緑の生物多様性オフセット入門
─個人的経験から─
◆ プロローグ 「生物多様性オフセット(Biodiversity Offset)」とは、必要な(避けられない)開発事業により消失する自然生態系や野生生物生息地、生息空間(ハビタットという)の損失に対して、開発事業者の責任で近隣に同等なハビタットを復元、創造、増強、維持管理などすることにより、当該地域全体として、できるだけその損失を緩和しようとする仕組みのことである1)。 2010年10月、生物多様性条約第10回締約国会議(CBD COP10)が名古屋で開催された。この会議が日本での生物多様性オフセットの議論を加速化させた。インターネット検索(日本語版グーグル)によると、09年中頃まで「生物多様性オフセット」(日本語)のヒットは当研究室のHPぐらいしか存在しなかった。それがCOP10を控えた同年末から急激に増加した。今では動植物や生態系分野の専門家ならば一度はこれらの用語を聞いたことがある、というレベルまでに浸透しつつある。しかしその一方で、生物多様性オフセットに対して、さまざまな疑問が出てきたことも事実である。 本稿では、私事で恐縮だが20数年前の筆者と生物多様性オフセットとの出会いを含む、筆者の個人的な経験を紹介させていただいた。日本における疑問に対する参考になれば幸いである。 ◆ 70年代のアメリカ放浪から卒論まで 筆者が育った清水市(現静岡市)は、高度成長期に東海地方の国際貿易港、造船業などの重工業都市として発展していった。その反面、富士山を望む日本平、三保の松原などを有する日本有数の国際観光都市であったにも拘わらず、その基盤である自然は無秩序に破壊されていった。 上京して、自然環境保全を学ぶために東京農工大学農学部環境保護学科に入学した。しかし徐々に、大学での勉強で本当に自然を守ることができるのか、もっと現実的で効果の高いことはないのか、という焦燥感にかられるようになる。そこで百聞は一見にしかずと、大学を休学しアメリカやカナダの自然地域や都市化と自然保護の関係を実際に見て歩いた。70年代後半のことである。 その当時、まだ日本は高度成長期末期で公害問題や自然破壊が深刻であった。ところがアメリカでは、「野生生物保護区のための土地収用」、「自然復元」、「電気自動車による保護区内の移動」、「懇切丁寧(こんせつていねい)な説明や情報の提供をしてくれるレンジャーやビジターセンターの存在」など、何もかもが驚きの連続だった。 アメリカ放浪中、後に恩師となる奥富清先生にロサンゼルスの交差点で偶然にもお会いし、帰国後、先生の植生管理学研究室に入れていただいた。植生の研究室を志望したのは、アメリカでの体験を通して、野生生物保全のためにはまず、植生を含むそのハビタットの保全こそが重要であると感じていたからである。 卒業研究は「東京湾15号ゴミ埋立地の潜在自然植生の解明」という、東京都の委託研究をやらせていただいた。人工のゴミ埋立地に600本以上の樹木苗を植栽し、その陸上部と根系の生長解析を行い、長期的にはどのような植生が安定するのかを予測する研究であった。 当時の日本の環境政策や生態学では、「自然は絶対保護する」という考え方が主流であった(学科の名称も環境保護学科)。この卒論は、人工的に造った土地に人為的に生態系を創造する、あるいは人間活動により破壊された土地の生態系を人為的に復元するという、これまでとはまったく異なる視点から考えるきっかけとなった。 ◆ 環境アセスメントを実施しても自然環境は消失し続ける? 卒業後、建設コンサルタント会社のなかでも、とくに自然環境分野に力を入れていたパシフィックコンサルタンツ株式会社に入れていただき、内外の多くの環境アセスメントに従事した。当時の閣議決定アセスは市民や自然保護サイドからは開発の免罪符と批判的に見られ、開発事業者サイドからは余計なコストとしてしか捉えられていなかった(現在も、あまり変わっていない)。 開発と保護双方からの圧力を感じながらも、野生生物保全に(空回りの)情熱を燃やしたが、次第に「開発側の主張も保護側の主張もまちがってはおらず、問題なのは環境アセスメント制度そのものなのではないか」と考えるようになった。「環境アセスメントを実施しても、その地域の自然環境は消失するのではないか?」という疑問から、「本来の環境アセスメントとは、どのような仕組みなのか?」という疑問を抱くようになった。 ◆ 環境アセスメント制度誕生国で環境アセスメントに従事 その答を見つけるために、会社を休職し、大学院留学というかたちで、環境アセスメント制度発祥の国、アメリカに再び渡った。80年代後半のことである。 そのとき、縁あって、世界で最初の環境アセスメント法であるアメリカ国家環境政策法(NEPA)とカリフォルニア州環境質法(CEQA)による環境アセスメントに、環境計画プランナーとして従事することになった。そこで遭遇したのが「代償ミティゲーション」、すなわち後に「生物多様性オフセット」と国際共通語で呼ばれることになる仕組みである。 アメリカには、開発による悪影響を回避する「回避ミティゲーション」、回避できない悪影響を最小化する「最小化ミティゲーション」、回避も最小化もできない悪影響に対してはやむを得ないので代償する「代償ミティゲーション」という、厳格なミティゲーションの種類と優先順位がある。これを「ミティゲーション・シークエンス」、「ミティゲーション・ハイエラルキー」、「ミティゲーション・テスト」などと呼んでいる。 回避ミティゲーションのなかでも第一に検討されるのは、当該計画事業をやらないというノーアクション案、つまり全面回避案である。この全面回避案と事業者案にステークホルダースによるその他の複数案が加わり、比較評価が行われる。いい換えると、アメリカの環境アセスメントとは、「回避」、「最小化」、「代償」という各ミティゲーション方策を具現化した複数案を比較評価するものである。 一方、日本の環境アセスメントの評価対象は事業者案ひとつだけであり、絶対評価が行われている。そのことが、環境アセスメントの実効を著しく損ねている原因である。環境アセスメントを実施して、そこに貴重な動植物や生態系が確認されても、開発はほぼ計画通り進められ、開発区域の自然は未来永劫にこの地球上から消滅する。余談になるが、この日本の開発や環境アセスメントの実態を、ほとんどの国民は知らないということが最近わかってきた。 ◆ 環境アセスメント手続きのなかで、義務づけられる生物多様性オフセット アメリカで従事した生物多様性オフセット事業は、河辺植生地の開発によって消失する生態的損害に対する生態的補償として、事業者に義務づけられたものだった。 計画は、113haの川沿いの敷地にマリーナ、ゴルフ場、ホテル、ショッピングセンターを含む住宅地の建設である。開発予定地は、サクラメント中心市街地とサクラメント川を隔てて隣接する土地で、川沿いの河辺植生や湿地が手つかずのままに残されており、大都市の場末としてきわめて治安の悪いところでもあった。 市当局としては鬱蒼(うっそう)とした樹林を一掃し、安全で美しい都市にしたいという青写真を有しながらも、資金的目処が立たずにいた。そこにビバリーヒルズからやってきたデベロッパーが、ここの用地買収と美しい都市の建設を提案した。行政当局は当然、この開発を歓迎した。 開発に先立ち、環境アセスメント調査が行われた。その結果、開発予定地には、バレーエルダベリー・ロングホーン・ビートル(カミキリムシの一種)、スウェインソンズ・ホーク(タカの一種)、イエロービルド・クックー(カッコウの仲間)、キングサーモンの4種類の希少野生生物の生存が確認された。そのなかのカミキリムシ(Desmocerus californicus dimorphus)は体長2cm程であるが、連邦レベルの絶滅危惧種であったために、ミティゲーション・ハイエラルキーにより、そのハビタットは本来、保存(開発の回避)されなければならない。しかし、開発予定地は一掃したい犯罪の巣窟(そうくつ)だったために、市当局は開発を優先させる判断を下した。 しかし、それは事業者の提案をそのまま実施することではなかった。全面回避の次善の策として考えられうる保全方策を、環境アセスメント手続きのなかで事業者に義務づけたのである。まず、開発予定地のなかで、とくに重要なハビタット部分が開発区域から除外された(部分的回避ミティゲーション)。同時に、開発面積も縮小した(最小化ミティゲーション)。 しかし、開発自体を中止するわけではないため、最終的な開発面積分のハビタットは消失する。連邦野生生物魚類局とカリフォルニア州魚類狩猟局は、消失する希少種ハビタットと同等以上のハビタット(ネットゲイン)を同流域の近接地に復元することを事業者に義務づけた。これが、生物多様性オフセット(代償ミティゲーション)である。 ◆ カミキリムシやタカのハビタット復元を目的とした生物多様性オフセットとしての自然復元事業 生物多様性オフセット用地は、同川沿いのトマト畑で、およそ百年前までは開発区域と同様な河辺生態系であった土地である。 開発により消失する河辺植生は、コットンウッド林の15.5haとエルダベリー低木林の1.3haの合計16.8haであった。この消失する面積に対して、約3.5倍の58.7haの代償ミティゲーション面積が義務づけられた2)。 当時、広大なトマト畑に立ち、「これから、ここに自分たちの手で自然を復元していく」ことを思ったとき、何ともいえない感動を覚えた。日本の環境アセスメントにおける野生生物保全のあり方に疑問をもち、環境アセスメント発祥国に来て生物多様性オフセットという仕組みに出会ったとき、まさに「目から鱗(うろこ)」という感慨をもったのである。 ◆ 生物多様性オフセットに関する修士論文と博士論文 このカリフォルニアでの生物多様性オフセットはミシガン大学の大学院での修士研究の題材になった。ミシガン大学の大学院では、生態系復元が専門のロバート・グレース先生の下で研究させていただくことになった。修士論文では、カリフォルニアでの事業者による個別対応の代償ミティゲーションの問題点を踏まえて、当時、アメリカで生まれつつあった民間企業型ミティゲーション・バンキングにきわめて類似している仕組みを提言した(当時、公的バンクはすでに存在していたが、不特定多数の代償を受け持つ民間営利型バンクはまだなかった)。 実は、サクラメントの代償ミティゲーション事業で筆者といっしょに汗を流した造園会社の社長(ライリー・スウィフト氏、写真1参照)が、その後アメリカの西半分で最初の民間企業によるミティゲーション・バンク会社、Wildlands社を共同設立した。筆者は外国人であるが、偶然にもアメリカにおける個別対応の伝統的代償ミティゲーションから、地域戦略的な経済的手法であるミティゲーション・バンキングへの過渡期の渦中にいたことになる。 帰国後、野村総合研究所に入り、環境影響評価法の法制化のための諸外国調査に従事し、回避→最小化→代償というミティゲーション原則の導入に全精力を傾けた。結果的に1997年環境影響評価法には「回避」、「低減」、「代償」という文言が示された。 当時、動植物、生態学、ランドスケープ、都市計画、開発計画などが融合したエコロジカル・プランニングの分野が欧米に比べて、日本ではあまり発達していないのではないかと感じていた。そのようなときに、東京大学農学部緑地学の武内和彦先生が書かれた『環境創造の思想(東京大学出版会)』という本に遭遇し、日本でも境界領域あるいは総合領域の研究者がいる、ということで密かにあこがれていた。不思議なもので、その武内先生から縁あって、先生の最初の博士課程学生の受験に声をかけていただき、晴れて先生のゼミの末席に加えていただくことになった。博士論文としては、かねてから考えていた、「環境アセスメント制度→ノーネットロス政策→定量的評価手法HEP→代償ミティゲーション→ミティゲーション・バンキング」というテーマに、これまでの実務者としての経験を活かして取り組んだのである。 ◆ 生物多様性オフセットの国際動向 日本ではようやく議論が始まったばかりの生物多様性オフセットであるが、アメリカ以外の諸外国はどうなっているのだろうか。 図1は生物多様性オフセットを制度化している国を示したものである。当研究室の調査によると、すでに53か国が制度化していることが明らかになっている。 図1 生物多様性オフセットを制度化している国々(2010年8月現在)
さらに、国際標準化の動きもある。生物多様性条約締約国会議のCOP8決議では BBOP(The Business and Biodiversity Offsets Programme)により生物多様性オフセットの国際標準の方法論やガイドラインを作成することが謳(うた)われている。BBOPとは筆者も専門家として参加している、国際機関、各国機関、NGO、民間企業などのパートナーシップであり、生物多様性オフセットについての国際標準のガイドライン作成、パイロット事業の開発などを通して、生物多様性オフセットの普及と啓発を目的としている国際団体である。BBOPは2012年を目処に、最終的な生物多様性オフセットの国際標準ガイドラインを発表する予定である。 ◆ エピローグ 昨年、久しぶりに現地を訪れる機会があった。NHKの特集番組で、筆者の従事した生物多様性オフセットとしての自然復元地を放映するためである。その際、当時の代償ミティゲーション計画を認可する担当官であった連邦野生生物魚類局の元職員であるウェイン・ホワイト氏(現在はWildlands社理事)と20年振りに再会し、一緒に現場を訪ねた(写真1)。
よく晴れた早朝だった。まず複数のスウェインソンズ・ホークが自然復元サイト上空を低空で舞っているのをホワイト氏の運転する車からかなり近いところで目撃できた。敷地内を入ってゆくと、バレーエルダベリー・ロングホーン・ビートルのために植栽した30cm内外のエルダベリー(ニワトコの仲間)の樹高は3mを超しており、同種による丸い巣穴があちこちで確認された。代償ミティゲーションとしてのハビタット復元の効果をいささか懸念していたのだが、具体的な成果を確認できた。ホワイト氏も、このプロジェクトはカリフォルニアのなかでも、もっとも成功した自然復元のひとつであると非常に感動していた。 もうひとつ、どうしても確認しておきたかった疑問について、同氏に聞いてみた。「代償ミティゲーションには、それを実施することによるハビタット復元や保全の直接的な意義がある。しかし、もっと重要なのは、開発事業者が開発計画の早期に、その場所を開発し、その生態系を破壊すれば、どれほどの代償ミティゲーション事業を義務づけられるのかというその事業の大きさ、困難さを認識すること、すなわち、破壊しようとする自然の貴重性、深刻さを認識することだろう。そのことによって、そのような自然破壊を事業者自らが回避できるように誘導することではないか。その意味で、この地域のバレーエルダベリー・ロングホーン・ビートルのハビタットとなるような場所は、われわれの代償ミティゲーション事業以降、起きているのか?」 「アキラの指摘するとおり、あれ以来、この地のバレーエルダベリー・ロングホーン・ビートルのハビタットとなるエルダベリーの低木林が開発されることはなくなった」「そうすると、われわれがやった代償ミティゲーション事業は、いい意味で、あれ以降の同様な場所の開発計画に対する見せしめになったということか?」「そのとおり」 日本における代償ミティゲーションを批判する声のなかに「回避→最小化→代償の優先順位どおり、まず回避や最小化が優先されるべきなのであって、代償ミティゲーション(生物多様性オフセット)を日本に制度化するのはおかしい」という意見がある。しかし、「代償」が明確に義務づけられないかぎり、その上のレベルの「最小化」やさらに上のレベルの「回避」という行為は、現実には起きないのではないだろうか。回避オプションを開発計画の早期に事業者自らが検討できるような制度を導入することは、生態系保全のためだけではなく、事業者の利益のためにも必要なことだと考えている。 |