デザーテック・プロジェクトの発展性
1.はじめに 東日本大震災を契機として、自然エネルギーへの注目が高まっている。日本では地域分散型の持続可能なエネルギーとして期待されつつも、自然エネルギーの実力についての疑問も目立つ。なかには自然エネルギーを単一のエネルギーとみなし、太陽・風力・バイオマス・地熱・小水力といった個々の特性を無視した大づかみな議論も散見される。本来は個別のエネルギーの特徴をふまえつつ、エネルギーシステム全体における効率的運用や送電網の役割、需要側の調整などを勘案して、持続可能なエネルギー社会に向けた転換を議論していくべきである。 一方、ドイツやスペインをはじめとしてヨーロッパでは自然エネルギーの割合を大幅に高める戦略を打ち出しており、ビジネスの側も機会として捉えている。ドイツは3.11以前からエネルギーコンセプトを定め、2050年までに自然エネルギーによって電力の80%、一次エネルギーの60%を供給するとしていた。研究機関や自然エネルギー関連団体は、その実現に向けて多くの報告書やロードマップを作成している。さらに、ヨーロッパ規模でも2050年までを見据えた壮大な構想がいくつも掲げられている。その一つが、デザーテック(Desertec)・プロジェクトである。 2.デザーテックとは デザーテックはDesert(砂漠)とTechnology(技術)をかけ合わせた造語であり、広大な砂漠に降り注ぐ太陽のエネルギーに着目している。デザーテック・プロジェクトの主要目標は中東・北アフリカの自然エネルギープラントからの電力によって、2050年までに欧州連合(EU)の電力需要の15%を供給することである。 この構想は2003年ごろからドイツを中心に発展し、08年に設立された非営利のデザーテック財団によって民間主導で進められている。さらにデザーテック財団は「100億人が住む世界のための砂漠からのクリーンな電力」というコンセプトを持ち、ヨーロッパ・中東・北アフリカ地域だけではなく、東アジア地域など各地で同様のプロジェクトを進めるべく活動を行っている。 デザーテック・プロジェクトには多くの技術が関わっている。なかでも砂漠地帯からのエネルギーを取り出す太陽熱発電・太陽光発電・風力発電、エネルギーをヨーロッパまで運ぶ長距離送電が重要である。太陽熱発電は大規模かつ安定的なエネルギーを生み出すシステムであり、砂漠地帯に適している。太陽光発電や風力発電とは異なり、太陽熱発電は日本ではほとんど知られていないため、項を改めて3.において詳述する。長距離送電では高電圧直流送電(HDVC : High-Voltage Direct Current)の開発が急ピッチで進められている。現在主流の交流送電よりも大幅に損失を減らし、大量の電力を中東・北アフリカの砂漠地帯から数千km離れたヨーロッパまで運ぶことを可能にする。図1は大規模プラントをHDVCで結んだネットワークのイメージ図である。 図1 ヨーロッパ・中東・北アフリカ地域の大規模発電所と
高電圧直流送電線の設置イメージ デザーテック財団は砂漠の持つ可能性を強調している。そもそも砂漠は地球表面の24%に相当する3600万km2も存在していて、太陽から膨大なエネルギーを受けているが、現在はほとんど活用されていない。 表1は化石燃料や原子力といった従来型のエネルギー源を、砂漠へ降り注ぐ太陽からのエネルギーによって代替する可能性を示している。表中(1)は従来型の資源が1年間に生み出しているエネルギーであり、(2)はそれが地球上の全砂漠への日射量の何時間分に相当するかが換算されている。(3)は確認埋蔵量、(4)はそれが全砂漠への日射量の何日分に相当するかが換算されている。(2)の1行目からわかるように、全砂漠が太陽から受ける6時間分のエネルギーは人類が1年間に消費するエネルギーよりも大きい。既存のエネルギー資源の確認埋蔵量を足し合わせても、砂漠への43日分の日射のエネルギーが上回るのである。 表1 従来型エネルギー源と砂漠への太陽エネルギー
さらに、人類が1年間に消費する電力をサハラ砂漠地域での太陽熱発電で置き換えた場合に必要な面積も図1のサハラ砂漠西側の赤い四角形の面積によって示されている。これらの図表から、デザーテック・プロジェクトが砂漠に着目する理由がわかるであろう。 デザーテック・プロジェクトという壮大な構想が進められている背景には環境問題・エネルギー問題という人類的課題への対応だけではなく、ビジネスの視点もある。多くの技術が広大な地域で展開されるということは、当然に大きなビジネスチャンスとなる。デザーテック財団は2009年にDii(Desertec Industrial Initiative)を設立し、ABB*やシーメンスといった重工系をはじめ、著名企業が設立メンバーとなっている。日本企業では、旭硝子がアソシエイト・パートナーとして参加している。Diiはヨーロッパ・中東・北アフリカ地域での自然エネルギー導入のための市場創出をミッションとしており、太陽熱発電、太陽光発電、風力発電、HDVCを主要な技術として掲げている。こうした技術が大規模に導入されれば、部品製造や建設土木関係、コンサルティング、投資などさまざまな分野への波及効果が期待される。デザーテック・プロジェクトが民間主導で進む理由はこうした期待にある。 3.太陽熱発電の発展 デザーテック・プロジェクトで大きな期待を集める太陽熱発電とは、どのようなものであろうか。太陽光発電や風力発電といった急成長している自然エネルギーのなかでも、とくに新しい技術として注目されていて、一般的にはCSP(Concentrated Solar Power:集光型太陽熱発電)と呼ばれている。国際的な自然エネルギー研究ネットワークであるREN21(Renewable Energy Network for 21st century:21世紀のための自然エネルギーネットワーク)が発行する『自然エネルギー世界白書』によれば、CSPの2010年の新規導入量は約50万kWであり、2010年末までに世界で総計110万kWが導入されている。 自然エネルギー発電設備は世界で13億kWに達しており、その8割以上が水力である。風力の約2億kW、太陽光の4000万kWと比べてもCSPは小規模であるが、設置地域はスペインやアメリカ南西部・中東・北アフリカ地域へと広がっており、今後の建設プロジェクトも多数存在する。スペインでは2013年末までに178万kWが建設され、アメリカでは11年初めの時点で150万kWを上回るプロジェクトが予定されている。さらにインドや中国・オーストラリア・メキシコもCSPを促進する意向を表明し、パイロット・プロジェクトを展開している。他にも、砂漠をかかえる多くの国が導入を検討している。 CSPの原理は数十〜数千枚の鏡によって、太陽光線を集め、熱に転換するものである。その熱によって蒸気を作り発電を行う、もしくはそのまま熱として海水淡水化や産業プロセスなどに用いる場合もある。蓄熱技術を組合せることによって安定的に電力を供給し、既存の火力発電所や原子力発電所に置き替わっていくことも期待されている。 技術的にはCSP発電所はパラボリック・トラフ式、タワー式、ディッシュ式、フレネル式という4つのタイプに分類される(図2)。2010年末時点でもっとも多いのはパラボリック・トラフ式であり、CSP発電所の90%を占めている。反射鏡によりアブソーバー・チューブに光を集め、チューブ内の熱媒を400℃前後まで熱し、熱交換器を通じて生成した高温の蒸気によりタービンを回して発電する。反射鏡を数多く並べることによって、数万kW規模の発電所として運用している。最近では、蓄熱設備や火力発電所と組合せた施設も建設されている。 図2 CSPの4タイプ
タワー式は太陽の角度に応じて向きを変えるヘリオスタット型反射鏡によって光をタワーに集め、その熱は800〜1000℃に達する。その後はパラボリック・トラフ式と同様である。写真1はスペイン南部セビリアにあるタワー式のヘマソラール発電所である。約185万m2の敷地に2650台のヘリオスタット型反射鏡を並べ、150mのタワーに光を集めることで1万9900kWの発電を行う。さらにヘマソラール発電所では溶融塩を用いて蓄熱を行い、日射が無くとも15時間の発電が可能である。そのため24時間運転もでき、年間の稼働率は74%を予定している。ヘマソラール発電所では2万5000世帯分の電力を生産し、年間3万トン以上のCO2削減に貢献する見通しである。今後、タワー式の建設が増えて蓄熱技術も発達していけば、稼働率がさらに向上し、コスト面でも従来の火力発電所並みになると期待されていて、CSPの主流になるものと見込まれている。タワー式CSPと既存の火力発電方式を組合せた複合施設も建設されている。 写真1 ヘマソラール発電所(スペイン)
ディッシュ式とフレネル式は未だ比較的小規模であり、研究開発が進められている。ディッシュ式は反射鏡の焦点に熱機関と発電機が位置しており、パラボリック・トラフ式やタワー式とは異なり、単体で数十kWから100kW程度の発電を行う。これらを多数設置して発電所とする。フレネル式は複数の鏡を使ったパラボリック・トラフ式に近く、高温は得られないが、コストが安いという特性を持つ。 こうした動きのなか、日本発のCSP技術への期待もある。東京工業大学の玉浦裕教授らが、アラブ首長国連邦のマスダールシティに新たな方式の太陽熱発電実験プラントを2009年に設置した。ヘリオスタット型反射鏡でタワー上部に集めた光をさらに鏡で反射させ、地上の蓄熱設備に熱を集めるビームダウン式である。通常のタワー式と比べると蓄熱設備を下に設置していて、建設コストやメンテナンスコストを低減させることを可能にしている。 このように太陽熱発電には大きな期待がかかっているが、太陽光発電のコストが大幅に低下したことから、2010年にはアメリカ国内では、いくつかのプロジェクトが太陽光発電へと変更された。こうした太陽光発電への転換は、今後も続く可能性がある。一方、CSPは蓄熱と熱の輸送が可能であるため、CSPのコストがやや高くとも導入を支持する専門家もいる。 4.デザーテックが描く未来 『デザーテック白書 第4版』では、ヨーロッパ・中東・北アフリカ地域での2050年までの電力供給シナリオを取り上げている。ここではヨーロッパ地域のシナリオを紹介する(図3)。 図3 ヨーロッパにおける電力供給の予測シナリオ
2010年時点では原子力・石炭・天然ガス・石油・水力が大半を占める。風力は2000年から増加しているが、太陽光やバイオマス、地熱はごくわずかであり、CSPも同様である。今後も電力需要が増えると予想しているが、持続可能性や地球温暖化防止の観点から原子力や石炭を減らしていくために天然ガスの需要が高まると想定されている。2020年頃までは太陽光や風力による電力は化石燃料削減につながるが、既存の発電設備の置き換えまでには至らないとしている。その後、化石燃料は2050年頃までには大幅に減らすシナリオとなっている。 ここで重要な役割を担うのがCSPであり、デザーテック・プロジェクトである。2020年頃からデザーテック・プロジェクトによる中東・北アフリカからのCSP由来の電力がHDVC送電により導入されていき、その割合を増やしていく。これは化石燃料削減だけではなく、発電所の置き換えにまでつながる。ヨーロッパ内部での自然エネルギーも増えていくが、風力を除けばその拡大はCSPを含めて一定程度までと予測している。そのためデザーテック・プロジェクトはヨーロッパのエネルギー分散に貢献することを強調している。2050年には前述のように、ヨーロッパの電力需要の15%を砂漠からのエネルギーでまかなう。それぞれが250万〜500万kW級の自然エネルギー発電所とつながった20〜40もの送電線を整備し、現在の火力発電所に相当する5ユーロセント/kWhという安価な電力を調達すると見込んでいる。 デザーテック・プロジェクトは非常に画期的なものであるため、多くの課題も存在する。「CSPやHDVCの技術が、どの程度順調に発展するのか」あるいは「コストダウンが期待通りに進むのか」といった懸念にくわえて、政治上の困難やテロの脅威も想定される。近年の北アフリカ地域での政変は、まさにそのリスクを示した。ほかにも障壁はさまざま予想されるが、民間と公的機関の双方からのアプローチを行い、市場環境の整備や政策的支援に向けて交渉を続けている。 デザーテック・プロジェクトの当初の焦点はヨーロッパ・中東・北アフリカに向けられているが、その他地域への構想も存在する。東アジア圏への展開はデザーテック財団のウェブサイトに掲載されている。中国やモンゴルの砂漠からのエネルギーにより、モンゴル・中国・日本・韓国・東南アジア地域へ電力を供給し、自然エネルギー分野での先進地域になりうるとしている。さらに石炭や天然ガスからジメチルエーテル(DME)を生成する工程にも利用し、石油の代替として用いることも検討され、CO2の削減と巨大な市場が生まれることによる利益を説いている。 5.日本での関わり 日本ではデザーテック・プロジェクトのような大規模構想はほとんど見られず、太陽熱発電の存在も一般にはほとんど知られていない。ただし、日本は世界で初めて太陽熱発電の実験に取り組んだ国である。オイルショック後に進められた代替エネルギー開発プロジェクト「サンシャイン計画」の一環として、香川県仁尾町に2タイプの1000kW規模の太陽熱発電施設を1981年に設置した。実験終了理由については諸説あるが84年には運転を終了し、国内での実用化および商用化には適地と経済性が不足していると結論づけている。その後、太陽熱発電がエネルギー政策のなかで取り上げられることは無かった。 2010年に独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が作成した『再生可能エネルギー技術白書』では太陽熱発電を取り上げており、今後の重点分野として取り組む意向を示している。ビジネスモデルとして日本の既存技術を活用したCSPプラントの製造・販売、機器・設備の製造・販売、新システム・技術の開発、発電ビジネスへの参入などを挙げている。技術ロードマップでは蓄熱技術をキーテクノロジーとして掲げ、実証試験サイトの整備、コスト競争力の強化、海外プロジェクトへの参画支援を掲げている。2010年12月にはNEDOがチュニジアとのタワー式CSPとガスタービン・コンバインドサイクル発電の複合プラントの共同フィージビリティスタディを行う協定を締結した。その後、チュニジアで政変があったことから現地での進行は遅れているが、他にもCSP分野での進出が計画されている。 アジア・デザーテック・プロジェクトに関しては、一部で構想に協力している。日本とアジアをHDVCで結ぶ発想は孫正義氏が自然エネルギー財団立ち上げイベントで披露した「アジアスーパーグリッド構想」にも見られる。しかしながら、こうした大きな構想に対して日本政府の動きはほとんどなく、CSPという単一の技術への興味に留まっているように見える。今後のエネルギー戦略を策定している日本にとって、国内の自然エネルギーをどのように扱っていくかと同時に、海外との協力をどの程度本格的に検討するかが非常に重要である。 6. おわりに デザーテック・プロジェクトはヨーロッパ・中東・北アフリカといった広域連携、砂漠の自然エネルギー・ポテンシャルの活用と長距離送電技術の組合せ、民間主導を特徴とする極めて意欲的な構想である。現在、世界中で急速に成長している自然エネルギー分野のなかでも最大規模のプロジェクトであろう。自然エネルギーの大幅な活用を真剣に検討しており、ドイツが主導的役割を果たしたことが大きく影響していると思われる。自然エネルギーの大量導入、そのための大規模な送電網の整備、大きな市場創出など、国家としてもビジネスとしても戦略的な要素が強く見える。もちろん、デザーテック・プロジェクトには多くの課題があるが、日本もこうした大局的な構想力と戦略的視点を持ち、新たなエネルギー戦略に組み込んでいくことが求められる。 <参考URL>
1) 『デザーテック白書 第4版』などに関して
デザーテック財団 http://www.desertec.org/ 2) 『自然エネルギー世界白書2011日本語版』 http://www.isep.or.jp/library/1959
<参考文献>
菊池隆、堀田善治、『太陽熱エネルギー革命』、日本経済新聞出版社、2011
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