食料安全保障をめぐる
海外農業投資促進などに係る動き

農林水産省 大臣官房国際部            
国際経済課 貿易関税等チーム 国際交渉官 小林隆信

1.はじめに

 わが国は食料の約6割を海外に依存しており、とくにコメを除く主要穀物などについては、その大部分を一部の国からの輸入に頼っている。
 国際的な食料需給が中長期的に逼迫(ひっぱく)基調にあるなか、国民への食料の安定的供給のためには、国内農業生産の増大を基本としつつ、国土条件の制約から、必要な輸入についてはその安定化・多角化を図る必要がある。
 本稿では、世界の食料需給の状況を概観しつつ、食料安全保障をめぐる海外農業投資促進をはじめとする、わが国の取り組みについて述べる。

2.近年の食料安全保障を取り巻く状況

 2008年、食料価格が世界的に高騰し、2012年の農林水産政策研究所の「2021年における世界の食料需給見通し」によれば、今後10年間は高止まりするとの予測がなされている。世界の栄養不足人口は2009年には10億2000万人に達したと推定(2010年FAOによる)されている。また、世界の人口は、2050年には93億人となる見通し(2010年国連による)となっており、この人口を養うためには、2050年までに食料生産を60%増大させる必要(2012年FAOによる)があるとされている。

 農業生産は、単位面積当たり収量がこれまでほど向上せず、公共投資の長期的減少、砂漠化、淡水の不足、農地の非食料生産用地への転換、気候変動による悪影響の増大などによって、ますます制約を受けている。

 このような状況のなか、G8、G20、APEC(アジア太平洋経済協力)などのさまざまな国際的な枠組みにおいて、食料安全保障の確保に向けた対応が議論されている。

3.海外農業投資をめぐる動き

(1)諸外国による投資

 食料輸出規制の拡大などを契機として、一部の食料輸入国の企業などが自国への食料供給を主な目的として、海外での大規模な農業投資を活発化し、食料生産やバイオ燃料の原料生産を目的とした多国籍企業や投資ファンドによる海外の農地取得およびリースも増加している。

 国際土地連合(International Land Coalition)によれば、2000年から2010年の間、検討あるいは交渉中も含めて、約2000件、2億haの土地取引が報告され、複数の情報源により確認されたものは、約1100件、7100万haであり、アフリカ、アジアに集中している。土地取引は、2005年以降、急速に増大し、2007・2008年の食料価格の高騰を背景に、2009年にピークに達した。確認された土地取引面積のうち、バイオ燃料生産が過半数を占め、農畜産生産は約2割であり、その他は森林、工業、観光などである。一方、ブラジルなどの投資受入国側で外国資本による土地の買収について規制を行う動きもみられる。

図1 「報告された土地取引」および「確認された土地取引」の面積(2000-2011.11)
図1 「報告された土地取引」および「確認された土地取引」の面積(2000-2011.11)
   出所:国際土地連合報告書『土地の権利と土地収奪』(2012年1月)


図2 「確認された土地取引」の面積の内訳(2000-2011.11)
図2 「確認された土地取引」の面積の内訳(2000-2011.11)
   注:1) ここに示すのは栽培作物あるいは使途が判明している取引に限定されている。
出所: 図1に同じ。


(2)食料安全保障のための海外投資促進に関する指針

 このような状況を背景として、わが国からの海外農業投資に対する支援方策などを政府機関が一体となって検討などを行うために、2009年4月に農林水産省、外務省が中心となって「食料安全保障のための海外投資促進に関する会議」を設置し、同年8月に「食料安全保障のための海外投資促進に関する指針」(以下指針)を策定した。現在、本指針にもとづき、投資環境の整備、ODAとの連携、公的金融の活用、海外農業投資に関する情報収集および提供に取り組んでいるところである。

<対象農産物・地域>

 本指針の対象は、すべての農産物ではなく、「国際的な食料需給動向」、「食生活における重要性」、「輸入依存度」を踏まえて、重点化することとしている。国際的には、「主要穀物の需給が逼迫していること」、そうしたなかで「大豆については油糧などの原料としてその大部分を、とうもろこしについては濃厚飼料などの原料として、ほぼ全量を輸入に依存」という状況にある。また、この2品目については、アメリカへの依存度が集中しており、輸入の多角化が求められている。これらのことから、当面、大豆、とうもろこしを主たる指針の対象としている。対象地域については、これら2品目の輸出に関する潜在能力が高い地域として、ラテンアメリカ、中央アジア、東ヨーロッパなどとしている。

<具体的な取り組み>

 海外農業投資促進を官民連携により促進するため、(1)投資環境の整備(投資協定の締結など)、(2)ODAとの連携(生産・流通インフラ整備など)、(3)公的金融の活用、(4)貿易保険の活用、(5)農業技術支援(共同技術研究、技術支援など)、(6)農業投資関連情報の提供、などの公的支援ツールを総合的に活用して、官民連携を図ることとしている。

(3) 責任ある農業投資原則(PRAI)の取り組み

 近年の食料価格高騰を背景にした世界規模での農地獲得の動きに対し、わが国はG8ラクイラ・サミットにおいて、投資受入国と投資国の双方が恩恵を受けるよう、国際農業投資の行動原則の策定を提案し合意された。

 わが国は、2010年4月に、アメリカおよびアフリカ連合(AU)と「責任ある農業投資の促進」に係るラウンドテーブルを主催した(共催:世界銀行、国連食糧農業機関、国際農業開発基金および国連貿易開発会議)。また、APEC食料安全保障担当大臣会合(新潟)を主催し、責任ある農業投資原則(PRAI:Principles for Responsible Agricultural Investment)に関する国際機関の取り組みを支持することが合意された。

 農水省は、FAOの拠出事業として農業投資のデータベースの構築、農業投資に係る政策ガイダンスの策定を実施し、責任ある農業投資の促進に向けた取り組みを実施している。また、責任ある農業投資の原則の実用化に向け、わが国は世界銀行が実施するパイロット(現地実証)事業に拠出している。

表1 国際機関が策定した責任ある農業投資原則案
原則1 土地および資源の権利の尊重
土地と天然資源に関する既存の権利を認め、尊重されること。
原則2 食料安全保障の確保
投資によって食料安全保障が危機に瀕することなく、むしろ強化されること。
原則3 透明性、良好なガバナンスおよび投資しやすい適切な環境
農業投資の過程に透明性があり、監視が行き届き、すべての利害関係者の説明責任を明確にすること。
原則4 協議と参加
実質的に影響を受けるすべての人と協議し、協議から得られた合意事項を記録し、実施すること。
原則5 責任ある農業企業投資
投資事業は経済的に実行可能であり、法律を尊重し、産業の成功事例を反映し、最終的には永続性のある共通の価値観を持てるものであること。
原則6 社会的持続可能性
投資が社会と分配に好ましい効果をもたらし、脆弱性を増大させないものであること。
原則7 環境的持続可能性
環境への影響を定量化し、資源の持続可能な利用を奨励する措置をとり、マイナスの影響を最小限にとどめ、軽減すること。

 出所:農水省ホームページ


(4) ODAと連携した海外農業投資

 モザンビーク北部のナカラ回廊地域は、比較的雨量も多く、広大な農耕可能地が存在しており、農業生産拡大のポテンシャルが高い。わが国は、同緯度に位置する熱帯サバンナのあるブラジルのセラード(ブラジル中央平原に広がる植生の呼び名で、かつては不毛の大地とされていた)の農業開発の技術と知見を生かして、日本とブラジルがモザンビークに対して三角協力を実施している。本協力は、小規模農家の貧困削減、食料安全保障の確保、さらにODAのみならず民間投資も活用し、国際市場を指向した中・大規模農業の展開の可能性を見込むものである。本年4月には、本協力に係る官民の合同ミッションがモザンビークに派遣された。

 また、本協力のマスタープランには、責任ある農業投資原則(PRAI)の適用を図ることとなっている。

4.おわりに

 海外農業投資の必要性は、世界の食料需給が逼迫していることが論拠となっている。しかし、海外農業投資が増加して食料の供給が需要を上回れば穀物価格は下がってしまう。投資家は、穀物市場の動向をみながら農業投資を行うのであり、食料安全保障に資する増産のための投資、つまり価格が下がるような投資をするわけではない。したがって、食料安全保障のために民間の農業投資を促進させるためには、そのインセンティブが必要であり、政府の介入が必要となる。

 民間投資の促進は、農業投資に係るODA予算が今後伸びないという前提のもとでクローズアップされたが、食料安全保障のための民間投資にもコストがかかるといことであれば、ODAをもっと増やすべきであるという議論に戻ってしまうのではないだろうか。

 世界の安全保障に係る政府の役割は、「発展途上国における灌漑インフラ整備や、技術協力のような財政的な負担が必要なものはODAを中心に実施すること」、「指針に示すようなコストをかけるのではなく、民間投資を促すような環境を整備していくこと」の二つが両輪になると思われる。

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