英知と熱意を結集し、
中山間地域の再生を目指す

特定非営利活動法人 中山間地域フォーラム 会長     
東京大学 名誉教授 佐藤洋平    

 村の少し外れにある小高い丘を削ってできた台地に、それはあった。今日は、南牧(なんもく)村活性化センターで、「中山間地域フォーラム in なんもく」が開催される。もう村の人たちが三三五五集まりはじめ、受付で登録をしている。オープニングまで時間があるので、会場となる館内を見て回る。調理実習室では、交流会でふるまわれる南牧名物の「おきりこみ」の準備に、お母さんたちが賑やかに忙しい。

 さくら保育園の園児たちによる太鼓の音が響き渡る。きりりと鉢巻を締め、バチを振り上げ、振り下ろす真剣な顔、顔。いよいよオープニングである。「高齢化日本一・南牧村の明日を考える〜つないで育む活動の輪〜」をテーマに、地元の関係者たちが組織した実行委員会と中山間地域フォーラムの共催によるシンポジウムが始まる。中山間地域フォーラムが、その設立に合わせて学びの場を関東圏内に求め、いくつかの候補地域を手分けして訪ね、群馬県南牧村をモデル中山間地域に位置づけ、活動を開始してから6年目にあたる年での開催である。

写真1 園児の太鼓演舞によるオープニング
図1 第7回世界水フォーラムの主要プログラム


1.中山間地域フォーラム設立の背景

 中山間地域等直接支払制度は、2000年度から04年度までの5年間を第I期対策として始まった。中間農業地域および山間農業地域は、平地農業地域と比べ、当時、労働生産性は71%、51%、土地生産性は83%、62%、資本生産性は73%、66%と、それぞれに低く、農業を営むうえで傾斜地という大きなハンディキャップを抱えている(数字は2002年現在)。耕作放棄地が占める割合も2.8%(1985年)、4.3%(1990年)、5.2%(1995年)、7.1%(2000年)と増大傾向で推移し、平地農業地域のその割合である1.1%、1.8%、2.5%、3.2%と比べて分かるように、農業上の条件不利性を現象している。

 実施から5年目の第 I 期対策が終わる年に、その検証が行われた。中山間地域等を巡る諸条件は、依然として厳しいことが確認された。この検証を行った中山間地域等総合対策検討委員会の最終回が閉じられんとする時に、委員の一人から以下の趣旨の発言があった。「中山間地域等を対象とする個々の施策はもう十分に揃っている。それを、現場でいかに使っていくかということが、非常に重要になっている。しかし、中山間地域等の状況は、これから先5年を見ても、やはり厳しく、だんだん酷くなっていくと思う。それを、ほんとうに放置していいのだろうかという気がする。現地の市町村や集落での施策への総合的な取組を、元気づけたり支援したりというような活動、ボランティアでもいいと思うけれども、自主的にお手伝いをする方法はないのかなという気がする。いろんな形で中山間地域等を大事にして、それを応援していくような運動というか活動というか、そういうことを、何かやる必要がある」と。

 この発言を受けた検討委員会の座長は、ほぼ1年の熟慮の後、くだんの委員に呼びかけ、中山間地域の課題解決を考える有志の研究会を始めた。毎月、顔を合わせているうちに、皆の気持ちは、やがて活動を継続するための組織づくりに移り、中山間地域フォーラムを立ち上げることになった。設立総会を2006年7月1日に砂防会館で開き、第1回研究会も開催した。全国から、想定をはるかに超える約200名が参加し満員となった会場で、「中山間地域の再生に向けて、今、何をなすべきか」について熱い議論が交わされた。任意団体として始め、6年間の活動を経た後、12年12月に特定非営利活動法人となった。

写真2 フォーラムの、ある日の運営会
写真2 フォーラムの、ある日の運営会


2.中山間地域フォーラムのミッション

 少し長いが、私たちの決意を示す設立趣意書の一部を引用しよう。「わたしたち日本人のふるさとであり原風景でもある農山漁村地域、なかでも平野の外縁部から山間地に至るいわゆる『中山間地域』には、多様な自然や生態系、美しい風景や伝統文化がまだ豊富に残されており、食料や林産物の生産だけでなく、自然環境や国土の保全、水資源の涵養(かんよう)、グリーンツーリズムや情操教育の場の提供など都市の人々にとっても多面的で重要な役割を果たしています。(中略)しかし、中山間地域は、総じて高齢化率が高く、過疎化が進行しており、コミュニティ機能の低下した地域では、耕作放棄地の増加、鳥獣害の発生、伝統的祭事の衰退、景観の荒廃などの深刻な事態が生じています。国土交通省のアンケート調査(2004年)によれば、全国の約2割の市町村で今後『集落消滅の可能性がある』とされていますが、そのほとんどもこの地域であろうと思われます。特に、今後予想されるわが国の人口減少、公共事業の減少、グローバル化による市場主義の一層の徹底などは、中山間地域に深刻な影響を与えることが懸念され、下流域の都市生活にその影響が及ぶ恐れもあります。(中略)多面的で重要な役割を担い可能性に満ちたかけがえのない中山間地域の再生に向けて、多様な領域の専門家・実務家や市民が連携し英知と熱意を結集するとともに、意欲的な現地の活動に呼応して支援の輪を広げていく」

 中山間地域の再生に向けて取り組む現地の活動に呼応して支援の輪を広げ、中山間地域に関するネットワークの形成、実証的学際的な政策研究、政策提言、地域に対する支援活動、都市への情報発信などを行うことにより、中山間地域の再生・振興に寄与することを目的に掲げた。


3.中山間地域フォーラムの活動

 中山間地域フォーラムの目的を遂行するための具体的活動は、(1)ネットワークの形成、(2)シンポジウム・研究会の開催、(3)政策提言・緊急アピール、(4)地域支援・人材育成、(5)情報発信である。

【シンポジウム・研究会の開催】では、毎年、東京大学弥生講堂で開催する中央のシンポジウムと地方持ち回りで開催するシンポジウムがある。最近開催したジンポジウムのテーマを例示するならば、「『早期帰村』実現の課題─飯舘村─」「中山間地域再生の新潮流」「中山間地域再生の課題」「はじまった田園回帰 ─ 『市町村消滅論』を批判する」「どう創る、中山間地域の『しごと』─地方創生の実践」がある。時宜にかなったテーマでの開催は、好評を博し、会場となる同講堂の一条ホールの収容人員いっぱいの参加者を得ている。また、新しい政策や特定課題をテーマに、折々に東京で中山間地域研究会を開催している。

写真3 熊本市でのシンポジウム
写真3 熊本市でのシンポジウム


【政策提言・緊急アピール】では、国土形成計画の策定に対して「中山間地域の再生に向けて─国土形成計画への提言─」、ふるさと納税の議論に対して「志ある資金の地方への移転システムの構築を」、中山間地域等直接支払制度「見直し」を批判する緊急声明、地方創生政策に対する緊急提言「地域の内発的なプロセスの重視を」を発した。

【地域支援・人材育成】では、フォーラム創立以来の南牧村での支援によって、先の見通しが立たない高齢化山村で15名の若者たちが立ち上がり「明日の南牧を創る会」を組織し、村内の空き家調査に取り組む活動を始めるまでに至った。このほか、南牧村商工会が実施する地域内資金循環等新事業開発検討事業の申請・実施の支援、岩手県西和賀町にしわが安らぎの郷協議会共生・対流推進事業の申請・実施の支援、山口県における域学連携事業の支援などがある。南牧村での石垣と植生調査では、「石垣の楽し見方」を学ぶワークショップも開催した。中山間地域の暮らしをテーマにフォトコンテストを行い、アーカイブとして中山間地域の「今」を残す取組も昨年から始めた。

写真4 「石垣の楽し見方」ワークショップ
写真4 「石垣の楽し見方」ワークショップ

【情報発信】では、ホームページ http://www.chusankan-f.org/、フェイスブック、ニュースレター(メール)による情報発信のほか、中山間地域レポートとして月刊誌『コロンブス』に、毎号、運営委員や会員から寄稿を得て中山間地域再生について、各地の取組事例を報告している。また、研究会やシンポジウムなどの成果を取りまとめた会報を刊行し、会員に配布している。


4.中山間地域の再生に向けた英知と熱意を歓迎
─むすびにかえて─

 約42万ha(作付農地面積は約450万ha)もの耕作放棄地の多くは中山間地域のような生産条件に恵まれていない地域にあり、日本人のふるさとの原風景が失われつつある。昨今では人口減少、高齢化が一層すすみ、地域を維持することが困難な状況が、この現実を加速させている。しかし、だからといって中山間地域での暮らしをあきらめ、撤退するべきだろうか。否。私たちは、そうした意見に(うなず)くことはできない。何故?そう、放棄されたかつての農耕地も含め、農用地、山林、集落、自然など、すべてを包み込む中山間地域は、農林業を営む暮らしによって紡がれる知識、体験、文化、慣習、歴史すべてを吸収して、長い年月を経て緩やかに形づくられ、私たちに「生産財」「文化財」などとして譲り渡された「財」だからである。私たち現世代には、世代を超えて引き継がれてきた農地、山林、集落、自然など環境(社会的共通資本)を、将来世代が利用し享受できる機会を維持し引き渡す責務があろう。

 中山間地域フォーラムは、さまざまな分野の専門知識、豊かな実務や実践の経験を有する産学官民の、中山間地域の再生を目指す有志によるネットワークである。新たな時代の中山間地域のあり方や振興策について英知を結集し、政策提言などを行うとともに、地元の自主的な創意工夫と努力による再生への取組に対して、力を合わせて協力し、支援することを目的にしている。

 中山間地域が将来世代に受け継がれていくために、私たちと共に英知と熱意を注いでくださる皆さんの参加を心から歓迎します。


連絡先:tebento-staff@chusankan-f.org

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