食料と農業の未来
Alexandratos & Bruinsma(2012)
World agriculture towards 2030/2050をめぐって

東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授 小林和彦

1. 世界は食料が足りているか:2005年と2050年

 2005〜2007年(以下2005年と略記)の世界平均1人当たり食料消費量は2772kcal/日であった(Alexandratos & Bruinsma, 2012:以下A&Bと略記)。日本人の1人当たり食料消費量2631kcal/日(2000年)よりも多く、食料不足の人が発展途上国に8億人もいるとは信じられないほどである。これを「分配の問題」と呼ぶことがあるが、それは違う。世界は一つでなく、世界全体で食料を「分配」してなどいない。いうまでもなく世界は多くの国でできていて、各国がそれぞれの国民の食料安全保障に責任を負う。

 問題は、各国に食物の足りない人がどのくらいいるかだ。そうした食料不足の人たち、とくに発展途上国の農村や都市の貧しい人たちにとって、2772kcal/日は無意味な数字だろう。むしろ、意味のない平均化が問題の重要性を薄めているとさえいえる。しかも、この計算にはアメリカやヨーロッパの1人当たり3500〜3800kcal/日も含まれる。いくら肥満率が高くても、欧米の国民が1人平均3500〜3800kcalも毎日食べられるはずがない。実際には、食料消費量の40〜45%が廃棄されているとみられる。他方、途上国では8億人以上(途上国人口の16%)が食料不足に悩んでいて、その人数は過去15年間ほとんど減っていない(A&B)。

 さて、2050年の世界では、食料が足りているだろうか? A&Bの推定によれば、発展途上国の食料不足人口は今後、減り始め、2030年に5億人強、そして2050年には3億人強となる。そして、その3億人強の約4割がサハラ砂漠以南のアフリカ(サブサハラ・アフリカ:以下、SSAとする)に、約3割が南アジア(主にインド)にいるはずだ。2050年の食料不足人口比率は、SSAが7%と断トツに高く、2位の南アジアは4%である。つまり、2050年の世界の食料不足は、もっとも端的にいってしまえばSSAの食料不足なのだ。しかも、SSAは今後、世界最大の人口増加を迎えようとしている。そんなところで、2005年の食料不足人口比率28%が2050年に7%に減るとは、楽観的にすぎないか?

 A&Bは、国連食糧農業機関(FAO)の元チーフエコノミストである著者らが、FAOのリソースをフルに使って得た近未来の食料と農業の見通しであり、この問題について、もっともよく参照されるものであろう。そこで、まず上記の見通しが得られたロジックをたどり、次いでそこに潜む不確かさや課題を明らかにしたい。


2. 2050年の食料をどう見通すか

 A&Bは、何らかの目標を達成するために必要な食料生産量を求めたのではなく、経済と人口の将来見通しを外生的に与えたうえで、将来、もっともありそうな食料需要と食料供給の状態を推定したものである。経済成長には、世界銀行の将来シナリオのうち、もっとも控えめなものを採用したという。

 それによると、2050年までの平均経済成長率は世界全体で年率1.36%、SSAは同じく2.20%である。人口は、国連の2008年中位推計を用いて、2050年に世界人口は91億人(2005年の1.4倍)、SSAの人口は17億人(2005年の2.2倍)に達するとの想定である。人口増加は、人数の増大を通して食料需要を増やすが、それだけではない。医療や衛生・栄養状態の改善に伴って、多産多死から多産少死、さらに少産少死へ移行する際に、年齢構成がピラミッド形から釣鐘形へと変化する。そうすると、総人口中の大人の割合が高まるので、1人当たりの食料摂取量が増える。

 一方、経済成長は、1人当たりGDPなどをパラメータとして、食事の量と内容を変化させる。経済発展などの社会変化とともに、国や地域全体の食事内容が変化する現象を食遷移(Dietary transition)と呼ぶ。食遷移には世界共通のパターンがみられ、経済成長とともに、デンプン質主体の食事から、肉・魚・乳製品・油脂・砂糖などのエネルギー摂取比率の高い食事へと変化する。穀物を飼料とする畜産は、人が穀物を直接食べるよりもはるかに多くの穀物を必要とするために、経済成長で畜産物の多い食事へ移行すると、人口増加以上に穀物需要が増加する。A&Bでも、1人当たり所得の増加による畜産物などの摂取量増加が考慮されている。

 計算の結果、SSAの食料消費エネルギーの経過と今後の見通しは、図1の通りとなった。2050年に向けて、1人当たり食料消費量が増え、植物油や砂糖、それにわずかだが肉類の消費が増える。食料消費エネルギーの平均値と変動係数(20〜30%)から、食料不足の人口割合を推定するので、平均値が増えれば、食料不足の人が減り、2050年には食料不足人口の比率が低下することになる。この間、人口が2005年から2050年にかけて2.2倍になるので、SSAのエネルギーベース食料需要は2.7倍に増える計算である。

図1 サブサハラ・アフリカにおける、1人当たり食料消費量の推移(1970─2050)
図1 サブサハラ・アフリカにおける、1人当たり食料消費量の推移(1970─2050)グラフ

 こうした食料需要の伸びは、本当に満たされるのだろうか? A&Bは、2005年から2050年にかけて、SSAの農作物生産量が2.6倍になると予想している。ちょうど上記の食料エネルギー需要の伸びとほぼ同じである。この農作物生産の伸びのうち、75%が単位面積当たり収量(以下、収量とする)の増加により、同じく20%が耕地面積の拡大によると想定している。

 SSAは、世界のなかでもラテン・アメリカに次いで未利用の農耕適地が多いとされ、2050年に向けてナイジェリアやコンゴ民主共和国、エチオピアで大きな耕地面積拡大を予想している。一方、SSAにおける農作物収量は、2050年までに約2倍になる計算だが、SSAでは天水依存農業が支配的であり、それは2050年も変わらないとしている。収量増加には、窒素をはじめとする養分吸収量の増加が必要だが、土壌水分制約の強い天水依存の農業では、化学肥料投入量の増収効果は不確かであり、A&Bも施肥量の大きな増加は見込んでいない。しかし、SSAでは現在の収量が低いために、新品種の導入や技術改良、政策支援により増収可能と見込んでいる。


3. 不確かさ、想定外の効果

 A&Bは、以上のように食料について比較的楽観的な将来像を描いているが、著者らは次のようにも記している。「我々の見通しは次のことを想定して行った。すなわち、必要な投資がなされること、農家のインセンティブを高める正しい政策が遂行されること、とくに国内の食料生産で国民の食料需要を賄わなくてはならない国では、それが重要である。(中略)世界全体では、将来の食料供給は楽観的にみえるが、悪魔は細部に宿る。個々の国をみれば、手つかずの農耕地が多く残っているのは世界全体で13か国しかなく、それ以外の国は耕地を拡大する余地がなく、しかもその耕地は劣化したものである。」

 著者らはまた、この将来見通しが多くの不確実性を含むことも認めている。とくに人口、気候変化、そしてバイオマス燃料について言及しているので、まずそれらについて考えてみる。


(1)人口

 SSAでは、今後、世界最大の人口増加が予想されるが、将来どころか現在の人口推定でさえ不確かなのが現実である。たとえばナイジェリアでは、1991年の人口センサスによる推定人口は、それまで信じられていた人口の約3/4にすぎなかったという(島田, 1996)。現状把握が不確かであれば、国連の人口推計値がしばしば変更されるのも不思議ではない。図2に示すとおり、SSAの2050年の人口について、A&B が用いた2008年の中位推計値と比べて、わずか4年後に公表された2012年の推計値は2割近くも多い。その分、A&Bの食料予測は下方修正しなくてはならない。


図2 サブサハラ・アフリカの人口に関する国連中位推計の変遷
図2 サブサハラ・アフリカの人口に関する国連中位推計の変遷グラフ

(2)気候変化

 A&Bでは、気候変化が食料生産に及ぼす影響は認識されているものの、将来見通しに考慮されてはいない。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次報告書が間もなく発表されるが、2007年に発表された第4次報告書(Rosenzweig et al., 2007)は、アフリカの天水農業が気候変化で大きな負の影響を受けると予測している。天水農業では、現在の天候でも年々の気象変動に農家は対応しなければならないが、全球環境変化の一環としてSSAに生じる気候変化は、農家の対応をいっそう困難にするであろう。なお、ザンビア南部では干ばつだけでなく多雨も大きな影響があり、SSA各地の気候が今後多雨・寡雨どちらに向かうにせよ、農業を含む地域社会全体のレジリエンスが課題となる(梅津, 2013)。

 灌漑農業は天水農業よりも気候変化に対して頑健であると考えられるが、広域的な気候変化が灌漑農業に壊滅的な打撃を与えうることは、2002年以降のオーストラリアの稲作が示している。オーストラリア南東部の稲作地帯では、灌漑システム全体に及ぶ降雨量減少により、コメ生産がピーク時の1%強にまで縮小したという(平澤, 2010)。

 いずれにせよ、気候変化はSSAの農業に大きな負の影響を及ぼすと予想され、A&Bの見通しは下方修正しなくてはならない。


(3)バイオマス燃料

 気候変化と関係するが、バイオマス燃料へのトウモロコシやサトウキビ、ナタネなどの利用は、世界的な農作物需給への影響を通して、食料供給に大きな不確定要因となっている*。たとえばアメリカでは、トウモロコシ生産量の40%=1.25億トンがエタノール製造に回っているとみられるが、この量は日本のトウモロコシ輸入量1500万トンの約8倍である。世界全体の一次エネルギー消費量約400EJは、世界の食料エネルギー消費量のおよそ15倍にあたる。日本ではこの比率は約30倍、アメリカでは50倍程度と見積もられる。つまり、供給エネルギー量で比べると、エネルギー産業は農業の10〜50倍の規模があるので、バイオマス燃料で両者をつなげば、農業のほうが大きなあおりを受けることになる。

 A&Bは、2050年の食料見通しに際して、バイオマス燃料用の農産物利用が2019年の1.82億トンまで増加するが、その後は2050年まで一定と想定している。エネルギー供給全体のなかでバイオマス燃料が主役になる可能性はないが、その時々の事情で生じるバイオマス燃料用需要の変動は、エネルギー生産と食料生産の規模の違いを通して、大きな影響を食料生産に及ぼし続けるだろう。バイオマス燃料の将来について、A&Bの想定が楽観的か否かは、今後のエネルギー政策次第ということになる。


(4)社会の安定と農業振興

 SSAで農作物収量が2050年にかけて約2倍になるはずというA&Bの予想は、新品種の導入や栽培技術の改良、政策的支援を前提とするが、それらは社会の安定があって初めて可能となる。原油や鉱物資源の輸出に基づく「開発なき成長」の下、経済成長と貧困や所得格差が併存するなかで(平野, 2013)、社会の安定が達成できるとは考えられない。

 一方、A&Bは、今後の農作物生産増加の2割が農耕地の拡大によって可能としている。SSAには、未利用の農耕適地がラテン・アメリカに次いで多いとされているが、そこは本当に「未利用地」なのか。A&Bは、世界農業生態ゾーニング(GAEZ)によって、気候・土壌などのデータから農耕適地を推定しているが、そうした「人工衛星の眼」に、数km四方の領域で生じるポリティカル・エコロジー(島田, 2007)は映っているだろうか。A&Bと同じような視点から、国の食料安全保障を目的とした農業開発が計画され、そこに住む人々の現実と無関係に開発が進められれば、地域社会がさらに不安定化するものと懸念される。

 また、経済成長に伴う都市化の進展が、自国の農業と結び付かない食遷移を促す恐れもある。食遷移では、畜産物の消費拡大に先立って、トウモロコシなどの粗粒穀物からコムギとコメへの主食の移行が生じることがある。2005年時点で、SSAの穀物輸入量(2300万トン、うち9割弱がコムギとコメ)は、世界最大の穀物輸入国である日本のそれ(2800万トン、うち5割以上が飼料用トウモロコシ)に近づき、なお増加中である。今後2050年にかけて、SSAのコムギとコメの輸入が、それぞれ2.5倍と2.1倍になるとA&Bは想定している。

 日本の穀物輸入は、飼料原料の輸入を通して日本の畜産業を支えているが、コムギとコメの輸入がSSAの農業をバイパスしてしまえば、資源輸出に基づくSSAの経済成長の果実は、東南アジアや欧米の農家が手にすることになる。そうでなく、食遷移などで生じる食料需要の変化に、自国や近隣諸国の農家が対応して生産を増やして、輸入を代替することが必要である。なお、タンザニアでは生産でなく流通が都市への食料供給を制約していて(池野, 1996)、流通機構の整備が必要となる。そうした社会システムの整備は、新品種の導入や栽培法の改善よりも、いっそうコストのかかる課題と思われる。



(5)農業技術の役割

 上記のようなマクロ・スケールの課題を別にしても、天水農業への新品種の導入や技術改良には課題が多い(Smale et al., 2011)。「アジアで成功した緑の革命をアフリカへ」というが、小農による天水農業の振興は、アジアでも困難な課題として残る。水が制御できる灌漑農業と異なり、天水農業が行われる環境は空間的にも時間的にも変異が大きく、局所管理が不可欠である。新しい技術の効果も安定して発揮されにくく、常に変動する水環境では化学肥料でなく有機物を中心とする土壌管理が必要となる。利用可能な資源も、天水農家は一般に灌漑農家よりも限られる。

 以下、全くの私見だが、小規模農家による天水農業の振興は、灌漑農業とは異なる視点を必要とする。日本でも、平準化の進んだ水稲作よりは、果樹作や野菜作に優れた農家の技術が生きていて、独自のイノベーションが期待できる。天水農家が外来の技術をどう取り入れるのか、あるいは在来の材料をどう使っているのか、その論理を理解することで、小農による天水農業振興の糸口が見出せるのではないか。A&Bが「悪魔は細部に宿る」と記した際、世界全体でみれば楽観的な見通しが可能なのに、国ごとに見るとさまざまな課題が浮かび上がることを指摘した。さらに、ずっと小さな空間スケールではあるが、私は「細部には神も宿る」と考える。

4. 「食料不足」を超えて

 A&Bではほとんど考慮されていないが、食料生産から生じる環境負荷が現在重要な課題となっている。たとえば、日本の現在の食は戦後50年間の食遷移の結果であるが (Smil & Kobayashi, 2012)、日本人が食べる豚肉と鶏肉の供給では、日本国内の畜産廃棄物から年間6万5000トンの窒素負荷が生じる他、飼料作物(主にトウモロコシ)生産のためにアメリカ内で9万9000トンの窒素負荷が生じている (Galloway et al., 2007)。食料生産に伴う窒素負荷は、国内外の沿岸域で富栄養化を生じ、海の生態系に大きな損害を与えている。同様に、アフリカをはじめとする世界の発展途上国の需要増加に対応して食料生産を増やしていけば、今よりもはるかに大きな環境負荷が生じるであろう。

 その意味で、食料不足の裏側で生じている、平均食料消費量3500kcal/日といった食料過剰にも着目したい。A&Bも指摘しているが、発展途上国内でも、食料の不足と過剰が共存し、両様の不健康が蔓延しつつある。食料不足解消のために、より多くの資源を使って食料生産量を増やせば、食料過剰はより深刻になり、環境負荷もさらに増大する。少ない資源を効率的に使って、より小さな環境負荷で健康的な食を提供することを目指すべきではないか。

<引用文献>


翻訳:農業・環境海外情報コーディネーター 富田輝美

<引用文献>
Alexandratos N., Bruinsma N. (2012). World agriculture towards 2030/2050: the 2012 revision. ESA Working paper No. 12-03. Rome, FAO. (http://www.fao.org/fileadmin/templates/esa/Global_persepctives/world_ag_2030_50_2012_rev.pdf)
Galloway J.N. et al., (2007). International trade in meat: The tip of the pork chop. Ambio 36, 622-629.
平野克己 (2013). 経済大陸アフリカ. 中公新書, 東京.
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池野旬(1996). タンザニアにおける食糧問題. 細見・島田・池野 アフリカの食糧問題‐ガーナ・ナイジェリア・タンザニアの事例, 63-149. アジア経済研究所, 東京.
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Smale M. et al. (2011). Maize revolution in Sub-Saharan Africa. The World Bank Policy Research Working Paper. (http://elibrary.worldbank.org/doi/pdf/10.1596/1813-9450-5659.)
Smil V., Kobayashi K. (2012). Japan’s Dietary Transition and Its Impacts. The MIT Press, Cambridge.
梅津千恵子(2013). 社会・生態システムのレジリアンスと食料安全保障. ARDEC 48 (http://www.jiid.or.jp/ardec/ardec48/ard48_key_note1.html.)

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