サブサハラ・アフリカ在来リン資源の
活用による農業生産性の向上を目指して 1.はじめに リンは植物の生長に不可欠な要素であるが、世界の農耕地の約30%がリン欠乏状態にあるとされている(MacDonald et al., 2011)。土壌のリン酸肥沃度は主として、施肥リン酸量と土壌のリン酸吸収係数によって規定されるが、世界の耕地土壌の多くはリン酸吸収係数の高い土壌であるとされていて(Kochian 2012)、北米大西洋側や北欧に加え、東南アジア、中南米、アフリカなどの熱帯地域では、とくに高いリン酸吸収係数を示している(USDA-NRCS, 1998)。図1は、アフリカならびに中南米のリン酸吸収係数を示しているが、こうした熱帯地域の強風化土壌では、リン酸吸収係数が高いだけでなく、施肥リン酸量が少ないため、作物が利用可能な土壌の有効態リン酸量は概して低く、当該地域における作物生産の制限要因の一つとなっている。 図1 土壌のリン酸吸収係数の分布図
一方、国際的にリン資源の枯渇が叫ばれて久しい。リンの給源は各地のリン鉱床で採掘されるリン鉱石にほぼ限られていて、石油などと同じ有限の資源であるといえる。2008年には、原油価格などとともに、リン鉱石の価格も急騰したため(図2)、リン資源埋蔵量に注目が集まった。早くは1970年代に、「21世紀末にはリン資源が枯渇する」との警鐘がならされ(Emigh, 1972)、近年では、2100年までに現在採掘可能なリン資源のおよそ半量が失われるとする予測もある(Van Vuuren et al., 2010)。新規鉱床の開発や採掘コストの変動に伴い、リン資源埋蔵量は変化するため、リン資源は数百年間枯渇しないという向きもあるが(Van Kauwenbergh, 2010)、有限であるリン資源価格の上昇傾向は今も続いている。 図2 リン鉱石とTSPの実質価格の推移
なお、アメリカ地質調査所(USGS)による報告(USGS, 2015)では、世界のリン資源の埋蔵基礎量(将来的に採掘が可能と考えられるリン鉱石量)は670億tと推定されている。また、現在のリン鉱石産出量は中国、アメリカ、モロッコが全世界の73.6%を占めていて、その偏在性が際立っている。わが国のようにリン資源を有さない国にとっては、リン資源の偏在性は肥料安全保障上の重要な課題となり得るため、リン資源の有効かつ効率的な活用方法の開発は喫緊の課題となっている。 こうしたなか、リン資源の効率的な利用に向けて、(1)下水汚泥などの都市型廃棄物におけるリン回収・肥料化、(2)土壌中に蓄積された難溶性リン酸の可溶化、(3)低リン酸耐性品種の育成、などの多様な技術が開発・提案されている。いずれも、系外に移行するリン酸量を低減し、リン資源利用効率を向上する有効かつ必要不可欠な技術であるが、一方で未利用リン鉱石の開発も重要であると考えられる。 2.アフリカにおける低品位リン鉱石利用の意義 たとえば、アフリカは全世界のリン鉱石埋蔵基礎量の84.2%を占め、現在の産出量の18.9%を占めているが(USGS, 2015)、2013年の消費量は全世界の3.3%に留まるという報告がある(FAO, 2015)。リン資源の多くはリン肥料として、農業生産の場に施用されていて、アフリカにおけるリン酸消費量の低さは、耕地の単位面積当たりのリン酸施肥量の低さを反映していると考えられ、それは経済的要因によるところが大きい。 わが国を含む先進各国においては、作物生産に必要な量を超えるリン酸肥料が施用され、土壌中に多くのリン酸が蓄積しているが(MacDonald et al., 2011)、サブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠以南のアフリカ)などの開発途上国においては、上述のとおり、土壌中の有効態リン酸含量が低く、作物生産の制限要因となっているにも関わらず、近年の肥料価格の高騰がリン酸肥料の施用をさらに困難にしている。こうした状況を打破するため、小規模農家にも利用可能で安価なリン資源が求められている。 一方、サブサハラ・アフリカでは各地でリン鉱床が確認されていて、埋蔵基礎量は167億tともいわれるが、その多くはリン酸含量やその溶解度が低い、いわゆる低品位リン鉱石であり、十分に利用されていない(Nakamura et al., 2013; Appleton 2002)。しかしながら、こうした低品位リン鉱石を活用できれば、安価なリン資源として、当該地域における低リン酸土壌環境の改善に寄与し、作物生産性の向上を図ることが可能であると考えられる。 3.アフリカ産低品位リン鉱石の利用の阻害要因 サブサハラ・アフリカ産の低品位リン鉱石の利用には、幾つかの問題点が挙げられている。当該地域のリン鉱床は、その規模やリン鉱石のリン酸含量が多様であり、基礎埋蔵量が経済的利用に十分でない場合がある。また同様に、鉄、アルミニウム、ケイ酸などの不純物含量が多く、肥料化を困難にしている。さらに、トーゴ、セネガルなどの西アフリカ産リン鉱石は、含有するカドミウムなどの有害金属類が高いことが指摘されている(樋口、2004)。 さらに現在、肥料化が困難とされる低品位リン鉱石は、多くがリン鉱粉として農地に直接施用されているが、その施用効果はリン鉱石の溶解度や土壌環境、作物、気候環境などによって、さまざまである。溶解度が低いリン鉱石は、その施用効果が発現するまで比較的長い時間を要するという遅効性のもので、リン酸吸収係数の高い土壌環境においては、施用効果は著しく制限されることが報告されている(Fukuda et al., 2013)。 4.リン鉱石可溶化技術 低品位リン鉱石における溶解度向上技術としては物理的、生物的、化学的可溶化が考えられる。 また、生物的可溶化も多く試みられている。各国の低品位リン鉱石について、堆肥化の際にリン鉱石を付加し、有機物分解過程で生成する有機酸の影響による可溶化が検討され、クロコウジカビ(アスペルギルス・ニガー、Aspergillus niger)、ツチアオカビ(トリコデルマ・ビリデ、Tricoderma viride)などの有機酸をより多く生成する菌類を接種して、可溶化を促進する技術などが提案されている。1970年代にはオーストラリアでチオバチルス(Thiobacillus)などの硫黄酸化細菌と硫黄をリン鉱石付加堆肥に添加し、リン鉱石の可溶性を高めることに成功している(Swaby 1975)。 国際食糧農業機関(FAO)では、耕地土壌に施用されたリン鉱石に関して、根系の発達や有機酸の分泌などによって、吸収を高める品種の開発なども、生物的可溶化技術として挙げている。 1980年頃には、サブサハラ・アフリカ産低品位リン鉱石の利活用に向けて、直接施用に不適とされるリン鉱石に対する少量酸添加による部分的酸性化法を適用し、その有効性が検証された(Mokwunye & Chien, 1980, Hammond et al ., 1980)。部分的に酸性化して得られたリン鉱石(PAPR :Partially Acidulated Phosphate Rock)は、過リン酸石灰に比べて使用する酸の量を低減でき、リン鉱粉に比べて水溶性ならびにク溶性(クエン酸2%液で溶ける肥料成分。遅効性ともいえる)を高めることが可能であり、西アフリカ各国でその有効性が示されている。 加熱処理法には乾式リン酸肥料である熔成リン肥ならびに焼成リン肥が挙げられる。熔成リン肥は、わが国では、ケイ酸マグネシウムを加えて溶融・急冷しガラス状にすることで得られる熔成苦土リン肥料を指すことが多い。焼成リン肥は、リン鉱石に含まれるフッ化アパタイトを炭酸ナトリウムの添加と1300℃の高熱処理によって、脱フッ素処理した結果、α‐リン酸三石灰(α-TCP)が生じるとともに、レナニットが生じることにより、ク溶率が高まることを利用したリン酸肥料である。 焼成リン肥は通常、高品位リン鉱石を原料として製造されるが、高ケイ酸質の低品位リン鉱石についても適用が可能であり(秋山ら、1992)、サブサハラ・アフリカ産リン鉱石についても、秋山らの方法に従って、可溶化が可能であることが示された(中村ら、2015)。焼成処理に伴う加熱処理では、一部の重金属類も除去することが可能と考えられ、当該地域における技術適用が望まれる。 5.ブルキナファソ在来リン鉱石の活用に向けて 最後に、西アフリカのブルキナファソの事例を紹介したい。同国はサハラ砂漠南縁に位置する国土面積27万4200km2、人口1750 万人の小国である。農業従事者が就労人口の8割を占めていて、同国政府は、「持続的な開発および成長の加速化戦略文書(SCADD)2011-2015」を定め、「成長の加速化」の牽引(けんいん)役となるべき農業振興を重視している(日本外務省対ブルキナファソ国別援助方針)。 しかしながら、その農業生産性は低迷状態が続いている。ソルガム、ミレットなどの基幹作物の収量は、肥料をほとんど施用しないために、現在でも1t/ha未満である。輸入に依存している化学肥料の価格が極めて高いことが、大きな原因の一つである。無施肥での栽培は、不十分な生育のために作物による土壌被覆度が低く、土壌への有機物還元も少なくて、降雨の表面流出と土壌侵食を増大させ、砂漠化の拡大の一因となっている。 また、収量の減少は、土壌侵食を受けやすい栽培不適地への栽培の拡大と休閑期間の短縮をもたらし、砂漠化を引き起こしている(Bationo and Waswa, 2011)。このことは、「施肥による収量向上自体が、砂漠化防止につながる」ということを示している。アフリカにおける肥料普及の重要性は広く認識され、2006年に、ナイジェリアでアフリカ肥料サミットが開催されるなど、政治的課題として取り上げられるようになった。
同国の研究機関である環境農業研究所(INERA)は「食用作物のための施肥プロジェクト(Projet engrais vivriere)」 の活動の一環として、この国産リン鉱石(Burkina Phosphate)の普及試験を実施したが、本肥料が遅効性であることの説明が普及員から農家へ不十分であったこと、性状が灰色で農家には土の粉末に見えたこと、などの理由で普及しなかったという(南雲、2008)。また、土壌肥沃度及び農業開発国際センター(IFDC)の研究者は、その性状が粉末であるために、その取り扱いが困難であることも、普及しない理由の一つであるとしている。これまでの生産量および販売量を図3に示す。現在は、年間1000 - 2000トンの間で推移している。現在の設備による年間生産容量が6000トンなので、生産調整を実施していることになる。現在は、さまざまな農業開発プロジェクトにおいて、堆肥を製造する際に、リン鉱石を加えることを奨励していて、プロジェクトがリン鉱石を購入することが大半で、一般農家が自発的にリン鉱石肥料を購入することは少ない。 図3 ブルキナファソにおけるリン鉱石(粉)の生産量と販売量の推移
しかしながら、同時期にリン鉱石の採掘・販売を開始したマリ(操業期間:1980-2000)やニジェール(同1980-82)では、すでに操業を停止したのに比較すると、ブルキナファソでは旧式の設備を修理しながら、36年間も操業を続けていることは注目に値する。現在は、組織を再編し、リン酸利用公社として国産リン鉱石利用の活性化を目指している。 こうしたなか、「リン鉱石を可溶化して、国産リン酸肥料を製造する工場を建設する」という検討が開始されたところである。リン酸肥料は、その他のチッソやカリと比較して、約2倍の価格(成分比較)であり、そのリン成分を国産に置き換えるだけでも、価格の低下が期待される。そこで、施肥効果の高い国産リン酸肥料、および、それを原料とする複合肥料を製造し、輸入化学肥料よりも安価で農家に提供できれば、同国の安定した食料増産に寄与することが期待される。 JIRCASでは前述したように、これまでリン可溶化技術を含め、リン鉱石を有効利用するための研究に取り組んできた。このブルキナファソ政府によるリン酸肥料工場実現が、低投入型農業からの脱却を図り、持続的集約型農業の実現に弾みをつけることを期待している。そして、JIRCASはその道筋をつけるための共同研究を、ブルキナファソとともに継続していく方針である。 <引用文献>
1) 秋山 堯 他 (1992) 高ケイ酸質のリン鉱石からつくったNa2O-CaO-MgO-P2O5-SiO2系焼成リン肥の構成鉱物と溶解性. 土肥誌63, 658-663.
2) Appleton, JD (2002) Local phosphate resources for sustainable development in sub-Saharan Africa: British Geological Survey Report, CR/02/121/N. pp.134.
3) Bationo, A. and Waswa. BS (2011) New challenges and opportunities for integrated soil fertility management in Africa. In Bationo A, et al. ed. Innovations as key to the green revolution in Africa, 3-17.
4) Emigh, GD (1972) World phosphate reserves - are there really enough. Eng. Min. J., 173, 90-95.
5) FAO (2015) World fertilizer trends and outlook to 2018. Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO), Rome. Pp.49
6) Fukuda M et al. (2013) Ineffectiveness of directly applied Burkina Faso phosphate rock on rice growth. Soil Sci. Plant Nutr., 59, 403-409.
7) Hammond LL et al. (1980) Phosphorus availability from partial acidulation of two phosphate rocks. Fertil. Res., 1 37-49.
8) 樋口太重 (2004) 土壌への重金属負荷と安全性の課題,農業技術大系,土壌施肥編,第3巻土壌の活用VI,32-20 - 30,2004
9) Kochian LV (2012) Plant nutrition: Rooting for more phosphorus. Nature, 488, 466-467.
10) MacDonald GK et al. (2011) Agronomic phosphorus imbalances across the world's croplands. PNAS, 108, 3086-3091.
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12) 南雲不二男 (2008) 土壌・水管理研究の現状と動向の調査・分析。農林水産省農林水産事務局委託・戦略的国際農業研究基盤調査事業(平成17 - 19年度)調査報告書「アフリカ農業革新のためのキーテクノロジー調査」、24-33.
13) Nakamura S et al. (2013) Potential Utilization of Local Phosphate Rocks to Enhance Rice Production in Sub-Saharan Africa. JARQ, 47, 353-363.
14) 中村智史 他 (2015) 焼成処理によるサブサハラアフリカ産低品位リン鉱石の可溶化方法の検討、日本土壌肥料学雑誌、86巻5号 (印刷中)
15) Swaby RJ (1975) Biosuper-biological superphosphate. In McLachlan KD, ed. Sulphur in Australasian agriculture, pp 213-220. Sydney University Press
16) USGS (2015) Phosphate rocks. In U.S. Geological Survey, Mineral Commodity Summaries, January 2015. P118-119
17) Van Vuuren, DP. et al. (2010) Phosphorus demand for the 1970-2100 period: A scenario analysis of resource depletion. Global Environ. Change, 20, 428-439.
18) Van Kauwenbergh, S. (2010) World Phosphate Reserves and Resources; International Fertilizer Development Centre (IFDC): Washington, DC, USA.
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