インダス川流域の革新的な水勘定システム
─ 衛星観測データを利用したウォーター・アカウンティング・プラス(WA+) ─

ユネスコ水教育研究所 上級講師 プーラッド・カリミ

1.はじめに

 本稿の要旨は、複雑な河川流域における水消失量と純取水量の関連を、空間情報として明確に示すために考案された新体系であるウォーター・アカウンティング(水勘定)・プラス(WA+:Water Accounting Plus)を紹介することにある。WA+は単純でありながらも、包括的かつ容易に水勘定の構成を理解できるように考案されたもので、標準化したデータの収集方法と、複雑な流域における土地および水の管理状況全体の表示方法を提供する。本稿では、インダス川流域の事例を用いて、WA+が最小限の現地観測データで、水資源の状況と消失と生産性に関して、真に必要とされる明確な情報を、体系的にどのように提供できるのかを示す。


2.背景

 水不足とは、飲用、衛生、食料生産にとって必要な安全な水を、十分に安い価格で得ることができず、人々の生活が脅かされている状態と規定される(Rijsberman, 2006)。世界では12億以上の人々が、水不足状態にある流域に住んでいる(Gleick, 2000)。そのような問題があるなか、水管理の方法は、変わりつつある世界の要請に応えるべく、改善していかなくてはならない。そのような改善のためには、水資源計画策定組織や管理実施機関が、環境保全に関わる決定を含め、何をなすべきかという目標を的確に定めた政策を策定し実行することで、水管理に積極的な役割を果たしていくことが必要である。

 開かれた政策決定を行うには、土地・水資源の状態を明確に理解しているということが前提条件になる。複雑な河川流域の管理には、水文学者、気象学者、水管理者、技術者、政策決定者、経済学者、環境保全関係者、農業関係者、法律関係者など多くの人々が関わってくる。こうした人々は、その背景、文化、教育レベルが多様であり、共通の標準的用語を有せず、データの表現方法も異なることから、概念や理解のずれが生じてしまうことにもなる(Perry, 2007)。

 水勘定を知ることは、水文、水管理、水配分、地域管理、情報の報告と交換、水利用の便益の量的把握、そして政策決定にとって、もっとも重要である。もし、水勘定の適切な枠組みが用意されれば、現在の水・土地資源の状態が正しく理解されるに留まらず、問題点や制約事項、さらには管理改善の端緒を見出すことも可能になる。水勘定を利用することによって、たとえば、気候への対応や地下水層保全への選択肢を比較、評価することもできる。そのような情報は、水資源管理改善に向けた効果的な資金投入を検討することにも、その将来への影響の可能性を把握することにも重要な役割を果たす。


3.水勘定プラス(WA+)

 水勘定プラス(WA+)(Karimi et al., 2013)は、次の4つのシートで、河川流域の水勘定を表現する。

(1)資源ベースシート 

 さまざまな水の量に関する情報を示し、水の供給と消失の過程を記述する。

(2)蒸発散量シート 

 消失した水がもたらす便益の程度を示す。

(3)生産性シート 

 水の消失量とバイオマス生産、炭素隔離、作物生産および水生産性とをリンクさせる。

(4)取水シート 

 取水と水の再利用に関する情報を提供する。このシートは、水循環を管理し、水配分を適切に行うのに有用である。


 WA+は、土地利用が水循環に及ぼす影響を明確にとらえる。水収支、土地利用および水使用の間のつながりと、それを改変・修正する場合の選択肢を示すために、WA+では、土地利用を、共通的な土地利用の特徴から次のように分類する。すなわち、保護地(CLU:Conserved Land Use)、非改変利用地(ULU:Utilized Land Use)、改変利用地(MLU:Modified Land Use)および人為的水使用(MWU:Managed Water Use)である。CLUは、国立公園をはじめとする自然保護地域などである。ULUは、土地に対する人工的改変がなくて、豊富な生態系サービスを享受できる土地利用である。MLUは、非(かん)(がい)(天水)耕地、植林地、地表面変更地(都市的土地利用)など、人間活動の影響を受ける地区である。MWUは、取水堰、用水路、揚水機場、水門、分水施設、パイプラインなどの人工施設を用いた水使用(都市用水の使用、灌漑活動)である。


4.WA+のインダス川流域への適用

 ここでは、インダス川流域からの事例を用い、WA+の体系とそのデータシート、必要なデータを簡潔に示す。この事例は過去の著作から引用したものなので、地区および用意すべきデータと分析の詳細については文献Karimi et al(2013b)を参照されたい。インプットとしてのリモートセンシング・データとWA+のアウトプットの精度に関しては、2つの文献、Karimi and Bastiaanssen (2015)とKarimi et al (2015)に詳しく論じられている。

 インダス川流域(図1)は、パキスタン、インド、中国およびアフガニスタンの4か国にまたがる。流域内人口は約2億5000万人であり、南アジアにおける人口密度の高い3流域の一つである。流域の気候は、大半が乾燥または半乾燥である。したがって、食料生産は灌漑に大きく依存している。この流域には、インダス川流域灌漑システム(IBIS:Indus Basin Irrigation System)という世界でも最大級の灌漑用水があり、その受益面積は約1600万haと推定されている。

図1 インダス川流域
図1 インダス川流域

 人々は、広範囲に展開する灌漑農業に大きく依存している。消費水量は、この流域での持続可能な量の限界値をずいぶん以前に超え、灌漑は、流域内の地下水位の急速な低下を引き起こしている。

データ(1)土地利用と土地被覆

 土地利用図は、Cheema and Bastiaanssen(2010)が作成したものを用いた。それは、SPOT─植生画像の時期別NDVI(Normalized Difference Vegetation Index:正規化植生指標)値分布図から作成した27分類の季節的植生変化を基にしている。自然保護地域の範囲を確定するためには、国際自然保護連合(IUCN)と国連環境計画(UNEP)の保護地域データベースを用いた。

データ(2)降水量

 この水勘定策定に用いる降水量は、熱帯降雨観測衛星TRMMの実測値調整済みマップからのデータを使用した。その結果は図2aに示す。本流域の年降水量は2007年で415mm、つまり流域全体で4820億m3であった。

データ(3)蒸発散量とバイオマス生産

 2007年のインダス川流域の蒸発散量は、ETLook アルゴリズム(Bastiaanssen et al., 2012)から求めた。ETLook は、蒸発量(E)、蒸散量(T)と遮断量(I)の空間分布図データを提供する。図2cと2dは、それぞれインダス川流域の年間の蒸発量と蒸散量の分布を示している。ETLookモデルは、バイオマス生産量も算定し示している(図2b)。

図2 インダス川流域における
(a)降水量 (b)バイオマス生産 (c)蒸発量 (d)蒸散量 (2007年)
図2a
図2a
 
図2b
図2b
図2d
図2c
 
図2d
図2d

5.インダス川流域に対するWA+シート

 すでに述べたように、WA+は4つの勘定シートを持つ。ここでは、2つの主要なシートである資源ベースシートと取水シート(いずれも2007年)を説明する。他の2つのシートに関する詳細情報は、文献、Karimi et el. (2013 b)を参照されたい。

(1)WA+資源ベースシート

 図3は、水の純流入量は5230億m3で、そのうち4820億m3は降水によることを示している。残る410億m3は、貯留淡水量の消失分が供給源になっている。内訳は、地下水からが298億m3で最大であり、次いで貯水池貯留水からが94億m3、氷河の融解によるものが21億m3になっている。この純流入量は、使用の面からは、地表からの蒸発散量(グリーンウォーター:3440億m3)と取水可能水量(ブルーウォーター:1800億m3)に分かれる。

図3 インダス川流域のWA+ 資源ベースシート(2007年)
図1 インダス川流域
出所:Karimi et al., 2013b

 水消失を起こす主な土地利用分類はMWUであり、その量は2640億m3になっている。そのうちの41%に相当する1070億m3は、灌漑地域、都市地域および貯水池水面への降雨が直接に蒸発散したものである。これが地表からの蒸発散量の1/3を占める。残りの1570億m3は、灌漑によって増加した蒸発散量である。

 利用可能な流水、つまり利用可能水量と実際の利用水量の差である未利用水量は90億m3と推定される。この水は、平均年以上に降水があった年には、水資源開発として増加的に利用できるものである。


(2)WA+取水シート

 図4は、全体の取水状況(地表水取水と地下水揚水)を示している。取水データは、衛星による観測では得られない。可能ならば、2次的統計資料や水文モデルの計算結果などを用いる必要がある。

図4 インダス川流域のWA+ 取水シート(2007 年)
図4 インダス川流域のWA+ 取水シート(2007 年)
出所:Karimi et al., 2013b

 シートは、1810億m3の水が農業に向けられたことを示している(Cheema et al., 2013)。そのうち、680億m3は地下水から、1130億m3は地表水から賄われた。また、この総灌漑用水の1810億m3は、蒸発散で1520億m3が消失し、300億m3は消費されずに、この取水システム内に留まった。国連食糧農業機関(FAO)の水統計によれば、生活用水には122億m3、工業用水には18億m3、合わせて140億m3が向けられた。この140億m3のうち、46億m3は蒸発散で失われたが、大半の94億m3は消費されずに、この取水システム内に留まった。この水勘定年における総取水量は1960億m3と推定され、そのうち1180億m3(農業用水1130億m3 +生活・工業用水計40億m3+貯水池への取水10億m3)は地表水からの取水、780億m3(農業用水680億m3+生活・工業用水計100億m3)は地下水層からの揚水であった。総取水量のうちの還元水量は378億m3で、還元先の内訳は地表水が216億m3、地下水が162億m3であった。灌漑用水路からの浸透は380億m3で、地表水から地下水へ移行した。地下水から地表水への湧出量は200億m3であった。


6.結論

 現況の水供給からより多くの価値を得るために水管理を改善することは、水不足に対処するための極めて重要な鍵である。しかしながら、政策決定者がそのために有効な戦略を打ち出すことができるかどうかは、水利用とその生産性の現状を、明確に理解できるか否かに掛かっている。水勘定が重要な役割を果たすのは、その点においてである。適切な水勘定の枠組みによって、正確なデータ収集と表現方法が可能になる。それが、水の供給と利用についての真に必要な包括的理解を可能にし、水利用と経済とを結びつけることに貢献する。

 WA+の方法論が開発されることによって、水勘定の中心概念を進歩させることにつながった。WA+は、主要な入力データとして、詳細な水文気象学的な現地観測ではなく、利用可能な衛星データを利用する。それらの衛星観測の結果は、公的なデータのアーカイブから、より頻繁に入手できる。そのため、WA+の実行にあたって、データ収集のための大きな投資は必要ない。WA+は、多様な土地利用区分におけるバイオマス生産、食料生産、炭素貯留といったサービスや便益と、水の消失を結びつける。そのようなことから、WA+は、とりわけ、国連の持続可能な開発目標(the Sustainable Development Goals)の実現に向けて、水利用の効率性改善の規準設定に利用できる。現在、IWMI(国際水管理研究所)、UNESCO-IHE(ユネスコ/水教育研究所)、FAOのサポートによって、多機関共有水勘定データバンクが準備中である。このプラットホームであるWaterAccounting.orgでは、定期観測の衛星データ、水文モデルからのデータ、そしてその他、地球レベル、地域レベルのオープンアクセスのデータを利用することになっている。

 (訳:戸田久仁)


<参考文献>
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