特集解題

ARDEC 企画委員長 上田一美

 改めて言及するまでもないが、本誌ARDECは1994年の創刊以来、農業農村工学を基盤としながら、地球規模的な、また全人類に関する問題点を概観してきた。それなりの評価を頂いてきたのは紛れもない事だが、一方「難しすぎる」「もっと詳細な説明が欲しい」「農業農村工学とは関連性が薄い」などの意見も頂いてきた。しかし、もとより大部の冊子ではないし、また多くの人は1編が5ページを超えるようなものはあまり読まない。読者が「おやっ」と思うような発信をするところにも、このARDECの意義の一つがあるといえよう。

 さて、この第50号では従来のようなテーマを決めずに、「時、既に遅し」と懸念される、地球の閾値(threshold value、いわば限界値)を超えようとしている、あるいは超えたであろう問題をランダムに拾うこととした。寄せられた原稿を読み、特集テーマは「地球の閾値(いきち)を超えつつある人類」とした。以下に、OPINION(巻頭言)も含め、所載順に各執筆者の視点を、私見を含めタイトルごとに要約してみる。


「限界」を超えて
─産業と地域、経済と文化。見きわめて次へ

 広い視野からの研究成果を背景に、今後の農業農村のあり方を問題提起されている。とくに「文化の転換」の時と捉えられているのが注目される。もっと拡大すれば、日本の国土の将来像を国民が決める時期に来ていて、そのための施策が求められているように受け止められた。

FULL PLANET
─食料という人類文明の弱点

 執筆者は1970年頃から、警告の主旨を変えない、いわば頑固な偉人である。多くの政策実施者が、彼の指摘する問題点に全力を挙げて取り組んできたが、事態は少しも解決に向かっていないと感じるのは私だけであろうか? ここにも、発想の転換が必要なのではないだろうか? それとも、シュメール人の時代から繰り返されてきたよう、行きつくところまで行かないと無理なのだろうか?ランド・ラッシュも注目点である。

食料と農業の未来

 世界の食料問題が明快に解説されている重要なレポートである。将来の問題として、サブサハラ・アフリカの人口を取り上げているのは興味深い。私は15年ほど前、この問題に少し関与したが、当時は「2015年、サブサハラを含めアフリカでは人口爆発」が予測されていて、食料問題もさることながら、欧州諸国は難民流入問題への対処に頭を抱えていた。しかし、結果として人口爆発は起きなかった。あまり報道されてなく、このレポートでも遠慮されているが、皮肉にもエイズが人口増加を抑制することとなった。多分、相当に深刻な事態であろうと私は認識している。

中国の食料安全保障戦略の転換

 中国に市場主義が浸透し、直接払い制度がある事も私の不明であった。また、世界の市場を脅かすほどの食料輸入があること、アフリカでのランド・ラッシュが国策でない事など興味深い。食料安全保障戦略と近年の近隣諸国との張り詰めた外交関係との読み解きを、次回には期待したい。

アフリカ開発への危惧

 理論的なレポートで必読に値する。人口安定化に人口転換を説かれているのは注目に値する。サブサハラ・アフリカの農業生産性の点検もされている。私の経験では、略奪農業の結果、土壌は骸骨土と化して、有機物つまりバイオマス生産能力はここで説明されている以上に深刻で、ヤギが十数頭、木に登り、枝の先の新芽を食べているのを実際に目撃もした。

災害時、誰が、あなたに食料を届けてくれるのか

 危機管理に関する重要なレポートである。多くの人が読みたいと願っているのではないか? 執筆者はデータの根拠のない話題には触れていないが、多分、きれいごとでは済まない世界があったと連想される。私が、最近の避難訓練などの報道で感ずるのは、あまりにもきれいごとで、まとめられている事である。実際の想定外の事態では、次世代の担い手が最優先である事を強調しておくべきであろう。

T型集落点検から見えてくる家族と集落のカタチ

 これからの日本が抱える最大の問題点に、痛烈な分析を提唱されている。筆者は、自分自身の問題として高齢化問題を意識し、多くの本を読んできたが大部分がハウツーもので、真剣に取り組んでいるものはごく限られ、このような発想の転換を提唱したものはない。



 各タイトルだけをみれば、特集テーマ「地球の閾値を超えつつある人類」に異論もあろうが、以上のようにみてくると、オムニバスながらも「生命の根幹にかかわる事柄」が広く拾われているのが理解頂けよう。

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