特集解題

ARDEC 企画委員長 松浦良和

 IT(Information Technology:情報技術)やICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)といった先端情報通信技術は生活のあらゆる分野に入り込んでいて、今やこうした新技術なしに経済活動や日々の暮らしは成り立たない。農水省の公式サイトにも、農業ITシステムやスマート農業について記載があり、農業などに利用可能な事例などが多数紹介されている。

 一方、海外農業協力の分野でも、衛星画像、ドローン(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)などの活用によって、農地・農業情報、水文・気象情報、作付・収量予測などに幅広く導入されるようになってきた。とくに、広汎な地域、アクセスが難しい地域、地図情報などの入手が困難な地域などにおいて、これらの技術は威力を発揮している。

 もちろん、こうした先端技術を使えば問題が全て解決する訳ではない。先端技術は応用範囲が極めて広いことと裏腹で、現地での確認や他の情報との組み合わせによってデータを補正したり、精度向上を図ったり、あるいは補完をしたりすることが求められ、それをしないと使用に耐えるものにはならない。

 こうした先端技術は、意味合いが多少違うかもしれないがいわゆる「境界条件」について、常に確認、明確化して利用すべきものといえよう。

 境界条件─「どのような範囲、どのような条件で、データは有効か」─いい換えれば、「どのような場合に、どのようなデータが得られるのか」、「どのような情報と組み合わせれば、利用可能となるのか」、「補完情報として、何が必要なのか」、等々、ユーザーが必要とする情報の目的、利用範囲、精度などを十分に勘案しつつ、先端技術を利用することが求められる。

 最近、アジアの発展途上国の関係者からも「農繁期には人手が足りない」という話が時々聞かれるという(農業農村工学会誌Vol.85/No.2 宮崎、勝村)。農業以外の産業部門の方が経済的に有利になって、都市部への人口流出が進めば、こうした傾向は一段と助長されるかもしれない。この場合、農業の機械化や先端技術の導入が「人手不足」の相当部分を補うことになるのだろうが、この意味からも、先端技術の利活用からは当分の間は目が離せない。

 今号の特集は、「国際援助における先端技術利用の現状と課題」と題して、衛星画像、ドローン、GIS( Geographic Information System:地理情報システム)、リモートセンシング(RS)、さらには携帯電話の活用など、さまざまな先端技術の応用事例などについて、それぞれの執筆者より紹介・説明がなされている。

 時あたかもアメリカではオバマ氏からトランプ氏に大統領が交代し、それに伴って日本が積極的に関わってきたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)が、アメリカの離脱によって宙に浮くような予期しない事態が生じている。さらには、新たな温暖化対策を目指して昨年発効したパリ協定や、同じく国連が同年スタートさせた「持続可能な開発目標(SDGs)」にも、今後、どのような影響があるのか、先を見通せない状況も生じている。

 農業や国際援助における先端技術の利活用は、今後も進展していくことは間違いないにしても、農業や環境問題を取り巻く大きな国際的枠組みへの影響については、十分な注意を払っていくことが必要であろう。


 次に各Key Noteにつき、所載順に言及をしていく。



非識字農民にも農業知識を伝達する

─YMCモデルによる試み─

 先端技術を活用した「YMC(Youth Mediated Communication)」と呼ばれる知識伝達モデルにより、発展途上国において、農家、その子弟、専門家の3者を結び、農業や生活の改善を図ろうとする試みであるが、このような発想もあるのかと驚いた。

 ベトナムの事例として、実務に長け経験豊富だが識字能力がなくパソコンが使えない農家世代(親)、識字能力がありパソコンが使えるその子弟、アドバイザーや相談相手となる遠隔地(日本)の専門家という3者が、それぞれの強みを生かして情報交換を行い、結果的に農民の農業技術や生活のレベルが向上する。

 こうした展開のなかで、農家と専門家の間を、先端技術を駆使して取り持つ子弟の役割は極めて大きいように見受けられる。

 実際、子弟らの先端技術への習熟には目をみはるものがあり、自らがフィールドセンサーとなって、圃場(ほじょう)データや作物データの収集・蓄積を図るとともに、そうした取組を通して、環境への意識が芽生え始めたこともあったと執筆者は指摘する。 まだ、課題はあるようだが、今後の進展を期待したい。


地球観測衛星によるグローバルな農業気象監視

 2011年のG20農業大臣会合において採択された「食料価格乱高下および農業に関する行動計画」に基づく農業市場情報システム(AMIS;Agricultural Market Information System)との連携や、地球観測衛星を活用したリモートセンシングから得られる農業情報の適時の提供を目指すGEOGLAM(Group on Earth Observations Global Agricultural Monitoring)イニシアチブが進められている。

 農業気象情報は作物の生育状況を推定するための重要な要素だが、降水量、土壌水分量、積算水蒸気量、光合成有効放射量、植生指標、植生乾燥度といったものが、さまざまな衛星画像を用いて解析でき、さらには干ばつ指数、地表面の湛水状態まで推定できるという。

 これらのデータの農業分野での活用を促進するため、JAXA(宇宙航空研究開発機構)ではウェブ上に閲覧できるサイトを構築して、各国の農業統計官に情報提供したり、情報利用者(エンドユーザー)と共同して利用評価を行なったりしているという。


発展途上地域で役立つ衛星リモートセンシング技術とは何か

 発展途上地域での衛星リモートセンシングの活用と有効性、およびその留意点について説明している。農業的土地利用の判別に当っては、データ解析者が現地の状況を実際に観察し、土地利用の実態を現地感覚で理解することが重要であると指摘している。

 日本全土より広い中国の黒竜江省では、空間分解能が高くないMODIS(Moderate Resolution Imaging Spectroradiometer:中分解能撮像分光放射計)データを用いて水稲作付分布を算定したが、その手法においては水田面積算出精度を補正するために、執筆者の開発したイネの移植時期情報を用いている。

 また、インドネシアのジャワ島西部の土地利用では、ランドサットデータを用いて、執筆者が開発した手法を用いて土地利用を判別している。

 国や地域レベルでの農作物生産の変動などを広域的に把握するためには、衛星画像の活用は一般に有効だが、農家レベルの作物管理に適用するには、空間分解能が粗すぎるため、高分解能画像やドローンを用いるとともに、地上観測データ、作物モデルなどを組み合わせて、作物の生育や施肥の最適管理システムを開発することが、試みられていると述べている。


衛星写真による発展途上国における農地の賦存量などの解析例

 衛星画像とGISの3D機能を利用することによって、平面的な画像情報から鳥瞰(ちょうかん)的な画像を作成して、中山間地域において傾斜も含めた複雑な棚田の配置状況と周辺の林地、集落、水路などを小流域として一体的に評価したり、熊本地震のような災害の場合に、被災直後の画像を利用して、災害箇所や影響範囲を把握したりすることが、短時間に詳細に行えるようになったと執筆者は述べている。

 発展途上国の事例として、①タイにおいて衛星画像を活用した水稲の雨期作、乾期作別の作付面積、単収、生産量などの推定の方法を示し、②インド東部のコシ川の氾濫による農地の被害状況を合成開口レーダー(SAR:Synthetic Aperture Radar)と呼ばれる方法で実施し、③パキスタン北部のフンザ地方では土砂崩れにより巨大な堰止湖が形成されたが、被災地における2度の撮像から、その湛水量の算出を試みている。


ドローン(UAV)・3D解析の開発調査への適用

 東アフリカに位置するウガンダで、調査対象が限られた地域で行う灌漑(かんがい)開発フィージビリティ・スタディ(F/S)に関連して、詳細な情報を入手するために執筆者らは、衛星画像ではなく、ドローンを活用して撮影と3D解析を行っている。

 対象地域の近傍にはラムサール条約に登録されている湖や湿地が隣接しており、足場やアクセスが悪いため、農地開発の状況やブッシュダム・養魚池の確認などには小型ドローンを活用している。ドローンで撮影した画像と市販のソフトを用いれば、3D画像、オルソ画像、等高線図などを作成でき、適切なドローンを選び現地踏査と組み合わせれば、衛星画像では得られない、きめ細かな現地情報が得られると説明している。


ケニアにおける携帯電話による金融サービスの利用実態

 ケニアで2007年に始まったM-PESA(エムペサ)と呼ばれる携帯電話を利用したモバイルマネー・サービスは、携帯電話の急展開と相まって、2014年には2000万人を上回る利用者、モバイルマネー市場の7割を占めるようになったという。

 これに加えて、M-PESAをもとに開発されたM-Shwari(エムシュワリ)と呼ばれる新たなモバイルマネー・サービスの利用者が急増し、2014年時点で、ケニアでは41%の人が利用するようになったという。

 ここでM-PESAは主に送金や支払を行うサービスで、M-Shwariは融資も可能な利付預金口座サービスである。

 M-Shwariの融資システムでは、書類は不要で、M-PESAの取引履歴および政府管理の国民に関する電子登録簿を通じて、即時に個人の信用評価を行うことができる、画期的な仕組みに特徴があると執筆者は指摘する。

 さらに返済を確実なものとするために、預託金、融資枠の逐次拡大、返済遅滞に対する金利の上積みなどの「インセンティブ」の設定もあるという。

 執筆者が「ICTにはポジティブな側面ばかりではないことにも留意すべきである」と指摘しているように、課題や問題点はまだ残るものの、ケニアの人々の生活が急速にIT化している現状には目をみはるものがある。

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