リスク対応からレジリアンス強化へ
1. レジリアンスとは 最近、国内外でレジリアンス(resilience)という言葉をよく聞くようになった。これからの社会の在り方を考えるキーワードとなりつつある。いま、とくに注目されている理由は、異常気象や自然災害が頻発し、社会に壊滅的な打撃を与えるようになり、これら災害に脆弱な社会ではいけないという社会認識が強くなったためであろう。日本では、東日本大震災後に頻繁に使われるようになった。
写真1:JIRCASがラオスの首都ビエンチャンから車で4時間ほどの農村で行っている総合プロジェクトのサイト。この農村では陸稲(前景)、水田、畜産、溜池養殖などの農業複合化を進めることによって、農村全体の収益化、レジリアンス向上を目指している
2. 農業におけるレジリアンス 我々の農業の分野では、どのような具体的な例があるだろうか? 日照りが続いて農業生産、そして農村社会が被害を受ける事態を想定してみよう。レジリアンスを持つ農村では、日照りが続いたとしても溜池や灌漑施設があるので、日照りが干ばつへとは直結しないであろう。また、数種類の作物を栽培している多様性を持つ栽培体系のため、日照りに弱い作物(たとえば陸稲)は低収量となるが、干ばつに強い作物、たとえばキャッサバの収量は確保されるので飢餓には至らないであろう。あるいは、家畜を飼育していれば、作物が壊滅的な減収となっても、その家畜を売ることによって収入を得ることができ、農家の経済状態は最悪の事態を避けることができる。さらに農業気象保険をかけておけば、減収の部分を保険で回収できる。農業外収入を持つ家族は、さらに干ばつに強い。また、その地域全体が大きな被害を受けても、国からの支援が早急になされる国では、壊滅的な危機を回避することができるであろう。 3. グローバル化とレジリアンス 1989年のベルリンの壁の崩壊の後に、世界のグローバル化が急速に進展した。これにより世界全体が豊かになったことは確かであるが、また新たなリスクも生み出した。たとえば、数年前の鳥インフルエンザ問題のように、人と物の動きが多くなり、ある地域で発生した伝染性の病気が他の地域へ急速に伝染することも多くなった。また食料の国際取引量も増え、輸出国での異常気象による作物不作が輸入国へも大きい影響を与える。2012年のアメリカでの干ばつはシカゴ商品取引所におけるトウモロコシ取引価格を引き上げ、そしてアメリカから遠く離れた西アフリカのマリのミレット価格にも影響を与えたのがその例である。サプライチェーンが複雑に、そして長くなり、一か所に問題が起きれば全体のシステムが動かなくなる場合もある。これは東日本大震災の際に東北地方での車両部品の生産が停止し、日本だけでなく世界全体の車生産に影響を与えたのと同じことである。 4. 「リスク対応」と「レジリアンス強化」の違い 災害などへの備えとしての「リスク対応(管理)」と「レジリアンス強化」とはどう違うのだろうか? 「リスク対応」は特定の問題に個別に特化した対応をする方法が取られるが、「レジリアンス強化」は総括的な社会システムとしての対応である。たとえば、干ばつというリスクに対しては、溜池を造るという技術的な対応が考えられるが、干ばつに対するレジリアンスでは、溜池だけでなく、多様な作物栽培を行い、もし干ばつで大不作になっても餓死者が出ないように食料備蓄を行っておくなどの複合的、多層的、社会的な準備、対応である。予測が難しい多種多様なリスクがある現代社会では、リスクへの個別対応に特化した対処方法よりも、社会全体としてのレジリアンスを強化するという枠組みをもって、社会の構築を行ったほうが適切である。 5. 「アフリカの角」におけるレジリアンス 2010年から2012年にわたって「アフリカの角」といわれるエチオピア、ケニアなどのアフリカ東部の国々は干ばつにみまわれた。この地域は、これまでも度々干ばつによる飢饉に直面した経験を持つ。とくに、1984年の干ばつは国内政治の乱れもあり、エチオピアは壊滅的な被害を受け、百万人以上が餓死したといわれている。今回の干ばつも複数年間に及んだこともあり、甚大な人的被害が懸念されたが、エチオピアでの人的被害はそれほど大きくはならなかった。これは、エチオピア政府が農村社会のレジリアンス強化に取り組んできた大きな成果といえる。 6. レジリアンスと農学研究 レジリアンスを持つ社会とは多くのことに前もって保険をかけていくようなものだが、そのための保険料が高すぎても困る。社会全体として負担が大きすぎない複合的な保険をかけていくには、どうしたらよいのであろうか。農業生産の現場で考えると、多様性を高めながらも、収益性を確保する方法を見出すことが肝要である。多様性の確保が、レジリアンスを高めることになる。作物生産の例でいえば、単一の品種での単一の作物栽培は脆弱さを含むので、普段から品種の数、作物の種類を計画的に増やすことによって、多様性と収益性の両方を確保していく必要があり、そのための品種育成、栽培体系推進の研究が必要である。 表1 レジリアンスを持つ農村の要素
7. 結びにかえて:国際開発分野でのレジリアンス 開発途上地域では農業が大きな社会的役割を持っていて、その農業は気象、環境資源に大きく影響を受ける。さらに、その農村社会は人間活動の重要な基盤である生態系サービスに大きく依存している。その環境資源、生態系サービスが枯渇、劣化、不安定化していくなかでも、どのように農家が生計を立て、農村社会が機能していくことができるかを模索する際に、「レジリアンス」という枠組みをもって対処していくことは非常に重要である。地域社会のレジリアンスを高めることが、地域開発の重要な目標となり、それを成し遂げるための研究技術開発がさらに求められている。
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