災害に強い
 魅力溢(あふ)れる元気な農村再興
─「ひびきの」スマートビレッジ構想の
  策定を通じて─

農林水産省 関東農政局 神流川沿岸農業水利事業所 所長 志野尚司

1.はじめに

 最近、ピークオイル論に替わって、シェールガス革命という言葉、さらに原発事故以降は世代間責任や無過失責任主義という言葉が聞かれる。

 筆者は、農業に対する閉塞感から、植物工場と光合成に学生時代から関心を有し、1995年頃には「地球は砂漠という資源をもっている」というエネルギーと食料をテーマにした構想を打ち出した研究会に関与した。その後、地球温暖化問題の顕在化や東日本大震災があり、本年7月1日からは固定価格買取法がスタートする。

 平成(1989)になってからでもカロリーベースでの自給率が10%近く低下し、農業所得・就農人口が半減し、就農者の平均年齢は66歳という状況を憂え、再生可能エネルギーを活用して魅力ある農村再興の一助になればとの思いで、2010年4月から着手したスマートビレッジ構想について紹介する。以下の記載内容には、私論を含むことをお断りしておく。

2.埼玉県「ひびきの」地域

 「JA(農業協同組合)ひびきの」は埼玉県北部の旧児玉郡域(本庄市、美里町、神川町、上里町)を管内としている。神流川沿岸農業水利事業所が所管する国営かんがい排水事業は、この「ひびきの」地域を中心とし他に2市を含む約4000haを受益地としている。神流川にある頭首工から取水し、上里幹線と児玉幹線とに分岐し、首都圏へ100km圏内という立地条件を生かして、複合的な営農を行っている。スマートビレッジ構想は、より具体的に受益地単位で農業施設を使用した再生可能エネルギーのポテンシャルを初めて洗い出し、スマートグリッドを含む6次産業化を強く意識したものである。

3.構想策定にあたっての問題意識など
(この地で成功しなければ、他ではより難しい!)

 新施策が成就するには、中央がスローガンを掲げることに加え、地方から沸き起こるように、特性を生かしたフロンティア・スピリッツが必要である。

 さらに、「ひびきの」を取り巻く6次産業化に適した環境を知れば知るほど、この地で成功しなければ他ではより難しく、日照時間が長い太陽光など地域に眠る資源を有効活用しない手はない(図1)。

図1 「ひびきの」地域を中心とするSWOT(強み、弱み、機会、脅威)分析
図1 「ひびきの」地域を中心とするSWOT(強み、弱み、機会、脅威)分析


 産業構造の変化とともに、製造業において電気料金の生産額に占める割合は1.44%とそれほど大きくなく、2100年には日本の人口が江戸時代並み(約4千万人)と現在の半分以下に減るという視点からも、エネルギー政策の前提である電力需要量の見直しが必要である。

 また、災害における「減災」や海外での「中水(上水と下水の間の水質の水で、海外では風呂やトイレなどに使用している水)」の概念のように、再生可能エネルギーを進めるにあたっても、さまざまな電源をその特性を生かしたうえで併用し(エネルギー・ミックス)、完全・完璧を求めないことである。

4.構想策定の背景(魅力溢れる農業・農村の実現を目指して)

4.1 策定に際して考慮した環境

 再生可能エネルギーは、「エネルギー政策」のみならず、農業の必要経費軽減・自給率向上といった「農業政策」からも期待されている。

 再生可能エネルギーの推進により、地球温暖化防止に貢献するとともに、排出権取引も可能となるが、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP17)が紛糾したように温暖化防止の枠組みや、大量の排出枠余剰をかかえるロシア・東欧の状況などもあり、排出量取引が期待されたように機能していない状況がある。

 埼玉県独自の排出権取引制度に見受けられるように、知事をはじめ県下の首長が再生可能エネルギーに極めて積極的であり、さらには異業種の企業による農業への参入が多く見られる。因みに、早稲田大学の取り組みなどもあり、本庄市は2011年末「埼玉エコタウンプロジェクト」の5つの候補地の一つに選定されている。

 「ひびきの」地域の農業用ハウスでは多くが重油を使用しているが、中東不安などから価格は高値安定傾向にあり、農家を圧迫している。

 全国的には耕作放棄地は39万haに及び、またカロリーベースの自給率は40%を割り込んだ状態が続いており、再生の流れを加速するためには画期的なアイデアと現実的な取り組みが必要である。


4.2 農村振興関連の行政マンにできること

 日本の第1次エネルギー戦略として、当面は液化天然ガス・火力発電・揚水発電の増強でしのぎ、長期的には新しいエネルギー(ハイドロメタン・潮流発電・洋上風力・地熱など)の拡大が考えられる(図2)。こうした国家戦略を見通して、地方で直ちに取り組めることは、農地・農業用施設を活用した小水力・太陽光・風力・バイオマス発電などであるが、地中熱も大きなエネルギー源である。「ひびきの」地域の扇状地では、ハウス農家は水温・水質の観点から地下水を表流水と併用することが多く、この地下水の地中熱を農業用ハウスなどで利用しない手はない。すでに、本庄早稲田駅前の都市開発においても、地中熱も利用することにしている。

図2 電源別発電電力量の実績と見通し
図2 電源別発電電力量の実績と見通し画像を大きく表示


4.3 農村振興関連の行政マンの責務

 再生可能エネルギーを常に意識することは、次の理由から地域資源周辺を業務のフィールドとする者の責務である。水のエネルギーや二酸化炭素削減に大きなポテンシャルを有する約4.9万kmある基幹農業用水路や約460万haの農地の管理に携っているからである。

 たとえば、ため池や支持基盤の強度が期待できるロックフィルダムの下流法面も大きなポテンシャルを有しており、超高層ビルの外壁や高速道路の防音壁に太陽光パネルを並べる動きをみれば、このポテンシャルを生かすことに取り組む価値は大きい。


4.4 植物工場と再生可能エネルギー

 植物工場は、震災を契機に全国に拡がっているが、電力が必要であり再生可能エネルギーとの組み合わせが考えられる(表1、写真1)。

表1 太陽光発電技術の発展予想
実施時期2010年以降2020年2030年2050年
発電コスト(円/kWh)23 14 7 7円以下 
エネルギー変換効率(%)16 20 25 40 
国内向け年間生産量
(出力換算:万kW)
50〜100 200〜300 60〜1200 2500〜3500 

写真1 ビニールハウス写真1 ビニールハウスの屋根部分に太陽パネルを貼り付けたり(富士電機と全農が共同開発)、植物工場に、たとえばLEDあるいはヒートポンプの電源として太陽光発電を利用することも可能

 スマート化がもっとも必要な産業は農業といっても過言ではない。経験知の普遍化をIT技術によって克服し、市場を睨(にら)み2次・3次産業にも視野を拡げることが求められるからである。「しんどい・よごれる・もうからない」から解放され、若者・女性を引きつけるシンボリックなものの一つとなる。事実、震災後、ドーム型を含めた植物工場が続々と被災地で計画・実施されている。「塩害などが懸念される農地で第一歩を踏み出すには、これしかない」と意気込む農家もある。加工も睨み企業が支援しているまさに6次産業化であり、太陽光発電と組み合わせて、燃料代が4割削減されたという農家もある。

 とはいえ、自然に逆らわず、実際はハイテク(植物工場)とローテク(従来農法)の組み合わせが普及すると思われ、現にそのような経営で成功する農家もある。


4.5 耕作放棄地への対応

 全国規模の課題である耕作放棄地の解決策の一つとして「地域に眠る資源を活用し、農地として利用する植物工場」の波及効果は大きいと考える。

 カロリーベースの自給率で40%を割ったからといっても生産額ベースの自給率は69%と低くないので、自給率向上へのインセンティブには工夫が必要である。耕作放棄地を農地として再生するには、農家が儲(もう)からねばならない。

 散在する耕作放棄地に太陽光パネルを並べるだけでは、地域は元気にならない。農地法上の規制もあり、植物工場などとの組み合わせや新法(仮称:農山漁村再生可能エネルギー法)に期待される。水と自然エネルギーを有効に使い、現在の施設園芸を高度化した植物工場を農地に造れば、放射能や農薬からもフリーで、ITを駆使し若者を引きつけることが可能となる。

 いまやセブン&アイ・ホールディングス、ローソン、イオン、サイゼリア、日本IBM、伊藤忠商事、ワタミなどが大規模野菜栽培などに乗り出しており、耕作放棄地解消へいっそうの活力投入が望まれる。


5. 構想の成果および活用
(1万1400世帯へ電気を供給できるポテンシャル!)

 今回の構想で、農業関連の再生可能エネルギーだけで本庄市の約1/3世帯(約1万1400世帯)の電気量を賄えることがわかった。また、バイオマスについては大きなポテンシャルはあるが効率面からあまり多くは望めないこと、地中熱は地下水が豊富であることから有望であること、風力のポテンシャルが小さいことがわかったことなども大きな成果である(図3)。

図3 再生可能エネルギーのポテンシャルと導入先の例
図3 再生可能エネルギーのポテンシャルと導入先の例

(1)農業用水の調整池跡地や耕作放棄地利用にくわえ、ため池の水面や下流法面・用水路上部での太陽光発電、水質改善・獣害防止への太陽光発電の活用、流水利用型の小水力発電、加工所・直売所の提案も行い、実現性の高いものから短期・中期・長期として分類した。
なお、ため池水面の活用については、いっそうの技術の進歩によるコスト低減が望まれることや、用水路上部の活用については、藻の付着による通水阻害が深刻であることにくわえ、盗難などの心配から現時点では実現性は低いと判断した。

(2)「ひびきの」地域には、加温施設約100haが存在し、重油を年間約1000万リットル使用している。ボイラーの一部をエアコンに替え、その電源を短期目標の再生可能エネルギーとするだけでも、重油を約7割(ドラム缶3万4500本分)減らすことが可能となり、二酸化炭素も1万3000トン削減することが可能である。

(3)流域単位でとらえる意義
上流から下流の一連の水利施設と農地および営農とを組み合わせることで、維持管理費節減効果のみならず、土壌の炭素貯留効果などと相まって、二酸化炭素削減や雇用創出効果などが相当量打ち出せ、流域単位でマスタープランを立てることの意義は大きい。

(4)6次産業化などの推進
6次産業化(加工工場・直売所など)を振興し、国営の水を有効活用して耕作放棄地を減少させ、遅延気味の関連事業を触発することを期待する。

(5)不都合な制約があるならば改善点を提案
河川法・電気事業法関連については、小水力発電参入者から手続きの簡素化・迅速化が求められていたが、協議・意見聴取などの手続きの省略や、許可申請に係る処理期間の短縮などについては、従属発電の場合、復興特区においてすでに実現されつつある。
農地法関連については、高規格施設園芸にしても、たとえば作業路のみ舗装することで、宅地並み課税ではなく農地並み課税になるなど柔軟に運用することが必要である。

(6)スマートグリッドの提案
上里幹線水路沿いには、中央水管理所屋根の太陽光発電に始まり、頭首工下流の流水利用型小水力発電、調整池跡地の太陽光発電、調圧水槽地点の落差利用型小水力発電まで、さまざまな再生可能エネルギーのポテンシャルがある。
一方で、一連の水利施設には電気代にして年間約800万円相当の電力が消費されている。
そこで、日本では離島や島嶼(とうしょ)部でのみ有効といわれてきたスマートグリッドを発送電分離の議論の呼び水になればとの思いもあり、「ひびきの」一部地域で提案したものである(図4)。
具体的には、これら電源を独自の回線で結び、蓄電池と組み合わせることで、停電時にも稼働し、ITと結びつけることで、植物工場やEV車充電、そしてなんといってもポンプやゲートなどの水利施設に電力を供給し続けることが可能となる。 大震災後は、内地の農村部でもこうした取り組みが期待されつつある。

(7)鳥獣害防止への貢献
2010年度の全国の被害額は東北の震災3県を除いても過去最大の239億円となり、防止のための法案が検討される程に深刻であり、受益地内においても太陽光などを活用した電気柵などのいっそうの開発・活用が期待される。

図4 上里幹線水路におけるスマートグリッド導入のイメージ
図4 上里幹線水路におけるスマートグリッド導入のイメージ
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6. 構想策定を通じて見えてきた課題
(再生可能エネルギーは災害に強いか)

(1)停電時には地絡事故と峻別するために、小水力(写真2)および太陽光発電は直ちに停止させなければならない(地産地消・自立分散型という意味では災害に強いが、自立運転に切り替えた場合に使用できるのは1.5kWのみである)。停電時(計画停電・大規模停電)でも発電を続けられるように、制約要因を解決し、たとえば無停電電源装置などへ充電し続け、余剰は放電あるいは送電できる仕組みが必要である。

(2)太陽光発電の大きな課題は、盗難といたずらであり、監視カメラ・投光器・電気柵などで防止するにしても、保険措置も不十分である。

(3)特定規模電気事業者(PPS)が、託送料を払い電力会社の送電線を使って大口ユーザーに直接販売できるようになった。しかし、調達する発電量が自社の顧客の使用量と絶えず等しくなるように調整する必要があり、需給逼迫時に必要なPPSによる超過供給を妨げ、システムを不安定にしている。

(4)農業用電力と農事用電力の料金には大きな開きがあり、諸外国と勝負するには、農家が再生可能エネルギーによる発電を行うとともに、前者についていっそうの支援措置も必要である。

(5)再生可能エネルギー推進について、産業政策(農林水産省他)・エネルギー政策(経済産業省)・環境政策(環境省)などから各省庁にまたがるにしても、効率的推進のためにワンストップ化が必要である。

写真2 「ひびきの」に設置した小水力発電機(211kW)
写真2 「ひびきの」に設置した小水力発電機

7.おわりに(Stay hungry, Stay foolish!)

 いよいよ、日本において農業が面白い時代がやってきた。なぜなら、世界の人口は急伸して70億人を超える一方で日本のそれは減少し、また日本経済はグローバル経済に呑み込まれつつある一方で、里山資本主義という言葉が使われるように、本質を見極めねばならない時代に突入したからである。

 電気と水は、水利施設に関与すればするほど、スマート化と呼ばれる分野ですら、技術の思考過程が酷似しているように思えてならならない。

 地域を変えるのは「若者」・「よそ者」・「馬鹿者」、つまり、経験・しがらみに邪魔(じゃま)されない発想・異なった視点・向こう見ずの突破力が必要であり、創造性も生まれるとの思い(これは、スティーブ・ジョブズの言葉にも通じる)からも、これからの成長産業は「農業」・「エネルギー」・「医療・介護」で、これら分野にある規制への対応が必要といわれるなか、発想を貧弱にしないため、敢えて存在する規制や実施主体をあまり意識せず策定した。

 最後に、本構想の策定には、早稲田大学横山隆一教授をはじめ、「ひびきの」スマートビレッジ構想策定に関する委員会の方々、受益市町の首長様・JAなど多数の方々にご尽力を頂いたことに感謝する。

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