リスク対応からレジリアンス強化へ
独立行政法人 国際農林水産業研究センター(JIRCAS) 理事長 岩永 勝

1.  レジリアンスとは

 最近、国内外でレジリアンス(resilience)という言葉をよく聞くようになった。これからの社会の在り方を考えるキーワードとなりつつある。いま、とくに注目されている理由は、異常気象や自然災害が頻発し、社会に壊滅的な打撃を与えるようになり、これら災害に脆弱な社会ではいけないという社会認識が強くなったためであろう。日本では、東日本大震災後に頻繁に使われるようになった。
 「レジリアンス」とは何かを調べてみると、いろんな分野で多様な意味合いで使われていることが分かる。たとえば心理学の分野では、「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」などとも訳される心理学用語である。「脆弱性(ぜいじゃくせい)(vulnerability) 」の反対の概念であり、自発的治癒力の意味で使われている。
 生態学の分野では「攪乱(かくらん)を受けた生態システムが、攪乱以前の初期均衡に戻るために要する回復時間」として定義されている。社会学では社会的レジリアンスを「グループやコミュニティが社会的、政治的、そして環境の変化による外部からのストレスや攪乱に対処する能力」と定義している。経済学でのレジリアンスは「ショックを避けること、ショックに耐えること、そしてショックから素早く回復すること」と定義されている。
 このようにレジリアンスが復元力、強靭性(きょうじんせい)、しなやかさ、抵抗力などのさまざまな総括的意味合いを含む概念であるために、これに一対一で対応できる日本語がなく、英語をカタカナ表記しているのであろう。私なりの解釈では、レジリアンスとは外的ショックを受けても、それをしなやかに受け止め、もしショックによる被害を受けても手遅れにならないうちに元の状態に回復し、致命的な傷を負わない強靭性を持つ社会、システム、組織の特性であろう。

図1 VACBシステム
写真1:JIRCASがラオスの首都ビエンチャンから車で4時間ほどの農村で行っている総合プロジェクトのサイト。この農村では陸稲(前景)、水田、畜産、溜池養殖などの農業複合化を進めることによって、農村全体の収益化、レジリアンス向上を目指している

2.  農業におけるレジリアンス

 我々の農業の分野では、どのような具体的な例があるだろうか? 日照りが続いて農業生産、そして農村社会が被害を受ける事態を想定してみよう。レジリアンスを持つ農村では、日照りが続いたとしても溜池や灌漑施設があるので、日照りが干ばつへとは直結しないであろう。また、数種類の作物を栽培している多様性を持つ栽培体系のため、日照りに弱い作物(たとえば陸稲)は低収量となるが、干ばつに強い作物、たとえばキャッサバの収量は確保されるので飢餓には至らないであろう。あるいは、家畜を飼育していれば、作物が壊滅的な減収となっても、その家畜を売ることによって収入を得ることができ、農家の経済状態は最悪の事態を避けることができる。さらに農業気象保険をかけておけば、減収の部分を保険で回収できる。農業外収入を持つ家族は、さらに干ばつに強い。また、その地域全体が大きな被害を受けても、国からの支援が早急になされる国では、壊滅的な危機を回避することができるであろう。

3.  グローバル化とレジリアンス

 1989年のベルリンの壁の崩壊の後に、世界のグローバル化が急速に進展した。これにより世界全体が豊かになったことは確かであるが、また新たなリスクも生み出した。たとえば、数年前の鳥インフルエンザ問題のように、人と物の動きが多くなり、ある地域で発生した伝染性の病気が他の地域へ急速に伝染することも多くなった。また食料の国際取引量も増え、輸出国での異常気象による作物不作が輸入国へも大きい影響を与える。2012年のアメリカでの干ばつはシカゴ商品取引所におけるトウモロコシ取引価格を引き上げ、そしてアメリカから遠く離れた西アフリカのマリのミレット価格にも影響を与えたのがその例である。サプライチェーンが複雑に、そして長くなり、一か所に問題が起きれば全体のシステムが動かなくなる場合もある。これは東日本大震災の際に東北地方での車両部品の生産が停止し、日本だけでなく世界全体の車生産に影響を与えたのと同じことである。
 効率化だけの観点で物事を進めると、単一化、特化、均質化する場合が多いが、これでは「もしものこと」が起きた際に、全体的な脆弱さを露呈してしまうのではないかと危惧される。近年、ますます異常気象などの不確定要素が多くなり、かつグローバル化された現代世界では、想定できないような状態に向けて、前もって準備していくことが肝要である。
 今後のグローバル化された世界の在り方を考えると、これまでのような「富の創成と分配」だけでなく、地球規模の課題の対応のために、世界レベルでの「レジリアンス強化」が共通課題となっていくことであろう。地球規模の気候変動は、このレジリアンスの必要性をさらに高めている。

4. 「リスク対応」と「レジリアンス強化」の違い

 災害などへの備えとしての「リスク対応(管理)」と「レジリアンス強化」とはどう違うのだろうか? 「リスク対応」は特定の問題に個別に特化した対応をする方法が取られるが、「レジリアンス強化」は総括的な社会システムとしての対応である。たとえば、干ばつというリスクに対しては、溜池を造るという技術的な対応が考えられるが、干ばつに対するレジリアンスでは、溜池だけでなく、多様な作物栽培を行い、もし干ばつで大不作になっても餓死者が出ないように食料備蓄を行っておくなどの複合的、多層的、社会的な準備、対応である。予測が難しい多種多様なリスクがある現代社会では、リスクへの個別対応に特化した対処方法よりも、社会全体としてのレジリアンスを強化するという枠組みをもって、社会の構築を行ったほうが適切である。
 人間の健康でいえば、風邪に強い健康法に集中するよりも、日頃から免疫力、基礎体力を強くし、風邪にも罹(かか)り難いし、もし罹っても早く快復する力をつけておくことだろう。普段から培っている免疫力、基礎体力は想定外の感染症にも機能するであろう。自然災害に対しても、自然災害そのものが発生することを完全に防ぐのは不可能であるから、もし災害が起こっても減災ができる社会を作っておくというアプローチである。
 安倍首相は日本の原子力発電の問題に関連して、今後の日本のエネルギー施策では「ベストミックス」を構築、選択していくとしている。これも特定のエネルギー源に特化することなく、多くの選択肢を常時持ち、それらの中からその時点での最良の割合で使っていくという複眼的視点である。これも国のエネルギー政策に対して、リスクに特化した対応ではなくレジリアンスという概念を適応したものだと思われる。

5. 「アフリカの角」におけるレジリアンス

 2010年から2012年にわたって「アフリカの角」といわれるエチオピア、ケニアなどのアフリカ東部の国々は干ばつにみまわれた。この地域は、これまでも度々干ばつによる飢饉に直面した経験を持つ。とくに、1984年の干ばつは国内政治の乱れもあり、エチオピアは壊滅的な被害を受け、百万人以上が餓死したといわれている。今回の干ばつも複数年間に及んだこともあり、甚大な人的被害が懸念されたが、エチオピアでの人的被害はそれほど大きくはならなかった。これは、エチオピア政府が農村社会のレジリアンス強化に取り組んできた大きな成果といえる。

6.  レジリアンスと農学研究

 レジリアンスを持つ社会とは多くのことに前もって保険をかけていくようなものだが、そのための保険料が高すぎても困る。社会全体として負担が大きすぎない複合的な保険をかけていくには、どうしたらよいのであろうか。農業生産の現場で考えると、多様性を高めながらも、収益性を確保する方法を見出すことが肝要である。多様性の確保が、レジリアンスを高めることになる。作物生産の例でいえば、単一の品種での単一の作物栽培は脆弱さを含むので、普段から品種の数、作物の種類を計画的に増やすことによって、多様性と収益性の両方を確保していく必要があり、そのための品種育成、栽培体系推進の研究が必要である。
 当研究センター(JIRCAS)は昨年11月に国際シンポジウム「リスクに強い食料生産システム─開発途上地域の農業技術開発の役割」を開催した。我々が日頃行っている研究は農村レベルでのレジリアンス強化につながっているが、それを明確に意識化して行うべきであるという意見が多く聞かれた。
 レジリアンスを持つ社会を作るために、我々農学研究者は何をなすべきであろうか。まず、農業の技術的な観点だけでは解決策はないと自覚すべきである。農村社会すべてを、複合的にみる習慣をつけなければならない。食料増産だけではダメなのである。前記のJIRCASシンポジウムにおいて、長崎大学の梅津教授はレジリアンスを持つ農村の要素を多面的に分析している(表1)。農地の生産力強化、作物の多様性拡大、穀物以外の農業生産、生計の多様化、普段の栄養状態の改善、社会的ネットワークの構築、国内制度の改善などが挙げられている。これら複雑な要素を有機的に積み上げていくことが、農村レベルのレジリアンス強化につながるのであろう。

表1 レジリアンスを持つ農村の要素
家族・家系
農村
地域社会
回復および適応
(短期的なもの)
・資産
・作物の多様性と栽培技術
・現金収入
・栽培体系
・市場アクセス
・伝統品種の利用
・基盤的なサービスへのアクセス
・食料と収入へのアクセス
適応
(長期的なもの)
・栽培技術
・人材および技術
・社会的ネットワーク
・土地制度
・クレジット利用
・契約栽培
・地域の適応能力
・就職の可能性
・社会基盤へのアクセス
・多様な収入源

 出所:長崎大学の梅津千恵子教授が国際農林水産業研究センター主催のシンポジウムにて使用したスライドを和訳して改変を加えた。

7.  結びにかえて:国際開発分野でのレジリアンス

 開発途上地域では農業が大きな社会的役割を持っていて、その農業は気象、環境資源に大きく影響を受ける。さらに、その農村社会は人間活動の重要な基盤である生態系サービスに大きく依存している。その環境資源、生態系サービスが枯渇、劣化、不安定化していくなかでも、どのように農家が生計を立て、農村社会が機能していくことができるかを模索する際に、「レジリアンス」という枠組みをもって対処していくことは非常に重要である。地域社会のレジリアンスを高めることが、地域開発の重要な目標となり、それを成し遂げるための研究技術開発がさらに求められている。

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