「モラルハザード」と「逆選抜」
表1 天候リスクの異なる3地点
表1のような干ばつリスクの異なる3地点を想定する。3地点とも全く同じ生産技術を使ってトウモロコシ(メイズ)を生産し、年間降水量が600mm未満になると干ばつの被害が発生する。単純化のために、この生産技術は平年(100%)と干ばつ年(0%)の2つの生産量しかないとする。保険会社の有する情報は、測候所のある地点Qにおける降水量分布と全地点に共通の生産技術である。したがって、保険会社は干ばつ発生確率を50%と仮定し、保険料率を50%に設定して干ばつ保険を販売するものとする(保険会社の手数料や利潤を考慮しない)。 各地点にそれぞれの平均値に等しい年間降水量があったとする。この降水量の水準では、地点Pでは干ばつ年、地点Q、Rでは平年となる。しかし、地点Qの農民は平年と干ばつ年の境界線にいるため、干ばつ回避努力を怠り意図的に干ばつ被害を発生させ、保険金を受け取ることを選択する可能性がある。これが「モラルハザード」である。発生した被害に応じて保険金の支払いが決まる従来型の作物保険では、被害の発生を農民が調整して保険金支払いの有無を選択できるため、モラルハザードは避けがたい。保険会社は、データに基づき算出した被害発生確率よりも実際の被害の頻度が高くなるので、保険料率を上げない限り損失を被る。 次に地点Pと地点Rをみると、干ばつの発生確率がそれぞれ60%と40%になっている。従来型の作物保険では、この確率で保険金の支払いを受けることになるが、保険会社には地点Pと地点Rの干ばつの発生確率に関する情報がないため、発生確率を50%と仮定し保険料率を50%に設定している。しかし、両地点の農民が自分の干ばつ確率を把握しているなら、地点Pでは保険料よりも保険金受け取り期待額の方が大きいので、農民は保険を積極的に購入するであろう。逆に、地点Rでは保険料の方が保険金受け取り期待額よりも大きいので、農民は保険を購入しないであろう。「逆選抜」とは、このように保険会社が想定する被害発生確率よりも被害発生頻度の高い農家ばかりが保険に加入するという問題である。「逆選抜」の存在する状況で保険契約を続けると、保険会社は損失を被る。 |