日本・ブラジル・モザンビーク
三角協力による農業開発プログラム ─ ProSAVANAの三つの視点 ─
1.はじめに 2009年9月アフリカ南部モザンビークの首都マプトにおいて、モザンビーク農業省ニャッカ大臣、ブラジル国際協力庁ファラーニ長官、本機構大島賢三副理事長(いずれも当時)の三者間で、「日伯モザンビーク三角協力による農業開発プログラム」(図1)、通称ProSAVANA実施のための基本合意が結ばれた。本合意は、日本とブラジルとモザンビークの三か国の協力のもと、モザンビーク北部の「ナカラ回廊」と呼ばれる地域の農業開発を進めようとするものである。 図1 日伯モザンビーク三角協力による農業開発プログラム(ProSAVANA)
上記の合意が結ばれて3年が経過し、現地ナカラ回廊においても、徐々に具体的な事業が進みつつある。本稿では、ProSAVANAの背景とともに、現在、本機構が他の二か国とともにモザンビークのナカラ回廊の農業開発において、何をめざしているのかを示したい。 2.ProSAVANAの背景─PRODECERの経験 ProSAVANAはモザンビーク北部の農業開発を進めようとするものであるが、上述のとおり現地モザンビーク政府に対しては、わが国とともにブラジルが協力を行っている。これには、わが国とブラジルとの20年以上に及ぶ農業開発協力「日伯セラード農業開発事業」(PRODECER)の歴史が背景にある。 ブラジルは現在、アメリカに迫る食料輸出国であるが、そこに至るにはブラジル中部に広がる、熱帯サバンナ地帯(セラード)の農業開発の成功があった。もともと食料輸入国でさえあったブラジルは、PRODECERを通じて、それまで農業不適地とされていたセラード地域を20年以上の歳月をかけて、世界有数の農業生産地域へと開発していった。このセラード開発、PRODECERの歴史は、長年にわたり当該事業に携わった本機構本郷豊客員専門員とJICA研究所細野昭雄所長が最近『ブラジル不毛の大地「セラード」開発の奇跡』*にまとめられているので、ここでは割愛するが、ProSAVANAはこのブラジルの熱帯サバンナ農業開発の知見を、アフリカにおいて活かしていこうとするものである。 無論、現在のモザンビークと、20余年前のブラジルとは置かれている環境が、それぞれ大きく異なる。しかしながら、ブラジルでの農業開発の経験や教訓、また、これにより培われたブラジルの農業技術の活用は、これまでわが国が戦後の復興との開発で得た知見と同様に、モザンビークにとって大きな利点である。 3.ProSAVANAの対象地域─ナカラ回廊概観 ブラジルのセラードと同様に熱帯サバンナが広がるモザンビーク北部、南緯13度から17度の地域が広義でのProSAVANA対象地域である(図2)。この地域でもとくに、インド洋に臨み天然の良港を有するナカラから、モザンビーク第2の都市ナンプラを経て、モザンビーク北西部リシンガに至る地域がナカラ回廊と呼ばれる地域である。 図2 緯度的にみたブラジルセラード地帯とProSAVANA対象地域
この地域は、メイズやキャッサバなどを食料作物として、また、カシューナッツやゴマを商品作物として産出してきた。約1400万haの農業適地*1が存在するといわれているが、地域の農民の95%は耕作面積1ha程度の小規模零細農家であり、焼畑を行いながら小規模な面積の農地で自給的な農業を行っている。その経済力から肥料や農薬の使用はもとより無縁ともいえ、農機具も簡単な鍬(くわ)程度の使用にとどまっている。このように地域では農業技術も伝統的なままで改善がみられないために、食料作物、商品作物とも低い生産性のままであるのが現状である。 一部の地域では数十ヘクタール規模の比較的大きな耕作面積を保有したり、周辺農家との契約栽培などを行ったりしている企業的農業事業者もみられるが、そのような場合でもモザンビークの他の地域、というよりもアフリカの他の多くの地域と同様に、土地に関する権利や、農家と企業の契約にかかる法制度など、小規模零細農家との間で起こり得る問題に対する配慮が必要となっている。 モザンビーク政府による地域の農業開発推進に重要な役割を果たさねばならない公的な農業普及員にしても、ナカラ回廊地域では平均1人の普及員が800戸程度の農家を担当している*2。こうした状況からもわかる通り、同地域では農村部における行政サービスが十分に行き届いているとはいえず、教育・医療サービスといった点についても同様である。教育サービスが十分でないことは、将来、現地の開発を担う人材育成の取り組みが未だ始まっていないともいえる。ProSAVANAが対象としているナカラ回廊地域はこのように他のアフリカ各国の農村部と同様の課題をかかえていて、同地域の農業開発推進は容易ではない。 ProSAVANAでは、こうした状況を十分に認識したうえで、次にあげる3つの視点から農業開発を進めていく。まずは前述のとおり、「ブラジルにおける熱帯サバンナ開発の経験を活用する三角協力」、次に「農業があくまでも経済活動であることを念頭に置いた民間資本との連携による農業開発推進」、最後に「小規模零細農家から中・大規模農業事業者までが利益を享受できる農業開発の実現」である。つまり、ProSAVANAにおいては、従来のアフリカの農業開発にかかる知見に、さらにこれらの視点を加えることで、可能性を秘めつつもその開発が容易ならざる地域において、その糸口を探ろうとしている。 4.ProSAVANAにおける三角協力 すでにふれたように、ProSAVANAではかつてブラジルで行われた熱帯サバンナ開発の知見を活用することとしている。現在、現地において実施中または計画中の農業開発事業すべてにおいて、日本、ブラジル、モザンビークの三か国の専門家による活動が行われている。 日本から参加している専門家の方々には、これまでわが国がアフリカの農業開発分野に対する支援で培ってきた、現地人材への技術移転や事業のマネジメントといった点において活躍をいただいている。とくに、多様な関係者を巻き込みながら、事業の目標に向かって、計画を立案、実行に移していくことは、モザンビークはもとより、被援助国から援助国へと転換を始めたばかりのブラジルにはないものである。この点については、ProSAVANAは対モザンビークとしてだけではなく、新興国ブラジルの援助国化のための人材育成の側面を持つとも考えられる。 他方、ブラジルからの専門家は、ブラジル国際協力庁(ABC)を窓口として、PRODECERにおいて重要な役割を果たし、現在は熱帯農業分野に多くの研究者を有するブラジル農牧公社(EMBRAPA)や、ブラジル有数の高等教育機関兼シンクタンクであるジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV)からの参加を得ている。世界有数の農業国となったブラジルにおいて、農業分野の人材は豊富であり、また、モザンビーク人とポルトガル語でコミュニケーションが取れることは大きな優位点である。ブラジル政府によるこうした人材の活用並びに、その知見の活用はProSAVANAにとって強みであるといえる。 また、ナカラ回廊地域の農業開発を担うモザンビーク人にとっては、実際に熱帯サバンナの農業開発を担ったブラジルの農業関係者からその経験を学ぶことは重要な機会であると考える。さらには熱帯サバンナの農業開発の具体的な例としてブラジルの実例をモザンビーク人農業者が知ることは、ナカラ回廊地域の農業開発が実現不可能なものではないことを、その主役が認識するために重要である。前述のとおりナカラ回廊地域の開発を担っていく人材の育成は今後の課題であるが、彼らが過去同様に熱帯サバンナの開発を成し遂げたブラジルの農業者から得られるであろうものは、単に技術だけではなく、自信や確信ともいえるのではないかと考える。 このように、ProSAVANAでは日本とブラジルがそれぞれに持つ優位性を活用して、これまでの二国間協力では成し得なかった効果を生むことをめざしている。 5.ProSAVANAにおける民間連携 ProSAVANAは日本とブラジルとモザンビークの三か国の強いコミットメントによって進められているが、広大なナカラ回廊地域の農業開発を進めるに際しては、当然ながらその資源は限られている。世界銀行やアフリカ開発銀行など、国際機関の要する資金リソースの活用も非常に重要であるが、農業が経済活動であるという基本に立ち返ってみれば、開発援助機関が行うことのできる貢献は全体からすればわずかなものであるといわざるを得ない。つまり、ナカラ回廊地域の農業開発は、民間投資の力が不可欠と考えている。 期待する民間資本の国籍やその形態について、現時点ではとくに制限を設けることはしていないが、連携の手始めとなるのはProSAVANA開始以前から現地で活動を行ってきた民間企業や農業事業者である。これまでの調査から、ナカラ回廊地域においては、中小規模の農家から農作物を集荷しヨーロッパなどに輸出する民間企業が存在しているが、こうした企業は農産物の買付資金の調達に苦慮するケースが多く、それが事業拡大の障害になっていることが判明しているが、ProSAVANAにおける事業を通じてこうした現地民間企業への低利の融資事業の設計・実施支援を計画している。 また、そのような現地民間企業への支援にとどまらず、将来的にはナカラ回廊地域の農業分野に対して、わが国を含めた外国資本の投資も進めたいというのが、ProSAVANAのめざすところである。農業分野に対する投資については、現地において農業生産事業を行うものから、地域で産出する農産物の買い付けまで、さまざまなものが想定されうる。ProSAVANAにおいては、これら投資を導きやすいように、現地法制度の整備にかかる検討や政策提言などを検討しており、今後の重要な課題であると認識している。 6.包括的な農業開発 述べてきたようなアフリカの農業に対する民間投資については、ともすれば大規模資本による農地の囲い込みと小規模農家の排除のような批判を受けかねない。ProSAVANAにおいては、アフリカにおける、いわゆる土地収奪のようなことを助長しないために、また他方で投資促進の妨げとならないために、小規模農家と中・大規模農業事業者が共存できるための開発を進めることをめざしている。 これについて具体的な検討は今後進めていく必要があるが、これまでの三か国間での検討において、いくつかの参考例となり得るものがある。その一例が、中・大規模農業事業者と、小規模農家との契約栽培事業の推進である。これは特定の作物の質と量を確保し、取引業者との価格交渉力を高めたい中・大規模農業事業者が、農業生産資材や技術の提供とともにその周辺に存在する小規模農家と、当該作物の栽培・出荷契約を締結することで、双方の農家が利益を享受しようとするものである。 契約栽培事業自体は、なんら新しいものではなく、ブラジルなどでも盛んに行われてきた実績がある。ブラジルではこうした事業を展開して、地域の小規模農家を市場に結び付けることに貢献する事業者に対しては、税制面での優遇策が取られている。 また、ブラジルにかぎらず各地での契約栽培事業の展開において、これまで問題となった「契約者間の不平等」や「双方が、いかに契約を順守するかの方法」について検討が行われてきている。具体的なところでは、本機構が本年9月から10月にナカラ回廊地域で調査を行った際、ラッカセイの契約栽培事業を行っている農民組織連合体にヒアリングを行ったところ、「農産物に対して契約相手方以外の者が、それよりも高い値を示した場合、どちらに販売するか?」という小職の質問に対して、農家の方々からは当然のように「契約相手でなくても、高値を示した者に販売する」との答えが返ってきた。あくまでも一部の例であったとしても、当該地域で契約栽培事業を進めるうえで、困難が少なくないことを示すかのような回答である。しかし、過去のPRODECERにおいては、綿密な営農指導を通じた関係構築や圃場の状況把握などを通じて、こうした契約違反が起こることを未然に防ぐ方策が取られてきた。 ProSAVANAについては、こうした従来から用いられてきている方法を分析したうえで、より現地の実情に即し、効果を生むであろうものを、実証事業のかたちで導入、検討し、普及につなげ、将来的にナカラ回廊地域の農家がその規模に左右されることなく、開発の効果を享受できるようにすることが求められる。 7.おわりに 以上、ProSAVANAが進める三つの視点について記述した。今後さらに計画が進展していくにつれて、これら三点に加えて新たな視点や活動も加わってくるかもしれない。ただ、この三点についてはProSAVANAの基礎となるものであるし、とくに最後にあげた包括的な農業開発、つまり地域の農業関係者がその経営規模に左右されることなく利益を享受するという点は、本事業の主役がモザンビークであることからしても忘れてはならない。ProSAVANAは一般的な二国間協力によるODA事業と比べて、その規模は大きく、関係者も多様である。現在は、今後十数年、あるいは数十年にわたって続いていくであろうその取り組みのほんの始まりにすぎないが、ProSAVANAがPRODECERのようにモザンビークの、ひいてはアフリカの農業開発の新たなモデルとなるよう、取り組んでいきたい。 |