海外農業投資による大規模土地集積の
現代的特徴と論点 1.土地取引をともなう海外農業投資研究の必要性 いうまでもなく、一般的な海外投資は昔から盛んに行われてきたが、農業に対する海外投資は割合に低調だった。日本で海外農業投資が関心を集めたのは、スーパーや商社が開発輸入を目的として農場や牧場を購入したバブル経済のころが最初だった。開発輸入自体はその後も着実に進んでいて、最近では日本の種苗や栽培技術、あるいは食品安全管理システムを使った海外進出が目立つようになっている*1。だが、これらの海外農業投資では農地を大規模に購入して直接生産に乗り出すような例は少ない。 2.外資による大規模土地集積の進展 外資による大規模土地集積について、世界全体の動きを詳細に把握することは難しく、今のところ断片的な各種のメディア報道やネット上の情報などを組織的・継続的に集めることでしか推定ができない。そうした作業の成果のひとつに、国際NGOのGRAIN(Genetic Resources Action International)による2008年レポートがある(GRAIN, 2008)。このレポートは大規模土地集積をめぐる議論の先駆けをなしたが、問題の所在を指摘しただけにとどまっていた。それが2011年には国別の推定に基づく新しい報告を公表した。 この報告の一部を抜粋した表1によると、アジア・大洋州、北アメリカ・ラテンアメリカの2地域の農地販売が図抜けて多く、それにアフリカが続くという構図になっている。注目すべきは、外資が取得した土地面積が当該国の耕地または農地の面積に対する比率がたいへん高くなっていて、1割以上を超えるところが少なくないことである。それどころか、すでにラオスでは耕地面積の7割、アルゼンチンとモザンビークは5割強に相当する面積が外資によって購入されている。パラグアイでは、実存する耕地面積の2倍以上もの土地が耕地の名目で移転している。こうした異常なほどの割合の高さは、すでにある耕地を購入するだけではなく、「未開発」の森林などを取得しているからだと考えられる。この点について、世界銀行は2009年段階で取得農地のわずか21%しか実際の利用に供されていないと指摘している(The World Bank, 2011, pp.51-52)。 表1 地域別の外資による農地取引と主要な投資受入国の被取得面積割合 (単位:1000ha)
また国連の食料安全保障委員会のハイレベル専門家パネルも2011年にレポートを公表している(UNCWFS, HLPE, 2011)。これはさまざまの情報をまとめたもので、情報源によって推定面積が異なっている。最大の推定では2000年以降に全世界で8000万haとなっているが、別の推定では同期間に1500万〜2000万haと少なめに出ている。また、 2004〜2009年に世界81か国で4660万haが外資に移転したという推定もある。 3.海外農業投資の推進主体とその目的
4.大規模土地集積をともなう海外農業投資についての論点 海外農業投資による大規模土地集積に対する評価は著しく分かれている。一方に農業振興や生産性の改善に結び付くとの見解があれば、他方に低・中所得国の小農を排除し、かえって貧困を拡大してしまうという批判がある。 以下に示すような国際食糧政策研究所(IFPRI)の見解は、前者を代表する論理を含んでいるとみなしてよい(Joachim von Braun and et al., 2009)。(1)大規模農業投資の呼び水になり、さらなる農業発展が期待できる。(2)灌漑施設や道路が改良され、あるいは農産物の集出荷施設が設けられるので、大幅なインフラ改善が期待できる。(3)大規模農場での雇用機会が創出される。(4)新農業技術が導入され、それが周辺の地元農民にも伝播して生産性が向上する。(5)食料増産が実現され、その結果として穀物価格が安定するので、食料安全保障に貢献する。(6)こうした直接的な効果のほかに、学校やクリニック、あるいは福祉施設の建設も期待できるので周辺住民の福祉水準が上昇する。 これらのプラス効果を羅列して、大規模土地集積を正当化しようとする言説(正当化言説)に対して、小農の世界的連合体であるビア・カンペシーナやGRAINやFIAN(FoodFirst Information and Action Network)などの市民社会組織はまったく逆の懸念を指摘する。そもそも、大規模土地集積はランドグラブ*3だと見なし、正当な投資だとは捉えない。とりわけ、(1)おおよその発展途上国では土地保有の権利が確立されていないので、大規模土地集積の過程で小農たちが何の補償もなしに強制的に排除されたり、身体的な被害を受けたりすることが多い。(2)一見、未利用や低利用に見える土地も共同の放牧地であることが多く、そうした土地の高度利用に向けた開発は牧畜民や農牧民の生計手段を奪うことになる。(3)大規模農場は労働節約的な技術を採用するので雇用は限られるし、仮に雇用されるとしても低賃金で不安定な労働条件となる。つまり、「大規模土地集積は、小農をはじめとする村人たちの生存を脅かす人権侵害にほかならない」とみなすのである。 以上のような問題の指摘に対して登場したのが、海外農業投資をめぐる対立の妥協案である。すなわち、「海外農業投資は促進すべきだが、その方法が不適切であるために、さまざまな問題が生じているのだから、そうならないように『秩序だった投資』をすればよい」という考え方である。世界銀行が策定した「責任ある農業投資原則」(PRAI)*4や国連食糧農業機関(FAO)のガイドライン(「土地と自然資源のガバナンス」)がその好例である。だが、PRAIは多くの問題を内包していて、2011年の世界社会フォーラムで採択された「ダカール宣言」はその撤回を要求している。 海外農業投資による大規模土地集積は、食料とバイオ燃料の生産・調達体制を全世界の規模で再編することが基本的な目的であり、必ずしも発展途上国の農業・農村発展を意図しているわけではない。その限りで、投資受入国における食料主権への視線はきわめて弱く、そのために「食への権利」がたやすく侵害されがちである。まず、このことをしっかりと確認することが重要である。そうでないと、「良い海外農業投資はあり得るのか」という問いに答えることはできない。 「良い海外農業投資」が可能だとしたら、大規模土地集積のコントロールが最低の前提条件となる。そのためには、当該地域のコミュニティおよび小農の意見・意思が投資者や政府よりも優先されるような枠組みを構築しなければならない。しかし今のところ、こうした枠組みを議論、構想できるだけの基礎的な情報が全く欠けている。投資によってプラスの効果が出ているのか、それともネガティブな側面が勝っているのかを判断するためにも、個々の土地取引の実態やその売買・リースに至るまでの経過(とくに、開発計画に関する情報開示)、契約成立後のモニタリングといった一連の経過を粘り強く調査して、情報を蓄積することが緊急の課題である。 <参考文献>
1) NHK食料危機取材班『ランドラッシュ 激化する世界農地争奪戦』新潮社、2010年
2) ETC Group (led by Diana Bronson, Hope Shand, Jim Thomas, and Kathy Jo Wetter), Earth Grab, Geopiracy, the New Biomassters and Capturing Climate Genes, Pambazuka Press, Oxford, UK, 2011
3) GRAIN, Seized: The 2008 landgrab for food and financial security, Oct. 2008
(URL ; http://www.grain.org/) 4) GRAIN, Extent of Farmland Grabbing for Food Production by Foreign Investors: How Much Agricultural Land Has Been Sold or Leased off, Dec. 2011,
(URL ; http://www.grain.org/) 5) Joachim von Braun and Ruth Meinzen-Dick, “Land Grabbing” by Foreign Investors in Developing Countries: Risks and Opportunities, IFPRI Policy Brief 13, 2009
6) Ruth Hall, The Next Great Trek? South African commercial farmers move north, Journal of Peasant Studies, Vol.34 Issue3-4, 2012
7) Committee on World Food Security, The High Level Pane of Experts on Food Security and Nutrition, Land tenure and international investments in agriculture, 2011
8) The World Bank, Rising Global Interest in Farmland, Can It Yield Sustainable and Equitable Benefit?, The IBRD/The World Bank, Washington DC, USA, 2011
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