フード・セキュリティのための選択

アース・ポリシー研究所 所長 レスター・ブラウン

 現在、食料需要が増大し続けており、それには(1)人口増加、(2)豊かさの拡大とそれにともなう食肉、牛乳、卵の消費量の急激な増加、(3)穀物のバイオ燃料の原材料としての使用という3つの要因がある。

 (1)の「人口増加」は昔からの問題であるが、近年の世界人口の増加は、年間8000万人に迫るペースで続いている。しかも、その大半が、わずかな耕地しかなく、土壌劣化が進み、灌漑用井戸が枯渇しつつある国々で生まれているのだ。

 (2)の「畜産品の消費増大」は新興国を中心に、所得を増加させる人々の食生活の変化がもたらすものである。1人当たりの年間穀物消費量でみると、現在のインドでは約200kgであり、この水準では必要なカロリーを満たすためにそのまま摂取され、飼料にまわす余裕はほぼない。一方、食肉や乳製品を大量に摂取するアメリカでは、この数値は700kgを大きく上回っている。所得に余裕のできた人々は、おおよそこのアメリカ型食生活を目指す。

 (3)の「バイオ燃料需要」は不安定な中東の石油への依存度を、少しでも緩和させようという、エネルギー・セキュリティ政策がもたらしたものである。たとえば、アメリカでは2009年の自国の穀物生産量4億1600万トンのうち1億1900万トンが、エタノール精製施設に送られた。これは、カナダとオーストラリアを合わせた穀物生産量を上回る。このようにアメリカがエタノール生産施設に巨額の資金を投じたことを契機に、穀物をめぐって、いわば人間と自動車とが争奪戦を繰り広げる構図が生まれた。


 食料供給面では、いくつかの要因が重なり、増加著しい需要に、生産が追いつけない状況にある。土壌劣化、帯水層の枯渇、作物を襲う熱波の発生頻度の増加、氷床や山岳氷河の融解、そして、灌漑用水の都市用水への転用などが、その要因としてあげられる。

 さらに非農地への転用にともない、農家は耕地を失いつつある。すなわち、穀物だけでなく、耕地をめぐる人間と自動車の争奪戦も起こっているわけだ。たとえば、アメリカでは、道路と駐車場を合わせ16万平方キロメートル前後が舗装されていると推定される。アメリカの自動車保有台数が5台増えるごとに、4000平方メートルに近い土地がアスファルトで覆われる。


 自動車vs耕地の対立構図が、中国に及ぼす影響も極めて大きい。2009年、初めて中国の自動車販売台数がアメリカを抜いた。もし、中国がアメリカと同様に国民4人のうち3人が自動車を保有することになれば、中国の保有台数はおそらく10億台を突破し、現在の世界全体の保有台数を上回ることになる。それだけの車両を走行させるには、コメ作付地の2/3を舗装しなければならない計算だ。


 世界中の耕地に迫る非農地化への圧力は、増加著しい大豆需要と真っ向から対立する問題だ。いまや大豆は、食肉、牛乳、卵の生産を増大するカギである。家畜や家禽類の飼料に大豆ミールを配合することで、穀物を動物性タンパク質に変換する効率が飛躍的に高まるからだ。そのため、世界の大豆消費量は、1950年の1700万トンから2010年には15倍の2億5200万トンへと大幅に増加した。

 世界でもっとも大豆需要が増大している国は、大豆栽培発祥の地である中国だ。1995年まで、中国では、1400万トンの大豆を生産し、1400万トンを消費していた。2010年の中国の大豆生産量は1400万トンと変わらないものの、消費量は6400万トンと驚異的に増加した。実際、世界の大豆輸出量の半分以上が中国に送られている。


 将来のフード・セキュリティの確保という問題は、かつては農務大臣の専管事項であったが、その状況も変わりつつある。実際、保健および家族計画担当大臣が、出生率抑制策を講じる方が、農務大臣が行う土地の肥沃度改善策よりも、将来のフード・セキュリティの強化に大きな効果を上げるかもしれない。同様に、エネルギー省が早急に炭素排出量削減を実現できなければ、世界は、農作物を襲う熱波の被害を受け、収穫は予期できないほど大打撃を被るだろう。水不足が原因で食料生産量が伸び悩んでいる国では、水資源所管省が責任をもって、水生産性向上のために、可能なあらゆる手段を講じる必要がある。


 つまるところ、「農業に貢献してきた自然システムの崩壊」、「とどまるところを知らない人口増加」、「人間活動に起因する気候変動」、「拡大の一途をたどる水不足」などといったことがもたらす、「フード・セキュリティへの脅威」を認識したうえで、しかるべき所管省がさまざまな資源を再配分する責務を負うことになる。このように政府の多くの省庁が関与しているため、最終的にフード・セキュリティの再定義を行わなければならないのは、国家の最高責任者にほかならない。


 国際的には、深刻化する気候変動、それにともなう食料品の価格変動幅の拡大が投げかける脅威に対応していく必要がある。2007〜08年にかけて、小麦、コメ、トウモロコシ、大豆の価格が3倍に跳ね上がっており、各国政府や低所得層を直撃している。価格変動は生産者にも影響を与える。価格が不安定になることで、農家は増産に必要な資材投入や基盤整備を控えるからだ。


 このような不安定な状況下、世界の穀物価格を安定させる新たなメカニズム──具体的には世界食料銀行(WFB)──の創設が求められる。WFBが、小麦、コメ、トウモロコシの最低保証価格および上限価格を設定する。最低保証価格を下回ったときは穀物を買取り、上限価格に達したときは、買取った穀物を市場に戻す。そのようにして価格変動を調整することによって、消費者と生産者の双方に利益をもたらすことができるだろう。

 フード・セキュリティを向上させる極めて簡単な方法がひとつある。それは、アメリカが燃料エタノール生産補助金を打ち切り、穀物をエタノール生産に投じることにつながるバイオ燃料の導入義務を撤廃することだ。そうすれば、世界の穀物価格が安定し、将来を脅かす環境および人口の望ましくない動向を反転させる時間を確保する要因となる。食料輸入国で顕著になりつつある、フード・セキュリティをめぐる政治的緊張の緩和にも役立つはずだ。


 最後に、私たち個人にも果たすべき役割がある。「通勤に自転車、バス、自動車のいずれを利用するのか」は、じつは「炭素排出」、「気候変動」、「フード・セキュリティ」に関わる選択である。どのような大きさの車でスーパーに買い物に行くのかによって、気候に及ぼす影響も異なり、ひいては、スーパーのレジで支払う食料代金に間接的影響を与える。家族単位で見れば、子どもを2人までに抑える必要がある。豊かな人々は、穀物を飼料として大量に消費する畜産品の摂取を減らそう。気候安定に貢献するだけでなく、健康増進にもつながるはずだ。フード・セキュリティは全地球人に関わり、また全地球人が責任を持つべき問題である。

*Earth Policy Release(February 2,2011)から

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