湿潤・半湿潤地域の発展途上国における
農業用水の課金方法に関する一考察

中村・水と農研究所 代表 中村良太

1.課金方式の考え方の世界の潮流

 農業用水の使用に対する課金は、古くからの問題であるが、農民参加型の管理の具体化が進む今日、この問題は再び重要性を増す。課金方法は基本的には、使用した水量(体積)当たりのものと、水を掛ける農地の面積当たりのものとの二つに大別される。近年の世界水フォーラムなどの国際的な議論の場においては、水は経済学における「経済財」として売買されるべきといわれ、その関連で水量当たりの課金の方が奨励される傾向が強い。水量に応じて課金されれば、水の分配が経済的に合理的になされるようになり、農民が水を必要以上に取り入れてしまうのも防げるという考えによる。


2.体積当たり課金と面積当たり課金の限界

 体積当たりの課金は、主に乾燥地域で、しかも経営面積の大きい地域では、確かに有効である。たとえば、カリフォルニアなどは成功例といわれるが、この地域は夏場の灌漑期間にはほとんど雨が降らず、経営面積も数百ヘクタールと大きい。しかし、アジアなどの湿潤かつ経営面積が小さな地域では、以下の理由で体積割りの課金は困難である。それは、

1)零細経営では、水量計を一つ一つの圃場に入るところで設置することが、困難である。

2)湿潤地帯ではしばしば、過剰な降雨を耕地に流入させなければならない。不必要な水の流入だけを課金から除外するような手続きが、一般的には不可能である。

 したがって、日本をはじめとする湿潤なアジア地域では、面積当たりの課金が適しているが、一方で面積当たりの課金にも種々の問題がある。その一つは、とくに発展途上国では、しばしば年によって灌漑面積が変化することである。これについて、以下に考える。


3.発展途上国の経済レベルと灌漑の特徴

 一般的にいって、いかに年間降水量の多い国々でも、すべての耕作可能な土地を灌漑するだけの水量は、河川のみならずダムで補強しても得られない。日本の例で考えれば、通常、河川の山地からの渇水流出量は、水深表示で1日1o程度といわれる。水田の減水深は、平均的には1日25o程度とすれば、山地集水面積の1/25(半分は反復利用によるとしても1/12)しか灌漑面積はとれない。他の国々でも、水量不足から全面積の灌漑は不可能な地域がほとんどである。

 与えられた水量のなかで、どこまで灌漑面積が広げられるのであろうか。日本は経済レベルが、経営の安定を求める段階にまで発達して、10年のうちの9年は水が確保されるところまでしか、灌漑面積を拡大しない。逆にいえば、近代化以降の水源手当ての結果、10年のうちの9年(すなわち、ほとんどの年といえる)で、灌漑面積が変わらないので、面積当たりの課金が容易となる。

 発展途上国ではたとえ不安定でも、少しでも収穫がある方が望まれる。たとえば5年に1年、あるいは2年に1年の不作であっても、灌漑をしたい。確保した水量に対する灌漑面積は極度に拡大されて、日本の常識でみれば恒常的に水不足の状態となる。日本では皆が同時に水を使用せずに順番に切り替えて使う方法(番水)は、干ばつの程度がよほど進んだ年だけに取られる方法であるが、途上国では、毎年、恒常的に番水(ローテーション灌漑という)が行われている所が多い。

 南および東南アジアにおいて、伝統的な管理方法で、現在も円滑に機能している、パキスタンの「ワラバンディ」、フィリピンの「サンヘラ」などの例では、いずれも19世紀以降に発達したこのローテーション灌漑である。水路を7つのブロックに分割して、1日ずつ水が割り振られて、毎週、決まった日に、各農家が水を受け取る例が、最近は多くなっている。


4.発展途上国の干ばつへの対応

 このようなローテーション灌漑の常用地帯に、通常を上回る干ばつがきたときに、どのように対処するかについて、次の二通りの方法が観察される。

 第一は、干ばつで水路の流量が減少しても、各人がそれに見合って少ない面積を灌漑して節水し、ローテーションは変更しない方法である。実際には、水路の漏水が多く、下流端の用水では、ほとんど水がこないという事態も生じるが、農民はそのような土地を先祖から受け継いでいるので、それは仕方がないというムードが強いようである。上述の「ワラバンディ」はこのタイプである。

 第二は、筆者がフィリピンで知った方法である。干ばつで流量が減っても、各ブロックで、ローテーションの順番だけでなく、灌漑の面積も変更しない。そのため水路の流量が減少すれば、各ブロックに与えられる面積当たりの水量は少なくなる。スケジュール通り、順次上流から下流ブロックに水を渡して行く。しかし、もともと最上流ブロックでは与えていた水量が少ないので、最下流ブロックまで水が回り切らないうちに、作物が枯れ始める。すると、最下流のブロックの配水は打ち切って、最上流に水を回す。渇水が続くにつれて、ローテーションの規模は下流の方が切られてだんだんと小さくなる。最下流の人から苦情が出るかといえば、これは昔からの定めとして、それほどの苦情も出ないようである。

 強力な管理組織が存在しない多くの場合、この第二の例のような対応になるであろう。この場合、だいたいにおいて用水の上流部分ではほとんど毎年確実に水がくるが、用水の末端においては、干ばつになると、水がこない。こうして、年によって、灌漑面積が変化する。


5.面積当たりの課金方法の一試案

 面積当たりの課金制度については、このように、灌漑面積が年によって変動する場合、面積当たりだからということで一様に課金するというのは、まったく同意が得られない。日本式の画一的な面積当たり課金制度は、このような事情に対応して修正する必要がある。筆者の考える方法は、次のようである。

 一つの用水路の受益地を、たとえば水路の上流・中流・下流の三地域などに分ける。第一の上流域は「水利条件良好」地域、下流域は「不良」地域で、中流域はその「中間」地域である。たとえば第一の上流域はほぼ毎年(あるいは10年のうちの9年程度)水がくる、次の中流域は、たとえば10年のうちの7年しか水がこない、第三の下流域は10年のうちの5年しか水がこない、などである。

 料金は面積割で、第一の上流域は毎年安定的に水が得られるので、課金は他より高額とする。第二の中流域は、課金は中くらい、第三の下流域はもっとも水が不安定であるので、課金するにしても、もっとも低額とする。

 このようにして、年々、灌漑面積が変動することを考慮した課金が成立する。ここまでは筆者は、フィリピンなどのようなレベルでの乾期の灌漑の渇水年を暗黙に想定して論じてきたが、水利条件の良し悪しを何で定めるかは、これに限らず各国の実情に即する必要がある。平水年を含めて何期作までが可能かの分類によるのが適当という意見(宇都宮大学の後藤章教授)、耕作しうる作物を考えるのが一般的という意見(学習院女子大学の荘林幹太郎教授)もある。ここでは、三つの地域に分割して説明したが、要は、地域内を細かく分けてみて、その場所に応じた課金を設定するという方向である。


6.おわりに

 以上は、各年において、水利条件不良となる場所が、定まっている(多くは水路の下流域)、また、多くの国で、地域内の水利条件格差が社会的に容認される場合が多い、という二つの認識を基礎としている。面積割り課金方法は、今後さらに改良が必要であろう。その結果、面積当たり課金の成功例を具体的に示すことによって、国際的な議論の場に対しても、影響力を及ぼすことが望まれる。

前のページに戻る