ザンビアにおける
食料安全保障と農業投資状況

独立行政法人 国際協力機構(JICA)
農村開発部 参事役 鍋屋史朗

1.はじめに

 主要穀物の国際価格は、2000年代半ばになって急騰し、さらに一部の生産国の穀物輸出規制もあって、供給不安から食料をめぐる暴動や大規模な抗議行動が発生した。2007年から2008年にかけての世界食料危機の原因は、干ばつによる生産の減少、在庫水準の低下、石油価格の上昇、バイオ燃料原料としての穀物需要の増加、新興国における肉食増加による飼料穀物消費の増加、穀物市場に流入する投機資金の増大などとされている。
 一方、近年の穀物の国際価格の高騰は、食料安全保障を求める湾岸諸国をはじめとする富裕国からの海外農地投資を活発化させている。
 これら穀物の国際価格の高騰が及ぼす影響や農業投資の現状について、南部アフリカに位置するザンビアを事例に紹介することとしたい。

2.アフリカ諸国の食料事情

 アフリカ諸国の主食は多様である。ソルガム、ミレット、キャッサバ・ヤムなどの根茎作物、料理用バナナ(プランテン)、コメ、コムギ、トウモロコシ(メイズ)が広く食され、地域・国によって主食が異なる。

 西アフリカの乾燥・半乾燥の著しいサヘル地域では、ミレット、ソルガムといった耐干性のより優れた穀物が、ギニア湾に面した熱帯地域ではヤム、キャッサバといったイモ類が主食とされている。図1は、アフリカにおける主要な穀物およびイモ類の生産量と消費量である。アフリカで生産量と消費量のギャップが拡大しているのは、コムギとコメである。両作物ともに、都市化にともなう食生活の変化で消費量が徐々に増えてきている。コムギは、アフリカでは栽培に適した土壌と環境が限られているとされているが、CIMMYTによれば、ルワンダ、ブルンジ、ケニア、エチオピア、マダガスカル、ウガンダの高地に適地があると分析されている。コメについては、アフリカで800万haと推計される天水低湿地での開発可能性が示唆されており、国際協力機構(JICA)、国際農林水産業研究センター(JIRCAS)、アフリカ緑の革命のための同盟(AGRA:Alliance for a Green Revolution in Africa )、国際稲研究所(IRRI)、世界銀行、アフリカ開発銀行などの11機関が「アフリカの稲作振興のための共同体(CARD)」を立ち上げ、アフリカの23か国を対象にコメの増産計画への支援を行っている。1)

 キャッサバの生産量は需要を十分にまかなっているが、トウモロコシの需給バランスは脆弱で、供給不足の年が散見される。トウモロコシは、世界的には飼料原料で使用されるが、アフリカ全体では6割が食用に向けられ、とくに東南部アフリカでは、この割合が8割となっている2)。アフリカのトウモロコシは、ほとんどがフリント種の白色トウモロコシ3)で、世界市場でもっとも多く流通し、家畜の飼料用に供されているデント種の黄色トウモロコシとは異なっている。

 東南部アフリカ諸国のトウモロコシは基本的に国内生産でまかない、輸出入量は相対的に小さく、豊作・不作時にのみ近隣諸国間で輸出入を行っている。このため、国際市場(シカゴ市場)における価格高騰の影響はこれら国内価格に反映されにくい構造にある4)

図1 アフリカにおける主要な穀物およびイモ類の生産量と消費量
図1 アフリカにおけるトウモロコシ生産量と消費量グラフ
トウモロコシ
図1 アフリカにおけるトウモロコシ生産量と消費量グラフ
キャッサバ
図1 アフリカにおけるトウモロコシ生産量と消費量グラフ
コムギ
図1 アフリカにおけるトウモロコシ生産量と消費量グラフ
コメ(精米)

出所:  九州大学 大学院農業研究院 農業資源経済学部門 農政学分野/旧伊東研究室「世界の食料統計」
http://worldfood.apionet.or.jp



3.ザンビアの食料安全保障と海外農業投資

(1)ザンビア概観

 南部アフリカに位置するザンビアは、世界遺産のビクトリア滝を有し、内戦を経験したことのない政治的に安定した国である。日本の2倍の国土(75万平方キロメートル)に人口1309万人、その6割が農村部に居住している。2004年の『生活状況モニタリング報告書』5)によれば、ザンビアの総農家戸数は120万3000戸、そのうち小農家(5ha未満)は115万6000戸(96%)であり、化学肥料のような投入財の利用は少なく、天水農業のために生産性が低い。中農家(5〜20ha)4万3000戸(3.6%)、大農家(20ha以上)3500戸(0.3%)は、投入財(化学肥料・農薬)や農機・灌漑を利用して生産性も高い。

 近年、非伝統的輸出品(電力・綿花・花など)が増えつつあるが、外貨の60〜70%は銅を中心とする鉱業部門に依存する産業構造で、産業の多角化が国家経済の長年の主要課題である。2000年に入り銅の国際価格の高騰もあって、好調な経済が続いている。2002〜2010年の国内総生産の実質成長率は5.6%6)を記録し、都市部の貧困率は27.5%(2010)に下がったが、農村部は77.9%と依然として高く7)、農業・農村部門の成長は差し迫った重要課題となっている。


(2)食料安全保障

 トウモロコシは、ザンビアで広く食され摂取カロリーの70%を占め8)、もっとも作付面積の多い作物である。ザンビアのトウモロコシは、銅鉱山労働者向け食料として1920年頃より栽培され、当初は白人商業農場が独占的に栽培した。ザンビアは都市人口比率が高く、銅鉱山労働組合などの労働組合が強い政治的影響力をもっていたため、主食のトウモロコシを安価で安定的に供給することが政治的に重要な課題であった。このため、独立後も1990年代を除き、トウモロコシの生産と販売・流通は政府によって保護奨励されている。たとえば、農業投入財補助プログラム(FISP:Farmer Input Support Program)は、3年間の暫定事業として2002年に導入された9)。当初は肥料補助率25%、その補助対象農家は12万戸であったが、補助率は50→65→75%と引き上げられつつ現在も続き、対象農家も2010/11年には89万戸となった10)

 販売・流通面では、食料(トウモロコシ)の戦略的備蓄・管理を目的に1996年に食料備蓄庁(FRA:Food Reserve Agency)が設立された。その後、食料市場への民間の参入促進、食料不足による社会不安の軽減を目的に、2005年にFRAの法改正が行われた結果、FRAは民間トレーダーの補完の立場からトウモロコシ市場での主役となり、大統領選挙の年(2010〜11年)には政府備蓄量(30万〜40万トン)を大幅に超えたトウモロコシの買上げを政府から要請されている。

 トウモロコシ生産量は保護政策(肥料補助とトウモロコシ買上げ)に比例し、その他の作物栽培(作物多様化)では反比例している。保護政策が強化された1970年代後半から80年代前半にかけてトウモロコシは137%、小農家の生産割合は60%から80%へと増加した11)が、市場が自由化されたチルバ政権下(1992〜2001)では、小農家のトウモロコシ生産量は76%から55%へと下がったが、キャッサバ栽培は10%から22%へと増加、他の作物栽培も増加した。保護政策が強化された2000年代後半、再びトウモロコシの作付面積が増えている(図2)。

図2 トウモロコシ生産量と作付面積
図1 VACBシステム
出所 :FAO, MACO & CSO


 トウモロコシは耐干性が弱く、施肥効果を発揮するには十分な水が必要であるが、主たる栽培農家は天水依存の小農家のため、1991/92年、97/98年、2001/02年には、大干ばつによって生産量が激減した。2005年以降はトウモロコシの需給バランスはプラス傾向にあり、2008/09年は180万トン、2009/10年は270万トン, 2010/11年は310万トンと豊作が続き、これら保護政策に一定の効果を見る反面、ドナーの評価12)では、「近年の豊作は好天による効果が大きい」とする分析に加えて、「対象の小農家がFISPで配給される種子・肥料を受領できない」、「肥料入札プロセスが不透明である」、「農業省予算が圧迫されている(FISPとFRAの合計予算が2003年以降、農業省予算の50〜70%を占める)」、といった問題を指摘している。

 また、トウモロコシの79%は小農家で生産されている13)が、5割の小農家は自家消費分のトウモロコシ生産が精一杯で、市場に出す余剰がない14)、つまりFRA制度の恩恵に浴してはいない、という。

 コムギは大農家が栽培している。2011/2012年では需要22万1000トンに対し、生産量30万9000トンと8万8000トンの余剰15)を出して、アフリカでは数少ない自給国である。


(3)海外農業投資

 自国への安定的な食料供給やバイオ燃料など商品作物の商業的生産を目的に、富裕国による海外農業投資が増えている。

 国際食料政策研究所(IFPRI)16)は、2007年から2008年にかけての世界食料危機をその一因として、農業投資は発展途上国の農業・村落開発を促進する可能性をもつ一方、農地収奪(ランドラッシュあるいはランドグラブ)という表現で、投資対象地域の住民の強制立ち退きや環境汚染といった危険性を警告している。国際NGOのオクスファム(Oxfam)17)は、無秩序な海外農業投資が農地収奪を頻発させていると警鐘をならし、影響力をもつ世界銀行に対し、「世銀の海外農業投資案件の6か月間の一時凍結」と、「その間に、大規模な農地利用をともなう海外農業投資事業のルール化の整備」を要望した。

 ザンビアは、長期国家開発計画である「ザンビア・ビジョン 2030」において、2030年までの中所得国入りを目標とし、そのために国内外からの投資の積極的誘致を施策のひとつとしている。ザンビアの好調な経済成長、政治の安定性、投資環境の改善は、海外投資額を急増させている。

 農業は、鉱業・エネルギーなどと並んで重要な投資セクターである(表1)。投資促進機関であるザンビア開発庁(ZDA:Zambia Development Agency)は農業セクター・プロファイルで、豊富な未利用農地(約4000万ha)と水(中南部アフリカの水資源の40%)、政府予算により基本インフラ(接続道路、電気、ダムなど)が整備される全国10か所の農場分譲計画(ファーム・ブロック:平均10万ha/区画)を紹介し、民間企業からの参入を積極的に誘致している。世界銀行は、「ザンビアは未利用農地が豊富にあり、生産性を上げることが十分可能で、農業投資をするには良好な国」に区分している18)

表1 ザンビアにおける大規模な土地収用をともなう投資(事例)
投資家対象土地面積(ha)投資内容
Chayton Atlas(イギリス拠点) 10,000  5000万ドル規模のアグリビジネスのベンチャー企業を創設中で、1万haにて2期作を予定している。
African Agricultural Land Fund (イギリスのEmergent Asset Management Ltd が2008年に設定) 1,710  リビングストンにあるカロンガ(Kalonga)農場を購入した。
The Silverland Fund(デンマーク) 100,000  デンマーク年金基金が契約栽培方式の管理形態の改善に取り組む。
DWS Global Agribusiness Land and Opportunities 27,000  DWS GALOはDuxton Asset Management(シンガポール拠点)が運営するプライベート・エクイティ・ファンドである。
Ferrostaal(ドイツ) 191,103  Deulco Renewables Energy(南アフリカ共和国)を事業共同体として、ジャトロファを栽培するために農地が購入された。
Lumwana(オーストラリア) 35,000  土地取得目的は鉱業とされている。
Nakambala Sugar 27,000  周辺の農家と契約をして、サトウキビを栽培する。

 出所:ザンビア開発庁および国際協力機構の灌漑調査などによる。


 ザンビア政府は、入札制度でファーム・ブロックに進出する大規模企業農業を決定する仕組みをとっている。現在のところ、コッパーベルト近くに位置するナンサンガ(Nansanga)・ファーム・ブロックのみ入札を終了し、近々、契約の予定となっている19)。同ブロックは総面積が15万5000haで、農地使用面積が1000〜5000haにおよぶ大規模企業農業を中心に据え、一戸当たり30〜300haの中小農家が周りを囲む契約栽培方式での入植が計画されている。灌漑・流通・市場へのアクセス、種子・肥料・農薬などの購入資金の不足、栽培技術の不足などの課題をかかえる小農家にとっては、この方式はそれらの課題を解決するための一選択肢といえる。つまり、大規模企業農業は契約先の中小農家の生産環境や生産資材については、有償あるいは無償にて改善してくれるのである。

 そのような先行事例としては綿花栽培がある。たとえば、ダナバント(Dunavant)、といった企業が綿花栽培農家に種子・肥料購入資金の融資と栽培技術指導を行い、栽培された綿花を買上げる(その際、貸与資金を相殺する)方式である。20万以上の小農家(平均1.4haの農地)が契約農家として参加している。

 ジェンキン(S.Jenkin)20)は、18年間(1992〜2009年)のザンビアへの海外農業投資(528件)の調査を行い、「南アフリカ共和国(29%)、イギリス(23%)、ジンバブウェ(14%)が主要な投資国であり、中国(5%)、インド(4%)が続いていること」、「投資の94%はリビングストンとコッパーベルト間の幹線道路・鉄道沿いの交通の便が良く、市場(都市人口の多い)に近い立地に投資されていること」を明らかにしたうえで、「ザンビアにおける海外農業投資が及ぼす影響」については、今後の調査に委ねている。なお、上記のナンサンガ・ファーム・ブロックに関しては、9000名の農民が代替地の手当てがないために「土地なし農民」となる可能性を訴えたと現地紙21)が1年前に報道していたが、その後は関連報道に接していない。

4.まとめ

 アフリカの食料問題では、食料増産のみならず、貧困の度合いや購買力を考慮に入れた食料分配システム、流通や市場インフラのアクセスなど複合的な対策を採る必要がある。

 ザンビアでは、国際的に流通する黄色の飼料用トウモロコシとは異なる白色トウモロコシを主食とし、不足時は近隣のアフリカ諸国から輸入するため、国際価格(シカゴ市場)の影響を受けることが少ない。ザンビアのトウモロコシは数年間豊作が続いているが、トウモロコシの主たる生産者は小農家のため、干ばつの影響を受けやすく、今後、気候変動の影響を受け天水農業の収量の減少が予測される。わが国は、少雨地域におけるトウモロコシの代替作物配布システムの構築(作物多様化)、小規模灌漑開発などを通じて食料安全保障に寄与してきたが、今後も長期的な視野のもとで、多角的な支援をしていくことが望まれよう。

 ザンビア政府は、広大な国土に未利用農地が点在する現状にあって、公的資金のみでの開発には限界があることから、積極的に海外農業投資参加企業を誘致している。すでにZDAを通じた投資事業については、ザンビア政府の社会環境配慮チェックを受ける制度ができているが、わが国は2009年からZDAに対する投資促進支援を行い、また小農支援に重点を置いている立場から、ザンビアでの海外農業投資が適切に行われるように注視していく必要がある。

<参考文献>
1) Coalition for African Rice Development, Home, http://www.riceforafrica.org/home, (Accessed on October 26,2012)
2) 清水達也、食料危機と途上国のトウモロコシ(変容する途上国のトウモロコシ需要、2011,アジア経済研究所)3-32頁
3) 木内志郎、東南部アフリカの農業とトウモロコシの需給動向、(国際農林業協働協会、ザンビアとマラウイにおけるトウモロコシ、2008)3-18頁
4) 高根務、東南部アフリカのトウモロコシ生産と貿易(変容する途上国のトウモロコシ需要、2011、アジア経済研究所)237-267頁
5) CSO, Living Condition Monitoring Survey Reprt 2004, Central Statistical Office ,Lusaka, Zambia,2004
6) African Economic Outlook,2011,252-253
7) Central Statistical Office , Monthly Bulletin,Oct.2011, Central Statistical Office ,Lusaka ,Zambia,2011
8) 半澤和夫、土地利用と農業生産状況、(ザンビアの農林業2008、国際農林業協働協会)、2008、32-50頁
9) Kodamaya S. Agricultural Policies and Food security of smallholder farmers in Zambia,African Study monographSuppl.42:19-39,March 2011
10)Kazonga E.Statement by Minister of Agriculture and Cooperatives on the crop forecasting survey for the 2010/2011 Agricultural season and the food balance status for the 2011/2012marketing season, Lusaka, Zambia,16 May,2011,
11)前掲8)
12)Levin A.,Chapoto A., Salient Issues in Zambian Agriculture ,USAID & Embassy of Sweden,2011
13)高根務、トウモロコシの市場・流通・加工(国際農林業協働協会、ザンビアとマラウイにおけるトウモロコシ、2008)、29-45頁
14)Jayne T.S.,Burke W.,sipekesa A.,Chapoto A.,Mason Nicole,Zambia’s Maize policy challenge,Issueand Options for CARDAP、ACF-FSRP-MACO maize Policy Workshop,16 August,2011,Lusaka,Zambia
15)Ministry of Agriculture and Cooperatives,National Food Balance for Zambia for the 2011/2012 Agricultural Marketing Season,2012
16)Joachim von Braun and Ruth Meinzen-Dick, Land Grabbing by Foreign Investors in Developing Vountries:Risks and Opportunities, IFPRI Policy Brief 13/April 2009,2009
17)OXFAM,Our Land, Our Lives,2012
18)World Bank,2011,Rising Global Interest in Farmland: Can it Yield Sustainable and Equitable Benefits?,
19)Daily Mail | July 24, 2012、http://farmlandgrab.org/post/view/20881、(Accessed on October 25.,2012)
20)Jenkin S.,, ,Foreign Investment in Agriculture, A medium-Term Perspective in Zambia,2011
21)Ernest Chanda, Nansanga block farmers face homelessness, the Post, 17 Aug 2011

前のページに戻る