各国の関係者を招聘して、本システムの利用方法、および提供情報を活用した作況レポート作成方法のトレーニングを実施し、利用者のフィードバックを受けて、システムのインターフェイスなどの改良を行ってきた。 図3 JASMINのインターフェイス*
各国の農業気象の空間分布図。上段が現況、下段が平年差。
各国の県別の農業気象の時間変動グラフ。当該年、前年、平年差が閲覧できる。
図3はJASMINのウェブサイトを示している。JASMINでは降水量・干ばつ指数・土壌水分量・日射量・地表面温度・植生指標の現況と平年差を提供している。これらは月に2回更新され、常に最新の状況を確認することができる。また、これらの農業気象および植生指標について、国全体の空間分布図(図3─上)と、主要生産県ごとのグラフ(図3─下)を閲覧できる。とくに、平年と比較した差異を視覚的に容易に捉えられる平年差の図やグラフは、作況判断をするうえでの重要な情報となる。 各国の農業統計官は実際に現地でのヒアリングなどにより収集した情報と、このような客観的な情報を用いて水稲の作況を、AFSISと連携して、毎月、作成している。Asia-RiCEが作成した東南アジアの水稲作況情報は、他のGEOGLAM参加機関によって作成されたその他地域や穀物の作況情報と統合され、最終的に世界各地の作況情報がCrop monitorとしてFAO/ AMISに提供され、AMISが発行するレポートには概況を示す図(図4)と文章が毎回掲載されている。 図4 Market Monitorに掲載されているCrop monitor
4.世界の主要耕作地域の作況判断のための農林水産省への情報提供 日本の食料自給率は先に述べたような状況で、食料の多くを輸入に依存している。食料・農業・農村基本計画 (平成27年3月閣議決定)では、「世界の食料需給の動向を踏まえた事業者の的確な調達などに資するため、世界の穀物などの需給をめぐる現状や短期の見通しなどについて、幅広く情報を収集、分析し、定期的な情報発信を行う」とされている。 農林水産省では食料の安定供給に関わるリスクの分析・評価のため、さまざまな情報源から海外の作況情報を収集している。これらの情報を補完・強化するため、地球観測データによって、干ばつや洪水、日射不足などの農業気象イベント発生の有無や範囲、作物への影響、発生時期などを、科学的かつ客観的に確認することが期待されている。 JAXAは世界各地の主要耕作地の農業気象情報を提供するシステムを構築し、ウェブサイトを通じて定常的に情報提供を行っている(図5─上)。本システムでは土壌水分量、降水量、日射量、地表面温度、植生指標を提供し、JASMINと同様、月に2回更新される。これらの情報は日常の情報収集業務で活用される他、農林水産省が毎月公開する海外食料需給レポートにおいても掲載されている(図5─下)。 図5 農林水産省での衛星観測による農業気象情報の活用例例
農業気象情報提供システムでの提供データの例(南アメリカの土壌水分量平年対比)
農林水産省が毎月公開する海外食料需給レポートでの活用例(右下が提供画像:降水量)
5.おわりに 本稿では地球観測衛星によるグローバルな農業気象情報について、国内外での作況判断への活用事例を紹介した。地球観測衛星の広域・定常監視機能を活かせば、世界の主要耕作地域の最新の農業気象を把握することが可能となる。また、最新のデータだけでなく、すでに過去15年分以上の農業気象データが蓄積されているため、現在はこれらのデータの統計的分析を行い、過去のパターンと異なる動向を検出することによる農業災害の早期検知・警戒、さらに収量データや作物モデルを活用した収量推定などにも取り組んでいる。 また、本稿では紹介できなかったが、水稲の作付面積把握による東南アジアの農業統計の改善、灌漑状況の把握による農業開発プロジェクトでの効率的な事前・事後評価、干ばつ・洪水などによる農業被害推定などにも、国内外の政府機関、国際協力機構(JICA)やアジア開発銀行(ADB)などの開発援助機関と共同で取り組んでいる。 2015年9月に採択された国連の持続可能な開発目標(SDGs)においても、ミレニアム開発目標(MDGs)に引き続き、食料安全保障に関する項目が含まれている。日本の食料安全保障に資するのはもちろんのこと、世界の農業市場の透明性の向上、農業生産性の向上、および気候変動による農業への影響を軽減するための適応策の策定や実施においても、付加価値の高い情報の提供、および関係機関との連携による情報を活用する枠組みの構築などを通じた貢献を目指している。 <参考資料>
FAO, 2015, The State of Food Insecurity in the World, pp.8.
FAO, 2016, The State of Food and Agriculture, pp.4-8.
Meeting of G20 Agriculture Ministers, 2011, Action plan on food price volatility and agriculture. In http://agriculture.gouv.fr/IMG/pdf/2011-06-23_-_Action_Plan_-_VFinale.pdf, Paris, France, 22-23, June 2011.
祖父江 真一, 大吉 慶, 2016, 世界における地球観測衛星の食料安全保障での利用動向について, 計測と制御, 55(9), pp.758-763.
農林水産省、2014、「スマート農業の実現に向けた研究会」 検討結果の中間とりまとめ、http://www.maff.go.jp/j/kanbo/kihyo03/gityo/g_smart_nougyo/pdf/cmatome.pdf.
農林水産省, 2016, 日本の食料自給率. In http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012.html Accessed on 18 Jan 2017
気候変動の影響への適応計画、pp.39, 2015.
大吉 慶, 貫井 智之, 祖父江 真一, 2014, 地球観測衛星データの食料安全保障分野への利用, システム農学, 30(1), pp.27-33.
大吉 慶, 小林 和史, 武藤 太郎, 奥村 俊夫, 祖父江 真一, 金子 豊、2016, アジア水稲作況作成のための農業気象提供システムの構築, 写真測量とリモートセンシング, 55(3), pp.200-205.
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