編集後記 イギリス人のリビングストンが19世紀半ばに踏査するまで、「暗黒大陸」と呼ばれたアフリカ。彼の訴えも契機となって、ザンジバルの奴隷市場が閉鎖されたのが1873年(明治7年)。19世紀から、ヨーロッパの7か国によって植民地化されたアフリカ。石油資源を巡るナイジェリア内戦では、独立を主張するビアフラをフランスが、旧宗主国のイギリスとソ連が連邦政府を、それぞれ支援。内戦は長期化、包囲されたビアフラの飢餓状況が写真で世界に報道されたビアフラ戦争(1967〜1970)。ダイヤモンド資源を活用して経済的には優等生ながらも、15〜49歳のエイズ罹患率が20%を上回るボツワナ。 「紛争・飢餓・疾病」でイメージされてきたアフリカ。しかしながら、近年は資源高の追い風を受けて「資源大陸」、さらには「潜在的巨大市場」といった見方もされるようになりました。 「アフリカは豊かになれるだろうか」と、懸念を抱く人々も少なくありません。「GDPの成長至上主義で、欧米人は果たして幸福を手にしただろうか」と、自問するような先進国の識者もいます。しかし、人々は困難は多くとも発展を遂げようとするものです。そのための支援は、先進国の一員としての日本の役割といえ、農業分野での人材育成は地道ながら日本の優れた支援方法といえるでしょう。
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