21世紀におけるマメ類の生産の動向
1.はじめに マメは穀物やイモと並んで人類にとって重要な食料である。ただ、穀物やイモは主食になっているが、マメ類を主食とする民族は見当たらない。マメ類は副菜であった。それは単収がそれほど高くなかったためである。 図1 マメ類と穀物の単収(1961-2014)
歴史的にマメ類の単収は穀物の半分以下であった。農地を有効に使うには穀物を生産した方がよい。それに加えて、マメは味が濃い。だから食べ飽きやすい。そのようことが重なって、主食にならなかったのだろう。 2.単収が低い理由 なぜ、単収が低いのだろう。その理由を、図1から考えることもできる。1961年以降、穀物の単収はほぼ直線的に増加している。2014年の値は3.9トン/ha。一方、マメ類は0.91トン/haに留まる。なぜ、マメ類の単収は農業技術が急速に進歩した時代に、あまり増加しなかったのであろうか。それは、穀物単収がなぜ急速に増加したのかという問いに、置き換えることもできる。 穀物単収が大きく増加した理由は、空気中の窒素を工業的に固定して作る化学肥料が普及したためである。多くの植物は、窒素を肥料として与えると収穫量が増える。この事実はすでに19世紀に明らかになっていたが、窒素を含む肥料を作ることができなかった。19世紀のヨーロッパでは、南アメリカで採掘される硝石が肥料として使われていたが、その量には限界があった。 だが、20世紀に入ってハーバー・ボッシュ法が確立されると、工業的に窒素肥料を大量生産できるようになった。穀物単収には、窒素肥料を大量に投入できるようになった効果がよく表れている。しかし、マメ類に窒素肥料を与えることはない。それはマメ類が根粒菌を共生させ、根粒菌が空気中の窒素を固定して窒素を作り出しているためである。マメ類は、光合成によって作り出したエネルギー物質を根粒菌に与える。その一方で、根粒菌が作り出した窒素を肥料として使わせてもらう。だから、共生なのである。 だが、光合成によって作り出した物質の一部を根粒菌に与えなければならないので、多くの実を付けることができない。これが、単収が低い理由である。ただ、根粒菌が固定した窒素をふんだんに使うことができるために、合成に窒素が必要になるたんぱく質を大量に作ることができる。その結果、マメ類のたんぱく質含量は高い。 3.伸びない生産量 本年は「国際マメ年」なのだが、残念ならが、現代においてマメ類(Pulses)は人類の重要な食料にはなっていない。1961年以降のマメ類の生産量を図2に示すが、この50年ほどの間に生産量は4000万トンから7700万トンになったにすぎない。明らかに伸び悩んでいる。 図2 世界のマメ類生産量(1961-2014)
それは、穀物生産量が順調に増加したことの反動と考えてもよい。1961年の穀物生産量は8億7000万トンであったが、2014年には28億2000万トンにまで増えた。50年間で3倍以上である。主食である穀物の生産量が順調に増加したために、副食であるマメ類を増産する必要がなかった。そう考えればよいのだろう。また、マメ類は多くの民族が歴史的に副食として来たために、5大陸のいずれでも生産されている。このことは、次に述べるダイズと大きく異なる。 図3に、マメ類の1人当たり一年間の消費量を示した。21世紀に入って、アフリカの消費量は増加しているが、アジアと世界平均の消費量はここ50年間、横ばいか若干の減少傾向で推移している。2014年における世界の消費量は年間12kgであり、これは穀物の消費量が300kg程度であることを考えると著しく少ない。この1人当たり消費量からも、マメ類が副食でしかないことがよく分かる。 図3 マメ類の1人当たり年間消費量(1961-2014)
4.ダイズは油脂食物 これまでの議論にはダイズが含まれていない。それはFAOの統計において、マメ類を示すPulsesがダイズを含んでいないためである。「国際マメ年」は“the International Year of Pulses 2016”の訳であるから、これまでダイズを除いて議論してきたのだが、日本人の感覚ではマメ類を議論する時にダイズを外すことはできないだろう。 FAOはダイズを油糧作物(Oil Crops)に分類している。ダイズの他に、ナタネやオイルパームなどが油糧作物に分類されている。ダイズを油糧作物に分類しているのは、欧米人がダイズを油の原料として使用してきたからである。日本では、ダイズは枝豆として食べるほかに豆腐などの材料にしているが、欧米人はダイズを直接食べない。ダイズを大量に食べるのは日本人・中国人・朝鮮半島に住む人々である。 図4にダイズの生産量を示す。図2に示した豆類と異なり、ダイズの生産量は大きく増加している。2014年の生産量は3億1000万トンにもなり、これは1961年の11倍である。ダイズは他の農作物と比べても、ここ50年の間に生産量が大きく増加した作物といえる。 図4 世界のダイズ生産量(1961-2014)
その生産地が限られていることも、ダイズの特徴である。マメ類は、図2に示したように、世界中で作られている。一方、ダイズの生産地はほぼ南北アメリカ大陸に限られている。それも、アメリカ・ブラジル・アルゼンチンの3国に集中している。だた、1961年では、ブラジルとアルゼンチンの生産量は極めて少ない。両国の生産量は過去30年ほどの間に急増した。 5.ダイズ油とダイズケーク なぜ、これほど急激にダイズの生産量が増加したのだろうか。その秘密は用途にある。FAOのバランスシートに基づいて、ダイズの用途を図5に示す。図より明らかなように、ダイズの主な用途は加工である。食用は極めて少ない。先ほども述べたが、ダイズを豆腐などにして食べる習慣は中国や日本など東アジアの一部にしか見られない。ここで加工用とは、搾油原料にすることを示している。この図をみれば、ダイズが油糧作物に分類されている理由が分かろう。 図5 ダイズの用途(1961-2011)
世界の食用油の消費量は急増している。1961年の世界の1人当たり消費量は4.7kgであったが、2014年には11.6kgになった。約50年間で2.5倍である。豊かになると、肉の消費量が増加することが知られているが、植物油の消費量は肉以上に増加する。 6.ダイズとオイルパーム 世界の1961年の植物油の生産量は1400万トンに過ぎなかったが、2011年には8000万トンになった。このような急激な増加に対応するために、多くの油糧作物が生産された。油糧作物としてはダイズの他にナタネやオイルパームなどがあり、現在10億トンほど生産されている。そのなかでも、ダイズとオイルパームの生産量が急増している。 そうした状況のなかで、注目されているのがダイズである。ダイズの人気の秘密は油だけでなく、その「絞りかす」にある。他の作物では、「絞りかす」をそれほど有効に利用することはない。だが、ダイズは「絞りかす」も有効に利用できる。「絞りかす」はダイズケークと呼ばれ、多くのたんぱく質を含むことから、家畜の飼料になる。図6に、ダイズ油とダイズケークの生産量を示すが、双方ともに急増している。 図6 ダイズ油とダイズケークの生産量(1961-2011)
7.中国とダイズ 1995年に、レスター・ブラウン氏が出版した『誰が中国を養うのか?(Who will feed China?)』は、世界的に大きな反響を呼んだ。この本において、同氏は、「どこの国でも、経済が発展すると肉の消費量が増える傾向があるが、中国が増加する肉需要に対応するために飼料穀物を輸入するようになると、その量が膨大であるために、世界は大混乱に陥る可能性がある」ことを指摘した。 ブラウン氏の指摘から20年余りが経過したが、中国はトウモロコシの大量輸入国になることはなかった。中国は現在もトウモロコシをほぼ自給している。ブラウン氏の予測は外れたといえるが、全面的に外れたとはいえない。たしかに、彼の指摘のように中国で肉需要が急増した。「経済発展に伴い、肉の需要が急増する」という指摘は間違っていなかったのだ。そして、中国は肉の需要を満たすために国内生産量を増加させた。食肉輸入によって、需要を満たそうとしたわけではない。この部分も同氏の予測は当たっている。外れたのは、「トウモロコシを大量に輸入するようになる」という部分だけである。中国は飼料用トウモロコシをほぼ自給している。 そもそも、ブラウン氏の頭にあったのはアメリカの畜産であった。アメリカでは牛の飼育が盛んだが、1kgの牛肉を生産するのに10kgものトウモロコシが必要になる。だが、中国人が好むのは豚肉であって、現在、4kgほどのトウモロコシがあれば1kgの豚肉が生産できる。 図7 ダイズ輸入量(1961-2013)
だが、それでもブラウン氏の予測は外れたといってよい。それは、「世界のダイズ市場が大混乱に陥る」ことがなかったからだ。中国の需要に応じるために、ブラジルとアルゼンチンで生産量が急増した。その様子は、図4をみれば明らかである。南アメリカ大陸大で生産されたダイズの多くが、中国への輸出に回された。その結果、図8に示すように、世界のダイズ輸出割合は35%にまでに上昇している。農作物は自国のために生産され余った分が輸出されるケースが多いが、ダイズは輸出を前提にして生産される特殊な農作物になっている。 図8 ダイズの輸出割合(1961-2011)
8.ダイズ生産の将来 ダイズは油と共にその絞りかすであるダイズケークが飼料となることから、今後もその生産量が増加しよう。ただ、いままでの増加は中国の発展と共にあった。中国は大量の飼料を必要とした。そして、ブラジルやアルゼンチンには広大な農地があり、その需要に応じることができた。これが過去30年間に生じたことである。 中国の肉需要がほぼ飽和に達した現在、その他の地域の肉需要が急増することはなさそうだ。それはインドをみれば分かる。インドの人口は2030年頃に中国を上回るとされるが、そのインドでダイズの需要は増加していない。これは、インド人が肉食を好まないからである。 イスラム教徒は鶏肉を好む。現在、イスラム教徒の人口は16億人とされるが、他の宗教の人々に比べて人口増加率が高い。2050年の人口は26億7000万人にもなるとされる。このことは、今後、世界で増える多くの人々が鶏肉を好むことを示す。しかしながら、イスラム教徒は鶏肉を食べるといっても、その消費量は欧米人に比べて抑制的である。このようなことを考えると、今後、ダイズ需要が大きく増えることはないと考えられる。 21世紀の初頭に中国において肉需要が急増した際に、ダイズが果たした役割は大きなものがあった。もしダイズがなかったら、ブラウン氏が予測したようなことが生じたかもしれない。そのような意味で、ダイズは世界の食料需給の安定に大きな貢献をしたといってよい。だが、中国に替わって急速に経済成長する国が見当たらない現在、その生産量の伸びは鈍化することになろう。 |