チェコの話題から

元駐チェコ大使  熊澤英昭


 「チェコ」と耳にして、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。プラハの春、ビロード革命、プラハ城と美しい市街、作曲家のスメタナやドヴォルザーク、作家のカフカ、画家のミュシャ、東京オリンピックの花ともいわれて、日本人に人気の高かったチャスラフスカなどなど。そこには多彩で多様な文化背景を持つ、チェコの豊かなイメージが浮かんでくると思います。

写真1 プラハ城
写真1 プラハ城


 さて、本年(2017年)は、チェコと日本が国交を回復して「60周年」という記念すべき年に当たります。このため、チェコ政府と日本政府をはじめ、両国の関係者の協力のもと、全国各地で数多くの文化イベントが開催されます。是非、皆さんも足を運んで頂いて、チェコの豊かな文化に触れて頂きたいと思います。ここでは、ちょっと気になるチェコの話題をお届けすることにします。


 一つは、「ミュシャ展」の開催です。3月8日(水)から6月5日(月)まで、国立新美術館(六本木)で、ミュシャの傑作「スラブ叙事詩」を中心とした展覧会が開催されています。アルフォンス・ミュシャ(1860─1939)は、チェコで生まれ、27歳でパリに渡り、雌伏の時を経て、34歳の時に、女優サラ・ベルナールの舞台ポスターを描いて、一躍、有名になりました。それ以降は、装飾的で優雅な画風で、アール・ヌーヴォーの代表的な芸術家として活躍しました。しかし、ミュシャは、常に故郷チェコ(ボヘミア)と自身のルーツであるスラヴ民族への熱い思いを抱き続けており、このテーマの作品を多く残しております。

 その最高傑作とされるのが、今回展示される「スラブ叙事詩」です。ミュシャは50歳の時にチェコに戻り、17年の歳月をかけて、1枚がおよそ縦6メートル・横8メートル、全体で20枚の文字通りの大作、スラブ民族の歴史を描き上げました。この作品は、2012年5月から、プラハ国立美術館に展示されていますが、それまでは、南モラヴィアのクルムロフ城に展示されていて、手軽に鑑賞できませんでした。私は、そこを訪れて鑑賞しましたが、ミュシャのほとばしる情熱に圧倒されたことを思い出します。是非、多くの方に御覧頂きたいと思います。

写真2 クルムロフ城(中央)と美しい市街
写真2 クルムロフ城(中央)と美しい市街


 二つは、チェコのビールとホップについてです。皆さんはビールの個人消費量は、チェコが世界一だということをご存知ですか。「え、ドイツではないのか」と思われがちですが、実は、チェコが23年間、連続して世界一の「ビール王国」なのです。「キリンビール大学レポート2015」によりますと、2015年に、チェコでは、ビールが1人当たり、142.4リットル、大びん換算で225本飲まれていますが、これは日本人の3.4倍にもなります。ちなみに、個人消費量では、日本は55位、ドイツは3位です。

 チェコが「ビール王国」になったのは、ビールの品質を左右する3要素である「大麦」、「ホップ」、「美味しい水」に恵まれているからです。チェコでのビール醸造の歴史は古く、13世紀には、南ボヘミアのチェスケー・ブジェヨヴィツェで醸造が開始され、現在の銘柄「ブドヴァイゼル・ブドヴァル」まで続いているのです。アメリカの大手銘柄の「バドワイザー」は、アンハイザー・ブッシュ社が、このチェコの名産にあやかって1876年に商標登録したものですが、チェコとは無関係で、両者は、商標権をめぐって、多くの国で係争中です。また、世界中のビールの大半(おおよそ8割とか)が、ラガービール(ピルスナー・ビール)ですが、1842年に、チェコのピルゼン市で醸造された「ピルスナー・ウルケル」がその元祖です。

 チェコのホップについても、触れておかなければなりません。ホップは、ビールに特有の苦味と香りを与えるものです。チェコ北西部のザーツ地方は、ホップのなかでも、ラガータイプのビールに最適といわれるファインアロマホップの名産地として知られており、12世紀頃には、ドイツへの輸出が始まったとされています。日本でも高級ビールにはチェコのホップが使用されていて、フィアルコーバ前駐日チェコ大使は、TV番組で「チェコで生産されるホップのおよそ半分は、日本へ輸出されているはずです」と説明をされています。日本が輸入するホップの4割はチェコ産です(財務省貿易統計、2014年)。日本のビールが美味しい理由の一つが、ここにありました。

 最後に、昨年は、オバマ大統領が広島の原爆ドームを訪れて、世界平和への誓い、核なき世界への追求を訴えるという、歴史的な訪問を実現しました。この広島の原爆ドームは、「広島県物産陳列館」として、チェコの建築家ヤン・レッツェルにより設計されたものであることを記しておきたいと思います。

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