社会・生態システムの
レジリアンスと食料安全保障

長崎大学 大学院水産・環境科学総合研究科
教授 梅津千恵子            

1.はじめに

 近年、国際開発分野でレジリアンスが注目されている。レジリアンスとは、あるシステムがショックを受けた際に、同じ機能、構造、フィードバック、および同一性を保持できるシステムの能力として定義される(Walker 2004)。レジリアンスは生態学的、社会経済的な意味で定義されてきたが、レジリアンスの概念を生態資源に生活を依存する発展途上地域の開発問題に対して、より積極的に応用する取り組みが、国際開発機関で活発に行われるようになってきた(UNDP, UNEP, WB, WRI 2008; ICRISAT 2010)。とくにスマトラ沖地震、四川大地震、東北地方太平洋沖地震などの震災以降は、レジリアンス構築に投資するという考えも一般的となった(ADB 2013)。さまざまな学会においても、レジリアンスは持続可能性を達成するための重要な要因のひとつとして考えられている(Perrings 2006; ICSU 2010)。
 とくにサブサハラ・アフリカと呼ばれるサハラ砂漠以南の半乾燥熱帯地域では、伝統的な農村コミュニティは生態資源に強く依存して生業を営んでいるので、貧困と資源荒廃が問題となっている。植生や土壌などの生態資源は人間活動に対して脆弱(ぜいじゃく)であるため、灌漑が利用できなくて雨だのみの天水農業に依存する人々の生活は環境変動に対して脆弱であり、人間社会および生態系が環境変動の影響から速やかに回復すること(レジリアンス)が発展の鍵となる。レジリアンスの概念に関する議論は過去10年間に盛んに行われたものの、途上国の農村世帯のレジリアンスに関する実証研究は非常に少なかった。
 総合地球環境学研究所が平成18-23年度に実施した「社会・生態システムの脆弱性とレジリアンス」(以下、レジリアンス・プロジェクト)では、ザンビアの農村地域における食料安全保障に対する定性的・定量的レジリアンス実証研究のアプローチを提案した(梅津他 2010)。本稿では同プロジェクトが実施したレジリアンスへのアプローチを概観し、社会・生態システムと食料安全保障の連関に注目して研究の成果を要約する。

2.レジリアンス実証へのアプローチ

 レジリアンス・プロジェクトでは、レジリアンス構築を実践化するために、半乾燥熱帯地域の農村世帯の食料安全保障、広義には人間の安全保障という文脈でレジリアンスを捉えることが重要と考えた。その際に重要なのは、どのような変動に対する、何の、そして何のためのレジリアンスかをまず規定することである。干ばつや洪水が起こった緊急時には、生存を維持するための食料確保が世帯とコミュニティにとっての最重要課題となることから、半乾燥熱帯地域の自給的農村世帯にとっての社会・生態システムのレジリアンスとは、干ばつ、洪水などの環境変動に対する、農村世帯の生存を維持する食料消費と、食料生産と生業のレジリアンスを考えることに他ならない。これは食料安全保障、さらに広義には人間の安全保障実現のためのレジリアンスである。
 レジリアンス・プロジェクトでは、主に4つのアプローチでレジリアンスを研究した。レジリアンス解明への実証的なアプローチとしては、農村世帯の食料消費と生業が干ばつや洪水などのショックから回復するメカニズムや速度を中心にして、レジリアンスを研究した(図1)。具体的には、食料生産の生態環境ではトウモロコシの単位面積当たり収量から、その生産量の落ち込みの程度を把握した。食料消費と健康/栄養状態に関しては、食料消費・体重・皮下脂肪の回復から、その速度をみた。ショックによって、農村世帯がどのように落ち込んだか、落ち込まなかったか、またどのように回復したか、どのくらいの回復手段を有するかを定性的に解析し、世帯間の違いを比較した。時空間的にみた農村世帯の土地などの資源利用や土地被覆の可視化から、農村世帯のショックに対する対処戦略を分析した。

図1 レジリアンス実証へのアプローチ
図1 レジリアンス実証へのアプローチ
出所:レジリアンス・プロジェクト


3.社会・生態システムのレジリアンスと食料安全保障

 図2はレジリアンス・プロジェクトの調査項目とレジリアンスのインディケーターと要因を示している。また、この図は干ばつや洪水の常襲地帯での降水、食料供給、食料消費、健康、生態系サービスの連関を示している。ここで考える社会・生態システムとは、人間活動と密着した農業生態システムである。図における降水と社会的変動は定量化できる環境変動(どのような変動に対するレジリアンスかを示す)である。穀物生産、食料消費、健康/栄養状態(何のレジリアンスかを示す)はレジリアンスを定量化するインディケーターである。その他の項目は、レジリアンスに影響を与える要因である。要因をつなぐ矢印は、プロジェクトにおける作業仮説を示している。プロジェクトの目的は、レジリアンスのインディケーターそのものを定量的に検証することのみならず、インディケーターと要因をつなぐこの矢印の有無や強弱を明らかにすること、そして何がレジリアンスの要因や条件になっているのかを解明することにあった。

図2 ザンビア農村世帯における食料消費水準の回復に影響を与える要因
図2	ザンビア農村世帯における食料消費水準の回復に影響を与える要因
出所:レジリアンス・プロジェクト


 調査地はザンビア南部州・シナゾングェ県とチョマ県の3サイト(A, B, C)である。調査地の住民である低地トンガ人は、1959年のカリバダムの建設に伴う強制移住という、大きな社会的・政治的変動にさらされた(Colson 1960 ; Scudder 1962)。サイトAはカリバ湖岸で平地であり、カリバダム建設以前からの旧村と移住村が隣接する。サイトBは斜面が多い丘陵地であり、1980年代以降の移住村である。サイトCは3地区のなかでも、もっとも標高が高い高地平原の端に位置する旧村である。

(1)降水量変動による穀物生産への影響

 降水量変動などの環境変動によって、農地からの収穫量が変動し、直接的に農民世帯の食料供給可能性と消費(生存)に影響を与える(図3)。ザンビア南部州における降水量データによれば、過去20年の間に1991/92, 1994/95, 2001/02, 2004/05年農作期に大きな干ばつが発生している(Zambia Meteorological Department)。

図3 多雨被害後の食料消費変動(サイトA平均)
図3	多雨被害後の食料消費変動(サイトA平均)
出所:櫻井他(2011)の世帯調査データより作成。

 注:1)実質食料消費額:大人1人当たりに換算した1週間の各食料の消費量を、市場価格あるいは自己評価額で換算して合計した消費額。これを月次の物価指数で除して実質化した。なお、物価指数は、レジリアンス・プロジェクトの2年間の家計調査データから作成した標準的な消費バスケット(食料と非食料を含む)と地元市場の毎月の価格データから算出した(櫻井他 2011)。
   2)乖離率:平均食料消費額 1万1455ザンビア・クワチャ/週、平均カロリー消費1万8091kcal/週 から何パーセント乖離しているかを示す。

 降水量はザンビア国民の主食であるトウモロコシの収穫量の増減を通して、農村世帯へ直接的に影響を与え、たとえば南部州の貧困層の割合は、1991/92年雨期の厳しい干ばつ発生直後に1991年の79%から93年の86%にまで上昇した。その後、貧困層の絶対数は2002年までは減少したものの、2000年以降の干ばつによって増加傾向がみられる (Lekprichakul 2011)。この地域では干ばつが主な気候ショックであるが、過去3度の農作期2007/08, 2008/09, 2009/10は調査地で長期年平均よりも多い降水量を記録した。この3雨季の調査によって、降水量の年変動のみならず季節変動も大きいことが明らかとなった(Kanno et al. 2011)。

(2)記録的豪雨による世帯の農業生産・食料消費・健康指標への影響

 2007年12月29日に、激しい雨が南部州シナゾングェ県を襲った。シナゾングェ県の年平均降水量は695mmであるが、3サイトのなかでも、サイトAの週降水量は雨量計平均で473mmを記録し、この地域のトウモロコシ畑に大きな被害を与えた。被害は調査地のなかでは平地に位置するサイトAが最大で、この豪雨の後、被害を受けた畑のうち30%は放棄され、54%ではトウモロコシの再播種が行われた。サイトCでは、トウモロコシからサツマイモへの作付転換が行われた。起伏の大きいサイトCでは、農地の位置が降水量の変動をある程度緩和していることが示された(Miyazaki 2011; Yamashita et al. 2010)。
 豪雨は結果として2008年の収穫量の減少となって、農家世帯構成員の食料消費、健康指標の低下をもたらした。週単位の長期聞き取り調査によって、カロリー摂取量が豪雨の直後に減少し、その後ゆっくり回復していたことが示された(図3)。体重も、食料消費の低下とともに減少した。この軌跡が、食料消費の回復速度によってレジリアンスを定量分析する基となった。

 ほとんどの世帯は降水量ショック後の食料消費の回復に1年以上を要して、とくに貧困層の消費は降水量ショックに影響を受けやすいことが示された。調査世帯の児童は、年齢に対して低身長ではあるが、栄養状態はアメリカ標準値に対して比較的良好であった(Yamauchi et al. 2011)。しかし、調査地住民のカロリー摂取量の8割は主にトウモロコシなどの穀物に依存していることが、食料調査の結果明らかになった(Kon et al. 2011)。多雨被害による2008年のトウモロコシの収穫量の減少は、翌年の収穫期直前の当該地域の食料価格の高騰として現れ、トウモロコシのストックが尽きた貧困層を直撃した(櫻井他 2011)。

(3)豪雨ショック後の食料消費と生業回復のための対処行動

 世帯の農地からの食料供給が減少すると、世帯主はあらゆる手段を駆使して、世帯の食料を確保しようとする。この場合、所有する現金が主食の消費平準化にとって、非常に重要な役割を果たしていた(木附・櫻井2011)。豪雨の後、いくつかの世帯が野菜、家畜、家禽の販売など、まったく新規の現金獲得活動に着手していたことにも、現金の重要性は示されている。
 資産としての農家世帯のウシ保有頭数の分析から、貧困農民はウシを売らずに消費を低下させる傾向にある一方、富裕農民はウシを売って消費を平準化していることがわかった(Miura et al. 2012)。サイトAとBにおいては豪雨の後、消費を低下させるのみならず、再播種などのために、農業労働が長時間に及んでいることも確認された。また、この時期には児童の労働時間も多くなって、教育への影響が懸念される(那須田他 2011)。
 世帯消費用の農業生産が不足する場合は、世帯構成員は賃労働などの非農業活動に従事して現金を獲得し、食料を購入して生活を維持する。干ばつや洪水による被害が生じた場合、援助機関による食料配給システムや資源へのアクセスを確保する地域の組織や制度は、世帯の生存と維持にとって重要である。しかし、援助機関による食料配布の時期は、必要性に適合していない場合もみうけられた(Matsumura 2012)。食料援助のような組織化されたシステムに加え、親族や友人などの社会的ネットワークが重要な役割を果たしている。なお近年、現金や物品などを親元や親戚へリクエストする際に、携帯電話が活用されるケースが観察されている(Ishimoto 2011)。
 干ばつ年に食料生産が減少したとしても、農村世帯はさまざまな対処戦略や代替の経済活動を駆使して、ショックから回復しようとする。くわえて、地域レベルでの資源や生業の動態が生存と生業を維持するためのレジリアンスの源となる。生態系サービスは、さまざまな資源を地域のコミュニティに供給する。たとえば、農業生態システムは食料を供給し、湖沼生態システムは漁業資源を供給し、森林生態システムは救荒作物、エネルギーとしての薪、生活用水、建設資材などを供給する。
 ショックの事前および事後のリスク対処戦略として、資源アクセスへの選択肢が多様であることが、レジリアンスの重要な要因のひとつとなっている(島田 2009)。資源へのアクセスは農業から牧畜、農業から非農業など、さまざまな生業形態間の生業の代替を通して行われる。また市場、社会的組織・制度などや社会的ネットワークも資源のアクセスには重要である。アフリカの農村世帯は、自然災害のリスクのみならず、社会経済リスクにもさらされている。グローバライゼーションによる換金作物の国際価格の変動、政治的な変遷、補助金や税金、土地所有制度や農業政策の変化などの社会経済リスクへも対処しなければならない。島田(2011)は、このような変動を歴史的にみることの重要性と地域の重要な要因の変遷を個別に観察するのではなく総体的な束としてみることの重要性を指摘した。

4.レジリアンスと包括的食料安全保障

 本報告では、レジリアンス・プロジェクトにおける実証的アプローチの研究成果を概観した。半乾燥熱帯地域の農村世帯の食料安全保障という文脈でレジリアンスを考え、ザンビア南部の干ばつ常襲地帯で実証研究を行った結果では、多雨という環境ショックを受けた後に食料生産、食料消費、体重が落ち込んでいて、回復には時間を要したことが明らかとなった。また、穀物生産における収穫量の減少によって地域的な食料供給が減少し、地域的な食料価格が上昇することが、貧困層の食料消費にさらにダメージを与えることがわかった。くわえて、農民が直面している降水量変動は年変動にとどまらず、季節的な変動も大きく、とくに過去5年ほどは、干ばつ常襲地帯でありながら、多雨被害にも対応しなければならない現実が明らかとなっている。このような状況にあっては、干ばつ対応に特化した農業技術支援のみでは不十分である。
 農村社会の持続性を考えるならば、個々の世帯のレジリアンスがその地域コミュニティ全体のレジリアンスの基盤となる。明らかなことは、人々の生活の営みのなかで、社会・生態システムのレジリアンスを包括的に捉えることの重要性である。すなわち、レジリアンスは回復すること(速度・レベル)であり、回復の軌跡(どのように戻るのか)であり、回復するメカニズム(何が促進要因なのか)であり、その他にも回復するための能力・学習による自己変革力やそれらを発揮することのできる組織・制度などの総体として考えるべきである。
 つまり、食料安全保障は食料生産の向上のみで達成できることではなく、ストックが尽きたときに食料を購入するための現金収入機会の増強、組織的な対応力の強化、長期的には健康/栄養状態の改善や教育機会などの増強、インフラ整備などによる地域外市場への統合などを含んだ、地域社会のレジリアンス全体を高める、包括的食料安全保障が求められている。降水量変動リスクを軽減し、レジリアンスを高めるためには短期的回復力と長期的適応能力を醸成する多様なアプローチが必要であり、そのための技術的・政策的支援が求められている。


謝辞:本研究は、総合地球環境学研究所が実施した共同研究プロジェクト「社会・生態システムの脆弱性とレジリアンス」(平成18-23年度)の成果の一部である。プロジェクトに参加した全てのレジリアンス・プロジェクトのメンバーに、この場をお借りして謝辞を申し上げる。


レジリアンス・プロジェクトのウェブサイト
http://www.chikyu.ac.jp/resilience/index_j.html


本稿の参考文献

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