コナー・ウッドマン 著  松本 裕訳

『フェアトレードのおかしな真実』
  ─ 僕は本当に良いビジネスを探す旅に出た ─

『フェアトレードのおかしな真実』表紙

 「消費者は、自分が買うものと自分が共感できるものとの間に、何かつながりがほしいと思うようになってきた」。イギリスで初めてフェアトレード・ラベルを冠したチョコレート会社の共同創立者であるクレイグ・サムズの言葉は、その後のフェアトレードが歩んだ道を示しているといえるだろう。世界貿易が抱える問題点に対する消費者の意識の高まりとともに、認知度を高めてきたフェアトレードが、発展途上国の貧しい労働者と、私たち消費者との間に新しい関係を作ってきたことは、大きな成果といえる。


 しかし、取り残された生産者を支援するために作られたフェアトレードは、それが一つのブランドとして確立されるにしたがって、生産者の暮らしを改善することより、「何か、いいことをした」という満足を、消費者へ提供することに代わってしまったのではないか、今ではマーケティングにおける単なるツールなのではないか、と著者は疑問を呈している。私たちが特定の商品を買うという行動は、本当に農家の暮らしを改善しているのだろうか、特定の商品を買うことで誰かの暮らしを改善することなど、そもそもできるのか、と。

 グローバル化が進む世界経済では、消費者がサプライチェーン全体を目にすることは非常に難しい。近代化された製造業は、私たちの住む世界から遠く離れた第三世界をも巻き込んだ複雑な関係で成り立っている。そのような複雑な関係のなかで、消費者と生産者は、どのようにつながることができるのだろうか。


 そこで著者は、本当に良いビジネスとは何かを探すために、生産者の視点に立って、商品がどこから来て、どうやって作られたかを知ろうと旅に出た。本書は、その旅の記録である。著者はイギリスのテレビ・キャスターを務めるジャーナリストで、本書によって、同国では優れた政治関連書に与えられるオーウェル賞を受賞した。


 著者の旅は、現場で肌が感じた感覚に満ち溢(あふ)れている。コンゴでは、スズ鉱山の坑道で落盤の恐怖と戦い、アフガニスタンでは、武装した警官とともにケシ撲滅(ぼくめつ)作戦に同行し、ニカラグアでは、ロブスター漁の最中、水深6mで酸素ボンベが外れ緊急浮上することになった。これらはいずれも、旅行者に起こった特別な出来事ではなく、現地の生産者の日常そのものである。著者が、これらの旅を通して見てきたものは、先進国の豊かな生活を支えるための、世界のさまざまな「アン・フェア」なトレードの姿を映し出している。公正さとは、交換における相互関係であるべきだ、というけれど、生産現場の生の声は、私たちがフェアトレードの商品を買うことで得られる「いいことをした気分」が、生産者にとってフェアな相互関係になりうるのかを考えさせられる。

 本書には、「倫理的(ethical)」という単語が繰り返し登場する。倫理的とは、環境保全や社会貢献という意味で用いられていて、とくに近年では、倫理的消費(エシカル消費)という言葉で広く知られるようになっている。倫理的消費とは、社会や他者に配慮した消費行動、ということであり、その商品の関係性を十分に知るということである。かつて私たちの消費活動は、地域で生産されたものを地域で消費するということで成り立っていた。そこにおいて重要なのは、地域の人間関係と顧客との信頼関係であった。しかし今日では、生産者を知ることは難しく、だからこそ、生産者を知ることがビジネスにおいて高い優位性をもつようになっている。

 本書が紹介する「フェア」なトレードは、いずれも、地域とどのようにつながっていくのかを、考えさせられるビジネスモデルを示している。それは、「マーケティングにおける消費者の満足度を高めるだけでなく、サプライチェーンにおけるすべての人が、受け取るべきものを受け取れるようにする」ことになる。倫理的消費は、世界のサプライチェーンを変える力を持っている。

 倫理的な消費者であろうとするには、何が必要なのであろうか。著者は、「責任を持つという前に、無責任でいることをやめよう」、と説いている。社会的責任への貢献ぶりを示すために社会的プロジェクトにかかわることは、多くの場合、本当に大切な大事な問題から目をそらせる結果になるという。なぜなら、ニカラグアの手足が不自由なダイバーにとって大切なことは、サンゴ礁の保全ではなく、非人道的な「仕事のやり方」に終止符を打つことであるからだ。私たちがフェアトレードの活動に賛同しても、生産者一人ひとりの暮らしに責任を持つことはできないかもしれない。だからといって、無責任であっていいわけはない。倫理的消費者であるためには、「何か、いいことをした」という満足だけを買うのではなく、その商品が歩んできた物語を読むことが大切である。

 本書で示されているビジネスモデルの成功例は、問題を地域密着型で解決していることが特徴である。その方向は、農家の自立をどのように促すかに向かっている。そのためには、生産者が作業工程に価値を付加し、それをどのように売りこむかが重要である。フェアトレードは、いまだに隙間(すきま)産業であることが多く、大きな問題を解決することは難しい。生産者にとって大切なことは、フェアトレードというブランドのラベルに認証料という対価を払うことではなく、その事業自体がブランドとして発展することであり、そのための道を作ることであると締めくくられている。

 本書を読んでもっとも感じたことは、生産者とは人であり、サプライチェーンにおける機能ではないということだ。一杯のコーヒーを飲むために、タンザニアまで行くことはできないけれど、私たちが求めているつながりは何なのか、ということに思いを馳せることはできる。そしてそこには、生産現場で尽力している人たちがいることを、忘れてはいけない。

独立行政法人 国際農林水産業研究センター
農村開発領域 研究員 上原有恒

*英治出版刊 本体価格=1800円

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