ウズベキスタンにおける
塩害農地の除塩対策(リーチング)の現状
1.はじめに 中央アジアにはアラル海に注ぐアムダリア川、シルダリア川の二大国際河川が流れている。これらの河川の中下流域に広がる乾燥・半乾燥地域において、1960年代から大規模な灌漑開発が進められ、綿花・穀物栽培が行われてきた。この開発により、ウズベキスタンでは灌漑農地面積が1950年から1990年までの間に、228万haから417万haへと約1.8倍に拡大した1)。灌漑開発に合わせて排水施設の整備も進められてきたが、過剰な灌漑と不十分な排水管理によって、塩分を含む地下水位が上昇してきた。地下水は毛管現象によって、さらに圃場(ほじょう)表面近くまで達し、水分の蒸発で土壌の塩分濃度が高まると同時に、灌漑水に含まれる塩分も加えられ、土壌の塩類化が進み、農業生産への被害を増大させている。中央アジアのなかで、ウズベキスタンはこの塩害面積がもっとも多い地域となっている。 JIRCASでは、2008年より、このウズベキスタンにおいて塩害対策調査を実施している。本稿では、ウズベキスタンの塩害の現状を概説し、JIRCAS調査対象地域であるシルダリア州などでの除塩対策事例を取り上げ、現地政府機関の指導内容とその効果を紹介する。 写真1 コムギ圃場に析出した塩類(2010年)
2.塩害の現状 ウズベキスタンの灌漑農地はアムダリア川、シルダリア川、ゼラフシャン川などの河川沿いに展開している(図1)が、これらの灌漑農地の半分以上に塩害が発生している。現地では、塩害を土壌の塩分濃度によって「塩害なし」から「高強度」まで区分している。 図1 ウズベキスタンの灌漑農地の分布
塩分濃度の評価基準としては、国連食糧農業機関(FAO)による土壌の電気伝導度(EC : Electrical Conductivity)を用いた基準などが用いられている(表1)。シルダリア州グリスタン大学によれば、近年でも塩害区域は拡大しており、塩害レベルも中度・重度へと悪化傾向にある(図2)。調査地域のシルダリア州はシルダリア川を水源とした灌漑農地が約30万haあり、そのほとんどに塩害が生じている2)。
3. 塩害対策の考え方 ウズベキスタンでの塩害対策は、大きく3つに分けることができる。第一は塩類集積に対する原因療法、すなわち地下水位の上昇を抑制することによって、圃場への塩類集積を軽減させる対策である。第二は塩類集積の対症療法、すなわち圃場の塩分を直接的に取り除く対策である。農家にとっては、作物の塩分濃度障害を直接的に回避する対策である。第三は環境適応型の対策、すなわち塩害土壌環境のなかで農業生産の維持向上を図ろうとする対策である。図3に、塩害発生の基本的な構図と具体的な対策事例との関連を示す。ここでは、第二に挙げた除塩対策の一つであるリーチングを取り上げる。 図3 塩害の構図と主な対策
3.1 土壌の塩害評価とリーチング水量 リーチングとは、圃場の根群域に集積した塩分を洗い流す技術である。圃場に多量の水を入れ、塩分を溶解させ、下方浸透により塩分を除去する。ウズベキスタンのリーチング対策は、農業水資源省傘下の水文調査・土地改良事業機関が担当し、土壌・地下水・排水条件などを調査している。調査結果に基づき、リーチング基準水量の作成、農家への指導を行っている。表2に、シルダリア州で同機関が設定したリーチング基準水量を示す。リーチングの基準水量や実施方法は、州によって若干の差が見られる。 表2 塩害成分別リーチング水量
3.2 リーチングの実施手順 リーチングは地下水位が低く、排水機能が確保されていなければ、十分な効果は得られない。シルダリア州では、綿花の収穫期の9月から11月にかけて、地下水位が低くなり、リーチングには好条件となる。現地では、11月〜12月がリーチング開始の適期と指導されている。リーチング前に、農家は圃場の準備作業を行う。主な作業は、圃場の耕起・均平作業、圃場内仮水路の建設、湛水区画を区切る畦畔の土盛である。耕起の深さは35〜40cm程度とすべきとされているが、農家が一般的に所有しているトラクター (80馬力程度)では能力が小さく、実際には十分な深さが確保されない場合も多い。 表3 圃場勾配と湛水区画形状
3.3 リーチングの効果 本調査の試験圃場において、リーチング前後の塩分濃度の変動状況を分析した。このリーチングは2010年1月に実施され、約3000m3/haの水が投入された。リーチング開始直前(2010年1月)の地下水位は、地表面からの深さが平均で2.3mとなっていた。リーチング前(2009年11月)とリーチング後(2010年4月)において、地表面下1mの4層(0〜30cm、30〜50cm、50〜70cm、70〜100cm)から土壌を採取し、塩分濃度に関わる総溶解固形分(TDS : Total Dissolved Solids)、塩素イオン濃度の分析を行った。その結果、表層1mのTDS量を単位体積当たりに換算すると、11月時点で8.0kg/m3、4月時点で6.7kg/m3となっていた。リーチング中に加えられたTDS量は約0.4kgと想定され、全体で1.7kg/m3、約20%相当のTDS量が減少したものと見積もられた。採取した各層においても、TDS量は6〜24%減少していた(図4)。塩素イオン濃度については、表層1mの平均値を見ると、乾燥土壌に対する重量%として0.026%から0.023%へと約12%減少していた。これらの変化については、リーチング実施と土壌採取時期とのタイムラグ期間中の蒸発や降雨などの要因もあるが、リーチングにより一定の除塩効果があったものと考えられる。 図4 TDSの層別の変化
4.今後の課題 以上、除塩対策としてウズベキスタンで現地政府機関によって、農家側に指導されているリーチング技術を述べてきた。リーチングは、塩害農地の重要な除塩対策として、農家の営農活動に組み込まれている。実際の現場では政府機関の指導の通りにはいかず、農家の判断で水量を増やすなど過剰な水の投入、あるいは排水機能が不十分なままでのリーチングの実施など、改善すべき課題も多い。シルダリア川から圃場まで送水される灌漑・リーチング用水の電気伝導度(EC)は現地観測結果の平均値で1.3dS/m(因みに、日本の水稲向けの農業用水基準は0.3dS/m以下)であり、水不足の時には、さらに塩分濃度が高い排水の水も再利用される。灌漑水も含めて過剰な水の投入、排水機能の不備といったことは結果的に塩害を助長してしまう可能性すらある。リーチングの除塩効果を高めるためには、節水意識を高めることや排水施設などの管理を徹底することが求められている。 <参考文献>
1) 筒井暉、アラール海危機:大規模水利開発のもたらしたもの、農業土木学会誌、64(10) pp.7〜14 (1996)
2) 成岡道男、ウズベキスタンの灌漑農地で生じている塩害と必要な対策、畑地農業607号、pp.3〜13 (2009)
3) FAO, Agricultural drainage water management in arid and semi-arid area, p183 (2002)
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