市場志向型アプローチにおける
適正技術の導入に関する考察

独立行政法人 国際協力機構(JICA)
国際協力専門員 相川次郎     


 2013年6月に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)において、市場志向型アプローチを採用し、小規模農家の所得向上を果たしたSHEP(Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion:日本語名「小規模園芸農民組織強化計画プロジェクト」)の広域展開が今後のアフリカにおける農業分野の柱のひとつとして打ち出された。SHEPは、TICAD Vの開会式における安倍総理のスピーチにおいても言及されたことから、国内外から注目を集めている。一方、市場志向と銘打っているため、導入されている栽培技術に関し情報が少ない。本稿では、「SHEPガイドライン」(JICA、2013)の一部および「ケニアにおけるマーケッティングに対応した農民支援プロジェクトの試み2」(北島・相川、2011)を引用しながら、市場志向型アプローチにおける適正技術の導入に関し、SHEPの事例をもとに考察した。

1.市場志向型アプローチの背景

 世界銀行の“World Development Report 2008”によると、気象条件などとともに市場アクセスの優劣が貧困率の増減に大きな影響を与えていて、貧困削減のための手段として、貧困層の多くを占める小規模園芸農家の市場へのアクセス改善と参入促進が提唱されている。小規模園芸農家の市場へのアクセスを改善し、参入を促進するためには、農家による個別の取り組みではなく、生産物の共同販売や肥料、農薬、種子などの共同購入が有効であり、そのための組織化が必要であることは、各国政府や開発パートナーによって認識されている。

 また、アフリカ各国では、その農業政策において、自給自足的農業から商業的農業への転換が提唱されている。ケニアでは、「農業セクター開発戦略(Agricultural Sector Development Strategy: ASDS)」(2010-2020)において「革新的、商業思考、競争力のある近代的農業」をビジョンとして掲げ、その手段として「農業産品と事業の競争力を高め、生産性を向上し、商業化を推進すること」を目標のひとつとしている。さらに、ケニア農業省のスローガンのなかには、「ビジネスとしての農業」が謳(うた)われている。

 ルワンダでは、「農業改革戦略計画(Strategic Plan for Agricultural Trans-formation: SPAT)」(2009-2012)において、農家が農業をビジネスとして認識することの重要性を強調していて、それに基づく投資計画「Agriculture Sector Investment Plan」(2009-2012)を策定している。
 また、ガーナでは、長期的な農業セクターの開発政策である「農業セクター開発政策(Food and Agriculture Sector Development Policy:FASDEP II)」(2007-2012)において、市場主導の成長を考慮に入れた農業の商業化をガーナ農業開発の中心課題とし、商業農業化に取り組む小規模農家の能力強化を行うこととしている。このように、若干のニュアンスの違いはあれ、アフリカ各国の農業政策は、市場志向型農業を打ち出している。

 さらに、園芸作物の供給は、国内総生産(GDP)の成長とともに高まる傾向にある。図1および図2から、ケニアが他のアフリカ各国よりGDPが高く、かつ他の東アフリカ諸国と比べると園芸作物の供給量が多いことが分かる。また、アジアにおける園芸作物の供給量が、90年代以降に経済成長と呼応して急激に増加しているように、ケニアでも経済が成長するに伴い、園芸作物の供給量が増えることが見込まれている。農村経済の成長により食の多様化が進んだこと、域内に消費者が増えたことが主な要因と考えられる。園芸作物栽培は、農家にとっての換金作物としての役割を担うとともに、ビタミン、食物繊維などの多様な栄養素の摂取へとつながり、域内の栄養改善にも大きく貢献をしている。

図1 アフリカ4か国の国内総生産の伸び
図1 アフリカ4か国の国内総生産の伸び
図2 アジア・東アフリカ・ケニアにおける野菜供給量の推移
図2	アジア・東アフリカ・ケニアにおける野菜供給量の推移

2.SHEPおよびSHEP UPの概要

 SHEPは、2006年11月から2009年11月(プラス4か月のフォローアップ)にかけて、ケニアにおいて実施された技術協力プロジェクトである。ケニア西部を中心に4地域(22県)、122の農民組織、参加者が約2500名に及ぶ農家を対象とした。後述する活動手法を用いて、3年間で、これら対象農家の園芸による平均所得を大幅に増加させることに成功した。

 主な成功要因は、農家の市場と生産に対する意識を「作ってから売る」から、「売るために作る」に変換したことにある。すなわち、対象地域における小規模農家は通常、自身で市場を調査することなく、従来の慣行通り、あるいは普及員や仲介業者といった外部の情報をもとに、栽培していた。一方、SHEPでは、生産の前に、極端にいえば種まきの前に、「どの作物」を、「いつ」、「だれが」、「どのくらいの値段で、買ってくれるか」、求められる品質と量を勘案したうえで、栽培することを教え、そして農家が実践した。

 ケニア農業省は、こうした一連の手法による所得増加という大きな成果、および研修などにかける予算の効率性を高く評価し、作物局園芸部の下にSHEPユニットを設立した。SHEPユニットは、全国の小規模園芸農家に対するSHEP手法による支援を主要業務としている。2010年3月より、SHEPユニットの活動を支援する技術協力プロジェクトSHEP UP(Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion Unit Project:日本語名「小規模園芸農民組織強化・振興ユニット計画プロジェクト」)が5か年の予定で実施されている。SHEP UPでは、SHEP手法導入に興味のある県からの申し込み提案を採点し、活動県を選抜している。現在、60県(全国316県中)を対象に、約480の農民組織、約1万人以上の農家を対象として活動を展開中である。

3.SHEPおよびSHEP UPの活動手法

 SHEPアプローチは、図3のように、研修など一連の活動によって構成されている。以下で、主要な活動につき説明する。まず、農家による市場に関連する状況の理解促進と、農民組織と園芸セクター関係者との連携強化を主な目的とした、お見合いフォーラムが開催される。フォーラムでは、農民組織側に園芸セクター関係者の紹介リーフレット、関係者側に農民組織の情報(構成人数、活動地域、現在の栽培品目、収量など)がそれぞれ配布され、商業ベースの議論がなされる。続いて、対象農民組織の代表者(男女各1名)および担当普及員を対象に、1週間の集合研修(男女農家普及員集合研修)が実施される。研修では主に、市場調査の実習、重点作物選定方法、行動計画作成方法、ジェンダー啓発演習などが行われる。集合研修終了後、各農民組織が自ら行った市場調査の結果をもとに、重点作物が主体的に選定される。さらに、これら重点作物の生産から流通に至るまでに現存する問題点が洗い出され、それをもとに行動計画が農民組織によって作成される。その後、各農民組織から提出された行動計画に基づき、担当普及員技術強化研修のカリキュラムが作成される。行動計画で示されたニーズに対応し、栽培基本知識の復習や、重点作物栽培上の課題に対応する簡易技術などの講義と演習が行われる。普及員研修終了後、農民組織に所属する全ての農家を対象に、普及員による現地研修が実施される。

図3 SHEPおよびSHEP UPの活動手法
図3 SHEPおよびSHEP UPの活動手法

4.SHEPアプローチにおける技術導入

 上記SHEPの一連の活動のなかで、いわゆる栽培に関する技術を導入する場面は、担当普及員技術強化研修における普及員に対する技術研修と、その後の普及員が対象農家グループにおいて実施する現地研修となる。表1は、一対象県における担当普及員技術強化研修のプログラムである。5日間のプログラムのうち、技術・普及に関する項目は全体の約4分の3を占めて、残りは、組織強化、リーダーシップ、ジェンダー、土のうによる道直しなどとなっている。技術分野の研修内容は、園芸栽培に関する基礎的かつ共有されるべき知識とともに、普及員が担当する農家グループが市場調査の結果により選定した対象作物に関するものとなっている。基礎的な技術・知識とは、たとえば作物カレンダー、太陽熱を利用した土壌洗浄、ボカシ肥作成、収穫物選果などである。

表1 担当普及員技術強化研修のカリキュラム(実施日:2009年2月16-20日)
表1 担当普及員技術強化研修のカリキュラム(実施日:2009年2月16-20日)

 また、研修では講義と実習の割合が約半分となっていて、他の国際協力機構(JICA)技術協力プロジェクト同様、参加者にとって研修終了後の速やかな実践を促進するよう工夫されている。さらに、研修終了後、着実に現地研修を実施できるように、紙芝居型の研修教材を参加者全員に配布している。

 普及員による現地研修は、約80%以上が栽培技術に関する項目となっている。SHEPおよびSHEP UPでは、普及員に対し一作季に8回の現地研修の実施を義務付けている。1回の現地研修はおよそ2〜3時間かかることから、16〜24時間かけて技術的事項を対象農家に伝えている。現地研修では、担当普及員技術強化研修で配布された紙芝居型研修教材を使い、画像による理解促進と、担当普及員技術強化研修と同様、農家圃場(ほじょう)における実践がセットになっている。適期には、フィールド・ディーを開催するなど、ファーマー・フィールド・スクールの要素も組み入れた普及研修がなされている。

 全体活動に対する栽培技術に類する研修などの割合は、その準備段階のフェーズであるベースライン(営農研修)を入れると、約6割超となっている。なお、著者が専門家として携わったキリマンジャロ農業技術者訓練センター計画フェーズU(KATCU)におけるセンターでの集合研修および農家圃場での現地研修では、農民組織、ジェンダー、家計研修、マーケッティングなど社会科学的な要素に関しても積極的に取り込んでいた。KATCUにおける技術導入とそれ以外の活動に関する時間比率は、SHEPおよびSHEP UPとほぼ同様であった。

5.SHEPで導入した適正技術の紹介

 SHEPおよびSHEP UPで導入されている技術は、収量および所得増加をもたらすことを前提に、農家の技術力および経済力とともに、社会的背景を熟慮して選抜されている。農家がすぐに使えるかどうか、プロジェクト内で常に議論を繰り返している。SHEPにおいて、普及員に配布された普及員用教材は、栽培に関するもの11種、その他マーケッティング、ジェンダー、組織強化の分野ごとに作成されている。技術分野の教材は、すべて紙芝居型となっていて、表には農家に見せる画像、裏に普及員が参照すべき説明が載せてある(図4)。

図4 紙芝居例 キャベツの虫害の説明(コナガ)


図1 アフリカ4か国の国内総生産の伸び
図2	アジア・東アフリカ・ケニアにおける野菜供給量の推移


 作目ごとの教材では、たとえばキャベツの場合、表2のようにキャベツの紹介から圃場準備、施肥、除草、病害虫防除、収穫、さらには営農記帳まで網羅されている(指導技術については写真1参照)。

表2 紙芝居教材の目次
図1 ザンビアとLN村の位置


 作目別の教材とともに、簡易除草機の作り方、ボカシの作り方、ベースライン調査(営農研修)の実施法も制作され、普及員によって農家に教授されている。

 

写真1 導入した技術例
ひもを使った条植え
ひもを使った条植え
ボカシ作り
ボカシ作り
改良除草機
改良除草機
等級選抜(左:1級、右:2級)
等級選抜(左:1級、右:2級)

6.SHEPにおける収量増加

 前述のとおり、SHEP対象4地域(22県)における支援対象農民組織数は122であり、農家数は約2500名であった。2009年10月、全対象農民組織に対して、収量や所得に関する調査が実施された。調査は、個々の農家に対する質問票を用いて実施した。質問票記入に際して、担当普及員が補助した。ブンゴマ県およびキシイ県における対象農民組織によって選抜された重点作物の収量を上位3品目について、表3および表4に示した。ブンゴマ県におけるトマトの収量は、2007年4月と比較し、3.96倍に増加した。また、キシイ県におけるタマネギの収量も同様に、5.23倍に増加した。その他の作物に関しても、各対象県において一様に収量が増加した。これら生産性の向上と単価の上昇により、全対象地域において農家1人当たりの平均所得が著しく増加した(前掲書:北島・相川、2011)。なお、SHEP UPにおける各種データの取りまとめと分析は現在実施中である。

 

表3 ブンゴマ県の重点作物上位3品目による単位面積当たりの収量の変化
(単位:kg/10a)
表3 ブンゴマ県の重点作物上位3品目による単位面積当たりの収量の変化
表4 キシイ県の重点作物上位3品目による単位面積当たりの収量の変化
(単位:kg/10a)
表4 キシイ県の重点作物上位3品目による単位面積当たりの収量の変化

7.SHEP手法におけるモチベーションと技術

 図5は、一連の活動における対象小規模農家のモチベーションと技術向上の関係をケニア側のカウンター・パートナーによる聞き取り内容をもとに、筆者がデシ著の「自己決定理論」(E. Deci、2000.)などを参考に作図した。説明会以降、市場調査の練習を受けて、農家の市場調査実施方法に関するスキルは向上した。市場調査の練習では、プロジェクトが作成したフォーマットに従って、売り子に対し取扱品目ごとに、買取価格とそのタイミング、求められる品質と量などに関し聞き取り記入する。

図5 SHEP手法における技術とモチベーションの関係
図5 SHEP手法における技術とモチベーションの関係

 その後、市場調査の結果をもとに対象作物を選定する。その際、農家自身で決定したことで自律性の欲求が満たされモチベーションが上がる。現地研修にて、担当普及員技術研修で習得した技術を普及員から教授される。
 これら技術は、農家のデマンドに基づいたものとなっているため、適用率は高く、農家の技術力は向上する。技術が向上したことによって圃場における生産は改善されるため、収量の増加、ひいては所得増に結び付く。所得増という目に見える成果を上げた農家は、コンピテンス(自己の有能感を認識する)欲求が満たされ、さらにモチベーションが上がる。この状態になると、一連の活動が自己の目的と合致していることが明確になるため、持続性が高まる。このように、対象者のモチベーションは技術向上に強く関連していると推測される。


8.まとめ

 SHEPおよびSHEP UPでは、これまでのJICAの農業分野の技術協力の経験をもとに、農家が適用可能な適正技術を検討し、導入している。技術的には、基本的なことばかりで特別なことがほとんどない代わり、時間をかけて対象農家による技術の定着に励んでいる。
 また、一連の活動手法のなかでは、参加型の要素を取り入れ、「気付き」のプロセスを重要視した。貯蔵性の低い園芸生産の場合、販売価格は市場に大きく左右される。そこで、SHEPでは農家による最大の「気付き」を「市場」とし、栽培前にそのステップを入れ込んだ。こうして、ケニアの小規模園芸生産の現状に対応したSHEPの活動手法が確立された。前述したとおり、「この作物を、あの値段で売りたい。そのためには、これこれの技術が必要だ」と、「気付き」のステップを通じて自身のニーズを明確に認識している状態とそうではない場合を比較すると、これも前述したとおり、心理学的視点からも適正技術の適用率が異なることは、きわめて妥当な予想といえる。仮に同様の技術を導入するにしても、その効果は異なってくるであろう。以上のように、SHEPによる市場志向型アプローチでは、「市場」という「気付き」のプロセスによって、より効率的かつ効果的に適正技術の導入がなされている。

<参考文献>
1) 国際協力機構「SHEPガイドライン」、2013
2) エドワード. L.デシ『人を伸ばす力』、2000
3) 北島暖恵・相川次郎「ケニアにおけるマーケッティングに対応した農民支援プロジェクトの試み2」熱帯農業学会、2011
4) http://www.psych.rochester.edu/SDT/documents/2000_RyanDeci_SDT.pdf Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). 「自己決定理論」"Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being." American Psychologist, 55, 68-78

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