カンボジアの農産物貿易の現状と課題

一般財団法人 日本水土総合研究所 主任研究員  林 亨

1. はじめに

 カンボジアの主な農産物は、メコン川流域とトンレサップ湖の豊富な水、洪水時に貯めた込んだ水、あるいは洪水撤退時の水を有効活用(リセッション灌漑)して栽培するコメである。このほかに水の確保が困難な地域では、キャッサバ、サトウキビ、トウモロコシをはじめとする土地利用型畑作物やゴムをはじめとするプランテーション型商品作物などが主な産品である。

 しかし、同国の代表的な農産物が必ずしも戦略的な商品になるとは限らない。農産物の輸出は、カンボジアや近隣諸国の農業生産、関税、禁輸措置などの農業政策、輸出産品の国際市況、農家の生産能力と資金、干ばつや洪水などの自然現象、仲買人の取引および事業者の農産物の加工や販売などと大いに関連する。これらが相互かつ複雑に絡み合って、各農産物の輸出価格、輸出量は跛行(はこう)を繰り返しながら決まっていく。

 ここでは、2012年のカンボジアの貿易動向をもとに、主産物であるコメおよびキャッサバの生産状況、貿易状況、さらには精米業界の状況などから、同国の農産物貿易の現状と課題を報告する。
 なお、情報は現地英字紙『プノンペンポスト』による。


2. コメの輸出

(1)2012年第1四半期の動き

 カンボジア商業省によれば、同国の2012年第1四半期の精米の輸出量は3万8409トンになった。これは、2万5784トンにとどまった前年同期に比べれば50%増に迫る飛躍的な増加であった。
 これを精米の輸出金額ベースでみると、2012年第1四半期は2億7100万ドルになった。これは、1億4900万ドルであった前年同期比で82.4%増と輸出量ベースの増加率を上回った。

 この背景には、各分野における継続的な投資のほかに精米機が大きな鍵を握っている。マオ・トラ商業省次官は「精米機と精米能力の増加が、輸出量と輸出金額の双方の増加に貢献している。現在、精米機が徐々に増え、コメの輸出も増加基調にある」と述べている。一般的に、どこの国でも倉庫群が立ち並ぶ輸出拠点(陸路の場合は国道の近くなど、海路の場合は港湾)に籾米で集荷され、国際市況を見守りつつ、精米して輸出する。その場合、コメの取扱量は当然のこと、精米能力によってコストや輸出量が大きく左右される。

 カンボジアの精米価格は高い。同国の全国精米協会副会長で自らもコメ輸出会社を経営するセン・ブン・ソアも、「精米価格が高くて、2012年の早い時期にコメを輸出することができなかった」と述べている。実際に「規模の経済」によって生産費を低下させることができず、カンボジアの精米価格は国際市場で競争力がない。結果的には、いくつかの精米業者の輸出量は伸びていない。

 メコン・オリザ米穀輸出会社社長であるフン・ラクは、「ベトナムやインドは、カンボジアよりも競争力のある価格でコメを売っている。それが、わが国の輸出業者にとって脅威になっている」と述べている。

 さらに、「カンボジアのコメは精米時には高いが、輸出時には競争力のある価格にせざるをえず、結局、あらゆる種類のコメが安くなる」と続けている。EUのように関税をかけない市場であれば、カンボジアは競争力を確保できる。いずれにせよ、先にも述べたように数百万トンのオーダーで世界に輸出するタイ、ベトナム、インドなどに比べて、輸出量が数十万トンと絶対的に少ないうえ、精米機の台数および能力とも劣っていて、国際市場は無論、アジア市場でも価格形成を行うことができない。


(2)輸出量と輸出先

 フン・セン政権は「精米輸出量年間100万トン」を目標として掲げているが、達成は難しそうである。2012年の国際市場への輸出はわずか20万5717トンで、2011年の20万1899トンと比較して、わずか1.9%の伸びにとどまった。

 輸出先は58か国で主にヨーロッパに輸出され、フランスが1位で4万7217トン、2位はポーランドで3万4967トン、3位はマレーシアで2万5553トンである。アフリカには試行的に輸出しているが、それら数か国への輸出量は23トンとわずかである。

 しかし、一点の光明は、中国がカンボジアの「香り米」の市場を開放したことによって、同米の輸出量が大きく伸びたことである。
 「精米輸出量年間100万トン」が難しい状況にある理由を、先のフン・ラクは次のように指摘している。

(1) 2011年、EU市場においてカンボジアは白米輸出に傾注した。これが隣国ベトナムの輸出攻勢をまねくことになり、同国の長粒種の輸出価格はわが国の白米価格を1トン当たりで少なくとも100ドル以上も下回るという安売り攻勢をかけた。両国ともEUを睨(にら)んだ激しい競争を展開しているが、結局、12年のEU市場への輸出量はカンボジアの減少、ベトナムの増加に終わった。

(2) カンボジアのコメの供給能力がまだ弱くて、輸出先の需要に適切に対応できないため、これもベトナムからの輸出を促進する要因となった。つまり安定的にコメを生産、精米して、需要をみながら輸出価格を調整することができない。


 また、スバイ・リエン州の精米協会の会長は次のような指摘もしている。

(3) ローンの貸付けなど政府が銀行を指導するにしても、民間部門がコメの輸出に直接関わることになる。その民間部門の資金力が弱くて、コメの売買、精米、輸出のいずれの局面をみても機動力がない。とくに、収穫期の買付資金力の不足が深刻である。たとえばコメ1トンの価格は約400ドルであり、数十万トン輸出しようとすれば膨大な資金が必要となる。


(3)ベトナムとの貿易

 農家は、2011年にはタイに多くの農産物を輸出していたが、12年になるとタイから引き合いが減少したので、新たな市場をベトナムに見出した。彼らは農産物を長期間保存して劣化することを望まないことから、多少安くても、先方の要請を受け入れて輸出した。

 ベトナム貿易事務所によれば、カンボジアから同国への主要な農産物の輸出金額は、2012年第1四半期には2億150万ドルで、前年同期の1億2770万ドルから58%も増加した。これは、タイからの注文が遅く少なかったことに対し、農家は農産物を長期間保存して劣化することを望まないことから、多少安くても、先方の要請を受け入れて輸出したことによる。

 カンボジアのキャッサバに対するタイの規制が、2012年に報告されている。タイ当局が作物の輸入禁止措置を講ずると、バンティアイ・ミーンチェイ州では同年の早い時期、州の半分のキャッサバは収穫されなかった。

 このように、タイとベトナムに挟まれたカンボジアは、干ばつや洪水などの自然条件は当然のこと、隣国の経済および農業政策に大きく左右され、両国の出方を見守りつつ、農産物を作付け、低価格による販売を行っている。

 カンボジアのベトナムへの主な輸出品は、魚介類、トウモロコシ、タバコとゴムであり、農水産物が主流である。カンボジアの今後の輸出先については、不安定なタイとの貿易、およびベトナムをその代替市場とせざるを得なかった状況から、仕向先として中国が見直されている。カンボジアは中国との結びつきが強く、明らかに中国を意識して、別の国を経由することなく同国へ直接輸出できるよう、先方の条件を満たす努力をしている。

 カンボジアとベトナム両国は2012年の二国間の貿易目標額を20億ドルとすることで合意していた。ベトナム貿易事務所の資料によれば、その12年第1四半期の貿易額は11年同期の6億4460万ドルに比して、42.58%増の9億1910万ドルと順調な伸びであった。しかし、その内訳をみればカンボジアのベトナムからの輸入額は7億1760万ドルに及び、二国間貿易額の約78%を占めたことになり、実質的には片務的な合意の様相を呈している。
 なお、カンボジアのベトナムからの主な輸入品は、鉄、鋼、プラスチック製品と衣料である。


(4)資金の貸出

 精米業者の経済活動は、運用できる資金量に制約される。2011年、銀行がさらなるローンの貸出に同意したので、12年の籾米を購入する資金を増やしたようである。なかでも、順調なのは「香り米」である。これは、中国の輸入が大きく関係する。米穀輸出で同国の中堅にあるバトン米穀輸出会社は香り米の籾米買付量を11年の7万トンから、12年は14万トンへ増やした。籾米価格は1トン当たり11年の400ドルから、12年は450ドルへと上昇したので、同社は運転資金を同時期に2800万ドルから5000万ドルに増やした。

 同国最大手の商業銀行であるアクレダ銀行は2012年から13年にかけての貸付総額を13億5000万ドルと見込み、そのうち農業分野の枠を11年の5000万ドルから2億ドルへと増やした。同行の最高経営者は、「この背景には政府の強い意向があります。近隣諸国を含め、輸出市場はますます大きくなり、より多くの取引先や注文を得るため、資金面で事前の準備をするということです。資金は確保してあります。輸出の好機を逃さぬよう、精米業者が積極的に融資を要請すればいいのです」という旨の説明をしている。

 バトン米穀輸出会社と肩を並べるローラン米穀貿易会社も、香り米の籾米買付量を増やしている。2011年は資金の制約もあって2万トンにとどまっていたが、12年は最低でも12万トンを調達する予定である。

 このように、政府の強い方針のもと、資金量増加がコメ増産、ひいてはコメの輸出増につながっている。


3. キャッサバ

 カンボジア農林水産省計画・統計課によれば、キャッサバの作付面積は2011/12年度の39万1714haに対して、12/13年度は34万6594haと11.5%に相当する4万5120ha減となった。

 カンボジアでは、全州でキャッサバが作付けされている。全国の作付面積が減少するなか、いくつかの州では増加している。たとえば、カンポン・チャムで6万7427ha、バッタンバンで5万7020ha、バンティアイ・ミーンチェイで4万4473ha,クラティエで3万3180ha、スバイ・リエンで2万3792ha、そしてパイリンで2万2320haの作付け増となっている。

 同農林水産省の高官によれば、キャッサバの生産量が減少した理由は、2011/12年度の価格の不安定さを嫌った農家が、ほかの作目、たとえばマメに転作したことによる。キャッサバの価格は相変わらず不安定さを残しているが、一般的に12/13年度の価格は2011/12年度よりも高く、生産量の低下は国全体でみるとそれほど大きいものではない。

 この時期、乾燥したキャッサバのチップの平均的な国内価格は1キロ当たり625〜650リエル(約40リエル=約1円)である。しかし、国境のタイ貿易業者への売渡価格は706〜722リエルである。生で収穫したばかりの湿ったキャッサバは、1キロ当たり約230リエルである。


4. おわりに

 これまでみてきたように、農林水産業が主な産業であるカンボジアは生産、加工および流通に至る基盤が脆弱であるといえよう。
 カンボジアでは地形的および財政的に、洪水灌漑に頼らざるを得ないところがあり、コメの作付面積、収量は干ばつや洪水などの自然現象に大きく左右される。
 また、作付面積が少ないことから、輸出に回すロットも小さくて「規模の経済」が働かないばかりでなく、価格交渉の際に、足下をみられたり相手国の需要に対応できなかったりする。さらに、競争相手でもある隣国ベトナムやタイの余波を大きく受ける。

 こうしたなかにあっても、EUやアフリカ諸国にコメを輸出するためには、まだ十分に改善の余地がある。

 まず水稲作付面積拡大のためには、降雨や洪水の人工的な貯水により、灌漑面積を徐々に増やしていくことである。水源に近いところは3期作が可能であり、水源からの距離に比例して2期作、1期作(灌漑)、1期作(天水)の順となる。

 コメの加工と流通は、精米機の普及と処理能力、仲買人の資金力が鍵を握る。仲買人は農家から籾米を買付け、港もしくは幹線道路の近くに籾貯蔵庫を設ける必要がある。そこで取引量、価格を見守りつつ、籾米の状態で保存し、取引が成立すれば迅速に精米して輸出する。その際、コメの買付け、さらにはサイロの建設や精米機の設置に多大な資金を必要とする。政府のリーダーシップの発揮もさることながら、主導権は民間にあって、その分野の資金調達が期待される。

 キャッサバは比較的容易に各地で栽培される。農家は生で、もしくは乾燥させて仲買人に売るが、生の状態ではかなり安く、チップに加工すると約3〜4倍の価格になる。また、コメと同様にタイなどの政策的および自然的要因によって大きく価格が変動し、将来の農家経営を見通して作付けするのが難しい。加工と貯蔵が可能であれば、付加価値が生まれ、供給側としての需給調整によって有利な販売もできるが、コメと同様にかなりの資本が必要となる。

 『プノンペンポスト」による情報をこのようにみてくると、カンボジアはタイ、ベトナムなどの大国に挟まれて農産物の輸出はままならないが、農産物の加工・流通、資金の調達などの面で改善が図られれば、大きく飛躍する可能性を秘めている。


<参考文献>
“Milled-rice exports gaining traction,” Apr 24,2012 The Phnom Penh Post
“Trade with Vietnam climb,” May 03,2012 The Phnom Penh Post
“Rice Millers to increase capital,” Jun 28,2012 The Phnom Penh Post
“Milled rice exports rise slightly,” Jan 03,2013 The Phnom Penh Post
“Cassava production dropped last year,” Feb 05,2013 The Phnom Penh Post

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