カンボジアにおける
灌漑の改修・開発と日本のODA

カンボジア水資源気象省局長(総務) ピッ・ベスナ

1.はじめに

 カンボジアは、西から北にかけてタイ、北はラオス、東はベトナムと国境を接し、南はタイランド湾に面している。国土面積は18万1035km2で、25の州に分かれている。2013年時の総人口は約1470万人、人口増加率1.46%、人口密度81.8人/km2、1人当たりのGDPは1036ドルである。

 東南アジア諸国のなかでも最貧国の一つに数えられ、貧困層は農村部に集中している。農業を主な収入源とする農村部の世帯が、国全体の貧困層の約90%を占め、農村部では農業以外の雇用は非常に限られている。農業部門がGDPに占める割合は42%だが、その伸び率は4.2%(2014年)であることから、農村世帯の所得増大には、生産性の向上改善と収入源の多角化が重要である。

 こうした課題は、政府の社会経済開発計画である「四辺形戦略フェーズ III (2013年策定、2014-18年)」および「国家貧困削減戦略(2001-05年)」において、重要なものとされ、とくに小規模農民の所得増大と市場アクセスの改善が優先課題として盛り込まれている。

 この「四辺形戦略」では、マクロ経済の好環境の確立、土地の使用権および所有権の確立、地方分権化と経済分散化の推進を通じた資源管理へのコミュニティの参加、灌漑(かんがい)施設および農業支援(研究・普及活動、生産資材市場の整備、市場情報とインフラ整備、農業農村に向け融資など)への投資を通じて、農業生産の多様化を図り、高付加価値物生産(畜産、水産、薬用および工芸用などの特用作物栽培など)を促進し、広義の農村経済の多様化を目指している。

 上記の二つの戦略は、とくに小規模農民への支援に焦点を当てる一方、技術普及、農産品多様化、マーケティング活動における民間セクター参入を促進し、官民連携の農業部門の強化を目指している。

 政府はまた「参加型灌漑管理・開発政策」を採択し、灌漑農業の生産性および灌漑施設の持続性を強化することによって、農村部の人々の社会経済状況を改善することを目指している。この政策のカギは、「エンパワーメント」「パートナーシップ」「持続性」という三つの原則である。

 カンボジアは、1970年代からの20年以上にわたる内戦と政情不安を経て、現在、懸命に国家再建に取り組んでいる。日本は、カンボジアが再び政情不安に陥らないためにも、援助供与をつうじて重要な役割を果たしてきた。この援助はカンボジアの平和と安定に大きく寄与しただけでなく、経済発展においても貢献している。また、日本は国際社会を主導して外交努力を積極的に展開し、カンボジア国内の平和回復に尽力してきた。


 日系企業は、カンボジアへの投資に高い関心を示している。政治的・社会的な安定、日本との友好関係、競争力のある労働者賃金、投資優遇策、高い経済成長、マクロ経済の安定性に加え、インドシナ半島における南部経済回廊の中心という地理的優位性が、投資先としての利点である。こうした企業の投資は、製靴、縫製、電子部品などの労働集約型の製造業部門がほとんどである。

 日本からの投資額は2010年の3500万ドルから、11年の7500万ドル、12年には3億2800万ドルと急増。貿易額推移をみれば、対日本輸出額では2010年の2億900万ドルから、11年の3億900万ドル、12年の4億400万ドルへと増加。日本の対カンボジア輸出額では2010年の1億5800万ドルから、11年の2億500万ドル、12年の2億4400万ドルへと増加。因みに、2012年時点でカンボジアの在留邦人数は前年比278人増の1479人、日本人観光客は前年比1万7523人増の17万9327人であった。

 日本のODAスキームのもとで、独立行政法人国際協力機構(JICA)は、多岐にわたる技術協力を行っている。そのなかには、日本が専門家やボランティアを派遣し、カンボジアの政府職員に知識や技術の移転を行う技術協力がある。JICAはまた、将来重要な役割を担う中央政府の若手行政官に対して、2年間の修士課程コースを提供している。学生に対しては、1992年以降、主に以下4種類の奨学金プログラムを提供している。

 (1) 日本の大学院での博士号および修士号の取得を目的とした研究コース

 (2) 大学で学部生として受講する学部学生プログラム

 (3) エンジニア志望の学生に対する技術習得を目的とした工業大学コース

 (4) 幅広い職業訓練や技術教育を受講する専修学校コース

 近年、年間50人もの学生に奨学金が支給されて、2014年8月現在、奨学生の数は延べ840名以上に上る。日本政府はこの奨学金プログラムを通じて、引き続きカンボジアの学生を最大限支援し、同国の発展に貢献したいとしている。


2.カンボジアの灌漑農業

 カンボジアの基幹産業は農業であり、メコン川水系による肥沃(ひよく)な土壌と豊富な水資源に恵まれている。かつては食料自給国として、コメやゴムを輸出していた。しかし、1970年3月のロン・ノル首相のクーデターに端を発した20年にわたる内戦と政治的混乱により、国土は荒廃し、人々は心に深い傷を負った。とくに知識層に対する粛清と社会・経済インフラの破壊が、経済成長の足かせとなっている。

 人口の90%が農村地域に居住し、農業部門がGDPの42%を占めていることから、農業農村開発が、国家経済の発展にとって非常に重要である。これに関連して、農民水利組織を制度として確立して、農業生産基盤の強化および安定的なコメ生産のための融資を行い、また灌漑施設の運用・維持についても改善する必要がある。

 灌漑システムを改修・改良すれば、食料生産は安定し、ひいては平和と社会秩序がもたらされる。現在、カンボジアにおける灌漑は、国家安全保障政策の一環であり、また農村部の貧困削減にとっても重要である。


(1)農業の将来性

 コメは主たる農業生産物であり、作付面積の90%を占め、国民1人当たり年間コメ消費量(精米換算)が約150kgであり、平均的に栄養摂取量の約70%を占めている。その主要生産地は、トンレサップ湖の周辺部およびメコンデルタ上流部である。その単収は籾(もみ)ベースで、雨期作は3.0トン/haに満たず、乾期作でも約3.5トン/haと、周辺諸国をはるかに下回っている。低収量の主要因として、農業普及活動が不十分で改良農法が普及しないこと、土壌肥沃度が低いこと、非常に不規則な降水と灌漑施設機能の低下のために土壌水分の管理が困難なこと、輸送路および市場へのアクセスが未整備なこと、農業融資制度が欠如していることが挙げられる。

 そのような状況ではあるが、稲作関連の研究・普及活動に向けた、1990年代からのドナー援助によって、コメの作付面積は年々増加して自給を達成した。しかし多くの農民にあっては、干ばつや洪水の影響によって、生産は不安定である。近年、コメも若干量は輸出されるようになったが、隣国のタイやベトナムといった強力なコメ輸出国と比べるとまだ不安定で、農業生産のさらなる多様化が必要である。

 カンボジアには耕作可能な土地が約379万haあり、現在、そのうち約274万822haが耕作されている。残りの未耕作地域は、もし灌漑が伴えば比較的急速な農業開発の可能性がある。

 2014年現在、灌漑農地は約148万5670ha、そのうち105万135haが雨期稲作で、43万5535haは、乾期稲作で、両者で全耕作地の54.2%を占めている。なお、イネの全作付面積(天水低地稲作、トンレサップ湖近辺の浮稲作、北部および北東部の山地斜面の高地稲作など)の23%が灌漑されている。


(2)灌漑農業

 カンボジアは湿潤モンスーン気候で、雨期は5月から10月まで、降雨量は6月と9・10月がピークである。8月は短期間だけ雨が降らない時期があり、非灌漑の雨期稲作に悪影響を及ぼすことがある。年間降水量は1000〜3400mmで、年間平均は中部氾濫(はんらん)原では1200mm、高地では2000mm、沿岸地域では3400mmと推定される。

 灌漑稲作は主に、次の3種類である。

(1) 補給灌概を伴う雨期低地天水稲作:本来は天水栽培であるが、降雨が極端に少ない場合に水を農地へ引き込むために河川を堰き止めてある。しかし、乾期の水不足の制約は依然として大きい。単収は低く(3.0トン/ha)、天水稲作をわずかに上回るだけである。しかし、こうした灌漑が大半であり、稲作の主流となっている。

(2) 灌概を伴う乾期低地稲作:上記のような灌漑農地のうち、約13%のみ乾期に灌漑が可能である。これは、堰き止めた水量やダムの貯水量、あるいは河川の水量が限られているためである。もし水が確保できなければ、こうした地域における乾期作は不可能である。単収は、天水稲作よりも高い(3.0〜4.0トン/ha)。干ばつの影響が緩和されるため農民が安心して投資できることと、乾期には太陽エネルギーが豊富なためである。

(3) 減水稲作:トンレサップ湖・バサック川・メコン川の水系に隣接した地域で、洪水を活用して行われている。洪水が引いた後、移植するか直播し、盛土で造った小さな溜池の水や水路の水を貯え、イネの生育期に導水する。乾期稲作と同様、天水稲作より単収は高い(4.0〜5.0トン/ha)。

表1 カンボジアにおける灌漑可能面積
表1 カンボジアにおける灌漑可能面積

3.灌漑施設の運営・維持管理体制

 灌漑施設は、すべて水資源気象省が管轄し、水資源と灌漑施設の持続性のために、さまざまな法的枠組みを策定している。たとえば、国家水資源政策、水資源管理法および関連閣僚会議令、国家水セクター概略、水資源ロードマップ、法令などがある。

 カンボジアの灌漑管理・開発は、政権交代、内戦、財政不足などの多くの問題に直面してきた。灌漑施設の多くは老朽化し、もしくはクメール・ルージュ体制下で不適切な技術により建設されたために機能していない。さらに、1991年、94年、96年、2000年、02年、11〜13年には、洪水にみまわれた。また、農民自身の灌漑事業への参加が不十分であった。


 カンボジアは国内外の灌漑管理・開発の知見に基づき、国際機関やNGOの支援のもと、各州のプロジェクトで農民水利組織を立ち上げた。その過程においては、そうした組織の規則・規定の整備も行った。これに関して、中央政府機関、とくに水資源気象省および農林水産省は、アジア開発銀行、世界銀行、JICA、および国際通貨基金、フランス開発庁、オーストラリア国際開発庁などのドナー機関の資金協力により、持続性のある灌漑施設の管理・開発に関するワークショップを数回にわたり開催した。しかし、組織化はあまり進んでいない。政府は、すでに持続性のある灌漑管理・開発に関する政策を採択し、実施は水資源気象省の管轄下となっている。これまでの進捗をみると、洪水がもたらす有機質によって土壌が肥沃な地域の農民は、農民水利組織の立ち上げに協力的で、プロジェクトの運営・維持への参加意欲も高い。とくに、揚水ポンプによる灌漑事業では、こうした農民は民間ポンプや水路の比較的高額な水利費を水利組合を通じて負担する用意がある。水利費は事業ごとに異なり、揚水ポンプによる灌漑で籾250〜450kg/ha、重力灌漑では籾30〜50kg/haとなっている。しかし、土地が肥沃でない地域、あるいは経済的に貧しい農民に対しては、政府が引き続き灌漑施設の運営・維持を行い、揚水ポンプの燃料を提供し改修も行う。

 カンボジアの灌漑施設は、規模によって3種類に分類されている。

(1) 小規模灌漑:規模は200ha未満/地区灌漑事務所が管理する/地区間の灌漑施設は州水資源気象局が管理する/灌漑施設は州水資源気象局の技術監督下で、受益者が運営・維持する

(2) 中規模灌漑:規模は200〜5000ha/州水資源気象局が管理する/州間の灌漑施設は水資源気象省が管理する/受益者と灌漑農業局および技術局の協力下で、州水資源気象局が運営・維持する

(3) 大規模灌漑:規模は5000ha超/灌漑農業局が管理する/水資源気象省が関連省庁との協議下で、運営・維持する


4.カンボジアに対する日本の農業農村開発分野におけるODA

 日本の対カンボジア援助は、1968年のプレクトノット川流域開発に向けた有償資金協力という形で始まった。1970年代、80年代には一時中断したとはいえ、一貫してカンボジア国民の福祉向上を目的とした援助を行っている。とくに、92年に日本は国連平和維持活動(PKO)へ部隊を派遣し、政情安定および平和の回復に向け外交努力を行ってきただけでなく、多額のODAを供与し、内戦で荒廃したカンボジアの物理的・社会的復旧を支援してきた。日本のODAはカンボジアが受ける全ODAの20%にも上り、EUに次ぐ第2位のドナーとなっている(2014年)。

 日本はカンボジア政府との緊密な協議のもと、以下の分野を重点として、無償資金協力、技術協力、円借款を行っている。

(1) 経済および社会インフラ開発

(2) 教育・保健などの基本的社会サービスの改善

(3) 農業農村開発の振興

(4) 人材開発


 コメ生産の主な課題は、水資源管理が不十分であること、また増収が可能な技術を用いる経済的インセンティブが足りないことである。水資源が管理されていないため、雨期にはしばしば氾濫が起こり、乾期には深刻な干ばつにみまわれ、コメ生産が深刻な影響を受け、大きな被害を受けることがある。農業所得を改善するためには、天水農業から灌漑農業への移行の必要性が指摘されている。既存の灌漑施設の多くは、内戦や洪水などの大きな被害を受けている。灌漑開発と効果的な投資が必要とされ、既存の灌漑施設の改修が喫緊の課題であり、高い優先度が与えられている。

 灌漑農業の課題解決に向けて、カンボジア政府は以下の取り組みと政策を策定した。

(1) 農民に十分な水を供給する

(2) 灌漑施設を改修・建設する

(3) 水資源管理技術を開発・普及する

(4) 農民水利組織を強化・拡大する


 農村部における灌漑施設整備と農業改善の優先度は高く、政府は、日本に対し援助を求め、人材開発プロジェクト、水管理および農業農村開発基本計画調査を策定した。日本はこれに対応して、JICAを通して専門家やアドバイサーを派遣し、一般無償資金協力スキームおよび円借款スキームのもとで、これらを実施している。日本のODAで実施された、または実施中の事業は以下の通り。


(1)一般無償資金協力

(1)開発調査プロジェクト

 プノンペン周辺地域農業農村総合開発計画調査(1993-95)/メコン川カンボジア氾濫域農業開発研究計画調査(1996-98)/スラコウ川流域農業総合開発計画(2003-05)/プレクトノット川流域農業総合開発計画(2005-08)/流域灌漑・排水計画(2006-09)

(2)技術協力プロジェクト

● 灌漑技術センター・プロジェクト:2001年に開始、14年に完了。灌漑排水開発・管理における水資源気象省と州水資源気象局の技術者の能力開発、および地方自治体並びに農民の灌漑施設の運営・管理における能力開発を主たる目的とする。

● 流域水資源利用プロジェクト:2014年5月に開始、18年5月に完了予定。河川流域の水資源の管理および利用における水資源気象省の技術者の能力開発、および河川流域管理委員会の事務局としての州水資源気象局の能力・機能の強化を主たる目的とする。

(3)無償資金援助プロジェクト

 カンダルスタン灌漑施設改修プロジェクト(2008-10)/メコン川沿いのカンダル州コルマタージュ修復プロジェクト(1999-2001)/気候変動による自然災害適応能力強化プログラム(2011)

 上記の日本のODAスキームに加え、ノン・プロジェクト無償資金協力、また大使館が供与する草の根・人間の安全保障無償資金協力のもとで、いくつもの灌漑施設の改修が行われ、JICAがフォローアップを行った。


(2) 円借款プロジェクト

 トンレサップ西部灌漑排水施設改修改良プロジェクト:2011年に開始、17年に完了予定/プノンペン南西部灌漑排水施設改修改良プロジェクト:2014年に開始、22年に完了予定。


5.おわりに

 先にも述べたが、カンボジアにとって、日本はEUに次ぐ援助国であり、その援助はカンボジアの持続的な経済発展および貧困削減に向け、「四辺形戦略フェーズ III」および「国家貧困削減戦略」に則した形で行われている。日本は一貫して国際社会を先導し、カンボジアの着実な国家再建を支援してきた。その実績から、今後もカンボジアの社会経済開発において非常に重要な役割を果たし、その貢献はカンボジア一国にとどまらず、東南アジア地域にも資することになると期待される。

 カンボジアの農業農村開発に向けた日本のODAは、1992年に始まり、現在も継続している。多くのプロジェクト(人材育成、インフラ開発)が策定、計画、実施され、カンボジアの人々の生活改善、経済発展、貧困削減の一助となっている。

 2015年のASEAN(東南アジア諸国連合)の経済統合、たとえばASEAN自由貿易地域(AFTA)形成に向けた域内関税撤廃において、カンボジアが内包する大きな障害として、他のASEAN諸国との経済格差が挙げられる。カンボジアはASEANの一員ではあるが、長年の内戦で国が疲弊し、引き続き国家開発と市場経済を推進していく必要がある。カンボジアの復興・発展に向けた日本の支援は、カンボジアのみならず、メコン圏の発展にも大きく寄与することになる。これはASEANにとっても優先事項であり、長期的なASEAN全体の経済の活性化においても重要である。

 カンボジアの政府と国民は日本の支援に大きな謝意を示しており、国際社会における日本の政策を強く支持している。国家間、民間などさまざまな交流においても、日本とカンボジアの緊密な友好関係はしっかりと根付いている。


*2015年1月20日寄稿 
(訳 岸 瞳)


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