開発協力大綱における
平和構築支援および復興支援

NTCインターナショナル株式会社 代表取締役 岩本 彰

1.はじめに

 60周年を迎えたわが国の政府開発援助(以下、ODA)政策の根幹を成し、1992年に策定されたODA大綱に、2003年以来、2回目となる改定作業が実施され、本年の2月10日に「開発協力大綱」と名称を変更して閣議決定された。今回の改定のトピックは、日本と国際社会の転換に応じた対象範囲の拡大と企業や地方自治体、NGO等の多様なアクターが国際協力に携わり、多額の資金が民間セクターから開発途上国に流れ込んでいる状況を踏まえ、ODA関係機関とそれ以外の組織や団体との連携を目指していることにある1)

 さらに、重点課題として次の3政策を掲げている。

(1) 質の高い成長とそれを通じた貧困撲滅

(2) 普遍的価値の共有、平和で安全な社会の実現

(3) 地球規模課題への取り組みを通じた持続可能で強靭(きょうじん)な国際社会の構築

 とりわけ(1)質の高い成長では、貧困問題においては「民間部門の成長等を通じた経済成長の実現が不可欠」としながらも、経済成長がもたらす格差の拡大等の負の側面に対処するために、「包摂性」「持続可能性」「強靭性」等の「人間の安全保障」に配慮した成長を目指すとしている。また、(2)普遍的価値の共有のなかで、公正で包摂的な社会の実現、紛争予防や紛争下での緊急人道支援、紛争終結促進、紛争後の緊急人道支援から復旧復興・開発支援までの切れ目のない平和構築を行うことを提示している2)

 本稿では、新大綱のなかでさらに重要性を増した平和構築に焦点を当て、ODAに係るコンサルタントの視座から解説を加えるとともに、平和構築支援および復興支援においても主体的な役割を担うべく、農村地域の質の高い成長を通じた今後の開発協力の展望について述べる。


2.平和構築支援および復興支援の定義

 開発協力大綱のなかで平和構築支援および復興支援はどのように位置づけられているかを議論する前に、両支援の定義を整理しておこう。平和構築支援と一言でいっても、その定義や概念は支援機関により異なり、国際的に普遍化したものに統一されてはいない。本稿で取り扱う平和構築の定義は、わが国のODA実施機関である独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)が2003年に策定し、2009年に改定した課題別指針「平和構築」に記載されている以下の記述に準ずる。即ち、「紛争の発生と再発を予防し、紛争時とその直後に人々が直面するさまざまな困難を緩和し、そしてその後の長期にわたる安定的な発展を達成することを目的とした協力」3)である。

 同様に復興支援は「紛争後の支援において、緊急人道援助の段階を経て本格的な開発支援に至る間の、より中長期的な枠組みで行われる支援を指し、その目的は、紛争によって破壊された社会・経済基盤を再建し、紛争前の状態に戻すのではなく、その国や政府や国民自身が紛争を回避する能力を育成、強化すること」4)と定義されている。

 なお、1989年の冷戦終結後、戦争に対する脅威は著しく減少した反面、紛争が再発する確率は高まっている。また、紛争の状態を段階的に明確に区切ることができず、紛争、あるいは緊張が高まっている状態が恒常化している例も見られる。図1は、平和構築支援の全体的な枠組みとそのなかでの開発援助の位置づけと活動を時系列的に整理したものだが、冷戦終結後の平和構築支援においては、紛争への耐性強化のため、軍事的枠組みや予防外交、調停等の政治的枠組み等の伝統的な取り組みに加えて、開発援助の果たす役割が重要になっている5)

図1 平和構築支援の時間的推移6)
図1 平和構築支援の時間的推移 チャート

 前項で示した平和構築支援の概念は、すでに2003年に改定されたODA大綱で提起され、「平和の構築」が大綱の重点課題となっている。さらに、JICAの緒方貞子理事長(当時)が掲げる「人間の安全保障」の理念を受け、地域・国レベルの視点とともに、個々の人間に着目した「人間の安全保障」の視点こそ紛争や災害、感染症等に対処するために重要であると指摘している。これは冷戦後に急増した民族紛争や2001年のアメリカの同時多発テロを受けたものであり、「和平プロセス促進」「難民支援や基礎生活基盤の復旧」「元兵士の武装解除、動員解除および社会復帰」等に取り組むとしていた。
 このような背景のもと、ここで示した概念と重点課題に沿って、次項では前掲のJICA課題別指針「平和構築」で提唱されている、平和構築支援の具体的方策と支援策の例について抜粋・整理する。


3.JICAの平和構築支援の具体的方策7)

 JICAは、平和構築支援に際し、(1)紛争要因を助長しない配慮と(2)紛争要因を積極的に取り除く支援の2つの視点が重要となるとして、これまでの取り組み実績等を勘案しつつ、「紛争要因を積極的に取り除く支援」として、以下の4つを重点支援策として挙げている。

(1)社会資本の復興に対する支援策

(1)生活インフラの整備

 紛争後は、上下水道・電力の供給停止や建物の破壊、村落の井戸の損壊、アクセス道路の荒廃等、人々の生活に直結する基本的インフラが多大な被害を受けている。さらに、難民・国内避難民が帰還すると人口が急増し、水をはじめとする生活に必要な資源が圧迫されることが多い。

 支援の傾向として首都での活動が中心になることも多いが、急速な都市部への人口流入を遅らせるために、早急に地方でも展開することが望ましい。

(2)運輸交通・電力・通信網の整備

 首都と主要都市を結ぶ幹線道路および主要アクセス道路の修復・整備は、食料・生活物資の物流等、復旧・復興の前提条件であり、早期着手が不可欠である。また、その後、物流拠点ともなる空港・港湾・鉄道、市場や集荷のシステム、通勤・通学のための公共交通網、日常生活や経済活動に不可欠な電力の供給、電話をはじめとする通信網等、各種インフラを改修・整備することにより、市民の日常生活を改善し、復旧・復興を促進することも重要である。

(3)保健医療システムの機能強化

 紛争後は、栄養状態や保健状況が著しく悪化していることが多いため、保健政策の再構築を支援する必要がある。また、一般市民が直接の被害者・加害者となり、社会構成員の大多数が何らかのかたちで紛争による暴力や喪失を経験することとなる。いわば社会全体が集団的に精神的外傷(トラウマ)を負った状態に陥ると考えられるため、トラウマを癒すことも復興に必要な配慮事項である。

(4)教育システムの機能強化

 紛争の結果、教育施設の破壊や識字率、就学率および修了率の低下、復旧・復興に必要な知識・技能を有する現地人材の不足が大きな問題になる。また、正規の学校教育を経ずに成人した人々のための教育支援プログラムも必要である。さらに、障害者や除隊兵士や女性世帯主向けの職業訓練・就労支援等、きめ細かな支援が必要とされる。

(5)食料の安定供給

 農業をはじめとして食料生産システムが破壊されている紛争直後は、人道支援機関による食料援助が行われるが、その段階から将来人々が安定した食料供給を得て、住民がより早く食料援助から自立できるような計画が必要である。優良種子の生産・配布や農業機械の整備や肥料の供与、破壊された灌漑(かんがい)施設のリハビリに対する支援の他、食料自給のためにコミュニティ支援を行いながら即効性があり、住民に直接役立つような小規模農業支援を実施することも重要である。


(2)経済活動の復興に対する支援

 経済活動の復興には、紛争終結後間もない基礎的な経済ニーズを充足させ、引き続き経済環境整備や産業振興、雇用創出等を通じて経済活動を安定化させる必要がある。経済活動に対して、以下の支援を実施する。

(1)経済環境の整備

 多くの紛争経験国・地域では紛争が勃発する前から、脆弱(ぜいじゃく)な経済産業構造や金融システム、汚職の蔓延(まんえん)等が見られるが、経済制裁や紛争の長期化により、慢性的な経済停滞状況にある。このため、緊急かつ基礎的な経済ニーズを充足させつつ、経済基盤を再構築する経済環境整備、中長期的な経済開発に向けた支援を組み合わせて実施する必要がある。

(2)生計向上・雇用機会拡大

 生計向上やインフラ整備支援を通じた一時的雇用の創出や技術指導、金融サービスにアクセスできない層に対するマイクロ・ファイナンスを通じた生計向上を支援する。生計向上・雇用創出支援に際しては、より多くの市民が平和の配当を実感するために、首都や中心都市のみでなく、郊外および農村部においても実施することが望ましい。

(3)国家の統治機能の回復に対する支援

 国家の統治機能を回復することを目的に、(1)選挙支援、(2)メディア支援、(3)法制度整備支援、(4)民主的行政制度整備、(5)財政基盤整備を実施する。

(4)治安強化に資する支援

 治安強化のために、(1)治安セクター整備、(2)戦闘員の動員解除と社会復帰支援、(3)小型武器問題改善、(4)地雷・不発弾問題改善を実施する。


 上記4重点分野に加えて分野横断的な課題として、(1)和解・共存促進、(2)社会的弱者への配慮が必要とされている。


4.開発協力大綱下の平和構築支援および復興支援の展望

(1)貧困削減から「質の高い成長」へ

 ODA大綱では前項に整理したJICAによる復興支援策を駆使して、貧困削減、さらには人間の安全保障を達成するというプロセスを踏んでいた。しかし、開発協力大綱では、従来からのプロセスに国益のための政府機関と民間企業との協働で開発を促進するという戦略が推奨され、これにより質の高い成長を成し遂げることが重点政策となる。また、ダイナミックに変容する国際社会状況に鑑み、成長の達成や計画期間に対するスピード感も重要となり、今までのように計画期間が10年以上もある中長期的な計画ではなく、3年である程度の成果があがるか、計画の変更を前提とした対応が求められる。アフリカ開発会議(以下、TICAD)がアフリカ側の要請により、3年ごとにアフリカと横浜で交互に開催されることになったことも、時代の要求に合致している。

(2)社会的包摂性と強靭性を高め、人間の安全保障を確立する

 人間の安全保障が、指導理念としてODA大綱から開発協力大綱に継続して位置づけられた。この観点から、社会的弱者として位置づけられ、平和の配当から排除されてきた子供、女性、障害者、高齢者、難民・国内避難民、少数民族等に焦点を当て、その保護と能力強化を進めることが重要である。

 他方、紛争経験国の脆弱性は紛争を要因とする負のインパクトに起因するものだけでなく、その国や地域の開発が途上であることにより潜在的に存在していることが多く、それは経済危機や自然災害、エボラ出血熱等の感染症、無差別テロ等によって急速に顕在化、深刻化する。このため、これらさまざまなショックへの耐性および回復力に富んだ「強靭性」を確立することも、これからの平和構築支援および復興支援に求められている。


5.農業農村開発分野における技術協力の変容と展望

(1)農業農村開発分野のプロジェクトの変容

 ODA60年の歴史のなかで、農業農村開発分野の開発援助もまた国際社会の変容に対応し、その支援内容の転換を図ってきた。筆者らが係わってきた農業農村開発分野への技術協力も同様で、その変遷の概要を以下で整理する。

(1)1990年代初頭(ODA大綱策定時)までの協力内容

 この当時までの農業開発プロジェクトは、対象地域内の農業生産性向上を目的に、ダム等の水源施設を築造することにより新規水源を確保するとともに、水路網を整備し雨期の補給灌漑と乾期作を可能にし、作付面積を拡大することで、農業生産の増加を図るタイプが多かった。

 その結果、ダム湖水没地の住民移転等社会環境的問題や不適切な灌漑による土壌劣化等の環境問題が発生した。また、施設維持管理体制の強化や技術移転が不十分であったため、供与後数年で施設機能が失われ、放置されてしまう施設も散見された。

(2)2000年代初頭(ODA大綱改定当時)まで

 90年代までのプロジェクトの反省から施設整備に偏っていた協力内容に留まらず、受益者の積極的な参加や相手国行政官への能力強化を重点に、持続可能な開発の実現を目指す協力内容となった。

 この結果、ある程度の貧困削減は進んだが、反面で世界中の水資源が逼迫(ひっぱく)し、砂漠化等、地球規模の環境問題や自然生態系の破壊が起きてしまった。

(3)2007年から現在まで

 2008年にTICAD IVが開催され、日本は2012年までの対アフリカODA倍増と民間投資倍増支援を打ち出す等、わが国の国際協力のパラダイムは大きくアフリカにシフトした。これに先立ち2007年には、筆者らはアフリカの紛争影響国に対する農村コミュニティ開発プロジェクトを実施した。本プロジェクトは、コンゴ民主共和国(以下、コンゴ民)のバ・コンゴ州カタラクト県を対象に、平和の利益を全ての住民に公平に分配し、紛争への耐性強化を目的とするプロジェクトである。また、紛争前にコミュニティが有した機能を再生し、総合的な地域開発計画を策定するプロジェクトであり、開発計画の精度を高めるため、複数のパイロット・プロジェクトを実施することにより、得られた教訓をフィードバックし、計画の最終化を行うものであった。

 また、中南米、東アジア地域のプロジェクトは減少し、農村地域を対象とするプロジェクトにおいて、平和構築や人材育成等包括的な専門技術も要求されるようになり、インフラ整備では多様な援助効果が期待できる農村道路改修を優先的に実施する傾向が強まった。


(2)復興支援型包括コミュニティ開発の展望

 筆者らはコンゴ民のプロジェクト実施後、ウガンダ北部、シエラレオネ、ブルンジを対象とする、紛争終結後の復興支援型包括コミュニティ開発プロジェクトを継続実施していて、農村地域のコミュニティ開発を復興支援の一環として実施するプロジェクトも増加している。

 また、コンゴ民のプロジェクト完了5年後の2014年に実施したモニタリング調査の結果から、復興支援型包括コミュニティ開発プロジェクトである当該プロジェクトが、以下に示すコンフリクトへの耐性強化に資することが報告されている8)

(1) 異なる村の住民間:土地の境界や土地所有権をめぐる争い

(2) 同一村の住民間:土地所有権をめぐる争いや成功者への妬み

(3) 村人と外部者:土地の貸借や成功者への妬み

(4) 若年者と長老:長老のみによる決定への不満、村への貢献度の低い若年者への不満

(5) 地元住民と旧アンゴラ難民:人道支援への不公平感と地域資源利用負荷への不満

 プロジェクトのカウンターパートであった地方行政官によれば、プロジェクト実施から4年半が経過した調査時点で、対象地域における上記コンフリクトが総じて減少し、裁判に持ち込まれる件数も減ったとのことである。


(3)グローバル・フードバリューチェーン構想による官民連携の展開

 農林水産省が進めるグローバル・フードバリューチェーン(FVC)構想は開発協力大綱の重点政策のなかに盛り込まれており、農業分野が主体的に牽引役を務め、質の高い成長を達成することを目的とする戦略である。とくに「FVC構想4」の「アフリカ開発会議と民間投資の連携によるフードバリューチェーンの構想」は自給自足から市場志向型農業“farming as business”への転換を目指すものである9)

 わが国はTICAD Vの横浜行動計画に基づき、官民連携による貿易・投資を通じてアフリカの持続的な成長に資するため、「農業従事者を主人公に」を目標に、サブサハラ・アフリカでのコメ生産の増大(CARD)、自給自足型農業から市場志向型農業への転換(SHEPアプローチ)に向けた取り組みに対する支援をODAによりすでに開始している。さらに、食料・栄養安全保障のための取り組み支援と民間投資の連携による優良種苗や農業機械の導入、灌漑整備、肥料活用等による農業生産の増大と生産コストの低下、高付加価値農業や6次産業化の推進、産地と消費地・第三国をつなぐ流通販売網の整備等を通じ、高付加価値フードバリューチェーンの構築を進め、アフリカの持続的成長と農村の所得向上を実現することが、今後の農業農村開発分野の開発援助に求められている。


6.おわりに

 この度改定された開発協力大綱で、ODA大綱から引き続き重要課題として掲げられた平和構築支援および復興支援について、ODAに携わる実務者の視座から解説を試みた。また、農業農村開発分野の技術協力の過去30年間余りの変容を示すとともに、今後の展望として、復興支援型包括コミュニティ開発とグローバル・フードバリューチェーン構想を展開することが重要であることを提案した。

 本稿が、国際協力に携わる専門家やコンサルタントの方々に資することを切望する。

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